正体と指輪と復活
ヴァルゴの足取りは重かった。爆風と衝撃波に晒され、遥か後方まで飛んでいた。意識を取り戻し、会場に戻っていた。
「こんなに傷つくのは何千ぶりかな」
彼岸の星剣を杖代わりで歩く。身体中に血。腹部には木が突き刺さっていた。右足は折れている。左手は無かった。
「邪魔だ」
前方。聖女候補の少女たちと契約した悪魔5人。
「お前......その傷で行くのか」
アガレスが言った。
「お嬢様と約束したからな。”私がお嬢様を殺す”。それだけだ」
ヴァルゴの気迫に負け、道を譲る。
「お前の主は......何者だ」
止まるヴァルゴ。振り返る。
「”愛”だ」
会場にたどり着いたヴァルゴ。中は物が散乱しており、人の姿はなかった。
『随分、辛そうね』
視線を変える。足を組み、椅子に座っていたのはリリス。
「リリス様......どうして」
薄く笑うリリス。
ヴァルゴに近づき、手を出す。
温かい緑色の光。ヴァルゴの傷はなくなり、欠損していた部位も完治していた。
「貴女に死なれては困るの〜」
「...ありがとうございます」
再び椅子に座るリリス。
「観に来た。それだけ」
「私は止めれませんでした......初めての友を失い、最愛の主の行動を......」
「これも運命よ」
「一つ質問してもいいですか?」
「何かしら?」
彼岸の星剣をリリスに向けるヴァルゴ。
「貴様、誰だ」
殺意の眼。常人なら息も出来ない圧。
「アハハッハハハハハハハァ!!!」
笑っていた。ヴァルゴの威圧をモノともしない飄々とした面構え。
「凄いわね! 見た目も声も一緒なのに、違いが判るのね!」
首を傾げ、考える仕草。わざとらしい行動だった。
「『貴様、誰だ』......か。悩むわね。ワタシ、色々な名前を持ってるし。リリスじゃダメみたいだし......貴女が理解できる名称か〜〜」
一拍。閃いた表情。
「ワタシは......リリスが唯一、愛した女性と言えば良いのかしら!」
リリスから告げられた言葉。数歩後ずさる。動揺。彼岸の星剣を落とした。
「あ、あり得ない。デタラメを言うなっ!!」
「そっか! 貴女は知ってるんだっけ」
怯えるヴァルゴ。
「少女は特殊な力の持ち主だった。神は気まぐれで少女と戯れた。少女は人間だった。寿命は短い。でも、ずっと神と一緒に居たかった、永遠に。神に恋をしたから。少女は自身の力を遺憾なく発揮した。結果、神と今でも共に居る。片時も離れる事はない永遠の存在と化した」
リリスは本を取り出した。名は『灯の園』。この地含め全ての世界の出来事が記載されている。出来事の中には過去・現在・未来もあらゆる可能性として記されている。
「少女は自身の力で、一冊の本になった、とさぁ〜」
「そうだ。あの子がこの世に生を持っていない。だから、リリス様は」
「輪廻転生の処理をしなかった、かしら〜 私が別に誕生したら、『灯の園』は必要なくなる。それでは、少女の覚悟を蔑ろにする」
「だから、お前があの少女なわけが無い」
彼岸の星剣を拾い、飛び出す。
時間が止まる。
沈黙。口を開いたのはリリスだった。
「う〜ん。やっぱりダメだったか。まぁ、想定内だし、計画を修正する必要はない」
首筋に彼岸の星剣の切先が当たる寸前。
「何訳のわからないことを———」
ヴァルゴは倒れる。起き上がることは困難だった。
「流石ね! 普通なら身体を動かすのも無理。でも貴女は少しだけでも動ける。良い傾向だ」
しゃがむポーズを取るリリス。
「ワタシが本気で闘う訳ないじゃん!! つまらないし〜 でも残念ね。星霊の中でも一番強い貴女が、この弱さか......。まぁ、リリスは許しているみたいだけど............. ワタシが欲しいのはお前たちの真名だけ。それ以外には興味もない」
「ま、真名だと......」
「真名を教えた乙女座と山羊座。この2体は進化し続けている。このまま進めば、もっと強くなるわよ! 残り10体、暫くは眺めているだけにするよ」
立ち上がり、階段を降りる。
「言い忘れていたけど、あの子に【自我が消滅した静かなる殺戮者】を勧めたのはワタシよ」
怒りを見せるヴァルゴ。が、身体は動かない。見ていることだけしかできない。
「開発中や実践投入じゃ、満足する戦闘結果は出なかったのよね〜 で〜も〜 今、この瞬間に最高の状態の【自我が消滅した静かなる殺戮者】を発現できる。利用しない手はないじゃん〜 良い見せ物をありがとう!!」
ステージに上がるリリス。
「そろそろね!」
眩い光。光は消え、中から人影は現れた。目を見開くヴァルゴ。身体が動く。急いでステージへ向かう。
「......アシリア」
人影の正体。殺されたはずの聖女、アシリアだった。息はあった。
「お前が復活させたのか」
「いや、違うよ」
キッパリ断るリリス。指を指す
「ユミナちゃん、自分が行った行動を忘れるとわね!」
アシリアの指に嵌っている指輪。
「......お、オフィの指輪!?」
「この指輪のお陰でアシリアちゃんは復活できた。でも......」
指輪に亀裂。弾かれ砕かれた。完全に消滅した。
「復活回数を超えたから、役目を終えたのね」
アシリアを抱きしめるヴァルゴ。
「良かった。本当に......良かった」
「ワタシの実験はこの瞬間で終わり。さっさと最愛の人を助けたら」
指パッチン。アシリアの周りを囲むドーム上の膜。
「お礼に絶対に破けない結界を用意したわ。え〜っと、なんだっけ〜 そうだったわ、【星なる領域】の原型よ、これは。無制限の結界。誰もアシリアちゃんを攻撃することは出来ない。ワタシが保証しよう」
「一応、礼を言う。だが、お前を許してはいない」
「別に良いわよ。ワタシは興味ないし。それじゃあ、本物のリリスによろしく〜」
手を降り、リリスは消えた。
「アシリア。待ってて。お嬢様を救いますので」




