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主任と私  作者: まあく
16/60

16.目撃

 本屋で料理本を探したが、いい本がなかったので、諦めて店を出る。


「ご飯、どうしよう」


 意外と遅くなってしまった。家に辿り着くまでお腹がもちそうもない。


「そう言えば」


 近くに、志保と何度か行ったカフェがあるのを思い出した。たしか軽食もあったはずだ。

 ちょうど信号が変わったので、大通りを渡って路地に入る。シャッターの閉まった雑貨屋さんを過ぎ、緑色の看板を見付けると、私は窓から中を覗き込んだ。


「席、空いてるかなぁ」


 私がぐるりと店内を見回す。その視線が、一カ所に釘付けになった。

 二人連れの客。それはうちの社員だった。それも、見掛けたことのあるというレベルではない。

 それは、志保と三上主任だった。


 志保が何かを話している。主任がそれを聞いている。

 楽しそう、という雰囲気ではない。何かの相談をしているような、そんな感じだ。たが、主任の表情は真剣そのもの。仕方なく付き合っているという顔ではなかった。

 ふと。


「あ……」


 志保が、急に笑った。

 それを見て、主任も笑った。


 上司や先輩からの誘いも、後輩からの誘いもすべて断ることで有名な主任が、時間外の、しかも社外で志保と会っている。たとえそれが相談事だったとしても、私の中ではあり得ない光景だった。

 踵を返して私が歩き出す。


「どうして?」


 混乱したまま、空腹も忘れて、私はふらふらと駅に向かって歩いていった。




 翌朝。


「おはようございます、由香先輩」


 いつもの挨拶。”おはようございます”は大きな声で、”由香先輩”は私の耳元で囁いて、志保が笑う。

 その志保が、私の顔を覗き込んだ。


「先輩、昨日眠れなかったんですか?」

「そんなことないわよ」

「じゃあ、体調でも悪いんですか?」


 相変わらず志保は鋭い。化粧で隈を隠しているのに、あっさり寝不足がバレた。


「まあ、ちょっとね」

「無理しないでくださいね。先輩は、すぐ何でも抱え込んじゃうんですから」


 誰のせいよ


 と言いたいところだが、それはさすがに言えない。


「分かったわ。いざとなったら頼らせてもらうね」

「はい!」


 嬉しそうに笑って志保が席に着いた。

 仕事の準備を始める志保を横目に、コーヒーを飲む振りをしながらこっそりため息をつく。

 昨夜はあれこれ考えてよく眠れなかった。


 主任は、じつは女性からの誘いは断らないのだろうか

 それとも、相手が志保だから断らなかったのだろうか


 志保は、学生時代から男子にモテた。私が知っているだけでも告白された回数は一度や二度ではないし、少なくともそのうち一人とは付き合っていたはずだ。


 志保は、主任みたいな人がタイプなのだろうか

 主任は、志保みたいな子がタイプなのだろうか


 そんなことを考えながら寝返りを繰り返し、ようやくウトウトしたと思ったら朝になってしまった。

 顔を上げて、二つ離れた島にいる主任を見る。姿勢よくキーボードを叩く姿はいつもと変わらない。


 私、どうかしてるわ


 今度こそコーヒーを一口飲み、またため息をついて、私は仕事を始めた。


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