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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第二章 好きと依存の境界線
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第十話 いちばん大切なもの

「美しい姉妹ごっこはもう終了かい?」


 大三島がせせら笑いながら希に歩み寄る。


「…………」


 涙はいつの間にか止まっていた。希は呆けた表情を浮かべ、無言で大三島を見つめた。


「ふん、感想は特に無しか。おい、そこのデカイの。そいつを拘束しろ」


 大三島は詰まらなそうに鼻を鳴らし、長身のフルメットライダーに朔を拘束するように指示を出す。

 意識が不明瞭な朔は無理矢理引き起こされると、背後から両腕を極められた状態で立たされた。

 そんな光景をぽかんと眺めていた希が、感情がこもっていない声で大三島に言った。


「あとは好きにして。……私はもう帰るわ」


 希は倉庫から立ち去ろうとよろよろと歩き出す。

 ところがその途中で大三島が希の肩を掴んだ。


「なに?」


 希は不快な表情を浮かべ振り返る。


「僕は約束をちゃーんと守って希ちゃんのお姉ちゃんを心身ともに壊してあげるからさぁ、ちょっと待ちなよ」

「もう、どうでもいい。ほっておいてよ!」


 希はヒステリックに叫び、乱暴に大三島を振りほどいた。すると、大三島はやれやれと頭を左右に振った。


「随分と捨て鉢な態度だなぁ。でもねぇ、希ちゃんをこのままお家に返す訳には行かないんだよ。だって、希ちゃんのお姉ちゃんを壊すにはどうしてもキミが必要だからね♪」

「……何を言っているの? 意味が解らない」


 希が疑問を口にする。すると大三島は希を馬鹿にしたような口調で話し出した。


「ほーんと、バカにつける薬って無いよなぁ。キミさあ、お姉ちゃんとさっきのやり取りをしてまだ気がつかない? そこのお姉ちゃんを壊すにはまぁ、ま、肉体に訴えてやるのも良いんだけど、どうも自分の体が一番大事ってワケじゃなさそうなんだよねぇ。だから本人を輪姦しただけじゃ、心が壊れそうに無いんだよな。あ、勿論嫌って言うほど輪姦すけどね」

「だから何よ」

「じゃあ、問題です。そんなお姉ちゃんの心を完全に壊すにはどうしたらいいでしょう?」

「知らないし、興味ない」

「ふーん、じゃあ優しい僕が正解を教えてあげるよ。答えは自分よりも大事なものをお姉ちゃんの目の前でとことん壊しつくすことです!」

「っ! 希、早く逃げなさい!」


 長身のフルメットライダーに拘束され、それまでぼんやりとしていた朔が急に我に返り叫んだ。不明瞭な意識の中で聞いた大三島の言葉から希の危険を察知したのだ。

 しかし、希は醒めた表情のまま小首を傾げ聞き返す。


「……逃げろ? どうして?」


 危機感の無い希の反応に、大三島は腹を抱えて笑い出した。周りのフルメットライダーからも嘲笑が漏れる。


「あはははっ! 馬鹿だ、馬鹿がいる!! 一番大事なものが今まさに壊されようとしているからに決まってるじゃん! じゃあ次の問題! このお姉ちゃんが一番大事にしているものってなーんだ?」

「そんなの、わからない」


 希は俯き、何かを拒むように頭を左右に振った。

 すると、朔がどうにか大三島の気を惹こうと必死に主張する。


「大事なものなんて私には何もない! 大体、私が目的なんでしょう! だったら、私を好きにすればいいじゃない!」

「あーもう、さっきからうるさいなぁ。ちょっと黙っていてくれる?」


 大三島は不愉快そうに吐き捨てつつ、希が落としたスタンガンを拾い上げる。そしてスタンガンの出力を最大まで上げ、朔の首筋に押し付けた。数万ボルトの電流が朔を蹂躙する。


「あっ、あああっっ」


 朔はくぐもった悲鳴をあげ、力なく項垂れた。どうやら意識を手放したらしい。

 大三島は大人しくなった朔に興味を失くすと、おどけた態度で言葉を続けた。


「じゃあ、大ヒント! さっきお姉ちゃんは『誰が』一番大切な家族って言っていたか思い出してみよう! さあさあ、誰が一番大切な家族だったかな?」

「……嘘よ。そんなハズ無いじゃない! 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ!」


 希は自分に言い聞かせるように吐き出した。

 希とてそこまで察しが悪いわけではない。朔の気持ちも、大三島の言わんとすることも疾うに承知である。

 それでも希は、それを認めることを頑なに拒んだ。大体、今更それを認めてどうなるというのだ。何もかも既に手遅れである。

 頑なに認めようとしない希に、大三島は呆れたように口を開く。


「希ちゃんがどう思うかは自由だけどさぁ、いい加減認めなよ。お姉ちゃんの一番大事なものが希ちゃんだってことをね」

「うるさい! だまれ!」


 希が頭を振って否定する。大三島が鼻で笑いながら希を問いただす。


「じゃあ聞くけど、大事じゃなかったらお姉ちゃんはなんでこんな所までやってきた? 男を取りあって負けた妹が仲直りのために「人気のない倉庫に一人で来て!」だよ? どう考えてもおかしいだろう? 希ちゃんはそんなことも判らないほど世間知らずなの? 頭に血が上って考えもしなかった? それに聞いた話だけど、キミって、お姉ちゃんに家の事から身の回りの世話まで何もかもやってもらっているらしいじゃないか。病院暮らしが長いそうだから解からないのかも知れないけど、母親だって普通はそこまで尽くしやしないよ。さっきだって、必死に希ちゃんを庇おうとしたよね。「大事なものなんて無い」「私を好きにすればいい」なんて言っちゃってさ。ホント健気だよねぇ。お姉ちゃんを陥れた希ちゃんとは大違いだ♪」

「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、」


 大三島の忌憚のない言葉が希に刺さる。もはや反論の余地も無い。

 希はぺたんと地面に座り込むと、両腕で耳を塞ぐように頭を抱え、ぶつぶつとうわ言のようにうるさいをひたすら繰り返す。

 そんな正気を失った希を大三島は蔑むような目で見つめ、無常にも宣言する。


「余興も十分に楽しめたし、そろそろ本番といこうか! ねぇ、希ちゃん♪」


 大三島は希を強引に組み敷く。希はなんの反応も抵抗もせず、為されるがまま地面に横たわった。

 焦点が合わずぶつぶつとうわ言を呟くその姿はまるで壊れたドールのようであった。


「なんか壊しがいがないなぁ。……そうだ! そいつを起こせ」


 組み敷いてもまともに反応しない希を詰まらなそうに見つめていた大三島は、思いついたまま先ほどから反応が無い朔を起こすように顎で指示した。

 拘束しているフルメットライダーが朔を揺さぶり覚醒させる。


「……ん。……あれ、私……え?」


 ぼんやりと宙を漂わせていた朔の視線が、大三島に組み敷かれている希に集束される。

 すると次の瞬間、朔は急に爆発するような勢いで暴れ出し怒声を張り上げた。


「やめろ! 希に汚い手で触るな! ションベンくさいショタガキが!」

「それがキミの本性かい? 随分と下品な物言いもできるんだねぇ」


 大三島は朔を挑発するように言った。

 朔はなおも激しく暴れて大三島に襲い掛かろうとする。

 だが、蓄積したダメージからか拘束を外す事は出来ず、がなり声だけが倉庫に響く。


「ふざけやがって! 殺してやる! 希に手を出したら殺してやる!!」

「へぇー、手を出すってこういうこと?」


 焦点が定まらず無抵抗な希を大三島はこれ見よがしにいたぶった。

 その手にはさほど力が込められていないが、朔の神経を逆撫でするには十分な光景だった。


「やめろ! やめろって言ってるんだろ! このクソ野郎が!!」

「それが人にお願いする態度かなぁ? 口の利き方もなってないと思わない?」


 大三島は攻撃する手を止めずに嬉々とした眼差しを朔に向ける。

 朔は悪態をつきながらなおも抵抗をするが拘束を振りほどけない。


「もう、やめて……やめてください。あなたの言う事を何でも聞きますから、どうか、希だけは許して下さい……お願いします……」


 朔は自身の無力さを悟ると、恥も外聞も捨てすがるように嘆願した。


「本当かなぁ? どうも信用できないんだけど……えい」

「かはっ」


 大三島は疑うように朔を眇めると、希の腹部を強めに打った。

 希のその小さい体が跳ねる。


「ああああ、やめてやめてやめてよう! 本当です、本当にですから、希を傷つけないでぇ!」


 朔は絶望に歪んだ表情を浮かべながらさらに哀願する。


「いいねいいね! そうそうそういう顔が見たかったんだ!」


 大三島は名状しがたい愉悦に酔いしれつつ、朔の反応を楽しむように希をいたぶった。

 周りのフルメットライダー達も煽るように囃し立てる。

 朔はそれを見ることしか出来ずに慟哭する。


「――落ち着け、朔」


 嘲笑が支配する倉庫の中、聞き覚えのある声が朔の耳朶を叩いた。

 朔が驚いて後ろを振り返ろうとした瞬間、朔を拘束していた長身のフルメットライダーが小声で「振り向くな、勘付かれる」と制止した。

 朔は前を見据えながら、「誰です?」と訊ねた。すると、ライダーは「会計の天道和春だ。社会の掃除のため、潜入中だ。今なら周りも油断している。俺が拘束を外したら一気に片付けろ。俺も援護する」と小声で指示を出した。

 朔はこくりと頷き、ダメージの残る体に力を漲らせた。

 一方、その行動に気がついていない大三島は希をいたぶることに飽きたのか殴る手を止め、「じゃあ、そろそろお楽しみとしゃれこもうか♪」と、反応を窺うように下卑た笑みを朔に向けた。


 次の瞬間、大三島は希の上から弾け飛んだ。

 朔が一気呵成の勢いで蹴りこんだのだ。

 大三島は勢いそのままに壁に激突して停止。気絶した。

 大三島の近くに居た二人のライダーはいきなりの出来事に唖然として立ち竦んだ。

 朔はその隙を見逃さず、そのうちの一人を蹴りで吹き飛ばす。それを見たもう一人のライダーははっと我に返り、朔を目がけて拳を振り下ろす。しかし朔は体を半身ずらしてそれを回避。そのままライダーの勢いを利用して投げ飛ばした。ライダーは宙を舞うと背中から落下し沈黙した。

 和春は鉄パイプを手に朔に歩み寄る。朔と和春が希を背にして、残り七人のライダーと対峙する。


「てめえ、何者だ!」


 遠巻きに事態を眺めていたライダーの一人が、和春に向かって怒鳴りつける。

 和春はフルメットを脱ぎ捨て、「あなたの街の掃除屋さん、天道和春だ」と名乗りを上げた。


「げぇ! 掃除屋!」


 フルメットライダー達に動揺が走った。

 それもそのはずである。朔を餌にして誘き出し、不意討ちにする予定だった人物が既にそこに存在していたからだ。


「なんだ、雁首そろえてビビッてるのか、情けない。とんだお坊ちゃん方だな(笑)」


 和春の安い挑発にフルメットライダー達はいきり立った。

 フルメットライダー達は互いに視線を合わせて申し合わせると、一斉に襲い掛かってきた。


「ちょっ、何煽っているのですか!」


 朔は襲い掛かってきた一人を立ち関節を極めて投げ飛ばしながら抗議する。すると和春は鉄バイプで二人同時にふっ飛ばしながら楽しそうに返した。


「その方が殺り甲斐があるってもんだ!」

「うわっ、戦闘狂だ!」


 朔は呆れながらも二人同時にかかってきたライダーを縮歩でかわし、そのうちの一人に思いっきり掌底をぶち込んだ。

 そのライダーが崩れ落ちるのを横目で確認しつつ、朔はもう一人に対しても同じように殴り付けようと体を強引に捻った。

 ところが、蓄積したダメージのためか足が縺れてその場に倒れる。チャンスとばかりに対峙していたライダーが鉄パイプを振り下ろす。

 朔は咄嗟に頭を腕で庇い、衝撃に備える。しかし次の瞬間、そのライダーがいきなり真横にぶっ飛んだ。

 和春である。

 和春は良い笑顔で親指を立てると、朔も応えるように親指を立てた。

 朔がライダー二人を相手しているうちに和春がライダーを一人倒していたらしく、残るライダーはあと一人になっていた。


「あとはあなただけですが、どうします? 殺りますか?」


 朔は笑顔で威圧する。すると、一人残ったライダーは「ひぃ」と情けない声をあげて逃げだした。

 それにつられるように撃退され満身創痍のライダー達も、ほうほうの体で逃げていく。

 朔と和春はそれを無言で見送ると、壁にもたれかかったまま動かない大三島に目を向けた。


「おい、起きろ」


 和春が大三島を足蹴にすると、「なんだよ、いってーな」と悪態をつきながら目を覚ました。

 大三島はぱちぱちと瞬きを数度繰り返した後、自分がいま置かれている状況を認識したらしく、顔面を蒼白にして竦みあがった。


「僕が悪かった! どうにかしていたんだ! 謝るから、どうか許してくれ! 頼む!」


 大三島は朔に向かって土下座をしつつ、必死に懇願した。


「ははは、今更、随分と都合が良いですね」


 朔は冷笑しながら大三島に歩み寄る。その歩みの途中で落ちていた鉄パイプに気が付き、それをひょいと拾い上げると抑揚無く言った。


「コレで頭を思いっきり殴ったらどうなるのかなぁ?」


 それをいびつな笑みで言う朔の狂気に大三島は恐怖した。

 どうにか逃げ出そうと試みるが、腰がぬけて立てないようだ。

 大三島は一歩、もう一歩と歩み寄る朔にぶるぶると震えて怖気づく。

 朔は大三島の前までやって来ると、とびきりの笑顔を浮かべ告げた。


「おやすみなさい、先輩♪」

「ひぃぃぃっっ! たすけ――」


 ごしゃっと鈍い音が倉庫に響いた。




「……なんだ、殺らなかったのか? 殺しても後悔しないくらい憎いのだろう?」


 大三島のすぐ脇に振り下ろされた鉄パイプが床に置かれていたタイルを真っ二つにしていた。

 なお、大三島は恐怖を顔に張り付かせたまま失神である。


「……殺す価値も無いです、こんな奴」


 朔はそう吐き捨て、手にしていた鉄パイプを放り投げた。

 朔の言葉に和春は怪訝そうな表情を浮かべ聞いた。


「……本音か、それ? なんか漫画のセリフみたいだぞ?」

「……うっ、すいませんカッコつけました。本音を言いますと、鉄パイプで死なない程度に滅多打ちして、足だけをコンクリに埋めて、散々命乞いをさせた後に、助けるそぶりを見せて期待をさせつつ、嘘だと言って絶望の淵に追い込み、生まれてきた事を後悔させながら日輪港に沈めようかと思ったんですが、あとあと面倒なことになって希と一緒に居られなくなると嫌なので断腸の思いで我慢しました……」

「ははは、そりゃそうだよなー! やっぱり俺が見込んだだけあるな!」


 和春はけらけらと笑い声をあげると、釣られて朔も軽く微笑んだ。


「それにしても、こうだらしなく気絶していると可愛い顔も台無しですよね」


 朔は失神している大三島に目を向け、つまらなそうに呟いた。

 すると和春は、


「こんな奴が可愛い訳が……いや良く見れば女装すれば中々の玉に……朔、こいつ貰って行って良いか?」


 と、言い出す始末である。

 朔は呆れたように「好きにすればいいと思います」と返答すると、和春は大三島を担いで悠然と倉庫を出て行くのであった。


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