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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第二章 好きと依存の境界線
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第十二話 朔の部屋とアルバム

 ちゃんらーん へっちゃらーん


「……ん、メール……?」


 希は携帯の着信音で目を覚ますと、枕元にあった携帯を手繰り寄せメールを確認する。

 メールは希が良く利用するウェブサイトのメルマガだった。着信時刻は土曜日の午前十時三分だ。


「……なんだ、サンダー屋か……ってもう十時!」


 希は慌ててベッドから跳ね上がる。

 土曜日の八時からはいつも楽しみしているテレビ番組が放送されるため、朝に弱い希はいつも朔に起こして貰っていたのだ。

 希はもたつきながら寝巻きから部屋着に着替え、部屋を出て居間に入るなり、


「なんで起こしてくれなかったのよ!」


 と、不満を口にした。

 しかし、いつもそこに居るはずの朔は不在らしく、希の声だけが居間に響いた。

 そこで希は昨日の出来事を思い起こす。

 よく考えたら昨日、朔に「二度と私の前に姿を現すな」と言ったのは希である。

 それに一夏たちに家まで送ってもらった後、希はすぐに部屋に引っ込んで寝てしまったのであれから朔には会っていない。と、なると当然その言葉を取り消すチャンスも無かったということである。

 律儀な朔のことだ。希の言葉を忠実に守るであろうことを考えると、希を起こしに来る訳が無く、また、希と鉢合わせする可能性が極めて高い居間にいる筈も無なかった。


 希はもう一度、朔を呼んで見たが反応は無い。

 食卓に目を向けると希のために用意された朝食が並んでいるのが見えたため、少なくても今日の朝はここにいたようだ。

 しかし、呼んでも反応が無い事を鑑みると、希を避けるために外出したと見て相違はないだろう。


 ……やはり、あんなことを言うべきではなかった。


 一晩寝たことで気持ちも落ち着き、言い過ぎたことを希は改めて後悔する。


 希は思う。

 家のことはもちろん、自分の世話まで全てやってもらっていたくせに、拓真を取られたと勝手に怒って、あんなことまでしてしまった。

 そもそも、朔を選んだのは拓真である。それを朔に当たるのは只の八つ当たりに他ならない。それに朔と拓真が結婚したら私だって拓真と本当の家族だ。

 あまり認めたくは無いが、朔と拓真はとてもお似合いである。自分が隣にいれないことは残念だけど、少なくとも妹としてはいれるのだ。それ以上を望むのは欲張りというものである。


 大体、朔が私を一度捨てたのだってあくまで、私の基準で考えた場合である。

 朔が毎日のように病院に来てくれていたから、それが当たり前のことだと私は思っていたが、そもそもそれが勘違いだ。

 よく考えればいつも病院に来てくれていたということは、朔は私のために他のことを我慢していたということだ。

 朔がお見舞いにこなくなったのは小学六年の時。

 多感な時期に私のお見舞いばかりで嫌になったのかも知れない。周りの事を聞いているうちに欲求が出てきたって不思議じゃない。

 母が死んだのだって朔のせいにして責めたが、そもそも暴走車が歩道に突っ込んできたのが悪いのだ。それに、母も自分の意思で朔を助けたのだから、朔を責めるのはお門違いだ。

 それなのに、朔は何も言わず私の八つ当たりを、やり場のない怒りを受け止めてくれたのだ。


 ……私って本当に自分勝手だ……。


 希は今更になって気付く自身の性格の悪さと頭悪さに嫌悪する。

 しかし、うじうじと悩んでいるだけでは解決するはずも無い。


 ……朔に謝ろう、昨日のこと。今までのこと。許してくれなくてもいい。それでも心から謝ろう。


 些か手遅れな感はあるが、希は今からでも朔に謝罪しようと決意し、善後策を練る。


 ……一度繭子さんにも相談してみるのも良いかもしれない。もしかしたら朔もそこにいるかも知れないし。


 希は「よしっ」と気合を入れると、外出の準備をして玄関廊下に出た。何気なく視線を横に向けると朔の部屋のドアが目に入った。

 何度か拓真の情報を探りに入ろうとしたが、施錠しており入れなかったことを希は思い出しながらノブを回すと、意外にもドアが開いた。

 希は恐る恐るドアを開けて、中を改める。日中にもかかわらず、部屋の中は真っ暗だ。

 希はなぜこんなにも暗いのだろうと思いつつ、ドア付近にあったスイッチを押して電灯をつけた。すると部屋の中の様子が双眸にはっきりと映った。


 部屋は狭く、二畳から三畳ほどだろうか。窓は無く、室内には卓上に本棚が付いた古びた学習机と簡素な鏡台、古ぼけた蒲団とプラスチックの衣装ケースが数個設置してあるだけだ。それはまるで家政婦やメイドなどに用意された女中部屋のようだった。

 狭く殺風景な部屋に希は唖然とした。おかしいと思った。

 朔は母にいっぱい可愛がられていたはずである。拓真が朔から聞いたという数々の土産話がその証左だ。

 それなのに目の前にある光景と辻褄が合わず、希は混乱する。


 希は訳が判らないまま学習机に視線を向けると、本棚には教科書や参考書の他に旅行雑誌とアルバム、卓上には写真立てが置いてあることに気が付いた。卓上の写真立てを手に取ってみる。すると、それは希の部屋に置いてある希と拓真のツーショット写真と同じものだった。

 意味が判らない。なぜこの写真が朔の部屋にあるのかも疑問だし、写真が朔と拓真ではなく、希と拓真なのも意味不明である。

 希は釈然としない気持ちのまま、本棚のアルバムを引き出した。するとその勢いで隣に差し込んでいた旅行雑誌が卓上に落下した。落下した旅行雑誌の発行年月日を見ると約五年前である。

 恐らく母と旅行に行く前に買ったものだろう。

 希は旅行雑誌に興味を失うと、手にしたアルバムを卓上に載せ、ゆっくりとページを開いた。


 最初のページには希の幼い時の写真が集められていた。

 嬉しそうに笑っている顔や、注射を刺され泣いている顔、真剣に本を読んでいる顔など様々な表情の希がアルバムの中を走り回っていた。

 この頃の私は表情がとても豊かだったんだと希は自問しながら、次のページを開く。

 今度は小学生くらいに成長した希である。このページの希は恥ずかしそうに下を向いていることが多かった。

 どうやら羞恥心が備わってきた時期らしい。更にページを捲ると、直前のページよりも幾分お姉さんになった希の登場だ。おそらく小学生中学年くらいの時のであろう。

 ページを捲る。また、希の写真である。


 ……私の写真ばっかり。朔の写真はどこかな……。


 希はそんな疑問を抱きながら、ページを進めた。

 しかし、次のページもまたその次のページを捲っても出てくるのは希ばかりで、朔の写真は一つもない。

 希に言いようのない焦燥感が募り、ページを捲る手が早くなる。

 しかし、いくら捲っても希の写真ばかりで朔のものは無い。そうしているうちに遂に最後のページに差し掛かる。

 これまでの写真は全て希のものであり、日々の成長からハレの日までを網羅している反面、それ以外の写真は見当たらない。

 いくら朔がシスコンといえど、さすがにこの事態は異常である。また、途中で気が付いたことだが、朔だけではなく拓真や母の写真も無いし、朔が母とよく行っていたという旅行の写真がないのも不自然だ。

 希は答えの出ない疑問を抱えたまま、最後のページを開く。するとそこには、今まで一度も登場しなかった拓真と希のツーショット写真。

 ――そして、ハートの部分に小さく『N・T』の文字が刻まれたシルバーネックレスがアルバムの最後にはめ込まれていた。


 ……なんで……ここに……?


 希は愕然とした。

 なぜならそれはここにある筈がない、あってはならないモノだったからだ。

 昔、拓真と二人で行った縁日で購入したお揃いのネックレスの片割れであった。

 理解が追いつかない。なぜこんなことになっている?

 希は頭の中が疑問符で敷き詰められ、上手く思考が出来ないまま、胸に渦巻く不安を解消してくれる証を求めて机の引出しを漁る。すると、一番下の引出しから少なくない数の封筒が顔を見せた。

 希は一つそれを手に取ってみる。

 少女趣味な封筒に氏名の記載はないが、どこか見覚えのあるモノだ。

 希は恐る恐る封筒から便箋を取り出しそれを見た瞬間、頭が真っ白になった。なぜなら希が拓真に宛てた手紙であったからだ。

 ほかの封筒も漁るが、どれも希が拓真に宛てた手紙である。


「……なんでお兄ちゃんの手紙まで此処にあるのよ!!」


 希は寸暇の硬直の後に言葉を大きく吐き出すと必死に頭を働かせる。

 朔はお兄ちゃんと偽って希と手紙のやり取りをしていた? 確かに狭霧先生に住所を教えて貰えなかったことを考えるとあり得る話だ。朔が希とお兄ちゃんの関係を嫌がっての可能性もある。


 ……でも、デートした時に手紙の事をお兄ちゃんは話していたし……。


 それにこの理由ではネックレスがここにある説明がつかないし、アルバムの状況にも適合しない。

 先日、私とデートしたのは変装した朔だったのだろうか。私が眼鏡をしていなかったから気が付かなかっただけなのか? しかし、デートしたお兄ちゃんは確かに希が知っているお兄ちゃんに間違いなかったし、その時に身に着けていたネックレスも確かに本物だった。

 それを朔が持っている理由が希には思いつかない。デートの後にお兄ちゃんから朔に渡されたのだろうか? 何のために?


 ……もしかして、お兄ちゃんは朔だったの……? 


 そんな考えが一瞬よぎるが、希は頭を左右にぶんぶん振り、自ら否定する。

 希が入院していた時に会っていたお兄ちゃんは確かに男だった。それは間違いないのだ。

 一度、興味本位で……触らせて貰ったことがあるからだ。

 あの時はお兄ちゃんもかなり拒んだが、最終的には顔を熟れたトマトのように真っ赤にしておずおずと触らせてくれたのだ。

 しかし、その行動は思春期の男の子にはトラウマモノであったらしく、しばらくは希の言動や行動をかなり警戒するようになったため、希もさすがに悪い事をしたと反省したものだ。

 話を元に戻すと、朔がお兄ちゃんなら確かに辻褄はあうのだが、男が女に変わるなんてありえないことである。


 ……じゃあなんでネックレスと手紙がなぜここに?


 振り出しに戻り希はしばらく頭を悩ます。だが、いくら考えても答えは出そうにない。どちらにせよ狭霧先生なら答えを知っているだろう。


 不安を胸に希は部屋を後にした。


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