第五話 再会とデート
すっかりと秋の深まりを感じさせる良く晴れた日曜日。
拓真とのデートを前に、希は落ち着かない様子で朔に身なりを整えられていた。
約束の時間の二時間と少々フライング気味な進行だが、拓真と会う前に真冬花を中心とした生徒会執行部有志による一般的デートのレクチャーが入るため、前倒しでの準備が進んでいた。
「はい、完成! 今日は放射冷却で冷え込んでいるから、しっかりと防寒対策をした服装だよ」
「ん。悪くない」
朔のコーディネートを姿見で確認すると、希は満足げに頷いた。
「それじゃ、気をつけていってらっしゃい」
オカン体質の朔が希のお尻をぽんと叩く。すると希は不思議そうに首を傾げた。
「朔は来ないの?」
てっきり朔も生徒会有志の一員として付いてくるものだと思っていたのだが、どうも違うらしい。
朔は頬をぽりぽり掻きながら苦笑いを浮かべる。
「今日は一日、繭子さんとこで掃除やら洗濯やら(繭子に)餌やりがあるから一緒にいってあげられないの。帰りも希より遅くなると思うわ」
希は何かと過保護な朔が付いてこないなんて珍しいと思いつつも、それ以上の疑問は抱かず気の無い返事を返した。
「ふーん、じゃあ行って来る」
「あっ、希。ネックレス忘れているよ。はい」
朔は希の首にハート型のネックレスを掛けた。
希が拓真に縁日で買ってもらったお揃いのネックレスだ。
ハートの部分にはお兄ちゃんこと『更柄 拓真』のイニシャルである『T・S』という文字が小さく刻まれていた。
これには大好きなお兄ちゃんといつでも一緒という意味が込められており、拓真と希の間だけの秘密である。
なお、拓真のネックレスにも同様に『玉桂 希』のイニシャルである『N・T』という文字が小さく刻まれていたりする。
希はネックレスを下着の奥に突っ込み、軽く手を上げた。
「む。危なかった。それじゃ今度こそ行って来る」
「うん、楽しんでくるんだよ。あ、車には気を付けること」
「……朔じゃないんだから心配無い」
希は半眼で朔を見つめつつ、玄関のドアを閉めた。
朔はそれを見送ると、一つ大きく溜息をつき、他に誰も居ない玄関で「ごめんなさい」とぽつりと漏らした。
日輪駅前の広場。
落ち着かない様子で辺りをきょろきょろと見回す希がいた。そして少し離れた物陰に朔を除く生徒会執行部のメンバーが無関係を装いながらも、希の行動を注視していた。
デートのレクチャーは滞りなく完了したが、実践となるとやはり意図しない問題も出てくるものである。そのため、必要に応じて希に指示を出すために影ながら見守っていたのだ。
「もうすぐ時間ですが、彼は本当に現れますかね、葵先輩?」
「さーねぇ。まー、私的には野郎に希を取られるなんて我慢できないから、このまま出てくんなって感じだけどねー」
佐鳥と葵がこそこそと雑談していると、日輪駅を注視していた真冬花が一人の男子を捉えた。
「……きましたね」
「お、どれだ?」
「あの眼鏡にキャスケットを被った男子です」
真冬花がそっと指し示す方向には、大きめなキャスケットを深めに被り、上半身はパーカーを羽織りつつその下に臙脂色のシャツに棒タイ、胸元にはハート型のシルバーネックレス、下半身は黒いジーンズを穿いた眼鏡の男子がゆっくりと歩を進めていた。
深く被ったキャスケットのせいで髪型が良く判らないが、その顔は中性的で一見すると男装した女子と間違えそうなくらい整っていた。
「……非常に俺好みだ。あれは女装させるとかなりのタマだぞ」
女装少年好きの和春がその双眸を爛々と輝かせ、食い入るように見つめた。
「あんまり見ると気づかれますよ、変態――って真冬花先輩もガン見し過ぎですって」
「えっ? ふふっ、つい見惚れてしまいましたね」
佐鳥の指摘に真冬花ははっと我に返り、誤魔化すように空笑いする。
「もー、しっかりして下さい。この中でまともなのは私と真冬花先輩だけなんですから」
佐鳥のナメた発言に一夏ら三人の眉がピクリと反応する。すると突然、会計の和春が佐鳥に同意を求めるように笑いかけ言った。
「……そういえば来週から学園祭の予算審議に入るな。うっかりとんでもない予算が通っても、会計監査が優秀だから安心だよな、なあ佐鳥?」
「……え、急に何を言い出すんです?」
和春の突然の宣言に、それまで調子良かった佐鳥の表情が固まりかける。さらに続けて葵が指をくるくる回しながら楽しそうに佐鳥に話しかけた。
「ねぇ、さとりん。休み明けの学園でさとりんに関するとっても素敵な噂が流布しているかもしれないから気をつけてねー。あくまで私の勘だけど」
「……ええ! ちょっとまって下さ――」
葵の脅迫的な物言いに異議を唱えようとする佐鳥だが、全てを言いきる前に今度は良い顔をしたサムズアップな一夏から言葉が飛んだ。
「佐鳥、今度の体育館の特別清掃は一人で頼むぞ。ガチでムチな男子生徒の汗がしみこんだ体育館だしやりがいがあるだろう。あ、コレ会長命令だから、サボったら会計監査は解任な」
「……ええええ!? なんですかこれ!? コンボですか? ケロッグですか? ジャスティスですか? 愛と勇気のスリープラトンですか? 寄って集って酷いです! あんまりです! コノウラミハラサデオクベキカ!」
「……まあ、自業自得ですね」
静観していた真冬花はそんな感想を漏らしながら、想いを巡らす様に拓真をじっと見つめていた。
生徒会御一行様がコントを繰り広げている中、駅から出てきた拓真を見つけた希が小走りで駆け寄り、「お兄ちゃん!」と歓声を上げ拓真に抱きついた。その表情は普段とは打ってかわって明るく輝いていた。
拓真は急に飛びついてきた希にびっくりしつつ、だがしっかりと抱きとめる。そして数秒の抱擁の後、希をゆっくりと地面に下ろすと一呼吸置いて口を開いた。
「希、久しぶり。いつも手紙くれてありがとう。随分と元気になったね。それに綺麗になった」
希と同じ年齢の割にそれは大人の雰囲気を醸し出し、落ち着いた声色と微笑みの拓真であった。
一方、希はと言うと、顔を幾分赤らめ指をもじもじさせながら小声で「別にそんなこと無いよ」と俯くばかりである。
「そのネックレス付けて来てくれたんだ! おそろいだよ、ほら!」
希は拓真の胸元に輝くハート型のシルバーネックレスを見つけると、自身の胸元を探り、外套の下に潜んでいた拓真と同じ形のネックレスを引っ張り出した。
「希ってば! ちょっと隙間から見えているよ!」
ネックレスを無理に引っ張り出そうとしたために希の胸元が少々はだけてしまい、慌てて注意する拓真である。
希は「お兄ちゃんになら別に見られてもいいし」と不満を口にしながら素早く服装を正した。
「それよりも今日は一日中つきあってもらうんだから覚悟してよね!」
照れ隠しか、希はつんとした表情で言い放しつつ、拓真の手をとって走り出す。
拓真は苦笑いを浮かべながらも優しい眼差しで希を見つめながら、「お手柔らかにね」と首肯した。
二人が来たのは駅前にほど近い、向日島唯一にして最大の天持ショッピングモールだ。
ブッティックやショップなどのショッピングプラザに加え、シネコンやゲームセンターなどのアミューズメント、レストランやカフェなどのフードコート、はたまた電気店やサブカル系ショップなどありとあらゆる店舗が軒を連ねており、ここを選べば外さないという向日島でのデートやショッピングの定番となっているモールである。
希はブッティックやショップが立ち並ぶエリアまで拓真を引っ張ってくると急に立ち止まり、振り返って提案する。
「あのね、一緒に服を選んで欲しいんだけど……どう……かな……」
最初の勢いは何処へやら、言葉が進むにつれ語尾が段々と小さくなる希である。
生徒会執行部有志による事前のレクチャーでは『まず、二人であれこれ語らいながらショッピングをすることにより親密度を高めることが肝要』との助言を得たため、希も多少強引になりながらそれを実行したのだが、切り出し方が拙かったのではないかと段々と不安が心を支配する。
しかし拓真はそんな希の不安を打ち消すように「喜んで」と首肯すると、辺りを見回し「どの店にする」と気軽に聞いてくるので、希は照れながらも「こっち」と拓真の手を引いた。
「どっちの方が似合うかな?」
ティーンズ向けのショップにて、服を二つ手にした希は悩んでいた。
右手には淡い水色のワンピース、左手には黒を基調としたいわゆるゴスロリ風衣装である。
「どちらも大変お似合いですよ♪」
ショップ店員が営業スマイルを浮かべて美辞麗句を並び立てる。
確かにどちらも希に似合いそうだが、少々少女趣味すぎる感が否めない。
拓真は顎に手を添えて「それもいいけど……」と少し考えたあと、別の服を取り「これはどうかな」と勧めた。
希は瞳をぱちくりとさせた後、緊張した面持ちで「試着してみる」と頷くと試着室に入っていった。
希の反応に拓真はあんまり気に入らなかったかな?と少々不安になりながら、希を待つ。
しばらくして、試着室からおずおずと出てきた希が、恥ずかしそうに「ど……どうかな?」と拓真に問い掛けた。
「あら! これは化けましたね!」
希のあまりの可愛さに思わず本音が出る店員。
無礼であるが、確かにその服は店員の言うとおり希のイメージにぴったりでとても可愛いらしい。
拓真は自分の見立てが間違っていなかった事に安堵しながら「似合っているよ」と褒めた。
「本当?」
希は一度上目遣いで拓真を見つめた後、心配そうに呟いた。
「本当。凄く似合っているよ、本当にかわいいね」
拓真はにっこりと笑い、大きく首肯する。希は拓真が本心で言っていることを認識すると、ぱあっと顔を綻ばせた。
「そうなんだ。嬉しいなぁ」
普段の希のからは考えられない態度と表情を見て、拓真は照れを誤魔化すように伏し目がちに目を逸らす。
そんな初々しい二人を揶揄するように店員が口を開く。
「あらあら、お似合いのカップルさんですねー♪」
店員の言葉に面を食らった二人は一度顔を見合わせると、ぶつかっていた視線を互いに外す。
二人の間に寸暇の沈黙が流れる。しばらくして希が、
「……恋人という訳では……」
と、ぽつりと零し、拓真をちらりと見た。一方、拓真も、
「別に付き合うとか、好きとか嫌いとかでは……」
と、言って希を覗き見た。そしてまた互いの視線がぶつかると、再び無言となってしまう二人であった。
「うふふ、初々しいですね♪ 私も昔を思い出しますよ」
「あ、私、これ買ってくる!」
希は店員の冷やかしに耐えられなくなったらしく、思い出したようにぱんと拍手を一つつくと、試着したままレジに向かって歩き出した。すると、拓真も気を取り戻したらしく、いつもの様子で希を引きとめて言った。
「これはボクからプレゼントするよ」
「いいの?」
驚いた様子で小首を傾げる希。拓真は首肯する。
「もちろんだよ、店員さん会計お願いします」
「ありがとうございます。お召し物はご着用なされていきますか?」
「着ていってもいい?」
希が確認すると、拓真はにこりと笑いかけて「もちろん」と返事をした。すると希は嬉しそうに拓真の腕に巻きつき、幸せそうに微笑んだ。




