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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第二章 好きと依存の境界線
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第六話 告白とその結果

「……完全にバカップルですねぇ。本当に鬱陶しいです。爆散しろ!」


 陰で様子を伺っていた佐鳥が開口一番、吐き捨てた。


「ぐぬぬ! 希は私の二号ちゃんなのにぃ!」


 続くように葵がハンカチを咥えながら唸った。お約束を外さないその態度はたいしたものだが、頑張るところを間違っている。


「随分と良い雰囲気ではないか。男の方も満更で無さそうだし、これは告白も成功しそうだな。まぁ、俺の手に掛かれば当然の結果だと言えよう!」

「ふざけるな! あいつは……拓真きゅんは俺が落とす!」


 予想以上に親密な二人を見て、一夏はレクチャーが上手くいったことを自認していると、拓真の見た目に惚れた和春が憤った。彼は当初の目的を思い出すべきである。


「これはもう成功間違い無しですよね。だから私たちも今すぐ解散でいいじゃないですか? どうです、そう思いません? ねぇー、真冬花先輩ぃ」


 うんざりした様子の佐鳥は、今回のレクチャー責任者である真冬花に遠回しに解散を求めた。


「……似ている。けど、どこか違和感が……」


 しかし、真冬花は拓真を見つめながらしてぶつぶつ独り言を呟き、聞いていない。


「真冬花先輩ー、聞いてます?」


 佐鳥が再度声を掛けると真冬花は虚を突かれたようにビクッっと震えた。


「えっ? ええと、どうしました?」


「やっぱり聞いてなかったですねー。目的は達したようだしもう解散しませんか?」


 再び解散を求める佐鳥だが、真冬花は少し考え込むと頭を左右に振った。


「……もう少し様子を見て万全を期しましょう」

「はあ、分かりました。……っち、さっさとくっつけよあのバカップル……」

「ところで佐鳥さん、あの男性の方で何か気が付いた事はありませんか?」

「気が付いた所ですか? そうだなぁ、しいて言えば中性的すぎるし、筋肉が足りないので私好みじゃないです」

「いや、そういう好みを聞いているのではなくて……」


 佐鳥の的外れな回答に苦笑していると、佐鳥は「そういえば」と切り出す。


「あの男、男性用のメイクをしていますよね。少しでも男っぽさをだそうとしているようですが、メイクをしている時点で男っぽくないです!」

「……なるほど、それで違和感が……。ありがとうございます、これで腑に落ちました」

「はぁ……」


 一人納得する真冬花に何のことやらと首を傾げる佐鳥だった。

 



「あー、疲れたぁー」

「希、だらしないよ」


 日も随分と傾き始めた頃。モールにあるカフェテラスで希は椅子に寄りかかり背を伸ばしていた。

 服を買った後に軽くランチを挟み、午後からはアクション映画を鑑賞。その後はゲームセンターにてデートを継続していたが、希の表情に疲れが滲み始めたため、まだ遊ぶと主張する希を拓真は諭し、カフェで休憩を取っていたのである。


 なお、レクチャー通り映画館では驚いた振りをして抱きついたり、ゲームセンターでは一緒にプリクラを撮ったりと、親密度アップ作戦を遂行していたことにより、二人の距離感がかなり縮まっていることを希は実感していた。

 しかし、タイムリミットが直前まで迫ってきている。

 希は告白のタイミングを探りつつ、今日のデートを振り返るように話題を振った。


「映画って初めて見たけど、すっごい迫力なんだね! テレビで見るのと全然違うからびっくりした!」


 希が興奮気味に初体験の映画の感想を述べると、拓真も相槌を打つ。


「そうだね、普段はテレビも殆ど見られないから良い刺激になったよ」

「お兄ちゃん、爆発シーンでびっくりしすぎだったよ! なんかぶるぶるしてたし」

「あはは、恥ずかしいところを見られていたみたいだね。かっこ悪くて面目ない」


 拓真は苦笑しながら頬を掻いた。すると希は頭を左右に振ると、眼を伏せて零す。


「ううん、お兄ちゃんはカッコいいよ。だって私のヒーローだもん」

「――えっ? ……そうなんだ……ありがとう」


 発言の直後から頬を紅潮させ押し黙ってしまう希。

 拓真もあまりに直球な褒め言葉に句を詰まらせながらなんとかお礼を一つ吐き出すと、視線を外し希と同じように沈黙した。

 半分ほど席が埋まったカフェでは家族連れやカップルなどが織り成す楽しそうな話し声がこだましていた。




「うわー、どんだけデレれば気が済むんですかあの女は! 何が「私のヒーローだもん」ですか! 寒っ! こっちは鳥肌が立ちましたよ! さすが清純派ビッチこと朔先輩の妹なだけはありますね。人間ナメてます! 大体、普段は無口系毒舌キャラを装っているくせに今日のザマはなんなんです? 好きな男にはありったけの秋波を送る恋愛脳ですか? って、確認するまでも無く恋愛脳でしたね。――ああ、さとりました。これが湧き上がる殺意の波動だと言うことを」


 物陰から二人を観察していた佐鳥が開口一番、半ギレしながら吐き捨てた。


「うぐぐ! あの男が憎い、憎すぎる! 十万回抹殺したいぃぃ!」


 葵がハンカチを引き千切りながら唸った。無駄にネタを挟むその態度はたいしたものだが、やはり頑張るところを間違っている。


「これから告白タイムか? これはもう成功間違いなしだろう!? やはり俺の手腕に間違いはなかったようだな! なあ、和春!」

「不本意だが、そうだろうな。それでも俺は望みを捨てたりはしない! だから、失敗しろ失敗しろ失敗しろ失敗しろ失敗しろ失敗しろ失敗しろ失敗しろ……」


 自画自賛しながら問いかける一夏に、うむと首肯しながら呪い出す和春であった。彼もいい加減当初の目的を思い出すべきである。

 そんな人間的に終わっている執行部役員たちを横目に見ながら、真冬花は不安げな双眸を希と拓真に向けていた。




 物陰で妬みや嫉みなどが渦巻く生徒会執行部有志とは対照的に、希と拓真の間には未だ沈黙が支配していた。

 そんな時、希がうんと小さく頷くと急に立ち上がり沈黙を破った。


「あのね、今日はどうしても伝えたいことがあったから、朝霧先生にセッティングをお願いしたの。聞いてくれるかな?」

「……うん」


 拓真も逸らしていた視線を希に戻し真剣な眼差しで頷いた。

 希は伏せられていた瞳を一度ぎゅーと閉じ、大きく深呼吸をする。そして寸暇の沈黙ののち、意を決したのか真っ直ぐに拓真を見つめ、その小さな花唇を目一杯に開いた。


「私はお兄ちゃんが……拓真さんが好きです! だから私と恋人になってください!」


 それまで騒がしかったカフェの話し声がピタリと止んだ。

 周りの客がしばらく物珍しそうに希たちを覗き込んでいたが、やがて興味を失うと再び喧騒が戻ってくる。

 拓真は困惑するように視線を落とし、「どうして?」と呟いた。

 希は小首を左右に小さく振り語り出す。


「困らせてごめんね。でも、もう気持ちを押さえられないの。お母さんも朔もお見舞いに殆ど来てくれなかったのに、お兄ちゃんだけはいつもお見舞いにきてくれて嬉しかった。それだけじゃないよ、お兄ちゃんは私に体の一部だってくれた。私に人生をくれた。お兄ちゃんにとっては本当の妹の代わりだったかもしれない。それでも私は嬉しかった。いつも優しいお兄ちゃんが好きだった。ずっとずっと好きだった。それなのにお兄ちゃんが居なくなって、私は退院して、もう逢えないんだと思ったら悲しくてかなし……て…………」


 希の言葉に涙が混じる。右手で涙を拭う。


「……ごめんなさい。だからね、もしまた会う事ができた時は私の気持ちを伝えようと決めてたの。……私は拓真さんが好き。だから、もう一度言います。私と恋人になってください。私が出来る事なら何でもするから、お金だって、学校だって、家だって何でも用意するから、どうかいつまでも私の隣で微笑んでいてください!」


 希は思いの丈の全てを吐き出すと、期待と不安が入り混じる表情で拓真の返事を待った。

 拓真は俯いたまま短く息を吐き出すと面を上げ、希を見つめて口を開く。


「希の気持ちはとても嬉しい。……けれど、希を恋人として受け入れる事は出来ないよ」


 それはハッキリとした拒絶だった。希は呆然と「そうなんだ」と呟くと、そのまま椅子に崩れ落ちた。

 拓真はテーブルに置かれていた伝票を掴み、レジへと歩き出す。

 希は呆けたまま拓真のほうを見ずにぽつりと疑問を口にする。


「お兄ちゃんは朔が好きなの?」


 拓真は立ち止まると、寸暇の沈黙を挟んで背中越しに答えた。


「……そうだね。だからごめん」

「そっか」


 希が抑揚の無い返事を返すと、また呆けたように視線を中空に漂わせた。


「今日は本当に楽しかったよ。また、兄としてなら誘って欲しいな」


 会計を手早く済ませ戻ってきた拓真は希の方を見ずにそう告げると、背を向けて立ち去っていった。




「……希、やはりあの人は……」


 真冬花が沈痛な面持ちで呟いた。


「うわー、まさかの撃沈ですか! 落差デケー! さっきまでのバカップルぶりは天国から地獄に続くデスロードの一里塚であり前振りだったんですねぇ、くぷぷ」


 一方、事態の推移を観察していた佐鳥が開口一番、嘲笑った。どうやら人の不幸は蜜の味を地で行くゲスの極みな性格だったらしい。この後に及んでいい根性である。


「はわわ! チャンス、チャンスだよね、これ! 優しく慰めればきっと簡単に落ちるよ!」


 葵が二つに引き裂かれたハンカチを握り締めながら顔を綻ばせた。自分の欲望に素直なところはある意味清清しいが、残念、人として間違っている。


「おいぃぃ! 嘘でもいいから好きだって言えよ! 男なら据え膳はきっちり食っとけ!」

「ふ、心配するな一夏。拓真きゅんは後で俺が責任を持ってコマしておくから」


 まさかの告白失敗に、最低な八つ当たりをかます一夏と、拓真をコマす気満々な和春であった。

 どいつもこいつも当初の目的を再認識するべきである。

 そんな中、ただ一人、希の心配をしていた真冬花が執行部役員を一喝し指示を飛ばす。


「落ち着きなさい! 今日はここで解散です。私はまだやることがありますので、兄さんたちは希を家まで送ってあげてください。お願いします。それでは――」

「あ、真冬花せんぱ――」


 真冬花は淡々と説明を終えると、慌てて呼び止めようとした佐鳥に返答も返さずに拓真が去って行った方向に駆け出した。


「……どうしたんだあいつ?」

「さー? まー、真冬花も難しいお年頃ということでー」


 真冬花の突飛ともいえる行動に互いに頭を傾げる生徒会執行部有志だった。




 同じ頃。カフェテラスの一席でメンズファッション誌を読みながら、希の告白の一部始終を観察していた小柄な男子が一人ほくそ笑んでいた。


「……へぇ、面白い事になってるじゃん♪」



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