幾千を超えて、聖女が導く
現在、私たちは『ヴァーシュ』のメインストリートにいます。アシリアさんたっての希望。
しかしアシリアさんが何にも興味を示しているのは新鮮な光景だった。御忍びって名目なのでフードは深く被ったままだった。
私の視界には一人の、祭りを心の底から楽しんでいる年相応の女の子の姿があった。
私はすぐにでもログアウトしたい気分だった。人がごった返ししていて気分が悪くなった訳でも疲れたからでもない。『オニキス・オンライン』の攻略wikiを覗くため。
早急かつ迅速にしなくてはならない確かな理由が目の前にあったからだ。
続々と放たれる花火と、儚い命と散った花火の残り火が降り注ぐ。
残滓が蛇のように長い線で下に落ちてくる。
地面に到着するまでの燃料を持っていない残滓達は中間地点にいる人間に不時着する準備をしていく。
全員が全員、人間に到達できない。
ほとんどは中間地点も存在していない何もない空間の宙で散ってしまう。
「............綺麗〜」
上空の音でかき消された私の言葉を聞いた者は誰もいない。
花火は『ヴァーシュ』のメインストリートをコンサートステージさながらに変えていく。残り火は空中に漂う紙吹雪や銀テープのよう。
街の中心が1つの演出会場に早変わりし興奮と熱狂の渦に包まれている。
生憎、私は露店に並んでいるアイテムを見ているヴァルゴとアシリアさんの方にしか目がいってない。花火を背景に、楽しくしている二人の姿が記憶から離れない。
「......本当に私にはもったいない景色だね!!」
何度も言うけど今すぐにでもログアウトしたい。なぜなら、録画アイテムもしくは記憶媒体らしき便利アイテムが入手できるのかの確認をしたいからだ。
◇
「今回はユミナ様からのお願いだからです。いいですね」
街の散策を終えた私たち。教会の裏口から中へ入った。表は絶賛イベント中なので秘密裏に侵入した。いや、ちゃんと許可は取ってあるし大丈夫だろう......多分。
「ありがとうございます。でも……お付きの厳格なシスターさんに見つかったら」
「もしかして……私の正座姿を?」
恥ずかしい表情を見せるアシリアさん。あはは......余程見られなくなった姿だったのだろう。耳まで真っ赤になっている。
「はい。チラッと見えてしまって……」
「お見苦しいモノを見せてしまってごめんなさい。カトレアには昔から頭が上がらなくて……」
アシリアさんは孤児だった。でも、生まれつき聖魔法が使えた事で教会が保護し、シスターとして育ててきた。アシリアさんを育てたのがカトレアさん……厳格な女司教である。
「でも、そこまで厳しくは……いや。やっぱり厳しい?」
仕事上では聖女でもあるアシリアさんにも厳しく、周りも冷たい瞳で威圧している。
しかし、仕事が終わればアシリアさんには甘いらしく祖母と孫の関係だとか……
幻覚じゃないの、それ?
危ないモノを摂取してないよね。あるいは洗脳とか......ブレインをコントロールするなんて。
『オニキス・オンライン』のレーティングによっては少々、異常なゲームになっていただろう。金髪ロングストレートで清純派な可愛い子に......
いやいやいや、変な想像してはいけない。
私も疲れているのかな。
あんな妄想をするなんて......
でも、大丈夫。さすがに前に悪友3人と興味本位で見たあれらには敵わないと思いたい。
階段を降りていく私たち。教会の地下は薄暗く光源がないとまともに歩けない通路となっていた。
薄気味悪い場所は苦手なのよね、ヴァルゴが。現に今だって私の袖を離そうとしないし......なんだかんだ言って女の子だよね、ヴァルゴ。
「【ランタンの種】!!」
星刻の錫杖の先端が大きさな光玉を放つ。
今の私のレベルは25。なので持続時間は25分。
街中みたいに迷路ではないのが幸運だった。ほぼ一本道で助かっている。
奥に進むと、例の扉があった。
「......これが」
「はい、びくともしないでしょう?」
今にも壊れる寸前な扉なのに、全く開く気配がしないのを実演してくれたアシリアさん。
星刻の錫杖の震えが大きくなる。間違えない。ここに星座の石像がある。
問題は扉が開かない事……どうしよう?
改めて近くで見た。
話に聞いて通りのボロさなのが分かる。扉の損傷具合は賢者部屋と酷似していた。わずかな隙間があっても中は……石像っぽい物が鎮座している。
「ヴァルゴ……どう?」
奥を覗き込むヴァルゴだったが首を横に振った。
「石像は見えますが……あれがそうなのかはわかりません」
疑問を疑問のまま終わらせない。じゃあ、やる事は一つ。
「では、私も挑戦して見ますか!」
私はドアノブを掴む。押す、引く。
ドアノブは偽装でシャッターみたいに上部に収納する仕掛けなのではないのかと疑い持ち上げる素振りをしてみたが結果はお察しの通り。
念のために横へスライドをして見たがダメだった。
面白い案としてはトリック扉。一度目に開けるとそこには何もないけど、二度目に開けると道が開かれる的な仕掛け。
でも前提条件に開く事が必須のこの仕掛けは今回の状況では不釣り合い......よって却下された。残された手は……
「アシリアさん、殴っていい?」
星刻の錫杖を叩き、「今からこれで扉を殴ってもいいですか」と笑顔で進言した。
「えっ、はい……」
目を点にしたアシリアさんの許可もいただいたのでスイングの構えをとる。
ついでにSTR上げの【強勢】。
【強勢】が派生し、自分のステータスに装備していない武器の攻撃力を上乗せできる【装武を備えつける】。
【装武を備えつける】で兎鳥の短剣の攻撃力を私のSTRへ移動。
さらに仲絆の力を発動。運よくヴァルゴのSTRが上昇したので借り受けした。
今の私はゴリゴリのマッチョ。
ゴリラも真っ青になる事、間違いない剛腕を手に入れた。チカラコブが山になってそう......
私のHPが一割になると発動するスキル【逆転の命殺】があるけど、現状は使用できない。
【逆転の命殺】って面白いんだよね......面白くないか。
【逆転の命殺】はスキル発動時に一気にHPが全快、元々のステータスが二倍になるスキル。
スキル終了と同時に反動でまたHPが一割に戻り、元々のステータス値が全て半分になるデメリットが存在する。
剛力の腕で星刻の錫杖をフルスイングした。
「おりゃぁぁあああ!!!」
星刻の錫杖が弾き出された。
反動で思わず尻もちをついてしまった私。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「ダメか……ヴァルゴ。何か案ある?」
私の前に出るヴァルゴ。私と同じくドアノブを掴んでいた。
「そうですね……」
ヴァルゴは自然にドアノブを時計方向の右回しをしている。
「錫杖を振ってもダメだったので斬る事も不可能」
部屋の扉が開いた瞬間、思わず私とアシリアさんは驚いた。
「あっ!?」
「えっ!?」
私とアシリアさんが気づいた時には遅かった。ヴァルゴは重力に乗っ取り、転がっていた。
顔面から床へダイブして突っ伏している。これをヴァルゴに言うのは大変失礼に値するけど……なんとも間抜けな転び方だった。
「い、痛い……」
「『ヒール』」
おでこを抑えていたヴァルゴに私は回復魔法を使用した。
赤くなっていた額は次第に消えていき、ヴァルゴの痛みによって険しかった顔が次第に静まっていった。
「だ、大丈夫? ふふぅ……」
「お、お嬢様……笑っていますよね」
「な、なんの事かな〜 ユミナ、よくわぁかんな〜〜い」
「後で問い詰めるとして……なぜ開いたのでしょう?」
『問い詰める』? えっ!? なにそれ、怖いんだけど……お手柔らかにお願いします。
確かに疑問。過去に教会の関係者やアシリアさん。私が星刻の錫杖で叩きわろうとしたのに何も変化しなかった。のに、ヴァルゴが触っただけで簡単に開いてしまった。
アシリアさんとヴァルゴは警戒心強めで慎重に部屋に入る。
一方、私は私は既視感満載の部屋なので最小限の危機感だけを抱いて入った。杞憂かもしれない、なんたってここは地下とはいえ教会の中。罠なんて置いてある方がおかしいって事。
部屋の構造は同じに見える。ただ賢者部屋との違いは本棚がない事だけだった。
「これが、ユミナ様が見たかったモノですか」
興味津々で石像をぐるぐる見回すアシリアさん。
「”ある”確証はありませんでした。でも、あって良かったです!」
部屋の中央。
生きているには生きているが外を石で覆われ、幾千の時間動く事も喋る事もできずただじっと立っていた”それ”。光源がなければなかなかにホラー体験になるだろう。
目を見開き、じっと目の前に何か険悪な表情をだしているんだから。
隣にいたヴァルゴはポツリと囁く。
”アリエス”と――――――――――――
ヴァルゴにヒーリングっど
ユミナちゃん、ヴァルゴが君の腕を離さないのは、怖がりだからではないよ〜
乙女心は複雑でね〜




