捕まった者が弱いとは限らない
「汗が......すごい」
炎蘭の艶衣でほとんど熱ダメージを防げている。とはいえ、完全ではない。リアルを忠実に再現したのかアバターが汗をかいている。みんなからの忠告で注意を払ってはいたが、ここまでとは。
「茹だる暑さ......しんどい」
「一歩歩きだけど、地面が私たちの汗でいっぱい」
マグマの湖に浮かぶ朱色の橋。橋といっても人為的に作られた橋ではなく、自然的に削られ残った岩が橋の役割を果たしている。横に三人が歩くだけの幅しかなく、モンスターが迫れば厄介な戦闘になる。さらに一定の周期で湖のマグマが噴き上がる。かわさないと装備品が燃えてしまう。
『オニキス・オンライン』の装備品は燃えたり粉々に壊れてしまい耐久値がゼロになれば直すことは不可能となる。
逆に考えれば僅か”1”でも耐久値が残っていれば時間はかかるが完璧に直せるということ。
「本当にユミナがいてくれて助かるよ」
清浄なる世界へを連発しても簡易の偽月で【EM】は回復できる。みんなが回復薬を切らしても通常の呪文で対処できる。MP枯渇問題は月光からの愛があるから解消される。
戦闘面ではさすがの最前線プレイヤー集団。そこいらの雑魚モンスターを容易く倒していく。私は後方でニッカと一緒に、支援に徹した。
燃えるカエルや燃えるゴーレムとの戦闘を終えた私たち。
「ユミナ、今更感があるが......一ついいか?」
「うん? なんですか、カトリナ」
「アンタ、絶対に他のプレイヤーに自分のスキルや魔法を見せびらかす真似はしない方がいいよ」
「............やっぱり、ですか」
「カトリナの言うとおり。私たちは面白いや興味が尽きない程度で済んでいる。でも、」
「そこいらの有象無象の楽したいプレイヤーからすればユミナはいいカモだよ」
「一番やばいのが、一定時間、HPが減らないスキルだよ。パーティーメンバー限定って条件はあるけど、それでも重宝されるスキル。はっきりいって、やばいしかない」
通常習得したスキルや魔法はプレイヤーはほとんど手に入るから問題ないとは言われた。しかし、私の持つ【星霜の女王】専用スキルや魔法はいわばユニークな存在。情報を明かせばポンポン人が集まってしまう。中には無理矢理にでも口を割らすプレイヤーも出てくる。
「私たちが守るでもいいけど......さすがにずっとは無理だし。クイーンのギルドは?」
「私のギルドはやめておいた方がいい。上昇志向が強いプレイヤーが何人も在籍している。彼らといればユミナが困る一方。それに......」
「みんな、ありがとう。でも、大丈夫です。私には、大切な仲間がいますから!!!」
私の言葉に安心したのか、みんな笑っていた。本当にみんなはいい人だなっと私は思うのだった。
蜘蛛とは古来から至る所に生息している。家の片隅、寒い場所、地中の中、はては暑い環境でも自由に生きている。
「蜘蛛だよね......」
私が見ているのは、蜘蛛だと思う。クイーンさんたちの目的でもある『プラーミア・スパイダー』もドロップアイテム、『炎耐撚糸』。『プラーミア・スパイダー』、火の蜘蛛か。英語やロシア語が融合しているが訳せば名称は直球。火が集まるところに火は宿る。なんてわけない。モンスターを倒すだけ......あれを最悪でも300体を討伐しないといけないの??
「嫌だな......」
私の視線の先にいるのは巨大な蜘蛛。二階建の家の大きさはある。縦もなかなか、横幅も広い。突っ込まれれば逃げ場がなく激突は避けれないだろう。
「安心しろ、アイツは前座だ。ユミナ」
うん? 前座? それって......
「来るぞっ!!!」
クイーンさんの掛け声と同時に『プラーミア・スパイダー』が行動を開始する。
戦術は道中と同じ。クイーンさん、カトリナ、ナーデンが前衛。私とニッカが後衛担当。後衛であっても私たちの役目は別々。ニッカは攻撃魔法も”魔術師”で格段に上げている。しかし現状は攻撃を仕掛けない。前衛三人にバフを掛け続けるのが今回のニッカの仕事。で、私は回復担当。
戦闘開始時点で、星なる領域Lv.4を起動。タウロスとアリエスと仲良くなった経緯でスキルレベルが上がった星なる領域。効果は戦闘開始から8分間、パーティーメンバーのHPが減らない。
HPが時間制限ありにしても減らないのはかなかなにおかしい性能。加えて今いるのは一歩歩くだけで熱ダメージや火傷ダメージが問答無用で入る灼熱地獄の洞窟。HP管理は必須事項だけど、8分間だけは気にせず戦闘に集中できる。
しかし、オフィみたいに私たちのスキルをかき消すスキルや魔法を有している可能性もある。今、真っ赤な蜘蛛の糸をお尻から排出している『プラーミア・スパイダー』がバフ無効攻撃をしてくるかもしれない。なので、私は前衛がデバフ攻撃を受けた瞬間に即座に対処できるように注意している。
「いよいよだね」
時間にして約四分が経過した。『プラーミア・スパイダー』もかなりの消耗しているとみた。もう一息という状況でも前衛三人は依然として臨戦態勢を緩めない。
『プラーミア・スパイダー』が天に向かって鳴き声を発する。耳を抑えてしまうバカでかい声量。モーションが変化した合図だと考えられる。
突然、『プラーミア・スパイダー』は体を分解させた。体は何万個サイコロステーキへと変貌を遂げた。驚くのも束の間にブロックが変形していき、形成される。
「小型の蜘蛛......!?」
赤い地面を覆い尽くすのは何万の小型の蜘蛛だった。模様はさまざまだが先ほどまで戦闘していた『プラーミア・スパイダー』を彷彿させる見た目。
小型蜘蛛が一斉に私たちに襲いかかる。『プラーミア・スパイダー』はでかいしヘイトは前衛三人が分担していたので後衛の私とニッカは安全圏だった。しかし『プラーミア・ヂェースャチティースャチャ・スパイダー』。長い名称へと変わった小型蜘蛛たちは後衛にいる私たちのも牙を向ける。一匹一匹の攻撃はさほど強力ではなかった。
星なる領域がリキャストタイムに入った関係でダメージが入る。回避できず五匹いっぺんに牙が私の体を噛み付いてもダメージは少量だった。私の装備品の防御力や星刻の錫杖で得た強制ステータスアップ効果のおかげなのかはわからない。
牙攻撃は問題ない。問題があるとすれば......蜘蛛の代名詞となる蜘蛛の糸。お尻から放出された蜘蛛の糸の量は絶対にバグってるだろうと思わせるように大量だった。
「これも......触れると火傷扱いになるとは」
蜘蛛の糸でできるのは精々、獲物を捕獲し、逃げれない獲物がもがき体力を消耗していき、最後は獲物は餌食になる。そんな蜘蛛にとっては欠かせないモノ。
上から降るのは人一人を捕獲できる大きな蜘蛛の糸。捕獲されずに済んだが外側の糸に接触を許してしまった。許してしまって初めて確認できたこともある。それは『プラーミア・ヂェースャチティースャチャ・スパイダー』の糸に触れた瞬間に火傷のバッドステータスが入ってしまうというものだった。
清浄なる世界へで状態異常を治し、バックステップで後方へ。
「だったら......」
装備を変更。ホーネットヘルムから純白の霊奏へ頭装備を変えた。ホーネットヘルムは数秒、景色と同化できる性能。純白の霊奏は五分間、姿を隠せる性能。秒と分では圧倒的開きがある。不安なのは純白の霊奏の布が上がっていない状態。私が完全に姿を隠している時に四人の攻撃に巻き込まれないか非常に不安。
純白の霊奏を被ったことで私に向かってきた『プラーミア・ヂェースャチティースャチャ・スパイダー』の群れは私を見失う。
蜘蛛の山ができ始めた。一箇所に集まった『プラーミア・ヂェースャチティースャチャ・スパイダー』にアイGを放つ。三角錐の氷が地面から生えた。より鋭利さを得た氷の柱は一発で『プラーミア・ヂェースャチティースャチャ・スパイダー』を倒した。わずかに端にいた『プラーミア・ヂェースャチティースャチャ・スパイダー』に一定時間、怯み状態にできるスキル、威圧冠を発動。
怯んだ隙に螺旋状の乱射が付与された星刻の錫杖を投擲した。牙城の幻影のおかげで星刻の錫杖の耐久値が減りづらくなっている。残った残党小型蜘蛛たちは連鎖爆弾のように爆発し、散った。
「よし......きゃあ!?」
ドロップ品を拾うと純白の霊奏の布を上げた瞬間。背後から襲いかかる『プラーミア・ヂェースャチティースャチャ・スパイダー』。気配に気づき回避行動を取るが手遅れだった。
「抜けない......ヌメヌメしてない」
糸の檻に入った私は抜け出そうともがく。しかし、もがいても糸は張り付く。逃げれない状況、まさに負の連鎖。
私が捕獲されたことで周囲の『プラーミア・ヂェースャチティースャチャ・スパイダー』が向かってくる。
捕まったモノは俺たちの食糧だって考えているのかな......
「嬉しいけど......生憎、蜘蛛を愛でる趣味はないわ」
あー......でも、女蜘蛛とかいるならアリかな。ってヴァルゴたちに毒されて変な思考したじゃん。
「捕まった獲物が黙ると思ったら大間違えよ!!」
昆虫ならいざ知らず。指が一本でも動かせるならVS蜘蛛は私の勝ち。
全員、糸に絡まっている私に群がりを見せる。前へ前へ飛び出す。後続も後から迫る。
もうすぐ、捕まったモノを捕食できる。牙を出しながらゆっくり空中を飛ぶ。
「......残念〜」
『プラーミア・ヂェースャチティースャチャ・スパイダー』の一匹が後ろへ飛ばされた。飛ばされた『プラーミア・ヂェースャチティースャチャ・スパイダー』の胴体には太い針が突き刺さっていた。
「これをただのグローブと思ったら痛い目を見るわよ」
私の手首から煙が立つ。さながら銃弾を撃った拳銃のよう。煙は霧散し、新たな針が生成された。
針の先端で糸の檻を切り刻み、脱出した。
「う〜っぅ。シャバの空気は美味しいわ!」
体をストレッチする。グローブを前に出し構えた。
「さぁ、行くわよ。鬼蜂の拳!!」




