43.ついにキャンプ
私と志保が公園から戻ると、それを待っていたかのようにポジティブくんがやってきた。
「キャンプ、笹山さんも行くの?」
「はい」
「よろしくね!」
どうやらメンバーが確定したらしい。
「三上主任から誘われたら、行かないわけにいかないでしょ!」
その顔はメチャクチャ嬉しそうだ。
「猪野さんにメッセージしたら、すぐ電話がきてね。”何で俺は誘われなかったんだー!”って叫んでた」
「それは、猪野さんが結婚準備で忙しいから……」
「猪野さんもそれは分かってた。それでも悔しいって、三分くらい愚痴られちゃったよ」
それを聞いて、私は微笑んだ。
主任に誘われて、こんなにも喜んでくれている。
誘われなかったことを、こんなにも残念がってくれている。
人付き合いは悪けれど、主任は後輩に嫌われているわけではない。
それが分かって、私は嬉しかった。
「土日で一泊でしょ? 俺はいつでもいいからね。っていうか、用事があってもキャンセルするから!」
そう言って、ハイテンションのままポジティブくんは去って行った。
「前江さんって、暇なんですね」
志保の毒舌に苦笑いしながら、私はウキウキ気分で卓上カレンダーを手に取った。
多少下火になったとは言え、まだまだキャンプは人気があるらしく、週末ということもあってキャンプ場はどこも予約が取れなかった。そこで私たちは、予約不要で、早い時刻から受付をしているキャンプ場に朝一番で入るという作戦に出た。
金曜日、四人揃って定時と同時に席を立つ。
突撃くんが「いいな、いいな」と子供みたいに拗ねる。
遠くで松田部長が微笑む。
後ろめたさと恥ずかしさを感じながら、私たちは会社を出た。
「じゃあ、また後で」
「はい、よろしくお願いします」
一旦解散して、それぞれ自宅に帰る。ポジティブくんは、そのままレンタカー店に直行だ。車を借りて家に帰り、主任の家に行って道具を積み込み、志保と私を迎えに来てくれることになっていた。
迎えの順番は私が最後。申し訳ないことに、私が一番余裕があった。
家に帰って食事を終えると、私はシャワーを浴びた。手早く済ませて少しでも寝ておこうと思ったのに、気付けばいつもより入念にトリートメントをしていた。出てからのお肌の手入れも、いつも以上に時間を掛けていた。荷物チェックも三回した。なぜかストレッチまでしてしまった。
それでもまだ寝る時間はあったのだが、全然眠くなかったので、パソコンを立ち上げて、もう何度も見ているキャンプ場のウェブページを眺めた。気付くと起きる時刻になっていたので、着替えてメイクをして、正座で連絡を待った。
そこに、志保からメッセージが入る。
”もうすぐ着きます。先輩、起きてます?”
起きてます? とは失礼な。
こちらは準備万端、全力待機中だ。
”もちろん。外で待ってる”
速攻で返信して、私は荷物を持ち上げた。
「おはようございます。よろしくお願いします」
「おはよう。少しは眠れたか?」
「はい、おかげさまで」
助手席の主任に答えて後部座席に乗り込む。
「長峰さん、よろしくね!」
「よろしくお願いします」
運転席のポジティブくんに笑って見せて、私はドアを閉めた。
走り出した車の中で、志保が囁く。
「先輩、ほんとに眠れたんですか?」
ちょっと腹が立ったので、志保の頭をコツンと叩いてやった。
志保が作ってきてくれたサンドイッチを走りながら食べ、午前八時のチェックイン開始と同時に私たちはキャンプ場に入った。私は知らぬ間に寝ていたらしく、志保に起こされて到着を知った。
山の中の林間キャンプ場。少し不便な場所にあるせいか、管理棟前の駐車場はガラガラだ。スタッフの姿さえ見えない状況にちょっと心配したが、受付にはちゃんと人がいた。
「空いてて良かったですね」
「そうだな」
スタッフさんによると、夏休みや連休などはチェックイン待ちの列ができるらしい。今日も最終的にはいっぱいになるだろうとのことだった。
受付を終えると、主任と私は車に戻る。向かうのは、車のままサイトに入ることができるオートキャンプエリア。荷物を運ぶ手間がないのですごく便利だ。
サイトに着くと、主任が言う。
「とりあえず、テントだけは張っておこうか」
車から降りて、私たちは荷物を下ろし始めた。
キャンプ道具は、全部主任が用意してくれた。テントもちゃんと二張りある。私たちが個人で用意したのは寝袋くらいだ。
「前江、そっちを持っててくれ」
「了解です!」
キャンプ初体験というポジティブくんは、テントの支柱を支えているだけで楽しそうだ。
私と志保が使う予定の、四人用テントが手際よく設営されていく。
「主任って、アウトドア派だったんですね」
志保が感心したように呟いた。
「絶対いいお父さんになりますよ」
私を見てニヤリと笑う。
その頭を、私はまたコツンと叩いた。
私と志保も手伝いながら、テントをもう一張りと、その横にタープを張った。
「これがあると、日差しや雨を防げるんだ」
折りたたみ式のテーブルを広げながら主任が言う。
タープとは、屋根だけのテントのようなものだ。これを持っている人は、本格的なキャンパーというイメージがある。
キャンプチェアを並べ、テーブルにガスコンロを載せると主任が言った。
「残りの荷物は使う時に下ろすことにしよう。みんな、少し休まないか?」
その手には、インスタントコーヒーの瓶。
「いいですね! 私、カップ洗ってきます」
志保が素早く動き出す。
「じゃあ、私はお水を汲んできます」
やかんを持って私も続く。
「えっと、俺は……」
「お前は座ってていい」
「はい……」
しょげるポジティブくんをクスリと笑って、私と志保は炊事場へと向かった。
カップを洗いながら、志保が言う。
「主任って、普段あんまり笑わないじゃないですか」
「まあ、そうね」
やかんに水を汲みながら、私が頷く。
「で、今日もあんまり笑ってないとは思うんですけど」
蛇口をキュッと締めて、志保が私を見る。
「今日の主任、めちゃくちゃ楽しそうですよね!」
そういう志保の顔も笑っていた。
「あなたも楽しそうね」
「はい、楽しいです!」
無邪気な返事に私の頬も緩む。
「キャンプって、やっぱりいいわね」
「はい!」
サイトに戻りながら、来てよかったなと私は思った。




