四十九話 走る。跳ぶ。走る。
一足先に私服の購入を終えた紅葉は早速着替える事にした。
インベントリの所持数に制限がある為、普段は大量の私服を持ち歩いてはいない。しかし、購入したうち幾つかは紅葉から見て今着ている物との相性は良く、自身の好みにも合っている。
現在の服装と購入した服を見詰め考える事およそ十秒。数点のアイテムも軽快にクリックしていく。
(いいんじゃない、かな?)
シルバーのヘッドバンドはターコイズブルーの石がはまったエスニック風。
レギンスは黒地のプリントTシャツから、動物など自然を現したカーディガンに変更した。こちらも四色の糸で編まれたエスニック模様だ。
あとは今まで通りお気に入りの、ボロボロのジーンズとペラペラなサンダル。見事にヒッピー系の装いだ。
紅葉はこの手のファッションだけでなく女の子らしいファッションにも興味はあるものの、リアルではなかなか手を出す勇気がない。なのでゲーム内でスクルトを着せ替えして楽しんでいる。
身長百三十センチ前後の小柄な体型、というより幼い容姿に、くすんだ緑色の髪と暗い瞳にマッチしているかは微妙なところではあるが、紅葉的には満足していた。
こうしてスクルトは長らく愛用していた浮浪少女スタイルからヒッピースタイルに変化を遂げたのだった。……あまり変わってないとも言う。
『あ、早速着替えたんですね。似合ってますよ!』
『ベネ スクルたんらしいコーディネート ってやつ』
『ですね』
『そう? ありがとう』
自分的には満足だったが、他人の目から見ても『スクルトらしい』という評価に紅葉は安堵する。
人斬り二号とルウは特に着替える事なく三人は店を後にした。そしてようやく本来の目的地へ向け再び走り出した。
◇
遠くで砲撃魔法が上空に向かって打ち上げられたくらいで、スクルトたちの周囲に人や魔弾が降る事のない平和な復路だった。
無事カサスタウンを出発すると東ザルツ砂漠に戻り西へ。次の両端を切り立った岩の壁に囲まれた【バルバロイ渓谷】を進んで行く。
今までとは違い道幅が狭くモンスターの回避は容易ではないが、今度はきちんと召喚しておいたマチュピチュを盾に、人斬り二号がランスで突き、スクルトとルウが援護する形で危なげない。
そうやって渓谷を半分力押しで進んだところで向って右手、東から西へ進んでいるので北への分岐地点に差し掛かった。
少女らはこれまで通り雑談しながら右へ曲がり、北へ進路を取って渓谷を抜けたのだった。
バルバロイ渓谷を北へ抜けた先は【フェーン山脈】という、地肌が剥き出しで緑のないバルバロイ渓谷並に細い登りの山道が続いている。
進むにつれ高度が上がって行く道の左手は崖になっている。
足を踏み外し落下してしまってもダメージはないのだが、下の道に戻され大体一分程時間をロスしてしまい、場所によっては二、三下の道に落下したり一つ前のエリアに戻される可能性もあるのだ。
そうなってしまうと五分単位のロスになってしまう。戦い難さもあり、さっさと抜けてしまいたいが下手をすると余計に時間を食いかねない、不人気な狩り場である。
スクルトらは谷側に寄ってうっかり落下してしまわないよう、右手の岩壁にPCの肩を擦りつけるくらい寄って――実際頻繁にぶつかりながら進んでいた。
『あー ロック北』
そんな彼女らの前方にモンスターが現れ、いち早く発見した人斬り二号が二人に警告する。
顔のある丸い岩石から短い手足の生えたほぼ一頭身の【ギガロック】というモンスターで、直径二メートルはあろうその巨体をもって三人の進路を塞いでいる。
ギガロックは人斬り二号の発見から遅れこちらをターゲットに定めると、手足を引っ込めて完全に一頭身になり、山道を軽快に転がって来た。
まともに受ければ後方に大きくノックバックする攻撃だ。食らえば足を踏み外す可能性も高く、人斬り二号のように飛行可能なクラスがソロの時は無視され易い。
飛行出来ないクラスでも突撃のタイミングに上手く合わせ、二段ジャンプすれば回避する事も可能なのだが当然リスクもある。その為ギガロックは多くのプレイヤーから嫌がられていた。
スクルトはマチュピチュを人斬り二号と入れ替わり最前線に立たせるとガードの姿勢をとらせ、魔法少女らも盾や魔法障壁で来たる衝撃に備える。
そこに勢いよく突っ込むギガロック。体当たりを打ちかまされた先頭のマチュピチュはガードの姿勢のまま後方に下がるが、一メートル程で停止、マチュピチュの背中に押され人斬り二号も若干下がったがそれだけ。被害を最少に抑えた。
少女らは直ぐに反撃に出る。
スクルトの補助魔法でギガロックの見るからに高いAC(防御力)を下げると、正面からマチュピチュが、機動力に優れた人斬り二号が後方に回り挟撃で滅多打ちにする。
一体という事もありハメに近い戦いで撃破したのだった。
『しかしお硬い』
『だね』
走りながら人斬り二号がぼやく。先程のギガロックへの与ダメージに不満げだ。
『元々硬いですけど、二号さんは特に相性が悪いですからね』
『イェア あの手のホント苦手』
人斬り二号の扱うランスの攻撃属性は【刺突】で、ギガロックのような岩や金属製のモンスターやスケルトンなどといったボーンゴーレムとの相性が非常に悪い。
属性の相性がイーブンという条件下なら、見るからにパワータイプのマチュピチュを、ステ振りがPOWに特化している人斬り二号が与ダメージで上回っている。しかしギガロック相手だと背面を取る事で正面から殴るマチュピチュとようやく互角といったところだった。
これにはランスの相性の悪さだけでなく、マチュピチュの攻撃属性である【打撃】が、ギガロックに比較的有効という一面もあるのだが。
『対策としてはエンチャンターか、複合属性武器作るか……』
『かにぃ 騙し騙しやってきたけど ソロ考えると予備に一本用意すべきかー』
スクルトの意見に人斬り二号は同意し頭を悩ませる。
スクルトの出した前衛クラスが苦手な耐性持つ相手と戦う時の二つの対処法。一般的なのはエンチャンターの直接攻撃に属性を足す補助魔法のサポートを受ける方だ。刺突+青などの二属性にする事ができる。
この場合刺突はACと耐性から、青はMC(魔法防御力)と耐性からダメージは計算されるので、ACがとにかく高くMCが低いなんてモンスターにも有効だ。
複合属性武器とは、初めから二種の属性を持つ武器の事で、エンチャンターの補助魔法と異なり相手の弱点属性によって使い分ける事は出来ないが、エンチャンターとパーティと組まなくても複合属性を使用できるので便利には違いない。
ただ、便利に違いないのだが、人斬り二号はレベルキャップに追い付く為にソロは経験値を優先してきたので、装備の素材はただでさえリソース不足。生憎一本も持っていない。
ちなみにトップランカーは四属性揃えていたりする。
『ぬー 複合は素材が特殊だからお高いお』
『あ』
唸る人斬り二号にスクルトが割り込む。
『またロック来たよ』
前方からゴロゴロと転がって来るギガロック、それも今度は二体。
『ぅへぇぁ』
人斬り二号は心底嫌そうに呟きながら構えた。
尚、二体のギガロックと戦っている間に更に一体のギガロックが湧き、打倒後『やぱり 作るべきかも知れんね』と溜め息混じりに語る人斬り二号であった。
◇
ほぼ一本道のフェーン山脈を抜けた先にあったのは鉱山の町【コール】
岩山を階段状に切り開いて作られたこの町は、鉱山の町というだけあって町中に複数の横穴があり、うち幾つかがダンジョン化している。
またそのダンジョンに関連したクエストも多数あって、それらを目的に来た、転移スクロールの販売や転移石もなく、どのクラスの初期拠点でもない僻地の町にしてはPCはちらほら見受けられ、そこそこ賑わっていた。そしてスクルトらの目的地もここにある。
町に入った三人は敷かれた道ではなく、石造りや木造の家屋の屋根を伝い一段下の道に飛び降りるという動きを繰り返し、町中をショートカットして移動して行く。
段々になっているコールの町で上から下に移動する時の極々一般的な移動方法だ。無論プレイヤー限定で。
そんなゲームだから許される非常識な動きで、数段降りた先にある洞穴の入口に到着すると、侵入せずに足を止め、ここまで先行してきた人斬り二号が口を開いた。
『準備おk?』
『おっけーです!』
元気よく応じるルウ。紅葉は少しだけ考え返事を打つ。
『二手に別れる? それともバラバラならルウさんにマチュピチュつけるけど』
『ありがとうございます! 助かります』
『おっおー じゃ バラけよか』
『うん』
二人の意思を確認した人斬り二号が入口の脇に立った男に話し掛けた。
男はこれからスクルトたちの受けるクエストの言わば受付けだ。パーティ単位で受けられるクエストなので、パーティリーダーの人斬り二号が代表して話している。
一応人斬り二号が読んでいるものと同じメッセージは表示されているが何度も繰り返したクエストだ、紅葉は流し読む事さえせずに、アイスコーヒーの入ったグラスに口を付け喉を潤した。
(ん、始まった)
NPCに人斬り二号が話し掛けてからおよそ十秒後。クエストを受諾すると画面が暗転、一瞬『なう ろーでぃんぐ…』の文字が浮かんで消え、次の瞬間には坑内に移動した。
紅葉はグラスをコースターに置きゲームに復帰する。
素早く変身を終える三人。スクルトは続けてフレッシュゴーレムを召喚すると、ルウに着いてまわり、あまり離れず守るように命令を調節してからキーボードを叩いた。
『うん、これで大丈夫』
『じゃ 解散という事で』
『はーい』
スクルトの合図を待っていた人斬り二号とルウは各々迷路のような坑内を走り出す。マチュピチュは命令通りルウの背中を追って行く。
紅葉はそんな二人を、正確にはマチュピチュが思惑通りにルウの後を追って行くのを確認してから、二人が選ばなかった道を進むのだった。
一定間隔毎にランタンが置かれた坑内は割と明るく、ゲーム的にも暗所ペナルティが発生しない。
このダンジョンはパーティメンバーの人数の数に応じて、多数のパターンからランダムで選ばれ生成される。
中にPCは人斬り二号のパーティメンバーしか居らず、たとえ他のプレイヤーたちが同じクエストを同じタイミングで受けても、目標の奪い合いなんて事態にはならない仕組みになっている。
そんな鉱坑の曲がりくねった道を、別れ道の度適当に選んで走っていたスクルトが突然足を止めた。
目の前には大きなひび割れ。これは各地に配置された採掘ポイントで、調べると鉱石系のアイテムを入手できる事があるのだ。クエストの達成目標とは違うが、ボーナスみたいなもので発見して掘らない理由はない。
尚、クエストの目標は坑内を自由に動き回っているから捜す必要があり、バラけた方が発見し易い。
これらが三人がバラバラに動いている主な理由である。そして――。
(あ、来ちゃった)
ひび割れを調べようとしていた紅葉は手を止め、スクルトに杖を構えさせる。
スクルトの視線の先に居たのは子犬サイズのネズミ【鉱山ネズミ】と、それより一回り大きく二足歩行するネズミ【キングワーラット】だ。
キングワーラットは手にナイフと自身の大半を隠してしまえるサイズの丸盾を持ち、頭にミルククラウンのようなシンプルな造りの、錆び付いた小さな王冠が乗っている。
スクルトは魔法をチャージしながら数歩後退した。そこは先程まで居た足場に比べ一段低い。
駆け寄って来る二匹のネズミに魔力球を放つ。
低い弾道を描く五つの魔弾は二匹共に命中、小柄な二匹はダウンし、その間にスクルトは次弾の準備をする。
――これらモンスターがルウにマチュピチュを付けた理由だ。
このクエストで現れるモンスターはそう強くはない。けれど攻撃手段の乏しいルウが相手できる程弱くもない。
クエストをクリアするだけなら雑魚モンスターは無視すれば良いので護衛は居なくてもいいが、動きが止まる採掘は困難になる。
また採掘を効率良くするのには他にも理由があった。それは画面上に表示されている【18:47】という時間だ。
これはクエストの時間制限であり、0になるまでに目的を果たさなければならない。
二十分以内にモンスターを退けながら出来るだけ採掘してからクエストを達成する。
これが三人の目標で、タイムオーバーすると強制終了しクエストは失敗。採掘したアイテムもパーになってしまうのだ。
スクルトは跳びかかって来た鉱山ネズミをバックステップして躱しながら、四つの魔力球を撃ち込んだ。
チャージ不足で四発とスクルトの最大値より一発少ないが十分に引き付けた事で、小規模な弾幕はネズミにしては大きいけれど射撃魔法のターゲットにしては小さな体に命中していく。
三発が命中した鉱山ネズミはこれまでに蓄積したダメージもあり消滅。しかし安堵する間もなくキングワーラットのナイフがスクルトの足を切りつけた。
二度切られたがスクルトはよろけただけ。その場から飛び退き直ぐさまチャージを始める。
いつもなら魔法を撃った後の隙を守ってくれる肉壁は居ない。
ケット・シーのような速い動きをみせるキングワーラットが相手だ、紅葉もダメージを受けるかも知れないと考えた上で、数を減す事を優先させた。
今度は正面から足を切りつけようとしてくるキングワーラット。それをスクルトはジャンプして躱すと、視点を大きく下に動かし適当に狙いを付け魔法を放つ。
キングワーラットの頭上に降り注ぐ五つの黒い流星。うち三発を浴び、チチッと一鳴きすると沈黙した。
(ふぅ、HPはまだいいね……、っと時間時間)
ネズミを片付けた紅葉はHPにまだ余裕がある事を確認すると、回復は恐ろしく貧弱な自然回復に任せ、直後残り十八分を切った制限時間を見て採掘を急ぐのだった。
◆
“スクルトさんがオロムインゴットを手に入れました。”
(おっ)
三つ目の採掘ポイントを掘っているとアイテム入手のメッセージが表示された。紅葉はスクルトを移動させながらキーボードを叩く。
『二号さん、オロムインゴット出たよ』
『おh オメ』
『おめです』
報告を受けた二人はスクルトを祝福した。オロムインゴットはレベル80装備に使われる事が多く、それなりのレアに分類される素材だ。
紅葉はT字路を左に曲がりながらキーを叩く。
『私使わないから二号さんいる?』
『あやや 有り難い話だけど オロムは揃ってるのさ』
『そっか』
オロムインゴットは確かに使われる事が多いが、スクルトの装備は主に骨や皮でその例には当て嵌まらない。
そこで素材に金属類を必要としやすいヴァルキュリエに話を持ち掛けたのだが人斬り二号ももう数が揃っていた。
(んー、予備の装備に必要だったっけ?)
それなら予備の装備の素材にしようかと考えるが、同時に殆ど使ってないからなぁと悩む。必要な素材も正確に記憶していない。
素材の使い道についてしばしの間考えいた紅葉だったが、ふと閃きチャットを打つ。
『ルウさんはどう? いるかな?』
『ええっと欲しいです。売って貰えると嬉しいです』
『うん、おっけー』
ルウの予備の杖の事を思い出し、多分必要だろうと思い話を持ち掛けた。
根拠はINT型の杖を作ろうとしているという話から。基本的にクレリックの杖は木製がMENを、金属製はINTを伸ばす特徴があるからだ。
こうしてインゴットの引き取り手はルウに決まった。
とそこで、ミニMAPを見るとパーティメンバーを示す光点がそれなりに近くにあり、こちらに迫って来ている事に気付いた。
三人は採掘とクエストを効率良くこなす為に距離を取り広く探索していて、実際もう一人の光点はミニMAPの範囲からはみ出そうなくらい離れている。しかしまだ目視できたりレーダーに映る程ではないにしろ、一人はかなり近くまで迫っている。
『どちらかボス追ってる?』
『あ、はい。さっき見つけたので一応』
『ふむふむ。近くに居るんだけどどうしよっか? 時間まだ微妙かな?』
『うーむ』
『どうしましょうか?』
少女らが相談していると正面の道からモンスターと、それを追うルウとマチュピチュが現れた。
アルマジロに似た姿をしている六つ足のモンスターの名は【ローオアビースト】但しサイズは牛くらいある。
自らは殆ど攻撃してこず、精々正面に居ると体当たりに巻き込まれるくらいで基本的に逃げ回るだけだ。
ローオアビーストは鉱石や宝石を食べてしまうという設定があり、退治するのが請け負ったクエストの内容である。
通路の先に立つスクルトに構わず突っ切ろうとするローオアビースト。
端に移動して道を譲り、通り抜ける際その大きな的――横っ腹に魔力球を叩き込む。
全弾命中するも、相手は一応ボスだけあって一瞬怯むがダウンせずに走り続け、スクルトも鬼ごっこに参加しながらチャットを打った。
『遠距離あるし、私が張り付くよ』
『グラッツェ』
『すみません。お願いします』
『いえいえ、ルウさんもここまでありがとう』
ミニレーダーに映ったルウの光点が離れていき、すぐに範囲外へと消えていった。
ローオアビーストを倒すとその瞬間にクエストは終了する。残り時間はまだ半分近くあり採掘も十分ではない為、今倒してしまうのは勿体なかった。
しかし見失うとプレイヤーの都合の良いタイミングで再発見できる保証などない。その為遠距離の攻撃手段を持つスクルトが発信機代わりに着いて行っているのだ。
(取り敢えず残り一割くらいまで削ろうかな)
スクルトは前方を逃げ惑うローオアビーストのHPバーを確認しながらチャージした射撃魔法を放った。




