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ボクと妹の不適切な関係性  作者: 九巻はるか
第一章 向日島のお姫様(おひいさま)
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第十六話 副会長指名騒動の勃発

『……マイクテスマイクテス。司会を務めます放送部の蓋井周です。これから生徒総会を開始しますので皆さんご静粛にお願いします』


 生徒総会の開会を告げる透き通った声が体育館のスピーカー越しにこだました。

 朔が舞台に目を向けると、舞台の端にマイクと眼鏡の女子生徒が立っているのが見えた。彼女が放送部の蓋井さんなのだろう。ざわざわと騒がしかった体育館がしだいに静かになっていく。


「始まるようですね」

「私の雄姿を目に焼きつけといてね朔ちゃん!」

「雄姿って、名前呼ばれるだけでしょ」

「舞台にも上がるよ! それだけだけど!」

「はいはい。わかったから静かにね」


 朔が軽く葵をたしなめているとスピーカーから再び蓋井さんの美声が発せられた。


『これから第二千九回生徒総会を行います。それでは日野和会長。開会の宣言をお願いします』


 舞台の袖から白い詰襟の制服姿の男子が颯爽と現れた。日野和生徒会長だ。

 会長は演説台の前で一礼。生徒で埋め尽くされた会場に向き合う。そして、凛とした声で『第二千九回生徒総会の開会をここに宣言します』と宣言した。


『続きまして生徒会長就任の挨拶。日野和会長、お願いします』


 一度舞台の袖まで下がった会長が、司会の議事進行により再び演説台まで進み出る。一度視線を会場の端から端に移動させ、うんと頷くと開会宣言の時よりも幾分強めのトーンで挨拶を開始する。


『生徒会長の日野和一夏です。生徒諸君のお力添えにより生徒会長の職に再びつくことができましたことに深く感謝いたします。さて――』


 ……ふーん、これが生徒会長か。副会長さんと兄妹だけあってさすがに美形だね。


 朔がそんなことを考えつつ、興味なさげに壇上の生徒会長に目を向けた。

 白い詰襟の制服姿は凛々しく身長も男子の平均以上はあり、また、その容姿は妹である真冬花同様、非常に端整でまるで眉目秀麗という言葉を体現するような整いぶりである。人気があるというのも十分頷ける容姿だ。

 もっとも男である朔にとっては、男の美醜なぞどうでも良いことであったため、すぐに会長への興味が霧散。さらには今晩のご飯の献立を考え出す始末であった。


 そんな所帯じみたことに頭を悩ませていた朔がふと何の気なしに壇上を見た。白い詰襟の制服姿をした生徒会長が再び目に映った。「ん?」と朔は頭の片隅に何か引っかかるものを感じ、朔は生徒会長を凝視した。そして朔はあることに気が付きはっとした。

 良く見ると壇上の生徒会長が昨日、朔を助け、そして襲ってきた三角コーンであったからだ。

 朔がすぐに同一人物だと気が付かなかったのには、希以外の人物にさほど興味が無く人の顔をあまり覚えない悪癖があったことが一つの理由として挙げられるが、なによりあのような変態がまさかこの学園の生徒会長などとは思いもよらなかったのだ。

 妹の真冬花が堅物なので兄である生徒会長も当然に堅物であると朔は無意識のうちに認識いていたのである。


「ねねっ、あれ、昨日のコーンのひとだよ!」


 朔は隣に座っている葵に慌てて耳打ちをした。すると葵は、


「紺の人? あれは白い制服だよ朔ちゃん」


 などと惚けた回答を返した。


「そうじゃなくて、昨日助けてくれたあと襲ってきた人! 三角コーンを被って逃げた男子!」

「あー、アレ一夏くんだったのか……。まぁ、真冬花にばれたらひたすら小言コースだもんなぁ」


 葵がしみじみと呟いた。どうやら生徒会長も妹の真冬花には弱いらしい。


「葵、何かありました?」

「あっ、いや! ごめんごめん。何でもないから」


 自分の名前を呼ばれた真冬花が反応するが、葵は平静装い誤魔化す。


「? そうですか。今は兄さ……会長の挨拶中なのだからお静かにお願いします」


 真冬花からは私語の注意だけで、それ以上の追及は無かったことに安堵した朔と葵はこれ以上真冬花に悟られないよう小声で囁き合う。


「で、朔ちゃんどうするの? 一夏くんに謝罪と賠償を請求する?」

「しないよそんなこと。三角コーン男こと会長の正体は彼女には秘密にしておいて」

「いいけど、なして?」

「率直なところ騒ぎになるのがめんどくさい。それに、彼女お兄さんのこと尊敬しているみたいだし、イメージ壊して欲しくないから」


 葵の疑問に朔は務めて素っ気なく答える。その言葉には幾分の柔らかさが含んでいた。なぜなら朔も一人の兄として思うところがあるからである。


「おおお、朔ちゃんってほんとサイコーだね! マンセー!」


 朔の心情を何となく察した葵は小声ながらいつものノリでマンセーであった。

 一方、壇上では『――誰のための生徒会かを常に自身の中で問答し、学園の綱紀粛正に努めることを約束します。以上』と、会長である一夏の挨拶が終了していた。


『ありがとうございました。会長は檀上にそのまま待機お願いします。続きまして後期生徒会執行部発足に当たって新役員に指名される方の発表に移ります。名前を呼ばれた方は起立し、壇上までお願いします』


「あ、新役員の発表が始まるみたいだよ、朔ちゃん!」

「そうみたいね」


 議事は順調に進行しているらしい。遂に生徒会執行部の新役員の発表である。生徒たちも本日のメインイベントに色めき立つ。

 朔の隣でうきうきした様子の葵と、それとは対照的な様子の真冬花が神妙な面持ちでその時を待っていた。


『ご静粛に。それでは発表します』


 司会の蓋井さんが一度騒がしくなった会場に向けて注意すると、会場が急に静かになった。それを確認した蓋井さんは袱紗を開き、新役員が記載された発令書を取り出す。

 そして、一呼吸ののちに口を開いた。


『生徒会執行部広報 天蓋 葵さん』


 会場が俄かに盛り上がる。

 葵は元気に「はい」と返事をしながら立ち上がり壇上に向かう。

 その途中で朔をちらりとみて軽く手を振った。行ってきますということらしい。

 無視すると後が面倒なので朔は唇の動きだけでまじめにやれと答えていると、次の役員の名前が発表された。


『生徒会会計監査 天持 佐鳥さん』


「はい」


 可愛らしい声が会場に響く。

 中等部の制服を着た眼鏡の小柄な女子が壇上に歩んでいく。

 朔は一瞬なぜ高等部の生徒会に中等部の生徒が選ばれるのか疑問に思ったが、先ほど葵が生徒会執行部は中等部と高等部で一つと言っていたことを思い出し自己完結だ。


『生徒会会計 天道 和春くん』


「はい」


 今度は澄んだ声だ。

 長身の男子が立ち上がり壇上に向かっていく。

 容姿は会長に負けず劣らず端整で、女子からは黄色い歓声が飛んでいる。

 逆三角形の体つきを見るに恐らくは何かスポーツをやっているのだろう。これで頭もよければ非の打ちどころが無い理想的な男子である。

 ところで生徒会執行部の役員は末席からの発表らしい。となると、次は書記あたりか。


『生徒会書記 天道 秋音さん』


 返事はない。一呼吸置いてスピーカーから蓋井さんの声が発せられる。


『天道秋音さんは留学中のため、帰国後職務に復帰します』


 なるほど。この人が急に留学した人らしい。おかげで回りはいい迷惑だと朔が他人事のように考えていると、


『同じく生徒会書記 えっ……』


 発令書を読んでいた蓋井さんの声が止まった。

 会場がざわつく。

 何があったのだろうかと朔が案じていると、蓋井さんはうんと咳払いを一つつき、発表を再会する。


『失礼しました。発表を再開します。同じく生徒会書記 日野和 真冬花さん』


 会場のざわつきがさらに増した。

 当の真冬花もここで名前を呼ばれるとは思っていなかったらしく、動揺した様子で壇上の一夏に視線を注いだ。しかし、一夏は特に反応を示さない。

 真冬花は少しの間、憤りが入った瞳を一夏に向けていたが、すぐに落ち着きを取り戻すと、「はい」と返事をして壇上に上がっていく。

 朔の周囲では「彼女、副会長じゃないんだ」や「じゃあ、誰が副会長?」などの声が飛びかっている。

 どうやら、生徒の中でも予想外の展開らしい。いつも能天気で物応じしない葵も壇上で首を傾げている。


 ……まあ、誰が何になろうとボクには関係ない話か。


 朔は一人冷めた目をしつつ心の中でそう吐き捨て、壇上をぼんやりと眺めていると蓋井さんが口を開く姿がふと目に入った。次の役員を発表するようだ。

 そして朔は次の瞬間、自分の耳を疑うことになる。



『生徒会副会長 玉桂 朔さん』



「……えっ?」


 朔から抜けたような声が漏れた。

 どこかで聞いたことがある名前だなぁとは思ったが、頭が麻痺して働かず、自分自身の名前であることを認識できずにいた。

 辺りがざわざわして騒がしい。

 朔が何事かと辺りを見回すと希がびっくりした顔でこちらを見つめていた。壇上に視線を移すと真冬花も同様だった。

 朔は一夏に目を向けるとふいに視線が合う。すると一夏はにこりと満足げな笑みを浮かべた。


『玉桂朔さん、壇上にお願いします』


 蓋井さんの声により、我に返った朔は「はいっ」と返事をして立ち上がり、慌てて壇上に向かう。

 壇上に向かう途中、「誰、あの子?」「さあ? 知らない」「期末で学年一位だった子じゃない?」「かわええ」「アイツ四‐Bのさせ子でしょ」「マジ天使!」「どこがよ、ただのビッチじゃん」などと、悪意と敬意がごちゃ混ぜになった言葉が耳に入る。

 壇上に上がるとニコニコ顔の葵と仏頂面の真冬花が同時に目に入り、朔の気持ちが萎える。ちらりと会場を見ると隣同士でひそひそと囁き合っている人たちばかりだ。

 意味が判らない。なんでこんなことになっているのだろう。いくら考えても答えは出ない。

 そうしているうちに朔は副会長の定位置らしい一夏の隣に到着。会場正面に向き合った。

 体育館中のあらゆる視線が朔に注がれる。

 朔は緊張で正面を直視できず顔を伏せた。朔はまるで眩暈を起こしたような感覚囚われ、ただそこにいるだけで精一杯だった。


『以上が生徒会執行部の新役員となります。それでは会長から一言紹介お願いします』


 一夏は演説台まで歩を進めると、ざわつく会場を一瞥。張りと迫力のある声で『静粛に』と一喝した。その迫力に気圧された会場がしんとに静かになる。

 一夏は満足げな笑みを浮かべ大仰に頷いたのち、口を開いた。


『後期生徒会執行部は会長である自分に役員六名を加えた計七名で行うこととなった。前期生徒会執行部役員六名のうち日野和真冬花ら五名がそのまま留任し、書記であった六年生の天蓋暉先輩が引退のため生徒会を去ることになった。なお、留任した五名の詳しい人となりについては前期に説明したとおりなので、今回は省略させてもらう。

 さて、引退した天蓋暉先輩の穴を埋めるべく新たに玉桂くんを仲間に迎えたのだが、彼女については知らない生徒諸君も多いだろうから簡単に紹介しよう。名前は玉桂朔。学年組は四‐B。B型左利き左投げ左うちで身長は160㎝48キロ。スリーサイズは上から84・58・86のDカップということが調査の結果判明している。誕生は四月十六日の牡羊座。ラッキカラーは水色。動物占いはひつじである。彼女は今年四月に市内の中学から我れらが天道学園の高等部に転入した、いわゆる編入組である。そのため、この学園については未だ右も左もまだわからぬような状態だが、執行部はもちろん生徒諸君からも彼女が立派な副会長に成れるよう指導、ご鞭撻いただけるようお願いしたい。俺からは以上だ』


 一夏は真面目な表情で説明を終えた。

 軽く個人情報を暴露された朔であったが、頭はいまだ混乱中で「何でこの人そんな事まで知っているのだろう」とは思たものの、それ以上の考えがまとまらず、ただ一夏を見つめるばかりであった。

 そんな時、静寂で包まれていた会場から「質問!」と元気な声と挙手がとんだ。


『役員指名は生徒会長の専制事項のため質問を受け付けておりません』


 蓋井さんが事務的な声色で切り捨てる。しかし一夏は、蓋井さんを制し挙手した生徒に話してごらんと質問の内容を促した。

 挙手した生徒は元気良く立ち上がる。ショートカットに眼鏡姿をしている女子生徒だ。


「新聞部の飛島飛鳥です。端的に質問します。どうして玉桂朔を副会長に選んだのでしょうか? 彼女には『不純交遊』の噂に加え、昨日の朝に空手部と『揉め事』を起こしたという噂まであり、素行面で副会長に相応しいとは到底思えません! よって納得できる理由を要求します!」


 飛島の声に棘が混じる。会場の一部の女子たちから飛島の意見に同調するような野次が飛んだ。

 いきなりの個人攻撃に朔は正気を取り戻す。

 どうも飛島や女子たちは朔が副会長に指名されたのが気に入らないらしい。

 もっとも朔自身も四年生女子の間で『優等生面のビッチ』と陰で囁かれている程度には嫌われていることを自覚しているため、飛島や女子たちが朔の副会長指名に反対する気持ちはよく理解できた。

 しかし、それならなぜ飛島は『不純異性交遊』ではなくわざわざ『不純交遊』と称したのかが引っ掛かる。

 朔はそんな疑問を抱きながら飛島をじっと観察してみると、彼女が昨日、校医室で朔が繭子に押し倒されている所を目撃し、逃げ出した女子生徒であることに気が付く。

 件の噂に加え、さらに昨日のアレである。なるほど、飛島が『不純異性交遊』では無くわざわざ『不純交遊』と言った訳だと一人納得の朔であった。

 

 そして落ち込んだ。


 ……はぁ……なんで、こんなことに……。ボクだって被害者なのに……。


 朔が心の中で項垂れていると、一夏が飛島の質問に妥当性を見い出したのかなるほどと、合点いった様子で頷きながら威風堂々と質問に答えた。


『彼女……玉桂朔くんを副会長に指名したのは、純粋に優秀だったからだ。四月に高等部に転入したかと思うと、一学期の期末試験および校内模試で全教科学年一位を記録。さらには校門で暴走する空手部の主将を一撃で退けるなど文武両道を体現しているからだ。なお、噂についてだが、前者『不純交遊』の噂は間違いであったことは独自の調査で確認しているし、後者『揉め事』についても、前副会長に逆恨みした空手部の暴走を、体を張って止めたに過ぎないことが判明しており、何も問題はない。生徒会執行部もこれほど優秀な生徒を放っておけるほど人材が充実しているとは言えず、前書記の天蓋先輩の引退や天道秋音さんの留学もあり、補充という意味も含めて副会長に指名したという訳だ。なお、いきなり副会長に抜擢したのは彼女が他の誰よりも優秀だという証左でもある。どうだい納得できたかな?』


 一夏は爽やかな笑みを浮かべて飛島に語りかけた。


「……くっ、しかし……」


 飛島は当然納得できないという表情を浮かべたが、有効な反論が思い浮かばず言葉に窮した。


 ……会長って思っていたよりもちゃんとした人間だったんだ。凄く迷惑だけど。


 朔は思わず感心して一夏を見つめていると、それまで大人っぽく真面目な表情だった一夏の表情が、まるでやんちゃな少年が浮かべるようないたずら顔に豹変する。

 そして一夏は――



『なーんて、今のは全部嘘っぱちだけどな!』



 と、ぶちまけた。

 唖然とする朔や飛島、そして会場の生徒たちを尻目に一夏は言葉を続ける。


『お前ら! 俺がそんなつまらない理由で役員選ぶと思うか? 思わないないよな! 大体、このクソ堅苦しい生徒総会をそのままやってどうする? サプライズくらい用意するのは生徒会長の当然の務めだろうが! お前らもそうは思わないか?』


 一夏はノリノリで生徒を煽りまくる。

 それまで静かだった会場は一夏の言葉で一気に活気づき、「さすが会長!」「今日は真面目過ぎるからビビってた!」「やっぱり嘘かよ!」「そんな普通な理由で副会長を選ぶ訳ないよな!」などの野次や歓声が響く。

 我に返った飛島は慌てて「異議あり!」と抗議しつつ首を左右に動かし、会長の意見に同調した生徒に厳しい視線を送るが焼け石に水である。

 朔は目の前で起こっている事態を理解できず、葵や真冬花の方を向いた。するとあちゃーと頭を抱える葵と、青筋を立てぶち切れ寸前の真冬花が見えた。他の二名の役員も同様に渋い表情を浮かべている。

 そんな役員の表情を無視した一夏の演説が続く。


『いい女がいたから俺の副会長ヨメ! これに決まっているだろう! ちなみに会長選挙の時に発表した役員候補名簿に載せなかった理由は、この子を見つけたのが会長選挙の後だからだ。ぶっちゃけ成績やら文武両道なんて理由も当然全部後付けだが、結果的に辻褄もあっているし万事問題なし! もし、彼女を認めないという奴が居るとしたらそいつに聞きたいが一体誰なら満足なのかね? この中に彼女より良い女がこの中にいるとでも言うのか? いるならすぐにでも連れて来て貰おうか。もちろん見た目だけではなく、成績と腕っ節も含めて彼女を上回る女子に限定するがな。どうだろう新聞部の飛島君、心当たりは無いかね?』


 一夏の言葉にすっかり萎縮してしまった飛島は「ありません」とだけ呟くと落ち込んだ様子で椅子に沈んだ。

 それを見た男子生徒たちは堰を切ったように「すげー、会長!男のロマンを地で行っている」「どこで目をつけていたんだ」「玉桂ツインズファンクラブとしては断固反対する」「会長、そいつビッチだから考え直して!」「うっせー、ブスは黙ってろ!」「お前こそ黙れ、顔面パンスト!」などと、言いたい放題の大盛り上がりである。

 司会の蓋井さんは『静粛に! 静粛に!』と何度も呼びかけるが、喧騒が収まる様子は無かった。

 朔はあまりの展開に頭が付いていかず、何気なく会場に目を向けるとぽかんと口をあけている希の顔が見えた。

 どうやら希もこの展開についていけなかったらしい。やっぱり、兄妹は似るものだと朔が納得していると、


『よく見とけよ、お前ら! 俺と彼女は既にこう言う関係だ!』


 一夏が元気良く宣言し、朔をぐっと胸に引き寄せた。


「えっ?」


 朔はいきなり抱きかかられた事に驚き、胸に抱かれながら一夏の顔を仰ぎ見る。すると、朔の熱く火照った唇に一夏の唇が近づいてきて、そのまま――



 玉桂朔は日野和一夏に唇を奪われていた。



 会場が一瞬静かになり、次の瞬間に悲鳴とも歓声ともいえない叫びが体育館を覆った。

 刹那とも永遠とも思える時間ののち、一夏の唇が逢瀬の別れを悲しむように朔の小さな花唇からそっと離れていく。

 朔は自分自身に何が起こったのか理解できず――いや理解することを拒否すると、一夏の胸の中で意識を手放した。


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