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8歳から始める魔法学  作者: 上野夕陽
第一章

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第10話



「おはよう、諸君」



 教室に入り、席に着くと、ペルシャとマッシュがいつものように集まってきたから挨拶をする。



「ロイ様、おはようございます」



「おはようございまーす」



 彼らともだいぶ打ち解けた。

 命名日からもう一か月くらいか。

 あだ名をつけるのはやはり心の距離を縮めるのだな。



「エベレストは……今日も?」



「はい、イヴはこれからもしばらくあの調子でしょう。食堂の件から何かに取り憑かれてしまわれたようで」



「イヴも飽きないよねー」



 食堂での対立の後、エベレスト――彼らは省略してイヴと呼ぶようになった――は頻繁に隣のクラスに行くようになった。

 あのエリィという平民に絡みに。

 実はあの事件、思ったよりも根が深いものだった。



 我が国、グラニカ王国には王が君臨しているが、実際の政治を行なっているのは貴族である。

 しかし、つい数十年前までは王の権力は絶対的だった。

 良き王の時代はそれで全てがうまくいくが、悪しき王や無能な王の時代は国が傾く。

 そんな綱渡りのような統治システムを憂えた一部の貴族たちは、王一人が大きな権力を握るべきではないと考えるようになった。

 その旗頭が当時のスペルビア侯爵であったことから、彼らはスペルビア派閥と呼ばれた。

 それに対し、それ以前から存在していた王権に保守的な勢力は、スペルビア派閥に対抗してアヴェイラム派閥と呼ばれている。



 長い間彼らは政治的に対立するようになる。

 しかし、前王の時代、魔人に対する日和見を貫く王の姿勢を受け、アヴェイラム派閥も反国王側につき、2派閥は団結して王を打倒した。

 一時的に協力関係にあったスペルビアとアヴェイラムであったが、もともとの性質の違いのためか、混じり合うことは決してなく、現在では別々の政党を組織する政敵となっている。

 二党の特徴は、おおよその雰囲気で言えば、スペルビアは庶民派でアヴェイラムは貴族派ってところだ。



 そんな裏側があるわけだから、あの食堂の事件は単なる子供同士の喧嘩では済まされないのだ。

 ヴァンはファミリーネームがスペルビアであることからわかる通りだが、あのとき一緒にいた……名前は忘れたがヴァンの前の席の子もスペルビア派閥。

 エリィは平民だが、彼女の家はビジネスに成功していて、近々土地を買って上流階級の仲間入りをするという噂がある。

 スペルビア派閥にそのまま取り込まれる流れだろう。



 対して、僕たちのテーブルにいた4人は、僕を筆頭に疑う余地なく全員がアヴェイラム派閥である。

 いくら8歳児とはいえ、これはもう子供を使った政党同士の代理戦争と周りに捉えられてもおかしくはない。

 だから、ヴァンの剣幕に(ひる)んで僕が少しだけ譲歩したことは、結果的には良かったのかもしれない。



 エベレストはまだ納得できてないようで、エリィのクラスに足繁く通っている。

 エベレストの家――アルトチェッロ侯爵家は、エリィの父が経営するサルトルというファッションブランドと以前は懇意にしていて、エベレスト自身もよく利用していたらしい。

 にもかかわらず、サルトルがスペルビア側についたから、エベレストは相当お冠らしい。

 エリィもエリィで、商家の娘だからか結構気の強いところがあるらしく、それがまたエベレストを怒らせるという無限ループ。

 ペルシャの言う通り、エベレストはしばらくこの調子が続きそうだ。






 一か月も経てばクラスにもだいぶ慣れる。

 ……はずなのだが、いつものメンバー以外とは全然仲良くなれない。

 特にあの食堂の事件以降、怖がられ度が上がったように感じる。



 横幅があるせいで威圧感マシマシなのかもしれない。

 早く痩せたいが、こればかりは一朝一夕というわけにはいかない。

 毎日のランニングは続けているけど、まだまだ僕はわがままボディをほしいままにしていた。

 マッシュが持ってくるお菓子がダメなのか。

 食堂でデザートを頼み過ぎなのか。

 でも少しずつ痩せてきているとは思う。



 この前はエベレストもお菓子を持ってきてくれたのだが、彼女が常日頃自慢するだけあって、非常に絶品であった。

 今度彼女の家でディナーをごちそうになる。

 『また同じクラスになれてよかったね会』と僕は呼んでいるが、ペルシャとマッシュも招待されている。

 どんなデザートが出てくるのだろうと、今から楽しみだ。



 おっと、またお菓子のことを考えている。

 思考がすぐにスイーツに向かうのは僕の悪い癖だ。



 イライジャ師匠の話では、魔力循環さえ上手くできるようになれば、一気に健康的になるということだから、ダイエットに関してはランニングより魔力循環の方に期待をしている。

 ただ、『40歳から始める健康魔法』というタイトルのわりに、魔力循環は簡単なものではなかった。

 一か月経ってもまだまだスムーズに魔力を動かすことができない。

 魔臓から出た魔力を体中に巡らせ、また魔臓まで戻すという一連の作業がようやく形になってきたのがつい数日前のことだ。

 まだまだロスは多いし、動く速さなんか芋虫のように遅い。

 でも、これからどんどん健康になれそうな気がする。



 よし、最終目標である憧れの健康生活に向けて気合を入れるぞ!



 ……ん?

 なんか違うな。

 目的がいつの間にかダイエットにすり替わっている。

 気を取り直して。



 よし、魔法学を極めるために気合を入れるぞ!



 ダイエット成功にはまだほど遠いけど、体力がついてきているのは実感している。

 初めはすぐにへばっていたランニングだが、3kmくらい走ってもまだ余裕がある、という程度には慣れてきた。

 ここ数日は特に体が軽く感じるが、もしかしたらこれが魔力循環の効果なのかもしれない。

 今までロスが大きくて魔力がすぐに底をついてしまい、一日の練習量を上げることができなかったけど、これからはもっと魔力循環に時間を割けると思う。

 今だって小言の多い女教師の算数の授業を真剣に受けているふりをしながら、魔力を動かすトレーニングをしている。

 前世の学生時代の内職みたいで、この若干のスリルがぞくぞくと気持ち良い。

 僕の内職スキルはプロ並みなので、さぞ教師からの覚えは良いだろう。



 人を襲う魔物は、この一か月でまた増えてきているらしい。

 ミリア先生の話によれば、原因はいまだに突き止められていない。

 以前ペルシャが言っていた、僕の母の研究が関係しているという話は、あれから母と接触する機会もなく、結局確かめることができずにいた。



 僕はまだ魔物に襲われたことはないが、不運な市民が何人か襲われたという話だ。

 僕のような子供に入ってくる情報など不確かなものばかりで、軽傷しかいないだとか、ひどい怪我を負った者がいるとか、もうすでに死者が出ているとか。

 憶測ばかりで、つまりは何もわからない状態だ。

 情報に即座にアクセスできる世の中がどれだけ便利だったか、存分に思い知らされた。

 貴重な情報源のひとつである新聞を買いにラズダ書房に学校帰りに寄るのも、魔物のせいで躊躇するようになった。

 幸い学校の生徒はまだ被害にあっていないようだけど、それもいつまで続くことやら。

 小学生が一人で登下校しているときに襲われでもしたら大変なことになる。

 今日あたり兄にお願いして、送り迎えにご一緒させてもらうか。



 魔力循環がだいぶ形になってきたから、そろそろ護身用に魔法を練習し始めてもいいかもしれない。

 せっかくラズダ書房で『魔法学入門書』を購入したんだから。


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― 新着の感想 ―
[一言] 食堂でのシーンは、なんか無理矢理感があるな。 なんか変
[気になる点] ヴァン目線は次のページからにした方がいいかと……。 一人称の主体を区切りなく変えるは(同じページ)読みにくく感じます。 次のページの一人称が丸々ヴァンなのであえてこのページに書く意味が…
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