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主任と私  作者: まあく
38/60

38.志保の本気

 高校の時に男子と付き合ってはいたが、デートは公園や河川敷が定番で、時々ファーストフードやゲームセンター、カラオケに行くくらい。動物園や映画館にも行ったことはあるが、帰りにファミレスで夕食を食べて、あとは帰宅するだけだった。

 バイトをしていたとは言え、私も向こうもそれほどお金を持っていた訳ではないし、夜遅くまで帰らないなんてこともできはしない。

 ほかの人のことは知らないが、高校生同士のデートなんてそんなものではないだろうか。


 以来、私は男性と付き合ったことがない。なので、私は大人のデートがどういうものなのかを知らなかった。

 念のため言っておくと、それは不純な意味ではない。スマートな、あるいはおしゃれなデートを知らないという意味だ。


 主任と約束を取り付けたものの、困り果ててしまった私は、結局志保を頼ることにした。


「私に任せてください!」


 とてつもなく嬉しそうな顔で、志保が力強く両手の拳を握る。


「完璧なデートプランを立ててみせます!」

「よ、よろしくね」


 勢いに圧倒されつつ、私はちょっとホッとした。


 それから数日を、私は落ち着かない気持ちで過ごした。

 その数日を、志保は私以上に楽しそうに過ごしていた。

 そして、ついにデート当日がやってきた。




 土曜日とあって、駅前の広場には人がたくさんいた。待ち合わせ場所にした噴水の前も人で一杯だ。


「さすがにまだ早いわよね」


 約束の十三時までは三十分以上ある。一旦そこを離れ、建物の壁際、噴水が見える位置に移動すると、私は鞄から一枚の紙を取り出した。


「えっと、まずはあそこのデパートの七階に行って……」


 志保が作ってくれたデートプラン。わざわざ紙に印刷して、事細かに説明してくれていた。




「いいですか、由香先輩」


 昨日の昼休み。公園のベンチで、二枚あるうちの一枚目を志保が広げる。


「最初のデパートでは見るだけにしてください。そこで決めてしまったら、夜まで引っ張ることができません」


 真剣な顔で志保が言う。


「見るだけ見たら、一度休憩を入れます。そのデパートの最上階に展望カフェがあるので、そこでお茶をしてください。一時間くらいが目安です」

「分かった」


 私が頷く。


「続いて、少し離れた別のデパートに行きます。ここで時間調整をしつつ、十六時四十分頃までにプレゼントを買ってください。十七時十五分には、目的のレストランに到着しなければならないからです」


 時刻の指定がやたらと細かい。


「でも、それだと夕食には早くない?」

「そこは人気店で、予約なしで入るには開店前から並ばないといけないんです。開店は十七時半だから、待つのはたったの十五分です」

「な、なるほど」

「表向きの目的は買い物なので、最初から予約をしてたら不自然じゃないですか。”行ってみたい店があるんです”とか何とか言って、どうにか主任をそこに連れて行ってください」


 何だか悪巧みをしている気がしてきた。


「そのレストランは全室個室なので、ゆっくり話ができます。当然、お酒は頼んでくださいね。この日の最終目的地でいい雰囲気になるためにも、お酒の力は必要です」


 悪巧み確定だ。


「レストランを出たら、歩いてこの公園に行きます。ここはイルミネーションがきれいなので、デートの最後を締めるにはぴったりです」


 夜の公園デート。

 たしかに雰囲気はありそうな気がする。


「イルミネーションはメインの通りだけなので、そこから外れれば、あちこちに薄暗いベンチがあります。流れ次第では、そこで告白しちゃってもいいと思います」

「告白!?」


 驚く私に志保が言う。


「無理にとは言いません。その時の雰囲気次第です」


 頬を染める私を、志保が真顔で見つめる。


「主任は奥手です。先輩から告白しない限り、関係が進展することはないと思ってください」


 それはそうかもしれないけど……


 本番は明日だというのに、早くも緊張してきた。

 ドキドキし始めた私の手に、志保がプランを書いた紙を四つ折りにして握らせる。そして、残ったもう一枚を、やはり四つ折りにして自分のポケットにしまった。


「それは?」


 不思議に思って私が聞いた。


「こっちは雨の日用のプランです。でも、明日の降水確率はゼロなので、必要ありません」


 何でもないことのように志保が言う。


「それと、週明けの月曜日は公園で反省会をするので、お弁当を持ってきてください」

「反省会……」

「デートの進展具合を踏まえて、次にどうするべきかを考えなければいけません」


 有無を言わせぬその表情に、志保の本気を見た気がした。




 そんなこんなで今に至るわけだが。


「告白って、そんな……」


 志保とのやり取りを思い出して、私は一人頬を染める。まだ始まってもいないのに心臓が早鐘を打ち始めた。

 何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、私は紙を鞄にしまって時計を見る。

 時刻は十二時四十分。


「十分前になったら噴水に行こう」


 呟いて前を見た私は、目を丸くした。

 噴水の前、人混みの中に、すでに主任が立っていた。


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