3.運命の歯車
運命って言葉を信じるだろうか?
この出逢いは決して偶然ではないだろう。
俺たちは出逢うべくして出逢ったんだ。
そう信じたい。
運命の歯車はゆっくりと音を立て回り出したんだ。
-運命の歯車-
「さてと、ここか」
俺、深見永一は校門の前で目の前の学校を眺めていた。
真新しい校舎にこれからどんな高校生活が待ってるのか、胸を躍らせては……いなかった。
あるのは緊張、そしてこれからの生活の心配。
事情により俺は両親は共にいない。亡くなったかどうかも定かではない。
それでも今までその両親が残したと思われる金で過ごしてきたが、足りなくなった。
そして親戚が住む近くの高校に転入することになった。
高校三年間ぐらい持つだろうという甘い考えがアダとなった。
おかげで親戚のおじさんには酷く怒られた。最初からそうしていろっと。
で、結局下宿という形でお世話になることになった。
今まで一人暮らしだったからその方が俺にとっても良かった。
さて話が長くなった。俺はついに新生活の第一歩を踏み出そうとした時だった。
「危な~い!」
「あん?」
背中に痛みが走った。
声の主や何が起きたか把握できないまま、俺は地面に倒れた。
「いっつ……何事よ?」
俺は背中をさすりながら後ろを確認する。
そこにはヘアバンドをした女の子がいて、自転車が横たわっていた。
要約すればこの女の子が自転車で俺に突撃してきたというわけだ。
「痛た……もうなんでこんなところに突っ立ってんの?」
「俺からすればなぜ自転車で突っ込んできたか聞きたいんだが……」
「遅刻すると思って急いでいたのよ!」
「あーそう……」
とりあえず俺からすれば謝ってほしかったり、労ってほしかったりするのだが……
なんて思っていたら女の子が首を傾げ、俺をじっと見ていた。
悪い気はしないかな、思ったより可愛い子だし。
なんて思いながら女の子のことを見ていたら……
「あーっ!」
俺と女の子は同時に声を上げた。
「お、お前、伊万里じゃねーか!」
「あんたこそ永一じゃない! なんでこんなところにいるの!?」
紹介しよう。女の子……いやこいつの名前は佐伯伊万里という。
俺の幼馴染で中学生まで同じ学校に通っていた。
高校になって俺は先ほどいった事情により、別の学校に通うことになった。
まぁ……結局は一年で戻ってきたわけだが……
「今日からこの学校に通うんだよ」
「えーっ!? どうして!?」
「まぁ……色々事情があってな」
「ふ~ん……ってこんなことしてる場合じゃなかったわ!」
「ちょっと待て!」
「何よ!? あたしは急いでいるの!」
「職員室まで案内してくれ。どうせ遅刻なんだから俺を連れてってくれたほうが誤魔化せるぞ」
先ほど二人で声を上げた時にチャイムが鳴り響いていた。
どうせ遅刻なら転校生を案内してた方がカッコがつくだろう。
「それもそうね。こっちよ」
伊万里も納得したようだ。
倒れた自転車を……俺が起こして自転車置き場まで運ぶ。
「って何で俺がやるんだよ!」
「あんたなんだから当たり前でしょ! 私だって膝すりむいちゃったし」
「お前が突っ込んできたんだろ!」
「だからあんたが突っ立ってんのが悪いでしょ!」
俺と伊万里はいつもケンカばかりしていた。
クチを開けばあんたが悪い、お前が悪いと……
でもそんな憎まれ口を叩き合うのが俺らの付き合いだと……俺はそう思ってる。
「もう、あんたに付き合ってたら余計遅れたじゃない!」
「知るか! お前が謝れば済む話だったろうが!」
結局、校門のところで五分弱、言い合いをしていたせいで職員室に行くのが更に遅れた。
幸い、担任の先生は俺が来るってことを知っていたため待っていてくれた。
「佐伯、遅刻だぞ」
「はい……すいません」
どうやら俺の担任と伊万里の担任は同一人物らしい。
つまり同じクラスになるということだ。
運命ってやつは恐ろしい。
だが運命ってやつはそんなもんじゃ終わらなかった……
「さ、入って」
担任の先生に言われるがまま、担任のすぐ後に俺は教室に入った。
ちなみに伊万里も一緒に堂々と入ってきた。
「今日はまず転校生を紹介する」
「せんせー、転校生って伊万里のことなん?」
「違うわよ!」
一番後ろの真ん中の席に座っている大柄な男が伊万里のことをからかった。
クラス中が笑い、伊万里はその男に対し文句を言いながら自分の席に座った。
さて、と担任が切り替えしたところで黒板に俺の名前を書く。
そして挨拶を促され、俺はクラス中を見渡した後、自己紹介を始めた。
「深見永一です。よろしくお願いします」
当たり障りのない挨拶をして、俺は頭を下げた。
拍手をもらったところで先ほど伊万里をからかった男が手を挙げた。
「せんせー、ワイの横あいとるでー」
「そうだな。深見くんは中井の隣に座ってくれ」
「分かりました」
俺は教壇から降りて、中井と呼ばれた男の横の机に向かった。
「こっちや、こっち。ワイは中井一俊や。よろしゅうな」
関西弁が特徴の中井一俊という男。
大柄でまぁ、見た目判断だがスポーツが出来て勉強が出来ないといったタイプだろう。
ただ人懐っこいというか、すぐにでも誰とでも友達になれそうなやつだとはすぐに分かった。
「さっきも言ったけど……」
「永一やろ? ワイのことも一俊でええわ」
「あ、そう。んじゃよろしく、一俊」
「おう、よろしゅうな」
挨拶を終え、先生の話を聞こうと……したが隣の一俊が質問攻めをしてきた。
どこから来たのか、女性のタイプは、得意科目はなんだ、などなど……
合コンか、とツッコミたかったが一応返す俺も相当人がいいと自分で思う。
「というわけだが、中井。聞いてたか?」
「なんや?」
「なんや、じゃない。あんまり深見のこと苛めるなよ」
「ワイがそんなんするわけないやろ。大丈夫や」
「じゃあせめて先生が喋ってる時は黙ってろよ」
「気が向いたらの」
担任は最後にまったくと言い、教室を後にした。つまりホームルームの終わりを意味する。
おかげさんでほとんど聞いていなかったが横に座ってる一俊は悪びれることもなく笑顔でいた。
皆、一時間目の準備を始めてる中、伊万里が俺のところに来た。
「どう永一、もう中井くんと仲良くなった?」
「当たり前やろ! ってなんや伊万里、永一とは知り合いなん?」
伊万里の質問に答えたのは一俊だった。
お前がさっきから一方的に話してるだけだろっというツッコミをしたかったがまぁ仕方ない。
それにこういうタイプと付き合うのは嫌いじゃない。
「幼馴染なの」
「へぇ~そうなんか。伊万里みたいなんが幼馴染なんて永一も大変や――アダッ!」
有無を言わさず暴力的口封じをする伊万里。
相変わらずの性格らしい。
それにしてもこれが日常なのか、お互い慣れている様子だった。
「そや、皆のことも紹介せなあかんな。おーい、雅憲」
雅憲と教室中に聞こえるように呼び、すぐにその雅憲と思われる人物は黒板を綺麗にしていた。
金髪で肩にかかるぐらい男にしては長い髪をかきあげ、俺らのところに来た。
「なんだい、一俊」
「永一に紹介しようと思ってな。ほら自己紹介や」
「まったく……それだったら後でしようと思ってなんだけどな」
「こういうのは早いほうがええんや!」
「はぁ……えっと深見永一くんだったかな? 僕は滝田雅憲だ。よろしく」
「ああ、よろしくな」
自然と手を出してきて俺はその手を軽く握り返す。
「雅憲はあの滝田グループの後継者なんや!」
「もう余計なことは言わなくていいよ」
「へぇ、凄いじゃん。でも関係ないよな」
「え?」
「誰であろうと俺は友人には普通に接するぜ? いいのか?」
御曹司ということで誰もが抵抗あると思うし
それを妬んだり利用しようとしたりするやつもいるだろう。
だが、俺はそんなのは好きじゃない。
だからこういうときには最初にビシッと言っておくべきだろう。
「くすっ、君は面白いな。気に入ったよ。もちろん普通に接してくれたまえ」
「バカなだけよね」
「やかましい」
伊万里の茶々に対し、俺は軽くツッコミを入れた。
更に一俊は次々と人を呼んでは紹介してくれた。
男女問わず、誰も一俊の呼びかけに無視をしたやつはいない。
クラスの中心人物であり、慕われているのが感じ取れた。
「岩元未央です!」
「ふ、深見永一です。よろしく」
伊万里が連れてきた女子はとても大きな声でクラス中に響いた。
俺は圧倒されながらも自己紹介した。
「もう未央、そんな固くならなくていいから。それに声も大きいし」
「ご、ごめんなさい……」
「未央は男慣れしてないの。だから手を出したら容赦しないわよ」
「あぁそうなんだ。伊万里とは正反対ってわけ――ぐはっ!」
すぐに暴力行動に移る伊万里。
たまにはクチでものを言わせてもらいたいものだ。
「ま、こんなもんやな」
「待つんだ一俊。吉田さんがまだだぞ」
「おっとそやったそやった。どこ行ったんや?」
「かなえだったら今日は日直だから日誌取りに行ったわよ」
「なんやタイミング悪いな……」
罰悪そうに頭をガシガシとかく一俊。
「ま、ええわ。かなえちゃんは来たら紹介したる」
そう言って一俊は再び俺に質問タイムと言わんばかりに話しかけてきた。
話しているうちに1時間目の予鈴が鳴り響いた。
その同時に教室のドアが開いた。
「お、かなえちゃん。ようやく来たな」
一俊がそう言って大声で入ってきた娘を呼ぶ。
かなえちゃんと呼ばれた娘がこちらを見た時、俺は時が止まるのを感じた。
一瞬、思考が停止した。
周りに何も映らなくなり、彼女だけが瞳に映る。
「初めまして、吉田かなえ(よしだかなえ)です」
「あ、初めまして……深見永一です」
ペコリと頭を下げる彼女に俺は完全に一目惚れをしてしまったようだ。
一目惚れなんてものは信じないけど……
一瞬で心奪われた事実に俺は固まった。
転校もなるべくしてなったのなら、この出会いこそ運命と呼べるんじゃないかと。
そう、俺は彼女と出逢うためにこの学校に来たんだ。
運命の歯車は音を立てゆっくりと回り始めた……




