第二十五話 歓喜に沸く里
定軍山の麓、時空魔法士の里に来て、私達が初秋に隠れ里を逃亡して以来初めて、心から安心して夜を眠り、心から酒を楽しむことができるようになった。
この定軍山中腹に広がる里は、魔の民である各氏族が住まう魔境の中で、最も安全と言われている。
彼らが住まう山の中腹に広がるなだらかな斜面は、定軍山からの豊富な湧水に恵まれ、この地に繋がる両端の道は、ともに登攀不能な急斜面の崖と、深い谷の間を細く縫った道、隘路以外にない。
そのため、両端の狭い部分さえ守れば、侵入者や魔物を防ぐことができる、天然の要害となっている。
だが、良い事ばかりではない。
広く扇型に広がる草地は、その土壌が農耕に適さず、一部の例外を除き十分な収穫を得ることが難しい。
その為、ここに住まう時空魔法の氏族は、近くに里を持つ風の氏族、彼らからの実りを頼りにしている。
アベルが度々ゴートの街を訪れ、魔境で得た魔物素材を売り、食料や産品を入手していたのも、風の氏族に物々交換で渡す物を手に入れるためだった。
逆に、風の氏族が住まうエスト―ルと呼ばれた地域は、川に沿って豊かで肥沃な大地があるらしい。
時折起こる氾濫は、上流より肥沃な土壌を大地にもたらし、毎年、非常に豊かな実りを得ているそうだ。
また、彼らの住まう地域は、魔境のなかでもかなり魔物が少なく、それは風に愛され、弓を得意とする彼らの活躍の場を逆にせばめていた。
彼らは、狩りの腕を振るい、魔物素材を得ることができる地を求め、隣の時空魔法士が住まう地を頻繁に訪れていた。
安全な拠点と狩場の両立、これは定軍山に住まう彼らの最大の利点だった。
2つの氏族は、それぞれの地理的な要因で交流を深めた。
この里に滞在する我々も、風の氏族の者たちと非常によく出会う。
本来、各氏族はそれぞれの里に住まい、お互いに交流することは殆どないとのことだ。
風の氏族と、時空魔法の氏族の関係は、むしろ例外的なものらしい。
氏族が交わらないことには理由があった。
なぜなら、交わることで失うものの代償が大き過ぎた。
頻繁に行き来があれば、氏族を超えて結ばれる者も出てくるが、その災いは彼らの子供や孫、子孫に及ぶことになってしまう。
混血により、一定の割合で魔法が使えない者が生まれてくるのだ。
魔境に住まう魔の民にとって、魔法が使えないことは、氏族としての証をもたないだけでなく、生きぬく力を失うことに他ならない。
魔の民は、かつて魔の民であった人外の民が歩んだ歴史を恐れた。
そのために、各氏族は交わることなく孤立して生活し、血統を守り続けていた。
だが、互いに共存関係にあった2つの氏族は事情が異なった。
互いに惹かれあった者たちが、血統を超えて残した子供たち、その子孫に影響を残していた。
直接の子供でなくても、孫世代、さらにその先に影響を及ぼすこともあったからだ。
氏族を率いる長の2人にとって、それは回避できない大きな課題となっていた。
そんな時、アベルより驚くべく情報がもたらされたのだった。
彼らよりもっと混血の進んだ、人外の民が魔法を復活させたこと
復活させるための魔法を持つ、カイルという青年の存在のこと
彼らはこの情報に飛びついた。
通常ならあり得ないこと、氏族の長の名代として2人の次期継承予定者が魔境を出て、人界の民が住まうローランド王国まで足を延ばした理由には、こういった裏事情があった。
因みにこの2人は、私と対面したのち、それぞれ長の地位を継ぎ氏族長となっている。
<時空魔法の氏族>
里の人口:約400名
魔法が使えない者:20名
<風魔法の氏族>
里の人口:約500名
魔法が使えない者:30名
「カイルさん、早速で申し訳ないですが、彼らを見てやってください。
風と時空の魔石は、こちらに用意しております」
彼らの里に到着した翌日、クーベル氏族長は私に彼らを紹介した。
外見上に風の氏族の特徴を残す者、他の時空魔法士と変わらない者など様々だった。
そして、両手にそれぞれの魔石を持ち、私は彼らの傍らに出ていた表示を注意深く見つめた。
「大丈夫です。皆さん魔法士として、付与可能のようです。
人によって風と時空魔法の違いはありますが……」
「おおっ!」
「わぁぁぁっ!」
緊張した様子で並んでいた彼らは、歓喜の声を上げる者、泣き出す者、黙って喜びを噛みしめる者など反応は様々だった。
「早速、付与を行いますか?
人数分の魔石があれば……、のお話ですけど」
「はいっ、両方の魔石を人数分以上、念のため他の属性の魔石も少々、ここに取り揃えております。
もちろん、余ったも物はお礼に全て差し上げます」
「ありがとうございます。
では……」
この日、定軍山の麓は、歓喜の声で満ち溢れた。
そして7日後には、ファラム氏族長に率いられた、風の氏族の者たちが駆け付けた。
「カイル殿っ! ご無沙汰しております。
クーベル殿より知らせをいただき、急ぎ我らも駆けつけて参りました!」
私は彼らの慌てぶりから、この問題が余程大きな問題として彼らを悩ませていたことを理解した。
「ファラム殿、ご無沙汰しております。
またお会いできたこと、我々も非常に嬉しく思っております。
早速始めますか?」
「はいっ!
カイル殿のお越しを一日千秋の思いで待ち望んでおりました。
クーベル殿のお話を聞き、居ても立っても居られず……、もちろん十分な量の魔石も持参しております」
彼らの勢いに、その思いを察した私は、早速鑑定を行うことにした。
「そうですね……、うん、はい……、あれ?
あ、そっか……」
私の呟きに不安な表情を浮かべていた、ファラム氏族長だが、私も他意があったわけではなく、単に少し驚いていただけだった。
「29人の方に風または時空の鑑定が出ていますが……
お持ちいただいた魔石に、光の魔石はありますか?」
30人いた中で、29人と言った時、ファラム氏族長は一瞬表情を曇らせたが、それに続く言葉に戸惑いの表情を見せた。
「お一人だけ、光魔法士の鑑定が出ていましたので……」
「はい、ござます。お礼として持参した魔石の中に。
でも光魔法士ですか?」
「はい、私の里の仲間にも、光魔法士はおりますが、珍しいと思って……
風魔法士と時空魔法士の間に、光魔法士が生まれることもあるんですか?」
「光魔法士の氏族は、遠き地に里を構え、その数も少ないと聞いております。
間に広大な魔境があるため、我らとの交わりもありません。
ただ……
言い伝えでは、異なる氏族の血が混じると、非常に稀に、全く違う属性を持つ魔法士が生まれる。
そんな言い伝えがありますが、誰もそれを確認した者はいないと聞いています」
「わかりました。
ではまず光魔法士の方から付与を行い、その後皆さんも……」
この日再び、この里には歓喜の声がこだますることになった。
2人の氏族長からいただいたお礼で、私は人外の民である仲間たちに対しても付与を行った。
お礼で得た魔石の数は全部で73個もあった。
もちろん、その大多数は風と時空属性の魔石だったが……
今回も今までと同様、戦いや、魔法を使用した労働に向かない、子供や老人を除き、予め決めていた優先度に応じて対応した。
そして仲間の中で新たに38名、合計で97名の魔法士が復活した。
里は、3度目の歓喜の声で溢れることになった。
<魔法士総数 97名>
火魔法士 14名 + 2名 0個
地魔法士 10名 + 3名 0個
水魔法士 9名 + 3名 0個
風魔法士 9名 + 15名 17個
聖魔法士 6名 + 2名 0個
時空魔法士 4名 + 3名 20個
雷魔法士 3名 + 3名 0個
光魔法士 2名 + 1名 0個
氷魔法士 1名 + 2名 0個
音魔法士 1名 + 3名 0個
闇魔法士 0名 + 0名 2個
重力魔法士 0名 + 1名 1個
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59名 + 38名 計97名




