14.光の射さない瞳
人間って表情がなくなれば見るのも辛くなるほど切なくなるってことを知った。
あれほど表情豊かだった永一が無表情に沈んでいる。
その瞳は何も映ってないようにくすんでいた。
……ねぇ、永一……一体何があったの?
-光の射さない瞳-
かなえの退学を知って、そして永一が行方不明になってから一週間が経った。
永一のおじさん、充さんはその翌日、永一の捜索願を出した。
けど見つからずにそのまま一週間が経ってしまった。
何もわからず、かなえも永一も勝手にいなくなる。
あたしはただひたすら苛立っていた。
「もう何なのよ!」
「落ち着きたまえ佐伯さん」
冷静になだめてくる滝田くん。
だけど……
「なんでそんな冷静にいられるのよ!?」
そんな滝田くんにすら当たってしまう。
滝田くんは悪くない。
分かっていても今のあたしはヒステリックになっていた。
「これでも僕だって怒ってるし落ち着かないさ」
「せやけど怒ってたって仕方ないやろ。待つしかないんや」
「だけど……!」
あの中井くんですら現実を見ようとしている。
ギュッと拳を握って歯を食いしばる。
ただただ悔しくて、どうしようもない想いを力に込めて……
「伊万里、気持ちは分かるけど、滝田くんたちの言うとおりだよ」
「未央……うん、分かってる。二人ともゴメン」
そんなあたしの手を取って未央が優しく接してくる。
皆、気持ちは一緒なんだ。
そう思うと少し気が緩んだ。
「それだけ佐伯さんは二人のこと想ってるってことだからね」
「せやせや。気にせんといてな」
二人が大人に接してくれたおかげであたしも落ち着いてきた。
そんな時にポケットの携帯が鳴り響いた。
「ヤバッ、マナーにしてなかった」
慌てて携帯を取り出す。
着信音的にメールが来たようだったけど……
携帯を開いてみると差出人は志穂さんになっていた。
珍しいなと思いつつそのメールを開いてみた。
そこには永一が見つかったと一言書いてあった。
「嘘ッ!?」
あたしは叫びながら立ち上がった。
クラス中があたしに注目する。
「どうかしたんか?」
「ちょっとあたし、行ってくる!」
「はっ? ちょ、待て、伊万里!」
中井くんが声を上げたけどそれどころじゃない。
説明すれば良かったんだけど舞い上がってそれどころじゃなかった。
見つかった嬉しさ、そして今まで何をやっていたのかという怒り。
色んな複雑な心境のままあたしは学校を抜け出し、永一のところへと走った。
「はぁ……はぁ……」
一心不乱に走ってきたため、息が上がってしまった。
息を整えつつ、ヘアバンドをつけ直し、まずは喫茶店に入った。
いきなり永一の部屋に行っても良かったけど、志穂さんに一言礼を言いたくて。
「いらっしゃい……って伊万里ちゃんか」
喫茶店のマスターである充おじさんが出迎えてくれたって当たり前か。
でもその顔はいつもの陽気な充おじさんではなかった。
少し疲れてるような、そんな感じだった。
「充おじさん……どうかしたんですか?」
「なんでだい?」
「元気なさそうですよ?」
「はは、伊万里ちゃんは鋭いな……」
あたしじゃなくても分かるぐらい充おじさんは元気がなかった。
それ以上、問い詰められる雰囲気でもなく、あたしも黙ってしまった。
ちょっとした沈黙の後、充おじさんの方から事情を説明してくれた。
「伊万里ちゃん、学校だろう? 来た理由、永一かい?」
「あ、はい! 見つかったんですよね!?」
「うん……一応はね……」
歯切れの悪い言い方が凄く気になった。
一応……って何?
「伊万里ちゃん」
充おじさんに深く問い詰めようとしたとき、後ろから呼ばれた。
振り向くと……いや振り向く前から声で分かっていたけど志穂さんが立っていた。
「志穂さん、メールありがとうございます」
「うん……こんなに早く来てもらえると思わなかった。ありがとね」
志穂さんも笑顔でいるけど何か疲れ果ててるといった表情だった。
一体、二人ともどうしたって言うの?
聞こうとした時、志穂さん自ら理由を喋ってくれた。
「人間ってあんな表情出来るんだって……怖くなった。ううん、表情を無くしたっていう表現の方が正しいかな」
「それって……」
永一のこと?
そう言おうとして躊躇った。
どういうこと?
「ゴメンね、伊万里ちゃん。永一、何も話してくれないの……」
「何も?」
「うん、伊万里ちゃんなら私たちより事情分かってると思うから……任せてもいいかな?」
「はいっ、そのために来たんですから」
志穂さんは相当まいってる様子だった。
それでも笑顔で振る舞っている姿が逆に痛々しかった。
この二人に迷惑かけて、あんたは何をやってるのよ、永一!
そう思って、あたしは永一の部屋のカギを借りて、部屋の前まで来た。
「永一、いるんでしょ? 入るわよ!」
そう中にいるはずの永一に声をかけカギを開け中に入った。
「えいい……ち?」
窓の近くで座っている永一の姿を確認する。
怒鳴ってやろうと意気込んで入ったが、永一の姿を見て一気に冷めた。
なに……その表情?
これが志穂さんの言ってたこと?
永一の眼には光がなかった。
覇気がない……というか生きてるのかすら分からないと言ってもいい表情にあたしは言葉を失った。
それでも聞かなきゃいけない。
永一はかなえについて何かを確実に聞いている。
だからこんな感じになっている……え?
そこまで考えて、あたしはふと思った。
永一はあの日、かなえの家に行った。そこで何かしらのことがあったはず。
そして今、永一は変わり果てた姿であたしの目の前にいる。
この一連の永一の行動の答えは……っと考えてあたしは首を横に振った。
そんなことあるわけない。あっていいはずがない。
「えいいち……ねぇ、どうしたっていうの?」
あたしは怖くなって永一にすがった。
でも永一は表情を一切変えず、外を……空を見ていた。
その瞳は相変わらず光が射していない、くすんだ瞳……
何を言っても反応してくれない永一に対し、あたしはついに踏み込むことを決意した。
「かなえ……関係あるんでしょ?」
永一は僅かだけど反応した。
そして永一はゆっくりとあたしの方を見た。
目を合わせるのが怖かった……
実際会えば分かる。充おじさんも志穂さんもこんな永一相手じゃ疲れるのも無理はない。
「何があったの? 教えてよ!」
「伊万里……」
ゆっくりとだが永一が言葉を発してくれた。
「俺……あいつのこと守れなかった……」
「どういう……こと?」
「俺は――ッ!」
そう言うと永一は床にや壁に右手を叩き始めた。
良く見ると永一の右手はボロボロだった。
皮がめくれ、血が滲んでいた。
何度も何度もこういう行為をしたかのように……
「ちょっと止めて! ねぇ永一!」
慌てて永一の右腕を掴み行為を止めさせる。
抵抗せずに永一は止めてくれたけど……
今は永一を刺激しない方がいいと思い、あたしはそっと永一の右腕を離して、部屋を後にした。
…………*
喫茶店に行くともう何人かお客が入っていた。
あたしはカウンターに行った。
志穂さんでも充おじさんでもいいから話したかったから。
少し待っていると接客をしていた志穂さんが気づいてカウンターに入った。
「どうだった?」
志穂さんの問いかけあたしは首を横に振った。
志穂さんはそう……と呟いた。
「伊万里ちゃんでもダメか……」
「原因……って言えるほどハッキリはしてないんですけど」
「え? やっぱり何か知ってるの……!?」
あたしも確証があるわけでもない。
中途半端に情報を言わない方がいいと思い黙ってきたけど……
永一の様子を見て、そして志穂さんたちの表情を見て少しでも力になりたいと思った。
だから話すことにした。
どんなに些細なことでもそこから光が射すことだってあるから。
「志穂さん、永一が付き合ってる人がいるって知ってますよね?」
「えぇ、話にしか聞いていないけれど」
「その彼女が突然学校を退学していなくなったんです」
志穂さんは口元を手で覆い、驚いた様子だった。
「その一週間前ぐらいに永一も別れ話をされたみたいです」
「そう……なんだ」
「始業式の日、退学したと知った永一は彼女の家に行きました」
そう、ここまではあたしたちが知っている永一だった。
「そして彼女の家に行って以来、永一は行方不明になりました」
「あっ……」
志穂さんもその日のことを思い出したようだった。
「あの日、伊万里ちゃんと滝田くんだっけ? 二人が来た理由って……」
「はい。学校に戻ってくる様子がなかったので直接家に来たのかと思いまして」
「そうだったんだ……」
ようやく話が繋がり、志穂さんも納得の様子だった。
けれどすぐに志穂さんも表情が曇る。
そう、話はそんな単純な話じゃないからだ。
「きっと彼女の家で何かしらの情報を得たのは間違いないと思うんですけど……」
「ねぇ、彼女の名前なんていうの?」
「え?」
急の志穂さんの質問にあたしは間抜けな返事をしてしまった。
「彼女って言い方だと言いづらいでしょ?」
「あ、かなえです。吉田かなえ」
「かなえちゃんか……うん、ありがと」
「かなえ……凄く真面目な性格なんです。永一と別れたのも黙って退学したのもワケがあると思うんです」
よっぽどの理由じゃない限り……いや、どんな理由でもあたしはかなえを許す気はなかった。
ここまで人を心配させて、勝手にいなくなって……
心配はしている、だけど同時に苛立ちも募っていた。
「引っ越したって線はないのかしら?」
「あたしたちも考えました……けど……」
「けど?」
「話はそんな単純じゃない気がしてます」
最初はただの憶測に過ぎなかったけど、永一の姿を見てある種の確信を持っていた。
「永一はこう言いました。あいつのこと守れなかったって」
守れなかった……その意味は?
志穂さんも想像ついたのか凄く複雑な表情をしている。
「それって……」
あたしはそれ以上、考えたくなかった。
志穂さんも言葉にしようとして詰まった。
でも認めたくない現実が……待っている、そんな気がした。
「びょ、病気とかって?」
「あたしが知ってる限りではないです。でも思えば隠してたのかもしれませんが」
そう認めたくない現実を認めた後の疑問はそこだ。
不慮の事故?
ううん、違う。事前に永一と別れ、学校に退学届を出している。
事故だったらどちらも出来なかったはずだ。
つまりその日が来るのが分かっていたということになる。
そこから先は本当に想像できなかった。
一体、あたしたちの知らないところで何が起きていたのか?
そして恐らくそれを知った永一が今、こんな状態になっている。
「あたし、もう一回、永一のところ行ってきます」
勢いよく立ち上がるって永一の部屋に戻る。
志穂さんも気になったのか、着いてきた。
「永一、入るわよ!」
今日二度目の突入。
しかし……
「永一……? 永一!?」
先ほどまで座っていたところに永一の姿はなかった。
志穂さんと二手に分かれて部屋中を探したけど永一は見つからなかった。
「永一、そんな……そんなことって……」
あたしは膝をついた。
そして自然と眼から涙が零れた。
主を失った部屋は……ただ静まり返っていた……




