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8歳から始める魔法学  作者: 上野夕陽
第六章

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第18話


 エルサが交換日記と称した古い冊子を受け取り、ぎこちない挨拶を交わした後、自室のベッドに倒れ込んだ。僕の求める答えのヒントがこの日記の中にあるとエルサは言っていた。すぐにでも読んで確かめるべきなのに、やる気が起きない。エルサのせいだ。抱きしめられたときの温もりがまだ僕の体に残っているようで、落ち着かなかった。

 どうせ集中できないだろうから、今日はこれ以上何もしないで過ごそう。明日は休みだ。日記を読む時間はある。



 一晩挟むと悶々としていた気持ちもいくぶん晴れた。少し寝不足だが、問題はない。朝食を済ませ、さっそく日記を読むことにする。

 表紙には『かぼちゃパイとシナモンティーの会日誌』と書かれている。交換日記と聞いていたが、どうやらクラブの活動日誌のようだった。それにしてもおかしな名前だ。誰がつけたのかわからないけど、少なくともエルサではなさそうだった。

 僕は表紙を開いた。



  *



 実力もないのに威張ってばかりの男たちに呆れ果て、私とリリィは女二人の秘密のクラブを結成することにした。その名も『かぼちゃパイとシナモンティーの会』。リリィのネーミングセンスは信用できないから、命名は私の独断だ。行きつけの『シャルロッテ』でいつも私たちが注文するメニューにちなんでいる。あそこのかぼちゃパイは絶品だけど、行くたびに頼んでしまうから体型を維持するのが大変だ。



  *



 ……まあ、エルサだって昔は少女だったということだろう。だが、なんのための集まりなのかが名前から読み取れないのはよくない。団体名は短くてわかりやすいものにするべきだ。僕の『境界の演劇団』を見習ってほしい。実態は僕たちが政治的な主張をするためのサークルだけど、今度の学園祭ではエベレストとエリィが中心になってちゃんと演劇もする予定だ。演劇団という名にふさわしい。かぼちゃパイだかシナモンティーだか知らないが、この名前では、カフェで適当におしゃべりをする会にしか思えない。

 ところで、このかぼちゃパイは今でも食べられるのだろうか。日誌によると『シャルロッテ』という店のメニューだそうだが……。今度エルサに聞いてみよう。



  *



 10月8日 エルサ

 リリィと二人でしばらく活動してみたけど、他にメンバーもいないから毎回二人でおしゃべりして終わっている。リリィはそれでいいと言うけど、『かぼちゃパイとシナモンティーの会』を結成した当初の目的は、学問における男性優位を覆すことだったはずだ。結局のところ、学園で最も能力が高いはずの私たちがこうして放課後の時間を無意味に使い潰していることこそ、彼らの優位性を助長しているのではないか。

 この現状に私たちは危機感を持ち、真剣に魔法学の議論をしていく必要がある。次回からはトピックを明確にし、話し合うこととする。

 次回のトピック――魔力の総量の計測方法。



 10月12日 リリィ

 人が持つ魔力量を測る検査を評価するために、私たちは三つの基準を定めた。まず一つ、精度が重要なのは言うまでもない。二つ目にコスト。当然、安く検査ができるに越したことはないだろう。そして三つ目に不快度だ。検査を受ける者の負担は考慮されなければならない。たとえば、魔力量を正確に測れてコストも抑えられる検査でも、検査に大きな苦痛を伴うなら実用上の問題が生じるだろう。

 この基準に基づき、私たちは既存の魔力量検査をそれぞれ評価した。以下にその結果をまとめる――



 ~~~~~



 11月5日 リリィ

 今日のトピックは魔力を送る方法について。エルサが言うには、いずれ魔力を離れた所に自由に移動させることができるようになるそうだ。この前魔力バッテリーというものが開発され、学会で話題になったという。今はまだ少ない魔力しか蓄えられないが、これから容量が大きくなっていけば、蓄えた魔力をいつでもどこでも取り出せるように技術が発達していくことは十分に考えられる。エルサは杖の原材料である魔樹の動脈が応用できそうだと言った。私はどうせならもっと細くて柔軟な素材、たとえば糸のようなものの方が便利そうだと意見を出した。エルサも賛成し、それからは二人でどうすれば糸のような形状でもので魔力を送ることができるのか、アイデアをいろいろ出し合った。一番有力な案は――



 ~~~~~



 12月5日 リリィ

 昼休み、ナッシュと話してたね。なんの話をしていたの?



 12月6日 エルサ

 テストの話。ここに書かないで普通に聞いてくれればいいのに。

 次の活動だけど、寮の私の部屋に集合ね。『40歳から始める健康魔法』を読み返していたら面白い記述を見つけたの。ちょっとした実験をするからリリィも楽しみにしてて。



 12月10日 リリィ

 『魔力で人は懐くのか?』。突飛な発想だと思ったけれど、エルサに言われてあの本を読んでみると、たしかに魔力で魔物が懐いたという記述があった。それを私で試してみようだなんてエルサらしいけれど、それを抵抗なく受け入れる私も私ね。

 実験の方法は、二人で手を繋ぎ、エルサの魔力を私の体内で循環させるというものだ。私はエルサのように自在に魔力を動かすことはできないから、そういうふうに必然的に役割は決まった。他人の魔力が体を巡る感覚というのは、それほど感じ取ることはできないらしい。でも、なんとなく心地よい感じがある。手を繋いでベッドで横になるなんて子供みたい。しばらく――たぶん15分くらいだったと思うけれど、エルサが私の手を離して実験は終わった。その後変わったことがないかとエルサに問われたけれど、自分では大きな違いは感じない。もともとエルサしか仲良くしたい子もいない私からしたら、実験をする前から私はエルサに懐いていると言えるのかもしれない。もう何回か実験を継続するとエルサは言ったけれど、効果があるのか疑問だ。



 12月11日 エルサ

 次の実験は明後日だけど、私から見たリリィの変化を書き留めておく。本人は特に変化がないと言うが、実験前よりも僅かではあるが私との距離が近くなったように感じる。廊下を並んで歩くとき、頻繁に手を繋ぎたがったり、授業中に目が合ったり。気にしすぎだろうか? 私のよくないところだけど、一度仮説を立てると、それを支持する結果ばかりに目に行ってしまうから、十分注意を払わないと。



 12月13日 リリィ

 実験二回目。前回と同じようにエルサの魔力を15分間くらい私の体の中で循環させた。結果は……やはり私には特に変わったように思えない。エルサは、スキンシップが増えた気がすると言っていた。そうだろうか? 実験前のスキンシップの回数を記録しておけば比べられたのだけど。



 12月14日 エルサ

 今日は魔力を与える日ではなかったけど、リリィが私の部屋にやってきた。お互い他人に干渉するタイプでもないから、用もなく相手の部屋を訪ねることはこれまでなかった。

 実を言うと、今回の実験は冗談半分で始めた。魔力を他人に注いで懐かれるなんて本気で信じてはいなかった。でも、最近のリリィの様子を見るともしかしたらという気持ちが湧いてくる。それともリリィ、私のこと揶揄ってる?



 12月16日 リリィ

 実験三回目。実験方法は前回と同じ。スキンシップが増えたとエルサが言う意味がわかった気がする。さっきエルサの部屋を出ていくとき、エルサと離れるのが名残惜しかった。だけど、これが実験の影響なのか否かは、研究者を志す者としては、慎重に見極めなければならないはずだ。

 実験を始めてからスキンシップが増えた。これは事実だ。結果だけ見れば魔力を注ぐこととスキンシップが増えることの間に因果関係が成立しているように見える。しかし、実際は他の要因も考慮するべきだろう。

 最初に実験を行った日、私は初めてエルサの部屋を訪れた。私たちは手を繋ぎ、二人並んでベッドに横になったが、魔力など無関係に、この出来事自体が私たちの精神的なつながりを強めたことは否定できない。さらに言えば、エルサと私は、身体的接触を伴う実験における、実験者と被験者の関係である。この関係性において発生し得る感情の動きを無視することはできないだろう。また、放課後に二人で秘密の実験をし、二人だけの秘密を共有するという状況が仲を深めるのに大いに役立っているに違いない。ある意味で、私たちの関係性が実験を始めてから変化したのは当然のことなのかもしれない。



 12月20日 エルサ

 昨日、四回目の実験を行った。『魔力で人は懐くのか?』という問いに、私は「はい」と答えるしかないだろう。実験が終わった後、リリィは私のそばを離れようとしなかった。そんな状態でリリィを追い出すことはできず、昨日は仕方なしに私の部屋に泊まらせた。今、朝早くベッドから抜け出し、リリィが眠っているうちに、こうして日誌を書いている。

 リリィの今の状態が魔力を注がれ続けた結果であることは明白だった。それなのに本人はいっさい認めようとしない。私たちが純粋な形で仲を深めたのだと信じたいようだった。政略結婚を控えた女子生徒同士が特別に親密になることは、よくあることだとリリィは言う。私もリリィも大学へ進学するが、魔法学の研究者として優秀になれば、結婚という形でアヴェイラムに取り込まれることになるだろう。その事実からの逃避で同性の友人を大事にする子たちがいるのは私も知っている。でも、リリィのこの急激な変化はそれだけでは説明がつかない。このまま実験を続ければ、取り返しがつかないことになるかもしれない。……いや、もうすでになっているのだろうか。

 リリィの様子がおかしいことは二回目の実験が終わった後にはすでに気づいていた。それでも実験を中止しなかったのは、私が知的好奇心を優先したからだ。魔力で人が懐くのが事実だとするなら、それはとてつもなく大きな発見だ。突き詰めていけば他人を――



  *



 日誌はそこで終わっている。魔力の実験とともに『かぼちゃパイとシナモンティーの会』も終わりを迎えたのだろうか。

 この最後の実験こそ、エルサが僕にこれを渡した理由だった。魔力を他人に注ぎ続ければ、強制的に自分に好意を持たせることができるということだ。

 エルサとリリィの関係はその()どうなったのだろう。日誌からは知ることができない。今も研究所で付き合いがあることを考えると、時間が経って症状は弱まったのかもしれない。ルビィが僕にべったりだったのも最初のうちだけで、ひと月もすれば症状はだいぶ落ち着いていた。ただ、そのときの後遺症なのか、ルビィは今もなお僕に好意的だ。彼の感情が僕の魔力によるものではないと言い切ることはできない。

 はぁ、とため息がこぼれる。親子そろって僕とエルサは何をしているのだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 母子の愛情という感情も腹の中で魔力が循環した結果生まれた軽い洗脳のようなものと捉えることも出来るのかな だから父親とは反りが合わない子が多かったり?
[一言] 面白い。
[一言] 洗脳できちゃうのか…
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