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〔私だけのアクセサリー〕

「お」


 今日も今日とて、ミネラルウォーター片手にブログを眺めていると、ひとつ気になる書き込みを見つけた。

 『お気に入りドリンク』のコメント欄にある、無名の書き込み。内容は、空白。


「んー……」


 ぽりぽりと頬を掻く。パスワードを教えるには少し弱いかと思いつつ、悪戯の類いかもしれないと考える。

 知る人ぞ知る『ふくしゅうきのにっき』の裏の顔、『復讐姫の日記』。そもそもが、平仮名の方ですら一日に片手で数える程度の人間しか訪れていないのだから、その裏の顔となれば、知名度は髄して知るべし、といったところだ。

 今のところ、悪戯の類いには当たったことはないが、それでも可能性はゼロではない。

 そう思いつつ、しばらくパソコンの画面を眺めていると、


「お……増えた」


 無名の空白書き込みが、ぽつりと一件増えていた。

 それからも、一定間隔でそれは増えていく。書き込みが三十件を超えた辺りで、僕は今までと同じように、パスワードのひとつを示した後に、空白書き込みを全件削除する。

 すぐに自分もパスワードを打ち込んでログインすると、丁度復讐依頼の欄に書き込みが入ったところだった。







 書き込まれた内容を読み終え、椅子に深く腰掛ける。どうやら、今回の依頼は少しばかり厄介なものみたいだ。

 依頼人は、復讐対象の友人らしい。大切に飼っていたペットと、結婚を間近に控えていた恋人を殺された、とのことで、自力でこのサイトを見付け出して依頼をした、とのこと。

 友人だけあって、内容には復讐対象の情報がある程度記されていた。

 名前は当然として、現在住んでいる地名から住所、マンションの名前と部屋番号まで。

 勤務先も記されており、勤務時間も曜日ごとに事細かに記載されている。

 復讐の依頼をしてくる人は、前回のように少し個性的な文章を書いてくる人もいる。が、今回はこれで異質なものを感じさせるものがあった。

 サイトとは別にページを開き、地名を打ち込んで検索する。ここから少し離れてはいるが、車で一時間も走れば充分な位置にそこはあった。

 復讐の日時は指定されていない。多少の情報収集も兼ねるとして、僕だけで何回か訪れる必要があるだろう。晶に下見させるのも含め、一週間もあれば良いところだろうか。


「問題は、対象がまだ犯罪者扱いされていないってとこか」


 対象は、依頼人が恋人を殺された時と同じようなシチュエーションで、今までに幾つかの殺人を犯しているらしい。しかしそれはいずれも露見していないらしく、今現在も平穏無事に暮らしているとのこと。

 今まで晶が手を下してきたどの復讐とも違うのはここだ。犯罪者故に、単独でしか行動せざるを得なかった相手と違い、今回は表向き清廉潔白な普通の人間。

 何かあれば助けを呼ばれ、逆にこちらが罪に問われる……ことだけはないが。まぁ、面倒なことにはなる可能性がある。

 晶はあれで頭の回転が非常に速いから下手を打つことは基本的に無いが、それは通常の場合に限る。一度『姫』のスイッチが入ってしまえば、復讐以外のものは全く目に入らなくなってしまうのが問題で、それが面倒事を引き起こすことになりそうで少し不安なところだ。

 そうなったらそうなったで別に手を打てば良い話ではあるが、スマートに物事が進むならそれにこしたことはない。

 僕は、これからの行動を頭の中でぼんやりと考えながら、依頼を受ける旨を返信として書き込むのだった。







「で、こんな時間から行くの」

「一応、夜の道のりも確認しておこうかなとね」


 呆れた、と言わんばかりの顔で言ってくる晶に軽く返しつつ、コートを羽織る。

 時刻は日付が変わる少し前。つまり深夜だ。あぁは言ったが、実際は晶を学校から連れ帰った後、黙々とプランを建てていたらこんな時間になっただけなのだが。それをわかっているからこそ、晶は呆れているのかもしれない。


「まぁ、朝には帰ってきてるだろうし。学校にはちゃんと送っていくからさ」

「別にそこは心配してないけど……。鍵は?」

「かけておいていいよ。どうせ誰も来やしないさ」


 車のキーを片手に、携帯がポケットに入っていることを確認。いつもの左ポケットに入っているのを確かめてから、他に忘れ物が無いか考える。

 まぁ、今回はただの下見なのだから、忘れ物があったところで大したことはないだろうが。

 取り敢えず大丈夫だろうと確認を終えて、僕は一度晶に向き直り、


「じゃあ、行ってくるよ。お留守番宜しくね」


 にっこり笑って言ってみた。

 当然、返事は返ってこなかった。








 街頭が照らす道を、それなりにスピードを出して走っていく。

 走った事が無い道ではあるが、山中の田舎に向かう訳でもない。警戒するのは警察くらいだが、そちらもまあ必要以上に気にすることはないだろう。

 晶を乗せているときにはかけないお気に入りのナンバーを、周りに家が無いことをいいことに、窓を開けたまま流して走り続ける。元からドライブは嫌いではないので、気分が上向きになるのを感じていた。

 しばらく車を走らせ、予想通り一時間と少しで目的の街に入る。街に入る前に窓は閉じていたが、曲自体は音を小さくしただけで流したままだった。久しぶりに聞いたせいか、もう少し聴いていたかっただけの話だ。


「………………」


 住宅街らしき場所を、少しゆっくりと車を走らせる。

 車こそ走っていないが、歩いている人間はちらほらと見かけた。街灯もそれなりに多く、死角になるような位置はあまり見当たらない。

 まあ、見当たらないだけで、確実にそれは存在するのだが。



 そのまま進み続けると、街の中心部に入ったのか、明かりの量が増えてきた。

 都会とまでは言わないが、この街にも眠らない場所はあるらしい。先程の住宅街とはうってかわって、賑やかな繁華街が姿を見せた。

 交通量もそれなり、行き交う人々も多い。同じ街中なはずなのに、別の街に入ってしまったかのような印象すら覚える。

 ただ単に、人が集まるのがここなだけなのだろうけど。


「初めて来たけど、街自体は結構大きいんだな」


 あわよくば、今回で対象の職場と、住んでいるマンションも確認しておきたかったが。それは次、明るい時にしっかりと行うことにしよう。

 まさかこんな繁華街のど真ん中にあるとは思わないが、こうも賑やかだといらない方向に目がいってしまいそうだ。

 そんなことを考えながら、流れに逆らわずに道なりに進んでいく。程無くして、最初と同じような住宅街にたどり着き、今度は違う道を選んであてもなしに街を走り回る。

 気になるのは、ここにくる道中には全くいなかった警察らしき車が、街中にぽつらぽつらと止まっていることか。赤いパトランプが付いているならまだわかるが、明らかに身を潜めて網を敷いている。

 流石に、殺人事件が起きているのだから警戒は強いみたいだ。それでも足が付かない対象は、よほど上手く後処理をしているのだろう。

 隣町と言ってもいいくらいの距離にあるのに、こうして依頼がくるまで知らなかった連続殺人。どれくらいのペースで行っているかがはっきりしていないので連続とは少し違うかもしれないが、それでも報道に上がっていないのは何故なのか。

 程度はあれど、殺人なのだ。これだけ警察が動いている時点で、世間には既に情報が漏れていてしかるべきなのだけれど……少なくとも、僕がチェックしている中には今回と類似するものが見当たらない。

 ただ単に見落としているだけならいい。しかし、そうじゃなかった場合、その辺りについても調べてみる必要もあるだろう。


「……ま、今日はこんなものかな」


 時計を見れば、既に二時近くになっていた。帰りの道のりを考えると、自宅に戻れるのは三時過ぎになる。

 別段、朝までに帰れば困ることは無いのだが、これ以上ここに居ても特に意味は無いだろう。次は明るい時間帯に訪れて、色々と調べて回ることにする。

 そう決めて思考を打ち切った僕は、押さえていた音楽のボリュームを上げた後、街を出て帰路につくのだった。



 ――ちなみに、だが。


「…………」

「わぁ、びっくりした」



 きっかり三時に帰宅した僕を、何故か起きていた晶に暗闇の中で迎えられ、妙に眠れなくなってそのまま朝まで起きたまま学校に送っていくはめになるのだが、まぁそれは蛇足だろう。






 ――後日。というか、数時間後。


「ふぁ……」


 欠伸を噛み殺しながら車を走らせていた僕は、対象の住むマンションがある住所へと辿り着いていた。

 依頼人から頂戴した情報と同じ名前のマンションをすぐに見つけ、近くのコンビニに車を止めてからそこに向かう。

 見た目の特徴や階数等、間違いないことを確認してから、住人の集合ポストに近付いた。


「渡嘉敷……これか」


 対象――渡嘉敷とかしきみつるのものであろうポストを見つけ、その場を後にする。

 その足でコンビニに入り、ミネラルウォーターを買って車に乗り込んだ。半分を飲み干してから、軽く情報の擦り合わせをしておく。


「マンションの名前も、部屋番号も名前も一致か。まず間違いは無いはずだけど……」


 手元の紙を眺めつつ、見落としはないかと考える。

 対象は今、仕事をしているはずなのでここにはいないはず。情報通り一人暮らしならば問題無い。が、万が一誰かと同棲していたら何かと面倒なことになる。同棲とまではいかなくとも、恋人がいたなら部屋にいてもおかしくはないだろう。


「…………恋人か」


 ……他人の恋人を狙って殺すような、一種の略奪嗜好を持っているかもしれない人間だ。

 そんな人間が恋人を持つとしたら、一体それはどんな感情からなのだろう。



 ――自分が持つモノを他人から奪うことで、優越感を感じていたいのか。


 ――それとも、単に奪い去られた相手の苦悶の顔が見たいだけなのか。



 色々と可能性を考えつつ、僕は小さく口元を歪めた。包帯が巻かれた手でそれを隠すも、抑えきれない笑みを浮かべてしまう。きっと、端から見ればさぞ怪しい人に見えるだろう。

 けど、これは仕方がない。だって、どんな形であれ、こんなに『復讐』らしいことが出来そうな依頼は久しぶりなのだから。

 ただ殺すだけでは芸がない。それまで対象が行ってきたこと。それが自らにまとめて降りかかり、苦痛と屈辱にその顔を歪ませる。


 考えるだけで――たまらない。


「晶のことを言えないな」


 本来、復讐に快感を覚えていたのは晶だけだったはずなのだが。いつの間に毒されたのか、僕自身もこの体たらくである。

 そんな自分に少しだけ呆れつつ、僕は車を発進させる。今度は、渡嘉敷満が勤めるデザイン会社に向かってみることにしよう。









「ここか」


 近場にあった喫茶店の駐車場に車を停めた僕は、目的のデザイン会社を――正確には、それが入っているビルを――道路を挟んで見上げていた。

 五階建ての真新しい建物だ。渡嘉敷が今働いているであろうデザイン会社は、このビルの一階と二階を拠点としているらしい。

 渡嘉敷はジュエリーやらのデザインを考案する位置にいるらしく、資料を見るとこれがなかなか僕好みのもので微妙に困る。いや、別に大して困りはしないか。


「さて」


 時刻はちょうど正午。とりあえず今日の目的は達成したので、車を停めてある喫茶店でのんびり一服でもしていこうか……。

 そう思ったところで、ビルから一人、誰かが出てくるのが目に入った。

 女性だ。栗色の髪の毛をセミロング辺りまで伸ばし、癖っ毛を押さえるためかいくつかピンで髪を留めている。

 彼女は大きめの紙袋を抱えたまま、近くの横断歩道を渡りはじめる。つまり、こちらに向かってきているのだ。

 それはいいのだが――。


「よいしょっ……よいしょっ……」


 紙袋が余程重たいのか、彼女の歩行スピードはすこぶる遅い。だから抱えているのだろうが、そのせいか信号機に目が行っていない。

 彼女が渡りはじめた直後に、信号機は点滅を始めていた。左右を見ると、信号機待ちをしている車はいないので、大丈夫かと思っていたのだが――。


「わっ!?」


 そのまますんなり渡り切ることは無かった。

 紙袋の底が破けて、中身――あれは、本か――が、道路に散らばってしまったのだ。当然彼女はそれを慌てて拾い集めようとするのだが、僕はその腕を掴んで思い切り此方に引き寄せた。

 直後に、前方不注意であろうトラックが減速無しで通過。此方をかえりみることなく、彼方へと走り去る。


「――――――」


 それを見た女性は、僕が腕を離すとぺたんと地面に座り込んでしまう。

 まあ妥当な反応だよな、なんて他人事のように思いつつ、僕は散らばった本を、車に気を付けながら拾い上げていくのだった。








「本っ当に! 有り難うございました!」

「どういたしまして。とりあえず座ろうか」


 立ち上がって頭を下げてくる彼女に、とりあえずそう告げる。気持ちはわからないでもないが、周りの注目を集めるのは色んな意味で頂けない。

 彼女ははっと頭を上げると、ストンと座って、自らを落ち着けるかのようにテーブルのアイスティーに手を掛けた。


「落ち着いた?」


 ストローから口を離したところで声をかけ、小動物的にコクりと頷く彼女。その横には、先程拾い集めた本が積み重なっていた。


「でも、本当に助かりました。あのとき貴方に引っ張られて無かったらと思うと……」

「今生きてるんだから問題ないさ。わざわざ思い出して怖い思いをすることもない」

「……で、ですよね」


 カタカタとグラスに添えている手が震えている。文字通り九死に一生を得たのだから、その心中はまだざわついたままなのだろう。

 それでも、あのまま去ろうとした僕を引き留め、お礼がしたいとこの喫茶店まで来たのだから、ある意味彼女は強い人間なのかもしれない。

 このまま黙りこむのも空気が悪くなりそうなので、こういうときは彼女が自然と会話に乗れそうな話題に持ち込むことにする。例えば――そうだな。


「そのネックレス、良いデザインだよね」

「え、あ。ネックレス……ですか?」

「うん。それに、ちょっと見えにくいけどピアスも良い感じに見える。どうせならもっと耳を出せばいいのに」

「えへへ……。実はこれ、恋人からのプレゼントなんです。なんだか、嬉しいです」


 はにかみながら笑う彼女の言葉に、引っ掛かるものを感じ改めてアクセサリーに目を向ける。

 そのデザインは、僕が最近目にしたものと、雰囲気が酷似していて。


「初めて見るけど、どこのメーカーかな」


 まさかな、とは思いつつ。内心で沸き上がる期待に胸を踊らせながら、顔に出ないように努めて訊ねる。

 目の前の彼女は、その質問に顔を少し赤くしたままに、窓の外からとあるビルを眺めながら答える。



「彼が自分で、私の為にデザインしてくれたんです。だから、これは私だけのアクセサリーなんですよ」


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