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幸せのある場所  作者:
26/30

26.生きているよ

 朝、私は凄く緊張していた。


 ううん、正確には前日から。


 緊張でよく眠れずに朝を迎えた。


 理由は永一くんの親戚に会うため……


 永一くんは親戚の人と住んでいたようなものだった。


 つまり家族同然の人たち……


 その人たちに一言謝るため、私は親戚の人会うことになった。


 なんて言えばいいんだろう……


 でも何を言われても覚悟しなきゃいけない……


 それだけのことを私は……してしまったのだから……




-生きているよ-




「は、初めまして、吉田かなえです」


 緊張で声が震えてしまった。

 私は今、伊万里に連れられ永一くんの親戚の人に会いに来た。

 頭を下げて、挨拶をしているためまだ表情は見えていない。

 だけど私の後ろにいる伊万里がクスッと笑ったのが聞こえた。


「やっぱ姉弟ね。智が初めて滝田グループの会社に来た時と一緒だわ」


「えっ?」


「緊張隠せないってところかしら。見てて面白いわ」


 完全にフォローする気はないらしい。

 こっちはどれほどの思いで来てるのか、訴えたかったけど……

 良くも悪くも伊万里らしいといえばらしい。


「そう、あなたが……初めまして、永一のいとこの藤井志穂よ」


 言葉からは感情が読み取れなかった。

 私は顔を上げ、志穂さんの表情を見る。

 少し疲れている様子に見える。

 でも優しい瞳は永一くんを思い出す印象を受けた。


「さ、上がって。お父さんは店があるから相手出来ないけど」


 先に伊万里が靴を脱いで上がった。

 それに続いて私も靴を脱いで、用意されたスリッパに履き替えた。

 志穂さんの案内でリビングに行き、テーブルを挟んで志穂さんの前に座る。

 伊万里は横に座り、早速テーブルにあった紅茶を一口飲んだ。


「もうすぐ七年になるのかしら? 早いわね月日が経つのって」


 志穂さんはカレンダーを見つめながら言う。

 カレンダーは二つ壁にかけてあった。

 一つは今のカレンダーだけどもう一つのカレンダーは七年前のカレンダーだった。

 そして七年前のカレンダーには赤丸がついてあった。


「ゴメンね、かなえちゃん。辛いでしょ?」


 カレンダーを見てると志穂さんが急に気遣ってくれた。

 私は驚きながらも首を横に振った。


「いえ……私のせいでこんなことになってしまったので……」


 恐らくだけど赤丸は日にち的に永一くんがいなくなった日だと思う。


「そんなことないわ。かなえちゃんは負担になりたくなかったんでしょ?」


「……はい……」


「だったら私が責めるのは間違ってるわ。かなえちゃんもあんまり気にしないで」


 優しい表情で言ってくれる志穂さん。

 永一くんとは親戚ということだけどその表情はとても良く似ていた。

 相手を安心させる雰囲気を持っていた。


「カレンダーはね、一応忘れないために、ね。忘れられるわけないんだけど」


「あいつが帰ってきたら外すつもりなんですよね?」


 伊万里がケーキを食べながら志穂さんに質問した。


「えぇ、もちろん。それより伊万里ちゃんだけ食べてないでかなえちゃんもどうぞ」


「あ、すいません、いただきます」


 目の前に用意された紅茶とショートケーキ。

 志穂さんに勧められ私はフォークを手に取り、一口食べた。


「わぁ、おいしい」


「さてケーキも食べたところで本題よ」


 気づけば伊万里はケーキを全部食べて紅茶も飲み干していた。

 こっちは緊張でそれどころじゃないのに……

 でも志穂さんの柔らかい雰囲気とケーキの甘さに少し緊張が解けてきた。


「かなえ、あんた呑気にケーキなんか食べてないで今日何しに来たんだっけ?」


 そう伊万里に言われて思い出した。


「あ、ごめんなさい。私、謝りに来たんです」


「謝るの何も、かなえちゃん、悪い事してないでしょう」


「でも……私のせいで……」


「永一のこと想ってくれて逆にありがとうよ。永一も見る目あるわね」


「志穂さん……」


 もっと辛辣な言葉を言われるのを覚悟していたから安心したと言えば安心した。

 けど、辛い気持ちに変わりはない。

 七年間、ずっと永一くんのことを待ち続けてきたっていうのは本当に辛い七年間だったと思う。

 ただそんな事情も知らず療養所で暮らしてきた私にとって、許されるのもまた違う痛みがあった。


「さて、かなえも謝った……ことになるのかしらね、これ」


「謝ってほしいとは私も思ってないからいいのよ」


「ま、志穂さんがそういうならいいわ」


 伊万里はカップに紅茶を淹れ、一口飲む。


「それで志穂さん、かなえには喋っていいんですか?」


「えぇ、もちろんよ。今日はそのために呼んだんでしょ?」


 二人の会話が分からず、私はショートケーキのいちごを口に運んだ。

 志穂さんの了承を得た伊万里が私の方を真剣な表情で見てきた。


「いい、かなえ。永一は生きてるわ」


「……えっ!?」


 今までハッキリとは聞かされてなかった永一くんの安否。

 行方不明ということだけ聞いていて、無事かどうかも分からなかった。

 けど伊万里は今、ハッキリと言った。

 永一くんが生きてると……!


「ど、どうして分かるの?」


 私は動揺しながらも何とか声を振り絞った。


「理由は色々あるんだけど実はね、志穂さんの口座にお金が毎月振り込まれてるの」


「お金が?」


「えぇ、永一がいなくなってから数ヶ月後にね。無名義なんだけど」


 志穂さんがそう言って通帳を見せてくれた。

 私はその通帳を受け取り、見てみる。

 毎月、決まった金額ではないが確かに志穂さんの言うとおりお金が振り込まれていた。


「ま、これが永一っていう確証はどこにもないんだけどね」


「でも永一くんしか考えられないってわけですよね?」


「まぁね。私の口座なんて知ってる人限られてるし。それにわざわざ無名義だからね」


 志穂さんの言葉を聞いて、私は希望を持ち始めていた。

 永一くんが生きてる……また会える可能性があると。

 だけどここで伊万里がコホンと咳払いをした。


「でもね、いいことばかりじゃないの」


「えっ……?」


「世間的に姿を消した人間がお金を稼ぐ方法って言ったら正直限られてるわ」


「そ、それって……」


 私は一気に沈んだ気持ちになった。

 伊万里が言おうとしていることが何となく分かった。


「ま、逆に言えば死んだなら逆に見つかりやすいし、そういう意味じゃ生きてる可能性が高いってことよ」


 伊万里がフォローなのかそうじゃないのか分からないフォローをしてきた。


「かなえちゃん、顔色悪いわよ? ほら、紅茶でも飲んで」


 志穂さんが私のカップに紅茶を注いでくれた。

 私は軽く深呼吸をして一口紅茶を飲んだ。


「それで伊万里ちゃんはこれからどうするの?」


「永一探し……かつ吉田家を調べ上げるつもりです。智……かなえの双子の弟も協力してくれますし」


「そう。かなえちゃんはリハビリ?」


「私も伊万里の手伝いをしようと思います。私だけ療養所で黙ってるなんて出来ないので……」


「大丈夫なの?」


 志穂さんが心配そうな顔をして聞いてくる。

 私がここで大丈夫と言っても何の根拠もないと思う。


「大丈夫ですよ。かなえでも出来る簡単な仕事をやらせますから」


 そこに伊万里が今度はちゃんとフォローしてくれた。


「そう……でも無茶しちゃダメよ? 私との約束ね」


「はい、ありがとうございます」


 志穂さんが気遣ってくれるのは嬉しかったけど、同時に申し訳ない気持ちになった。


「じゃあ、かなえは療養所に戻らないとね。私は仕事があるから戻るけど一人で大丈夫?」


「うん、大丈夫。志穂さん、ありがとうございました」


 私は立ち上がって志穂さんに頭を下げる。


「ううん、お礼を言われることは何もしてないわ。かなえちゃん、元気になって永一と幸せになってね」


「……はいっ!」


 ようやく志穂さんの前で笑顔で返事できた。

 もう望んじゃいけないことだと思っていた。

 永一くんと再会すること……また会いたい、その想いが日々増していった……




…………*




 それから私は伊万里の指示で駅を見張ったりと手伝いをした。

 伊万里曰く、可能性は限りなくゼロに近いけど、何もしないよりマシでしょって感じらしい。

 それでも私はただ療養所でリハビリをしているだけじゃ皆に申し訳ない気持ちになる。

 だからただ見張るだけでもその罪悪感から解放される。

 ……ただの自己満足に過ぎないのだけれど……

 いつも敦子おばさんが付き添ってくれるし、智や高校時代の友達、志穂さんが顔を出してくれる。

 そして一緒に駅の近くの喫茶店でティータイムを楽しんだり、食事をとって他愛もない会話をしたり……

 その一時が本当に幸せだった。

 でもその一方で伊万里や永一くんに申し訳ない気持ちがあったりもする……


「やぁ、姉さん。無理してない?」


 今日は智と滝田くんが一緒に顔を見せてくれた。

 仕事の打ち合わせをして時間が出来たらしい。

 ちょうど時間も昼ということでファミレスに入って昼食をとることにした。


「そういえば最近、鹿波さんの姿が見えないわね」


「鹿波さん?」


 敦子おばさんが不意に発した聞いたことない人の名字に私は聞き返した。


「彼は神出鬼没ですからね……こっちからの連絡はほとんど通らないし」


「智、鹿波さんって誰?」


「僕の友達……っというか仕事をちょっと手伝ってもらってる人。探偵なんだ」


「探偵って……本当にいるんだ……」


 イメージでは小説や漫画とか架空でしか存在しないイメージだった私。

 でもそんな人と智がどうして友達になったりしたんだろう?

 私はストレートに聞いてみた。

 そうしたら智は少し顔を歪めて、頭をかいた。


「なんて言ったらいいのかな……ちょっと知り合いに会いに行ったらそこに鹿波がいて後は成り行きって感じ」


「ゴメン、よく分からないよ」


「うん、ゴメン。かなりイレギュラーで有り得ない状況下だから説明しづらいんだ」


「じゃあさ、今度、紹介してよ」


「うん、機会があったらね」


 智と会話をしていると敦子おばさんはいつも通り優しい笑顔で見守ってくれていた。

 そして滝田くんも微笑みながらコーヒーを口に運んでいた。


「しかし、やはり双子だけあるな。そっくりだ」


 滝田くんがコーヒーを置いてそう言った。

 そんなに似てるのかな、私たち。


「しかし探偵と言えば佐伯さんも似たようなもんだからな」


「でも姉さんを見つけてからは本業の仕事もやらなきゃって言ってましたからね」


「そうなの?」


「うん、今日は本業の仕事で手一杯って言ってたよ」


「なんで知ってるの?」


「なんでって……今朝、電話したから」


 智と伊万里ってそんなに親しい関係なんだ……

 と考えたらふと思った。

 智って伊万里のこと……?


「ふむ、智くんは佐伯さんみたいなのがタイプかな?」


 滝田くんも同じことを考えていたらしく智に攻撃開始した。

 でもそのことを否定したのは智ではなく……


「あら智、二股はダメよ」


 敦子おばさんだった。

 二股……ってことは智にはもう……?

 智は顔を赤くして、慌てて否定した。


「違います。僕たち、まだそんな関係じゃ……!」


「まだ、か。ってことは時間の問題なのかな?」


「えっと、その……」


「私は上手くいけば結婚までスムーズに行くと思うんだけれど」


「ほほぉ」


 滝田くんと敦子おばさんの攻撃に智はノックアウト。

 そっか、智にはもう気持ちを決めた人がいるんだ。

 ……智の結婚式か……見てみたいな。




…………*




「もう七年経つんだ……」


 滝田くんは仕事があると言って別れ、敦子おばさんも家事があるからと家に戻った。

 でも一人じゃ不安だからと智と二人で療養所に戻ってきた。

 そう、今日で私が永一くんに亡くなったと告げた日から丸七年が経とうしていた。


「そっか……もう七年になるんだね……」


「姉さん……大丈夫かい?」


「うん。現実は受け止めなきゃ……それにまだ望みはあるから」


 療養所の中に入り、ふと中庭を見た。

 そしたら中庭のベンチに人が座っているのが見えた。


「あれ、珍しい。中庭に人がいるよ?」


 私の声に智も中庭を見る。

 ベンチに座っているのは綺麗な女性で眠っているように見える。

 いくら天気が良くてももう夕方。

 あそこで寝ていたら風邪でも引くんじゃないかと思ったその時だった。


「あぁっ!?」


 智がらしくない大声を発した。


「ど、どうしたの!?」


 私の質問に対し智は返さず中庭に入って女性のところに一直線。

 ワケが分からず私はゆっくりと智と後を追った。


「ねぇ、起きて! 大丈夫!?」


 智は一生懸命、その女性の肩を揺すって起こそうとする。

 手にしていた缶コーヒーの中身が零れるほど強く起こす智。


「うっ……」


 流石に気づいた様子で女性はゆっくりと目を開ける。

 

「良かった、気がついた?」


「さ……と……る……?」


 まだ意識がハッキリしてない様子だけど智の名前を呼んだ。

 どうやら智の知り合いらしい。

 だから智も必死に起こしたのかと合点がいった。


「あぁっ!?」


 次の瞬間、今度は女性が大きな声をあげ、私と智は驚いた。


「しまった! はめられた!」


 はめられた? なんかただならぬ様子の女性。

 時計を見たと思ったら辺りを見渡す。

 と思ったらため息をつく。

 そして正面にいた智の肩を両手で掴んだ。


「智、大変よ!」


「どうしたんだい、君らしくもない。落ち着いて」


「ねぇ、智……知り合いみたいだけどどなた?」


「さと……? えっ……!?」


 女性は後ろにいた私を見て、智と言いかけて戸惑った様子になった。


「あ、姉さん。この人はね……」


「KA……NA?」


「えっ?」


 永一くんから呼ばれていたニックネームを呟く女性。

 急に呼ばれ私も戸惑う。


「なんで、あなたがその名前を……」


「なんでKANAが生きてるのよ!?」


 えっ……?

 なんでこの人は私のニックネームや死んだことを知ってるんだろう?

 智が喋ったのかな?

 そう思って智を見ると智は首を横に振った。


「なんで姉さんが死んだことになってることを君が知ってるんだい?」


 そして智が聞きたいことを代弁してくれた。

 女性は再び、智の両肩を強く掴んで叫んだ。


「永一は今、KANAを追って死のうとしているのよっ!」


 女性の言葉を……私はすぐには理解できなかった……


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