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主任と私  作者: まあく
40/60

40.大失敗

 袱紗。

 冠婚葬祭の時に、祝儀袋や香典袋を包む布だ。


「そうですね。袱紗は持っていないです」


 主任の様子を気にしながら私が答える。


「そうか」


 固い表情のまま、主任が話し始めた。


「社会人になると、結婚式はともかく、お通夜や告別式に参列する機会は意外とあるからな。その時、鞄とかポケットから香典袋を出すより、袱紗から取り出した方がスマートに見える」

「なるほど」

「夏の葬儀だと、持っているだけで香典袋に汗が滲みてしまうなんてこともあるしな」


 親戚が少なかったこともあって、冠婚葬祭にはほとんど縁がなかった。

 弔事で言えば、唯一の経験が父の葬儀。香典をもらったことはあっても、自分で出したことはない。

 慶事で言えば、今年退社した先輩の結婚式。この時は祝儀袋をそのままバックに入れていたが、たしかに年上の人たちは袱紗から祝儀袋を出していた気がする。

 もしかすると母は袱紗を持っているかもしれないが、弟が自分で持っていてもいいと思った。


「袱紗、いいかもしれません」


 明るく言って主任を見る。


「じゃあ、袱紗にするか」


 前を向いたまま主任が言う。


「はい、お願いします」


 私の声で、主任が向きを変えた。


「袱紗なら、仏具とか着物の売り場だろう」

「そうですね」


 主任に続いて私も向きを変える。

 前を歩く背中にどことなく影が差しているように見えたのは、私の気のせいだろうか。




 それほど種類がなかったこともあって、すぐに品物は決まった。買ったのは、金封袱紗という挟むタイプだ。風呂敷タイプの方が格式が高いとのことだったが、弟の年齢ならこれで十分という店員さんのアドバイスに従った。


「いいプレゼントが買えました。ありがとうございました」


 私が頭を下げる。


「役に立てたならよかったよ」


 照れたように主任が頭を掻いた。

 いつもの主任の顔だ。それを見て、私はホッとした。


「この後はどうする?」


 聞かれて私は時計を見た。

 そして、自分が大失敗したことに気付く。


 まだ十四時過ぎ!


 志保のプランでは、ここではなく別のデパートまで引っ張って、十六時四十分頃プレゼントを購入、十七時十五分にレストランに行くことになっている。

 この後お茶をするにしても、夕方まで主任を留めておく自信なんて私にはなかった。


「とりあえず、少し休みませんか?」


 問題を先送りするために私が言う。


「最上階に、眺めのいい喫茶店があるんです」

「じゃあそこに行こう」


 エレベータに向かいながら、私は時間を稼ぐ方法を必死に考えた。




 最上階の展望カフェは、土曜日だというのに入店待ちが一組もいなかった。待ち時間ゼロで席に案内された私たちは、それぞれに渡されたメニューを無言で眺めている。

 入店を待つ間にこの後のプランを考えようと思っていた私の思惑はいきなり外れてしまった。


 目ではメニューを追っているものの、どうにも集中できない。座ってからすでに結構時間が経っている。さすがにそろそろ決めなければ。

 チラリと見れば、主任もまだメニューを見ていた。

 その姿に、私は違和感を感じた。


 私を待ってくれてる?


 以前二人でカフェに行った時、主任は秒速でアイスコーヒーを頼んでいた。二回行って、二回ともそうだった。


「あの、主任は決まりましたか?」


 そっと聞いてみる。


「長峰は?」


 答えを聞いて、確信した。


「お待たせしてすみませんでした。私はアイスコーヒーにします」

「そうか。俺も同じだ」


 主任がパタンとメニューを閉じた。

 店員さんを呼びながら、私は自分で自分を叱る。


 何やってんのよ!


 今日は買い物に付き合ってもらっているのだ。私が気を遣ってもらうなんて論外なのだ。

 やってきた店員さんに注文を伝えながら、私は、主任をちゃんとおもてなしすることを心に決めた。


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