16.目撃
本屋で料理本を探したが、いい本がなかったので、諦めて店を出る。
「ご飯、どうしよう」
意外と遅くなってしまった。家に辿り着くまでお腹がもちそうもない。
「そう言えば」
近くに、志保と何度か行ったカフェがあるのを思い出した。たしか軽食もあったはずだ。
ちょうど信号が変わったので、大通りを渡って路地に入る。シャッターの閉まった雑貨屋さんを過ぎ、緑色の看板を見付けると、私は窓から中を覗き込んだ。
「席、空いてるかなぁ」
私がぐるりと店内を見回す。その視線が、一カ所に釘付けになった。
二人連れの客。それはうちの社員だった。それも、見掛けたことのあるというレベルではない。
それは、志保と三上主任だった。
志保が何かを話している。主任がそれを聞いている。
楽しそう、という雰囲気ではない。何かの相談をしているような、そんな感じだ。たが、主任の表情は真剣そのもの。仕方なく付き合っているという顔ではなかった。
ふと。
「あ……」
志保が、急に笑った。
それを見て、主任も笑った。
上司や先輩からの誘いも、後輩からの誘いもすべて断ることで有名な主任が、時間外の、しかも社外で志保と会っている。たとえそれが相談事だったとしても、私の中ではあり得ない光景だった。
踵を返して私が歩き出す。
「どうして?」
混乱したまま、空腹も忘れて、私はふらふらと駅に向かって歩いていった。
翌朝。
「おはようございます、由香先輩」
いつもの挨拶。”おはようございます”は大きな声で、”由香先輩”は私の耳元で囁いて、志保が笑う。
その志保が、私の顔を覗き込んだ。
「先輩、昨日眠れなかったんですか?」
「そんなことないわよ」
「じゃあ、体調でも悪いんですか?」
相変わらず志保は鋭い。化粧で隈を隠しているのに、あっさり寝不足がバレた。
「まあ、ちょっとね」
「無理しないでくださいね。先輩は、すぐ何でも抱え込んじゃうんですから」
誰のせいよ
と言いたいところだが、それはさすがに言えない。
「分かったわ。いざとなったら頼らせてもらうね」
「はい!」
嬉しそうに笑って志保が席に着いた。
仕事の準備を始める志保を横目に、コーヒーを飲む振りをしながらこっそりため息をつく。
昨夜はあれこれ考えてよく眠れなかった。
主任は、じつは女性からの誘いは断らないのだろうか
それとも、相手が志保だから断らなかったのだろうか
志保は、学生時代から男子にモテた。私が知っているだけでも告白された回数は一度や二度ではないし、少なくともそのうち一人とは付き合っていたはずだ。
志保は、主任みたいな人がタイプなのだろうか
主任は、志保みたいな子がタイプなのだろうか
そんなことを考えながら寝返りを繰り返し、ようやくウトウトしたと思ったら朝になってしまった。
顔を上げて、二つ離れた島にいる主任を見る。姿勢よくキーボードを叩く姿はいつもと変わらない。
私、どうかしてるわ
今度こそコーヒーを一口飲み、またため息をついて、私は仕事を始めた。




