098「決戦前?(2)」
「デフォルトであっちの頭に刻み込まれた知識や技術は、改めて学ぶか慣れないとこっちでは分からないと言うな」
「シズさんは違うんですね」
「向こうも長いし、読み書きする事が多かったせいだろうな」
「じゃあ話したりもできるんですか?」
天沢がそう言うと、オレには聞き覚えのある外国語がシズさんの口から紡がれる。
とはいえ何となく分かるだけで、何を話しているのかまでは分からなかった。
天沢の方は頭にクエスチョンマークを浮かべている感じで、ボクっ娘の知識は反映されないようだ。
「今のが今ショウがいる辺りの言語だな。『ダブル』の場合、話すだけなら2、3ヶ国語はデフォルトであっちの体にインストールされている筈だ」
「へー、じゃああっちのオレは、オレより頭いいですね」
「英語の日常会話くらいは話せるようになっておけよ」
「はーい。あっちでもこっちでも勉強しないといけないとか、罰ゲームみたいだ」
そこで二人が軽く笑い脱線を感じたので、話しを地図のことに戻した。そうして作られた王都は、オレとボクっ娘が空から遠望した姿と合致していた。
川沿いにあり北側が緩やかな山、南側が湖に面した街で、街の外周は城壁の前に広めの掘りが運河状に掘られていて、水運で発展してきた町で街の中にも運河が縦横に走っている。
王宮は湖に最も接する場所の少し小高いところに建設されている。
地形はこっちの世界と似ているが、海岸線だけでなく山や平地も少し違っている。
「都市の歴史は古くて、かなりの規模の王国の都だった頃の名残が数多く残っている。立派な城壁や石垣がそうだし、街の規模に対して石造りが多いのはそのせいだ。王宮も古いものを改築しているだけだったしな」
「王宮も古いんですか?」
「ああ。地脈や龍脈ともいう大地の魔力の流れがよくて、昔から人が住んでいたらしい。
今の建物も元は数百年前のものだし、恐らく城の基盤の辺りなどは近隣で最も古い筈だ。神話の時代にまで遡るという説もあるほどだからな。
そして王宮のある小高い場所自体が、古代の偉大な魔法で作られたという話もある。地下に大規模な遺跡が存在しているが、恐らく最初に建設する時に作られたものだろう」
「城の下に地下遺跡は調査半ばでしたっけ?」
「そうだ。それと地下遺跡と言うよりも、古代の城を周囲ごと大量の盛り土で埋めて今の丘のような場所に作り直して、その上に現在の城を建てたようなものだ」
「一種の二重構造ってことですか?」
シズさんが話しながら、紙に簡単な図を描いていく。
図の通りだと、地下に大きな広間を持つ王宮のような施設があるようで、規模は地上より大きい。
「そうだ。この事は地下を調べるまで、一部を除いて長らく分らなかったというか、忘れられていたんだ。地下に魔力の反応が感じられたが、地脈の影響だろうくらいしにか考えられなかったらしい」
「なるほど。それで、地下の地図も必要でしょうか?」
「地下の埋まっていない場所のほとんどがかつての大広間で、こうなっていて、お約束のように玉座の裏から地下に入ることができる。塞いであった土や岩は取り除いてあるから、入るのは簡単だ」
シズさんがアバウトに書きながら説明を進める。
苦手というだけあって、あとで清書の必要性がありそうだ。
字は綺麗なのに、作図や絵は苦手な感じだ。
ただシズさんが万能ではない事が分かって、ほんの少しホッとする。
「なるほど。他に何かありますか?」
「地下はもともと上層のかなりが故意に埋めてあっていた影響で、全て探し尽くせなかったほどだ。いまだ、半分ぐらいしか明らかになっていない」
言葉の最後の方で、地図の一点をトントンと突く。そこは『未確認区画』と書かれている。
「他に何かあるんですか?」
「魔力の反応があったから、かなりあるだろうな。古代のお宝があるかもしれないぞ」
「じゃあ、『帝国』の目的も地下でしょうか?」
「何が目当てか不明だが、お宝目当てならそうだろうな。まあ今は、私が王宮の広間で足止めし続けているがな」
「じゃあ、次は現状の方お願いします」
最後にレナから又聞きした情報から1週間ほど経っているし、オレたちに対する『帝国』の動きからも大きく変化している筈なので、これを聞くのと聞かないのでは、今後の対策の立て方が全然違ってくる。
「王都ウルズは陥落したときに街ごと焼け落ちて、火災が激しいので攻め寄せた軍が一旦退いた。
火災の一部は私が原因だ。私が最後に燃やしているからな。
そして火災が収まるのと同じくらいにアンデッドが溢れかえったので、各国も王都から軍を退かせるしか無かった。私も原因の一つだろうが、戦いでの損害も少なくなかったようだからな」
「以前侵入した『ダブル』が魔物も沢山いて、すげー魔法を食らって一発で壊滅したと話してましたが……」
「王宮まで来たのなら『すげー魔法』は私だろうな。でなければ、我が国の宮廷魔導士の成れの果てかもしれない。亡者なってからは、私は会ってないがな。
あと、魔物がたくさん居たという事は、けっこう最近の話だろうな。澱んだ魔力から魔物が湧き始めたのは、この1ヶ月ほどのことだ」
言葉の後半が、思い出しながらも忌々しげだ。
かつて自分が住んでいたところに魔物が跋扈しているのだから、不愉快なのも当然だろう。
「来たのは10日ほど前ですね。じゃあアンデッドは?」
「王宮中心に両軍の兵士や王宮の亡者がまだかなり残っている。『帝国』軍を止めているのも、それらの者達が中心だ」
「強いんですよね」
「ああ、かなり上位のアンデッドが数体いると思ってくれ。だが、この1週間ほどでずいぶん数を減らしているようだ」
「『帝国』軍ですか」
「ああ、随分高い通行税を払わせてはいるようだがな。それと、最初の頃見たドラグーンを見かけなくなったが、ショウらの仕業か?」
少し思い出すような仕草の後、オレに確認したいと言いたげな視線を据える。
「ええ、強いシュツルム・リッターがいて、2回の戦闘で8騎落としました」
「一人でか?」
「地上からの魔法で1騎落としてます。あとは半分不意打ちなんで、一方的に落としましたね」
話しながら、ちらちらとレナの方を見てみるが、特に変わった反応を見せる様子は無い。
『昔の知り合い』とも違うようだし、向こうのレナの事を第三者と捉えるのは、レナとしては普通の反応なのだろう。
しかしレナの中にはボクっ娘がいて、この情景も見ていると思うと少し複雑な気もする。
そう言えば、シズさんと向こうのレナは知り合いだと言っていた。
どのくらい親しいのかは、向こうでもう一度確認しておいた方がいいかもしれない。
それとも、レナのいない時にシズさんに聞いておいた方がいいかもしれない。今分かるのは、オレに話を合わせて向こうのレナを第三者として扱っている事だ。
「疾風の騎士とはいえ、随分な手練がいたものだな。しかしその8騎で恐らく全てだ。私が最初に『帝国』兵と対する前に見たドラゴンの編隊は8騎だった。ただなあ」
「ただなあ」という曖昧な言葉はあんまりシズさんらしくないが、かなりの懸念が感じられた。
「ただ?」
「もしかしたら、その倒したドラグーンの飛龍の何匹かはゾンビ化しているかもしれない」
「見たんですか?」
「1体は昨日の夜に王宮の前で吹き飛ばした。最低でももう1体いると思う」
「ドラゴンゾンビかー。強敵ですよね」
「ゾンビになったばかりだから、そうでもない。動きの鈍いドラゴンと思えばいい。ゲームじゃないから、一気に変化する事はない筈だ。
アンデッド系は魔力の巡りの変化と腐る頃合いで強さも変わるし、まだ毒も吐けないと思う」
「他には? いや、『帝国』の騎士や兵隊は?」
そう言うと、シズさんは地図に目を落としながら指差していく。
「連中の本隊は大型船だろう。飛行船ではなかった。それに『帝国』本国は遠いし、この辺りに友好国もないからな。
直接飛ばさずに龍を持ち込むなら専用の大型船か飛行船がいるが、大型船はウルズまでは入れないし、飛行船は目立ちすぎる。それと8体なら2隻だろう」
一旦言葉を切るが、思い出す為ではなく飲み物に口を付けるためだ。何しろシズさんの記憶力は並じゃない。
「そして沿岸からは、諸々を積んできた小型船でウルズまで来ている。ウルズの港の外れに入る小船を4隻見かけた。騎馬の音もかなり聞いた。
噂に聞く『帝国』の精鋭の戦闘力と、こちらのアンデッドの数から予測すると、兵士の数は30以上、50以下だろう。それに加えてドラグーンだな。小船が残っていたとしても少数の護衛と船員だから、戦力に数えなくていいだろう」
「沢山いますね」
思っていた以上だ。
突入は『ダブル』の増援が来てから、さらに有志を募る方がいいかもしれない。
しかしシズさんは、それほど深刻そうではない。
「ああ。だが、私とアンデッドや魔物で半分ほどは叩いたと思う。でなければ、もう私はあっちでやられている筈だからな」
「撃退したんですよね?」
「二度ほどな。今連中は、負傷の治療など戦力の立て直しをしているか、平行して作戦を練っているところだと思う。それにショウ達もいくらか倒したのだろう」
「疾風の騎士が追われた時の戦闘で、確か7、8人は倒したと思います。あとドラグーンが8人。うち確実に倒しているのは2人だけです」
「一部がゾンビ化したとはいえ、ドラゴンを全て落としたのは大きいな」
レナはあまり会話には加われなかったが、一通り話が終わるとすでにお昼を大きく超えていた。
おかげでシズさんちで昼食を、しかもシズさんの手料理ご馳走になるという幸運に恵まれた。
さらに昼からも3人で他愛のない話をしたりして過ごし、帰るときに「健闘を祈る」とシズさんから、「頑張ってね。週明けに話聞かせてね」とレナから激励され家路へとついた。





