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幸せのある場所  作者:
28/30

28.幸せのある場所へ


 今日はKANAが亡くなった命日。


 この日で全て終わりにしようと決意した。


 俺が七年前のあの日から生きる目的だったKANAの両親への復讐。


 それを完遂させて、俺もKANAのもとへ逝く。


 それが俺の描く最高のシナリオ。


 待ってろよ……KANA……




-幸せのある場所へ-




 パパッと復讐を終わらせるのは簡単だ。

 だがそうはいかなかった。

 俺が死ぬことを分からせなければならない。

 そのために今まで微々たる量だがお金を送ってきたのだから。

 ということで志穂姉の口座には今の全財産の半分を振り込んだ。

 今までとは一応桁が違う。

 大した金額ではないがこれで勘のいい志穂姉なら気づくはずだ。

 そして全財産のもう半分は彼女に送ることにした。

 俺と智を……KANAと会わせてくれた彼女に……

 そう思い、彼女を呼び出した……のは良かったが忙しかったらしくとある療養所の前まで来いと言われた。

 何をしてるかと思ったら智の尾行……見張りらしい。

 話を聞くと最近、智がこの療養所にいる女性の見舞いに来ているらしい。

 また複数の女性と会っているという噂も聞いたらしい。

 つまり浮気を気にしているというわけだが智に限ってそれはない。

 大体……


「見舞いぐらい許してやれ、というか嫉妬も可愛いもんだがお前と智、正式には付き合ってもいないだろ?」


 彼女は俯いて黙った。

 付き合ってもいないのに浮気がどうこうという話じゃない。

 やれやれ、智も押しが弱いしこの調子じゃいつ結婚まで行くのは心配になってきた。

 だけど俺はもう今日死ぬ予定だ。

 結婚まで見届けられないのが残念だが、仕方ない。

 俺は手っ取り早く話を終えるため、全財産の半分を入れた茶封筒を彼女に差し出す。

 一応、家賃代は払っていたから彼女もとりあえずは受け取った。

 ただ受け取ってすぐに厚さの違いに気づき、顔を歪めた。

 そして中身を確認したら目を見開いて驚いていた。

 驚かれるほどの金額じゃないが、今までより一応桁が違うからな。


「ど、どうしたの、これ」


「部屋代……も込みの俺の感謝料だ」


「感謝料?」


「俺と智……そして再びKANAに会わせてくれた感謝の気持ち」


「どういう……こと?」


 彼女は真剣な眼差しで俺を見てくる。

 彼女には少し話したっけな。

 俺が生きてる理由。

 まずはそこから説明してやるか。


「前に言ったっけ? 俺の生きてる目的」


「復讐……でしょ? 愛する人が殺されたって……」


「そ。それがな、実は智の双子の姉なんだ」


「えっ? えぇっ!?」


 彼女は大変驚き、目を丸くしていた。

 ま、当たり前か。

 俺は気にせず話を進めた。


「智と初めて会ったときに出した吉田家の情報」


「あ、確か知り合いが吉田家に恨みを持った人がいる……ってまさか!?」


「そういうこと。それは実は俺本人だったりしたんだな、これが」


 もう隠す必要はない。

 全てを彼女に話す。

 俺はもう開き直っていた。


「でもKANAの肺を持った双子の弟が目の前に現れては仕方ない、と今まで復興を手伝ってきた」


「辛くなかったの?」


「辛い? んにゃ、俺が唯一吉田家で恨みきれなかった存在が智だ。その智と過ごせて楽しかったさ」


 これは俺の本音だった。

 仕草や態度、やはり双子の姉弟だけあって似ている。

 KANAと一緒にいた僅かな時間を再び感じられて俺は幸せだった。


「正直、高校二年の夏からお前と出会うまでの期間。辛かったよ」


 それは裏社会で生きていた期間。

 様々なことがあった。

 ここでは言いきれないから端折るけどな。


「でもお前と出会って、智と出会った。俺は生きる楽しさをまた知れたよ。だからありがとう」


「じゃ、じゃあこの感謝料って何!?」


 彼女は察しつつあるみたいだ。

 体が小刻みに震えていた。


「まぁ、これでも飲んで落ち着け。話すことはまだあるからな」


 そういって俺は缶コーヒーを渡した。

 彼女は受け取って一口飲んだ。


「実を言うとな、俺はもう長くない」


「え……?」


「いわゆる病気ってやつだな」


「そんな……!?」


「病気で死ぬのも悪くはない……が、やっぱり俺の手に残ったのは復讐だけなんだ」


「永一……あなた、まさか……!?」


 彼女は話の流れから察してくれた。

 だけど俺はハッキリと口にする。


「俺は今日、KANAの父親を殺して、死ぬ」


 道連れ、後追い自殺ってやつだ。


「実はな、今日はKANAの命日なんだ。ちょうどいいだろ?」


「ば、バカッ! 何考えて……」


 彼女の体が大きく揺れる。

 倒れそうになったところを俺は支え、ベンチへ座らせた。


「永一……まさか……」


 当然止められるだろうと予想していた俺は缶コーヒーに予め睡眠薬を入れておいた。

 彼女は鋭いから開けた缶コーヒーを渡したら警戒しただろう。

 だから俺は最初に動揺させた。

 動揺でパニックになった彼女は缶コーヒーに疑問を抱かずに飲むはずだと。


「目覚めて間に合ったら智と一緒に止めに来てくれ」


 俺は笑顔で彼女が眠るのを見届けた。

 万が一にも間に合うことがあれば……俺は少ない人生を智と彼女のために尽くそう。

 そう思いながら俺は療養所を後にした。




…………*




 俺は療養所から真っ直ぐに吉田家に向かった。

 KANAを殺したあの男を殺して、守れなかった俺自身も殺す。

 ショーの始まりだ。

 今日のために吉田家の間取りや使用人の人数を徹底的に調べ上げた。

 結果、今日、この時間にいるのはKANAの両親とおばの三人だけのはずだ。

 そして俺はブレーカーを落とし、家中を暗くする。

 足音を忍ばせながら目的の部屋に向かってると人が来る気配を感じた。

 目的の人物ならすぐに切りつけてやろうと思ったがその人物は女性だった。

 そう、殺す気はないが許せる存在でもないKANAのおば、本庄敦子だ。

 俺は本庄敦子の腕を取り後ろにまわし、反対の手で口を塞ぐ。

 暴れる本庄敦子に対し俺は一言放った。


「お前だったらKANAを救えたはずだ」


 その瞬間、本庄敦子は抵抗する力を弱めた。

 そこに俺はナイフの柄で本庄敦子の首を強打した。

 本庄敦子はその場に倒れ込んだ。

 死にはしないだろう。まぁ、死んでKANAに謝るのも一つの道かもしれないがな。

 俺はそのまま目的の部屋に向かい、部屋を開けた。

 目の前に、KANAの親父……憎むべき存在が立っていた。

 俺は今すぐ殺してしまいたい衝動に駆られるが、抑え込み話をすることにしてみた。


「なぜKANAを殺した?」


「KANA……だと?」


「吉田かなえの話をしてるんだよ」


 ナイフを持つ手に力が入る。

 歯を食いしばり、じっと我慢をする。

 殺すのは簡単だ。

 別にこの男に悔やんでほしくて言ってるんじゃない。

 ただKANAはどんな男のために身を犠牲にしたのか……

 今更憎悪が増したところで関係ない。

 だから話を聞いてやることにした。


「智の……全ては智のためだ」


「は? 何言ってんの、お前」


「双子さえ生まれなきゃ、こんなことにはならなかったんだ! 私は!」


「――ッ!」


 俺は一気に近づき、押し倒し馬乗りになる。

 双子さえ生まれなきゃ?

 KANAがいたから智は助かったんだろ?


「かなえなんて最初からいなかった! 私の息子は智ひと――!」


 俺は左手で男の顔を殴っていた。

 それ以上聞いたらさすがの俺もいかれてしまう。

 最ももういかれてるのかもしれないがな。


「言い残すことはないな」


 俺はナイフを構える。

 男が必死に謝り、助けを乞うている。

 だが俺には関係ない。

 今、この瞬間だけを夢見て生きてきたんだ。

 しかし俺の右手は動かなかった。

 そう脳裏に智の顔が浮かんだんだ。

 今、ここでこの男を殺したら、智はなんて思うだろう?

 心優しい智のことだ。そしてこんな親がダメにした会社を一生懸命建て直そうとしている。

 仮にも親なんだ。智は悲しむだろう。

 俺が復讐を果たせば智は悲しむ。それが俺だと分かるのも時間の問題だろう。

 僅かだが、偽名を使ってだが一緒にいた男とが親を殺したと知ったら智はどんなに苦しむだろう……

 復讐を我慢すれば智の苦しみを少しでも減らせることが出来るだろう。

 ……俺は振りかざしたナイフをゆっくりと降ろした。

 KANAが救いたかった智を俺も救いたい。

 智のためだったら俺は我慢してやる。

 俺は憎き男の頭を蹴り飛ばし、部屋を出た。

 終わるなら……終わる場所は決めてある。

 KANAが暮らしていた、KANAの思い出が詰まった、KANAが住んでいたという家。

 終わるならそこがいい。最後の瞬間までKANAを感じていたいから。

 そう思い、外に出てみると警察やら野次馬やら結構な人数がいた。

 手回しの早い事、と思いながらその包囲網を突破したところ、見慣れた顔が車で寝てるのを発見する。


「よっ!」


 俺はドアミラーをノックして彼女を起こした。


「え、永一!?」


「へぇ、良く間に合ったな。薬の量、少なかったか?」


「多いくらいよ……それよりあんた!」


「……でももう終わりだ。ようやくKANAのところへ行ける」


「ちょ、ちょっと待って! 永一!」


 彼女は車から降りて俺を止めようとした。

 しかしやはり薬が効いてるのか動きが鈍かったため、俺は素早く手刀で首を捉えた。


「うっ……」


「悪いな。間に合ったのに」


「え、永一……」


 彼女はその場に倒れ込んだ。

 彼女がいるってことは智も来ているはずだ。

 二人でいたら俺も踏みとどまったかもしれないなと思いつつ……

 さてさて、警察もいる以上長居は無用だ。

 俺は素早くKANAが暮らしていた家へ向かった。

 これでようやくKANAのところへいける……

 そう、幸せのある場所へ……!

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