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8歳から始める魔法学  作者: 上野夕陽
第三章

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第6話


 就任式までの間、僕へ向けられる非難の視線は日に日に強くなっていった。首に『アヴェイラム』の文字が書かれていただけで僕が糾弾される謂れはなかったが、それだけアンジェリカの人気が凄まじかったのだと思う。

 怒りや悲しみを向ける先に、たまたま僕がいただけのことだ。その矛先をこれから逸らしてやればいい。



「新たに生徒会長となる、ロイ・アヴェイラムさんです。アヴェイラムさん、挨拶をお願いします」



 演台の前に立つ教師が僕を呼んだ。

 この部屋は、演台を中心に、左右に階段状に列が並ぶ構造となっている。その最前列に座っていた僕は、教師と入れ替わるように演台の前に立った。



「ご紹介にあずかったロイ・アヴェイラムです。新たに生徒会長となることへの抱負――を語る前に、まずこの場を借りて、我が友アンジェリカ・オーベルト嬢への哀悼の意を表します」



 軽く頭を下げ、数秒の間、目を瞑った。



「彼女は、誰からも愛される存在でした。その人気は学年を問わず、全校生徒に――」



 視界の端で動きを感じ、そちらを見ると、こちらへ何かが速いスピードで飛んできていた。

 咄嗟に右手を上げ、それを掴む。

 講堂に乾いた音が響いた。

 手に当たったときの感触からして、丸めた紙か何かだと思ったのだが、見てみれば石だった。それも、当たったら大怪我をしてもおかしくないサイズだ。

 やけに軽い衝撃だったことを不思議に思ったが、すぐに自分が無属性魔法を手に纏わせていたことを思い出す。

 石をコトリと台に置いて、右手を閉じたり開いたりする。

 無属性魔法には衝撃を和らげる効果があるのか?

 思わぬ収穫だ。ということは他にもあり得そうな性質がいくつか――おっと、いけない。スピーチの途中だった。



「さて、どこまで話したか。ああそうだ、君に石を投げられたんだったな」



 僕は石が飛んできた右手側の列を指差した。誰が投げたまでは見てなかったが、一人の男子生徒がビクッと体を震わせ、特定に至る。

 まさか本当に石を投げられるとはな。わざわざ講堂まで持ち込むなんて、計画的だ。

 教師が彼の方へ歩いていくのが見えたから、問題ないという意味を込め、手で制した。



「立ってください。なぜ石を投げたか説明してくださいませんか?」



 六年生の男子生徒が立ち上がった。



「お前が悪いんだろ! アンジェリカさんの首にお前の名前が書いてあったと聞いたぞ!」



 書いてあったのは僕の名前じゃなくて『アヴェイラム』なのだが、他の生徒たちまで僕を責め立てるように騒ぎ始めたのを見ると、訂正したところで意味がなさそうだ。

 僕は静かになるように手を上げた。



「ああ、その通りだ」



 僕は肯定し、自らの非を認めた。

 そして、握り拳を作り、台を叩く。



「悪いのは僕だっ! 僕にもっと力があればオーベルトを救えたはずなんだ! すまない……。本当にすまなかった!」



 突然感情をあらわにした僕に、誰しもが驚いているようだった。



「この悲しみや怒りをどこに向ければいい? 後輩の危機に何もできなかった僕か? 自分の不甲斐なさを嘆けばいいのか?」



 一転し、今度は静かに問いかけた。周りを見渡しながら、一人一人の反応を窺った。

 感情を激しく上下させる僕に圧倒されたように、唾を飲み込む生徒がちらほらと見られた。情緒不安定な演技が少し過剰だったかもしれない。だけど今さら引き返せないから、このまま続けることにする。

 僕は再び台をドンっと叩いた。



「いいや違う! 悪いのはアンジェリカ・オーベルトを殺した犯人のはずだ! 今僕たちが自分自身を責めてなんになる! そんなことじゃあ、アンジェリカは救われない!」



 彼らの怒りの矛先を少しずつずらしていく。



「だってそうだろう? あんな非道い殺され方で、きっと彼女の魂は今もどこかで苦しんでる! このままじゃだめだ! 悪に裁きを下し、アンジェリカを救済するんだ! それが、僕らが友へできる一番の弔いになるんじゃないのか?」



 言いたいことを言い終え、さりげなく生徒たちの反応を見る。

 場は温まっているのが見てとれたが、なんとなくまだ足りないような気がした。

 場の空気感というのだろうか? 表面張力が働いてぎりぎりで(こぼ)れないカップのような感じで、あと一押しが足りない。

 よし、こういうときはスローガンだ。



「悪に裁きを! アンジーに救済を!」



 手のひらを広げ、右手を掲げる。

 セリフに合わせて肘を曲げ、伸ばし、それを繰り返す。



「悪に裁きを! アンジーに救済を! 悪に裁きを! アンジーに救済を!」



 だ、だれか僕に追従してくれ。このまま一人でやっていたら恥ずかしさで死んでしまいそうだ。

 助け求めるように、僕はヴァンの方を見た。



「『悪に裁きを! アンジーに救済を!』」



 斜め後ろから男子と女子の声が一人ずつ加わった。

 振り向くと、元会長と元副会長が立ち上がっていた。二人とも涙を流し、声は震えている。彼らに感化されたのか、少し遅れてヴァンも加わる。



「『悪に裁きを! アンジーに救済を!』」



 石を投げた生徒が入ってくる。



「『悪に裁きを! アンジーに救済を!』」



 生徒が一人、また一人と立ち上がり、声が大きくなっていく。



「『悪に裁きを! アンジーに救済を!』」



「『悪に裁きを! アンジーに救済を!』」



「『悪に裁きを! アンジーに救済を!』」



 やがて言葉は大きな熱量を持って講堂を支配し、生徒たちは狂信者のように唱和し続けたのだった。


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― 新着の感想 ―
壇上での演説をセッション演出してしまうとは 恐ろしい子どもだ 手腕はもはやヒットラーだねw
この方向に持ってくならロイくん事件解決に向けて動かないといけなくない? ヴァン君に任せなくて大丈夫だった?とハラハラ。
[一言] 生徒会選挙で不利状況の中でヴァンを下したロイとは思えない演説に感じた。 無理矢理すぎるし最後の詰めが他力本願なのも違和感を覚える。 1章2章、改稿前3章4章も面白かったので、今回もどうやっ…
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