033「街道の野盗(1)」
寒村を出て、ハイホースの脚でやや急ぎ足で四半日ほど進むと、別の街道と合流した。
森などなく、荒れ地ばかりな見晴らしがよいだけという酷い場所なので、見た目で魔物もいないだろうと分かるから出来た行程だった。
しかし進むと次第に緑が増えていき、合流した方の街道は道幅が広く整っており、わだちの深さからも今までと比べると往来が多いことをうかがわせる。
と言うより、今までが辺境過ぎたのだ。
そして合流すぐにも、次の村が迫っていた。
その分岐点にあった道標が正しければ、ハイホースの足だともう少し早く村に入れそうだった。
付近の風景も平地が増えた。緑も多い。荒れた山間部を抜けた証拠だ。
道には、お地蔵様のように何かの神様の小さな祠のようなものも見かけることもできた。ゲームのように、ド辺境から辺境へとステージが変わったような印象すら受ける。
と言っても、往来に他の人の姿はない。
「道は少し良くなったのに、やっぱり誰もいないんだな」
「道を往来する旅人なんて、行商人か旅芸人、あと巡礼者くらいね。交易の荷物も、できるだけ船で運ぶし。あとは政府の徴税役人か私たちみたいな神殿関係者かしら」
「やっぱ、観光する人はいないのか」
「巡礼が精一杯。それも熱心な人しかいないわね」
「巡礼ねえ。確か世界中に聖地があるんだっけ」
「そうよ。この世界全体が一つの多神教みたいなものだから、聖地も世界各地にあって、普通の人が行ける聖地は距離的に限られてるわね」
ハルカさんの感心があることだったのか、横顔で答えてくれた。
「世界一周とかは無理ゲーっぽいよな」
「お金持ちの中には、空飛ぶ大きな魔物に浮かぶ馬車みたいなものを牽かせて、世界の聖地巡礼する人がいるわよ。昨日の浮遊石使った飛行船もあるし」
「お、流石ファンタジー。他にそれっぽいのは?」
彼女が少し上を見て、少しの間、何か無いかと思案する。
「『帝国』が古代ローマっぽいせいか、『帝国』内だと市民でも観光で帝都や大都市に行く人もいるわね」
まとめサイトでも度々登場する『帝国』登場だ。
強大な国力と軍事力を持つので、皇帝は実は魔王だの侵略ばかりする悪の帝国だの言われている、なんちゃってヨーロッパ世界最強の国だ。
「『帝国』もあるんだ。ハルカさんは行った事ある?」
「あるわよ。凄く発展していて、この辺とは大違い。ローマっぽいって言われるだけあって、『帝都』には闘技場や野外劇場、あと大きな公衆浴場もあったわね」
再び横顔を向けて答えてくれた。
『帝国』はオススメスポットらしい。
「おーっ。じゃあ、いつか行ってみるか」
「お金があって観光に行くなら、一見の価値はあるわよ」
残念ながらハルカさんの顔は、一緒に行く気はないって感じだ。
多少気落ちするけど、流石にそうだろう。
「じゃあ『ダブル』もよく行ってたりする?」
「それなりかしら。アクティブな『ダブル』なら観光より冒険だし」
「冒険ねー。考えてみればはた迷惑な話だよな。そこら中引っ掻き回しているようなもんだし」
「そうでもないわ。魔物退治とか率先してしている形になるから、害獣駆除業者みたいに見ている地域もあるくらいだし」
「うわっ、扱いヒドっ!」
「私達を神々が遣わしたなんて説もあるけど、実際の評価なんてそんなものよ。政治や軍事に関わる人もすごく少ないし、民衆から見れば実害は少ないと思うわ。
それに、このなんちゃってヨーロッパ全体で1億人くらい住んでるのに、私たちは5000人よ」
実感が湧くようで湧かない数字だ。
「1億人ねえ。それだけいるのに、全然人に会わないのは釈然としないな」
「こっちの人は移動しないって言ったでしょ」
「そうだったな。まあとにかく、次の村で行商人くらいには出会いたいな。商店があればなおよしだけど」
「そうね。足りない装備は揃えたいわね。さっきの村は、ロクなものがなかったし」
そんな事を話しながら、森の脇の街道をのんびりと抜けていく。
しかし村まで残り推定30分程度、といったところで魔力の気配がした。
「ねえ、気づいてる?」
「ああ。また魔物かな?」
「ここは1日前よりも開けた場所だから、多分魔物じゃないでしょうね。うーん、まだ距離があるから、ちょっと分からないなあ」
遠くを見るように手を顔の上でかざしているが、あれで感度が上がるんだろうか。
「じゃあ、魔物以外でそれなりに魔力のあるヤツって事か?」
「多分それで正解。魔力持ちの人か、亜人の可能性もゼロじゃないかしら」
「亜人というと、森が近いからエルフ?」
「妖人、エルフは人が住む領域にはいないわ。無意味にエロい格好した美少女エルフが、気ままに旅をしてるって事も無いわよ」
彼女が少し楽しそうな声で答える。
彼女はオレの願望フラグを、平然とした表情でよくへし折ってくれる。
まあ今はそれどこではなさそうだけど。
「そりゃ残念。で、距離は? まだ結構遠いよな」
「500メートルくらいかしら?」
「向こうは、こっちに気づいてるかな?」
「たぶん動いてないから微妙。けど、森の中か向こう側のこの先の道の辺りだから、魔力を感じ取れる存在じゃないなら、まだ気づいてないでしょうね。普通の人が他の場所から見て知らせてたら別だけど」
魔力のおかげで遠距離でも何かを掴めるのはありがたいけど、逆に魔力のない人や生き物に気づくには、探知系の魔法を使う以外だと普通に観察力などを鍛えるしか手はない。
「取りあえず止まるか?」
「それだと、相手がこっちを襲うつもりなら動いてくるかも」
「だよな。どうする? と言うか、向こうはこっち襲うつもりかな?」
「半々かしら? 単に魔力のある人がいるだけかもしれないし、次に向かう村の見張りや巡回の可能性もゼロじゃないし」
オレの言葉に、彼女が少し考え込む。
「だとしたら、前の村とはえらい違いだな」
「けど、村人やただの旅人なら、私の姿を見れば警戒は解けるでしょうね」
「神殿というか神官ってのは便利だな」
「まあね。神官は『ダブル』の冒険者とは社会的信用度が格段に違うし、メリットの方がずっと多いとは思うわ」
「冒険者って、善良な農民からすりゃ、勝手気ままな武装集団だもんなー」





