四十八話 人の降る町
自由都市グリスに転移した三人はパーティを組み直すと、西門に集まってリジャ平原に移動した。
『先ずは西にまっすぐでいいのかな?』
戦闘可能なエリアに入り条件反射で変身を終える。マチュピチュは途中寄る予定の町に入ってしまえば自動で帰還してしまうので、この辺りのモンスターが弱い事と、また通り抜けるだけなので召喚はしなかった。
スクルトを走り出させようとして、目的地の正確な位置が分からない事に気付いた。
掲示板はどうだったか紅葉は記憶をたどるが、見た覚えはなかった。
掲示板を確認したのは実装から数日経ってからだったので、道順を尋ねる書き込みはなく過去ログも読んでいない。
忘れているだけかも知れないと一瞬考えるが、だとしてもすぐに思い出せそうにない。諦めて同じく変身したルウと人斬り二号に尋ねた。
クエストを受ける場所がここから西の方角にあるので、そちら方面だとはわかる。ただ、南北に多少逸れる可能性と、方角が合っていてもエリアが繋がっていない可能性があるからだ。
『えと とりあえずリジャ抜けて 砂漠を南 だよね?』
『はい。東ザルツ砂漠の南にあるそうなので、多分新しいルートが出来ていると思います』
人斬り二号が問いに答えるがイマイチ自信がないらしく、ルウにパスする。が、ルウも大まかな場所しか知らず、道筋は把握していなかった。しかし【東ザルツ砂漠】の南にあるという新しい情報を得た。
全体MAPを見れば東ザルツ砂漠の南には空白地帯がある事が分かる。これまでのバージョンではそこへはどの方向からも侵入できなかった。隣接している砂漠に新しい道が出来ているというのは想像しやすい。
『んでは 砂漠に行って あとはノリで』
『うん』
『はーい』
何にせよ西は間違いないだろうという事で、襲いかかって来る蟻やトカゲを撃退しつつも話し合いながら、既に移動を始めていた三人は、人斬り二号の締めの声で回避に切替え全力で走り出したのだった。
◆
『あ』
『どったの?』
順調に【リジャ平原】を走り抜け、砂漠越えに向け三人が熱対策に【ミネラルウォーター】を飲んでいると、ルウが声を漏らす。不思議に思った人斬り二号が話し掛けた。
『砂漠に入って西に2つエリアを切替えた先を、南に2つ行くと町があるそうです』
『おぉ、ルウさんありがとう』
『それどこ情報? どこ情報よー?』
『同チャで訊いてみたんです』
同チャとは【同盟チャット】という特殊なチャットの事だ。
文字通り同じ同盟に所属しているプレイヤー間でのみ使用可能で、限定的とはいえ離れた場所にいても大人数で同時に会話ができる便利なチャットだ。
ルウの他にもキャロルやかるた、リリオも所属しているこの同盟は規模は大きめで、現在も土曜日とはいえまだ昼過ぎにもかかわらず十人以上がログインしている。
その中には新しい町に行ってみたプレイヤーも多く居る。ルウが移動しながらも試しに尋ねてみたところ案外簡単に答えを得られた。同盟に所属していないスクルトには取り様のない方法だ。
『全エリアの南端を 虱潰しに見て回らなくて済むね 助かったお』
『だねー』
東ザルツ砂漠は砂漠だけあってどのエリアもやけに広い。モニター上には狭い範囲を映すレーダーと、広範囲を映す簡易MAPが表示されているが、簡易MAPでも映しきれず、ある程度近付かないと門があるかが分からないのだ。
『あとそれと』
岩砂漠だけあって砂だけでなく多数点在する岩場にルートを限定されながら進むスクルトと、飛行でショートカットして進む人斬り二号。先行する二人の後ろを付いてまわりながらルウが続ける。
『リジャ平原の南に新しいエリアができたそうです。モンスターのレベルが低くて、そちらが正規ルートみたいですね』
『そっか、なるほど』
『あー そうだろね』
ルウの話に二人は肯定的な相槌を打った。
新しいPCを作成すると当然レベルは1からのスタートする。町から一歩出たエリアが対策を取らないとHPに継続ダメージが入る砂漠で、尚且つとても初期レベルでは倒せないモンスターが闊歩していてはどうにもならない。
どのクラスの初期拠点の町にも、レベル1がソロでも十分に戦えるエリアが隣接している。マジックガンナーだけベリーハードモードは有り得ない。
『すごい納得した なんか違和感あったんだ』
そこで一旦切り、急襲してきたコンドルのモンスターにランスを縦に振って叩き付け、追撃はせず何事もなかったように続ける。
『砂漠のmob 配置換えっていうか特に変わってないし さっきから全然新規ぽい人が居にゃーしない』
砂漠に入ってから三つ、他のパーティとすれ違ったが、どう見ても操作慣れしていたし、そもそもマジックガンナーらしきコスチュームのPCとはすれ違っていない。
『そう言えばそうだね。あ』
『ぉ』
『あ!』
南下していた三人のチャットがほぼ同時に書き込まれた。
三人が反応を示したのは同じもの、目的のポータルだ。
アップデート前にはなかった新たな道を見つけた少女らは、きゃーきゃー騒ぎながら我先にと駆け込んだのであった。
◇
ポータルを抜けた先は彼女たちの第一の目的地である荒野の町【カサスタウン】だ。
町と外界を繋ぐ木製の門は他の大きな町と比べると粗雑な造りで、町を囲う柵も背はそう高くなく、やはり他と比べ見劣りする。
建物はここに来る前に中継した大都市のグリスに多く見られる背の高いものは見当たらず、どれも一階から二階建てのものばかりで、その殆どが木造だった。
荒廃しているという程ではないが、時折砂埃が舞い、荷台や酒樽が放置されていたりと、他の町より少々雑然としている。
『着いたね』
『うんむ なんというか西部! って町だぁね』
『ですねー。あ、サボテンですよ!』
人斬り二号が言うように、町は日本人がぼんやりとイメージした西部劇の舞台といった雰囲気で、片手を上げもう一方の手を下ろした風に見える、コミカルな形をしたサボテンが建物の陰に無造作に生えていた。
『ちょっち ショップの位置調べるからお待ちくだしあ』
『うん、了解』
『お願いしまーす!』
人斬り二号が町のMAPを開いてアイテムショップの位置を確認している間に、ルウが可愛いですねと喜びながら、ふわふわとサボテンの正面に回った。
(んー、というか人居ないなぁ)
人斬り二号を待つ間、スクルトはルウに相槌を打ちつつも視点を動かして町をもっとよく見渡し、正面から走って来た、槍や剣を持った前衛クラス過多に見える六人組のパーティに道を譲りながら思う。
なにしろ視界に今ポータルを抜けようとしているパーティの他には自分たちしか居ないのだ。
紅葉たちのプレイしているウノ・サーバーは【魔法少女おんらいん】最大のサーバーで、過疎傾向のある町でもまだこの数倍人を見掛ける。それに今の時期は新しい町という事で見学やクエストを受けに来るプレイヤーも多い筈だ。
(何かこう……さっきからもの凄い違和感があるようなないような……)
引っ掛かりを覚え、紅葉は椅子にもたれ掛かりながら首を傾げ、三つ編みを弄って違和感の正体について考える。
(んー、掲示板で町の事何が書いてあったっけなぁ)
マジックガンナーの情報収集をしていた時町についても幾つか書き込みはあった。
紅葉が視界からだけでなく、記憶からも情報を引っ張りだそうとしていると、アイテムショップの場所を確認し終えた人斬り二号が話しだしたので、一旦考えるのを中断する。
『町の中央から ちょい東にあるぽ』
『あ、はーい』
『わかった』
(ん? あ、ああっ!)
『ちょっと待った』
人斬り二号に返事して移動を再開した直後、スクルトが慌てて二人を呼び止めた。
『ん? どったのスクルたん』
『どうかしましたか?』
先頭を行く人斬り二号と、その少し後ろで羽根を揺らしているルウがスクルトに振り返る。二人とも頭上に? を浮かべるアクションをして、不思議そうにスクルトを見詰めていた。
揃って可愛らしいリアクションを見せる二人に癒されつつ、素早くキーボードを叩き簡潔に伝える。
『変身が解除されてない』
魔法少女おんらいんは原則、変身した状態で町に入ると自動で解除される。しかし現在スクルトは黒い外套を纏ったままだし、人斬り二号はレベル80になってほんの少しだけデザインを弄った白い鎧と紺色のロングスカートを着て、プラチナブロンドの縦ロールの髪を揺らしている。何より人間の姿に変わるはずのルウは本来の姿、ピクシーのままで、スクルトの頭の高さを浮遊していた。
『あぁ!』
『PK可能エリアかー……』
『うん。呼び止めておいてあれだけど、速く移動しよう』
『おk』
話しながらネコミミを付け透明対策をしていたスクルトは、とにかく町の中央へと走り出す。
変身の解除される町中。だが幾つか例外がある。
一つは一般人のNPCの居ない閉鎖空間。例えばスクルトがホームで使っている酒場の二階の一室や、町中にありながらダンジョン化している【豪商トトノア邸】などがそれにあたる。特殊な例で【首都防衛戦】の舞台になった時のルネツェンみたいなものもある。
しかし一般人のNPCは見当たらないとはいえ、この場がダンジョン化している様子はない。今回の場合当て嵌まるのはもう一つのパターン、PK可能エリアである場合なのだ。
一つのエリアはそれ程大きくはない。だが砂埃を立てて走るスクルトにはやけに広く感じられた。
走り出して数十秒、ミニMAPに表示されたポータルが近付き気が緩みそうになるが、残念ながらそうすんなりと到着とはいかない。
三人のレーダーに光点が表示された。
紅葉が慌てて目視しようとした時、スクルトたちの十メートル程手前に、一人のPCが空から降って来た。
赤く輝く光刃の大剣を握ったPCのクラスはおそらくパンツァー。
人斬り二号のヴァルキュリエと同じ前衛クラスの一つで、飛行能力はないが装備の性能は非常に高く自己補助も豊富なので、パーティを組むと多くが全体に掛かるヴァルキュリエの補助と重なり更に強くなり、高い水準で安定感のあるクラスだ。
パンツァーは地面に胸から叩き付けられた。身体には電気が走っており、状態異常の【麻痺】になっている事が分かる。HPバーを確認すると三分の二程度まで減っている。明らかに誰かと交戦中だ。
少女たちはパンツァーの突然の登場に動きを止めてしまうが、一番に立ち直った人斬り二号が右手の盾を構え立ち塞がると、ルウも動きに釣られその背中に隠れて魔法の準備を始めた。
ほぼ同時に動き出すパンツァー。転がりながら立ち上がろうとする。
(この人が闘ってるのって――)
目の前のパンツァーもだが、敵対している『誰か』がこちらに仕掛けて来ない保証はない。
紅葉は正面を警戒しながら、パンツァーの降って来た斜め上空もレーダーと目視をもって確認しようとしたその時だった、起き上がった直後のパンツァーのもとに六つの黒い光弾が飛来する。
ステップで回避しようとするが麻痺の影響か、切れがない。全弾回避とはいかず、うち四発を浴びて再びダウンした。
その間に魔弾の降って来た方に素早く目を向ける。
すると屋根の上に、ゴシックロリィタ風の黒色のドレスを着た少女が厚い本を手に立っていて、隣りには青いローブを羽織ったゴーストが浮かんでいた。ネクロマンサーだ。
ネクロマンサーの少女がパンツァーを叩きのめしたのを見て、人斬り二号が『じゅんび』と、パーティチャットを通じ二人に走る準備をするよう短く指示を飛ばす。
裏でそのようなやり取りをしている間に、パンツァーがもう一度起き上がろうとする。けれど今度は上空に魔法陣が描かれ、同時に足元が白く光った。
『ダッシュ』
足元が光ったのを見た瞬間人斬り二号は合図を出し駆け出す。
投下型攻撃魔法、トルーネ。
頭上から振る一筋の雷。
三人はパンツァーの結末を見る事なく、素早く横を通り抜けた。
走り出して直ぐ、数軒先の建物の間の路地に立った一人の少女が目に止まった。
ネクロマンサーの攻撃魔法は強力だがバリエーションは少なく、頭上から降らす投下型はない。魔法の種類、なにより赤く染まったIDから、先程の雷はこのウィッチの少女の仕業だろう。
少女は警戒しながら走るスクルトたちとは反対に、杖を構える事もなく無警戒に三人を見詰めるだけだ。
少女は通り過ぎる際にこりと笑い掛け、手を大きく振ってエリアチェンジする三人を見送ったのだった。
◆
『はー緊張しました!』
『だんのー』
エリアを移動し、私服に戻った自分たちの姿を確認して三人はようやく警戒を解いた。
『あー、すっかり忘れてたけど、ゴーレム召喚しておけばよかった』
『あh まぁ無事だったし おkおk』
『ですよ』
フレッシュゴーレムのマチュピチュは弾除けとしてなかなか優秀だ。PK可能エリアだと気付いて慌てて走り出さず、一旦落ち着いてから召喚すべきだったと紅葉はちょっぴり反省した。
気を取り直し、スクルトとルウと人斬り二号の三人は、いつも町中を移動する時のように目的地へ最短ルートとはいかずに、多少ペースを落として初めて来た町の風景を見ながら移動して回った。
このエリアは町の中心になっており流石にPCが多く居る。ガンマンらしくカウボーイハットを被ったり、ウエスタンブーツを履いているPCも多い。
また見学がてら来たと思われる、スクルトらと同様、この町には売ってなさそうな服を着た集団も多々見受けられ、北部とは異なりそのままの意味で賑わっている。
三人はあの建物は見るからにクエストがありそうだとか、保安官風のNPCが結構カッコいいだとか楽しそうに会話しながら町の東部へ移動したのだった。
◆
エリアチェンジ直後、周囲のPCの私服姿を見てPK可能エリアでない事を確認して力を抜き、目の前のショップの両開きの、いわゆるウエスタンドアを押して入店した。
特にこれといって珍しいアイテムは置いておらず、カサスタウンの転移スクロールを購入すると入店からものの二分で店から出て来る。
『それじゃあ行こうか』
『んだの 危険地帯は光の速さで駆け抜けようで』
町を散策中に、時間短縮の為予定通り北部ルートを使用する事に決めていた。最も危険なエリアチェンジ直後は無敵時間があるので変身する余裕はある。
北部へと、予定通り元来た道を戻ろうとするスクルトと人斬り二号をルウが呼び止める。
『あ、大事? な事を忘れてました』
『何かあるっけ?』
『うーん?』
思案してみるも紅葉は転移スクロールの購入以外に特に用事は思い付かず、またそれは人斬り二号も同じ。揃って首を傾げた。
『服屋です! まだ私服を買ってません』
『おh! ルウたんナイス 花丸をあげよう』
『おお、忘れてたよ!』
三人とも私服を集める趣味がある。
少女たちはテンションを一段階引き上げると、きゃっきゃと騒ぎながら直ぐに場所を調べ、アイテムショップの真正面にある店のウエスタンドアを押した。
店内はアイテムショップと比べ鮮やかでお洒落な雰囲気。ただ、マネキンとマネキンの間の壁に剥製が掛かっていたりと、おかしなところがちらほらあったが。
私服は町限定のものも多く、例えば、頭装備として登録されているカウボーイハットは魔法少女に変身したマジックガンナーのクラスにしか装備できないが、主に町中で着る私服用に売られているカウボーイハットならクラスに依存せず皆被る事ができる。それらを求めて来ているプレイヤーで店内は混雑していた。
だがリアルとは違いディスプレイから選びレジに並ぶ必要がなく、他のPCの買い物を待つ必要のないゲームだと混雑は大した弊害にならない。
紅葉は遠くからカウンターの向こうに居る店員をクリックして話し掛けた。
(おお、予想外のラインナップも……!)
ウエスタンファッションのものばかりかと思っていたら、意外にもエスニック系のものも僅かながらに置いてあった。
スクルトの私服に合いそうだと、リストを見て思わずニヤついてしまう。
紅葉はアイスコーヒーを飲みながら、他の二人も多分そうしているように、片っ端から購入していくのだった。




