056「殺戮の後で(2)」
その後は、生き残った村人たちをかり出す形で後始末を行った。
幸いというべきか、村の家屋のほとんどは無事か修理すれば住み続けることが可能で、殺された人の数も思いのほか少なかった。
単純な死者の数なら、オレ達が倒した傭兵崩れの方がずっと多かった。
そのままなら命を落とす傷を負った者もいたが、そうした怪我人はハルカさんの魔法と持っていた魔法の治癒薬で癒して多くが事なきを得た。
治癒薬は、アクセルさんから幾らか譲ってもらったもので、魔法ほど即効性の治癒能力はないが、魔法使いがいないか少ない時にとても重宝される。
安いものではないが、無償で提供した。
また、現代世界由来の薬もいくらか持っていたので、これも使い切る勢いで使った。
それでも10名ほどの村人が死んでいたから、オレたちが倒した傭兵を含めて約40人以上の人間が短時間で命を落とした事になる。
この惨劇の中で、魔法はあったが魔物はいなかった。勇者や魔王など影も形もなかった。
そして村人たちは、最低でもオレを敬遠、いやオレに怯えていた。
現実のオレよりもずっと高精度の耳は、村人達が「魔人」や「狂戦士」とささやくのを聞いた。
痛みも感じず無慈悲に殺戮を繰り広げたのだから、当たり前の評価かもしれない。
ハルカさんの方は神官としての敬意を受けていたが、人々の目にもう少し早く来てくれていればという感情があったことも確かだ。
無論、ケダモノとなった傭兵崩れから助けた事に、無条件で感謝してくれる者も大勢いたのだけど、オレにとってはむしろ感謝される方が辛かった。
オレは人助けのためとは言え、大量殺戮をしたのだ。
そして、精神面での復活という点では、彼女の方がずっと早かった。オレよりも仕事が多いというのもあるだろうが、経験と何より精神力の差だろう。
村の中心で、傭兵崩れの生き残りの逆襲を警戒しての夜警の為のたき火が燃える中、広場の隅っこで座り込んだオレの側に、ようやく人々から解放された彼女が静かにやってきて、オレのすぐ側に腰掛けた。
手には湯気をあげる小さな樽みたいな木製のゴブレットを二つ握っている。
彼女は一つをオレに差しだし、もう一つを自分の口につけた。オレも同じように口にした。
恐らくは、ハチミツと香辛料やハーブを入れたホットワイン。栄養ドリンクのようなものだ。
そのホットワインをちびちびと飲みつつしばらく無言が続くが、先にオレが耐えられなくなった。
「オレ、勇者とは言わないけど、何かをしたかった。その為に『夢』に、いや『アナザー・スカイ』に来たと思ってた。けど、何も出来ないんだな。現実逃避しにきたのに、現実より厳しいなんてアリかよ」
「ショウ君は、今日大勢の人を助けたわ」
「けど、大勢殺したよ。こっちだってもう一つの現実なんだから、オレって大量殺人者だ」
「なら私は、もっと罪が重いわよ」
「ハルカさんは、人を癒したりして、いっぱい人を助けてるだろ」
「フフッ、慰めるのが逆になった」
そう寂しそうに言った彼女は、しばらく黙り込んだ。
そしてオレは、その沈黙に耐えきれなくなったので、気をまぎらわすように現状を愚痴るしかなかった。
人助けの為に人を殺して、人を殺した事で勝手に落ち込んでいるのは情けない話だけど、人を殺したという事は戦闘前にハルカさんが危惧した以上に、オレの心に重くのしかかっていた。
だからそれを少しでも軽くしたくて、そして愚痴る相手が居るので愚痴るしかなかった。
彼女はそれを少しうつむきながら聞くだけだったので、自然オレの愚痴はヒートアップしていった。そして最後に彼女にすら突っかかったのははっきりと覚えている。
「それにしても、ここが本当にゲームの世界なら良かったのに」
「それに初日でゲームオーバーしてれば……」
「いや、そもそもハルカさんが、最初にオレを助けなければ良かったんだ」
「……」
その言葉に、オレ自身が心にズキンときたのだから、彼女の心はもっと傷ついただろう。
また、二人の間に短い沈黙が降りた。
そして次に会話を再開しようとしたのは彼女の方だった。
「ねえショウ君、『アナザー・スカイ』に来たこと後悔してる?」
「……多分、いや、今はかなり」
「そう。けどショウ君の場合、『アナザー・スカイ』から逃げるの簡単よ。『夢』を見たくないと思い続ければ、たいていは『アナザー・スカイ』で目覚めることはなくなるって言うから」
「そういや、そんな事まとめサイトにも書いてたな」
「ええ。けど一度拒むと、ほとんどの場合こっちに戻れないわよ」
「よく知ってるな」
「ウン。今のショウ君みたいな人、何人も見てきたから」
今までにない重く沈んだ言葉だった。
そしてさらに続けた。
「本当にごめんなさい。もっと気楽に旅や冒険ができるところも沢山あるのに、こんな厳しい場所を連れ回した挙句、辛い思いさせて」
「ハルカさんが謝ることじゃないよ。オレが付いてくって言ったんだし」
「けどそれは、何も知らないから言ったことでしょ」
「そうかもだけど、良い事してるんだし、オレも今日辛かった事以外は後悔してないと思う」
「そう」
そこでまた会話が途切れたが、沈黙に耐えられなくなったのはオレの方だった。
「なあ、ハルカさんは、この世界から逃げたいと思ったことないのか?」
「昔は何度か。けど今の私は、チョット違うかしら。『アナザー・スカイ』というより、この世界に残らなきゃいけない理由があるの」
そう答えたハルカさんの横顔は、少し寂しげ、いや儚げだった。
「神官だからか」
「まあ、それもあるかしら」
「そんなの逃げちゃえば一緒だろ」
「ええ、そうかもしれない。そう出来ればいいのかもね」
それだけ言うと、また少し沈黙した。
オレの見たところ、ハルカさんは少し厳しいところはあるけど、真面目で面倒見のいい人だ。
けど今のやり取りには、それ以上のものがある気がした。
しかし、この時のオレにとっては、何もかもが重荷だった。
自分だけで精一杯どころか、自分自身すら背負いきれなかった。
彼女は、オレに何かを背負わわせる気は皆無だったが、その気遣いですら重荷だった。
「……こんなの現実逃避じゃないだろ。もう、悪夢なんてたくさんだよ」
絞り出すようなオレの声に、彼女は優しくそして厳しい声を投げかけた。それが多分、目覚める前に聞いた彼女の最後の言葉だったと思う。最後は涙声だったんじゃないだろうか。
「全部ショウ君自身が決めることだと思うわ。けどね、この世界も現実なの。それだけは忘れないで。
それに私は、ショウ君にはこの世界に向き合って欲しい。強くなって欲しい。できるのなら、このまま一緒に旅も続けたい。……けど、これって全部私のわがまま。ゴメンね」





