111「蘇生(1)」
驚愕の事実だった。
クロと名付けた一辺7、8センチメートルほどの四角い魔導器は、この世界が開いた異界との出入り口からやって来るオレ達『客人』の『魂』、ようは精神や意識に、『アナザー・スカイ』での依り代、つまり肉体を与える役割を担っていると自らを解説した。
ただし、オクシデントの共通語で頭に入ってくるので、『魂魄』などというオタクや厨二病が喜びそうな熟語、単語は感じられない。
本当に淡々と機械的に語って来る。
おかげで雰囲気は今ひとつだ。
しかし、この世界がどうやってオレたちの世界との接点を作ったのか、オレ達の意識がどうやって来るのかという、ある意味肝心な事は全く知らなかった。
同様に、喚ぶ地球側の地域や対象者の年齢が限られているのかについても知らなかった。
けど目的は知っていた。
目的は二つ。
一つは簡単で、増えすぎた魔物の間引きさせる事。
そのために、相応しい力を提供しているそうだ。
そしてもう一つが、活発に活動してもらう事そのものだ。
異界からこの世界に、有益となる知識や技術、情報をもたらす為だ。
一方、それ以外の事は全然知らなかった。
そもそもクロは、ここ20年ほどの事は全然知らないでいた。
何百年も前に活動して、その後一度役目を終えて活動休止もしくは眠りについていたからだ。
それが最近発見されて、自力で正常に再起動する前に強引に呼び起こされて、不適当な形で利用されたのだそうだ。
あくまでクロの話を信じれば、の話ではあるが。
「えーっと、分かったか?」
自分で言った言葉だけど、自身で聞いても困惑した声色になってしまっている。
そして誰もが困惑していた。
「まあ、だいたいは。でもさ、こんな話し誰かにしても、それこそどこかの掲示板に常駐している暇なオッサンが、『嘘○』か『厨二病乙』て言って終わりだよ。それに、こいつがウソ言ってる可能性もあるし」
「言えてるわね。けど私としては、この世界の事を少しでも知る事ができたと思えば、それはそれで収穫だったかしら」
「面白い話もしくは仮説、ホラ話だったな。だが何にせよ、私にとっては今更というのが、少しばかり残念というところかな」
困惑しつつも、3人共あまり関心は高くなさそうだ。
どちらかと言えば、他人事のような感じだ。
「誰かに話したりはしないのか?」
「だから無駄だって。じゃあ、ショウがあっちでネットに書き込んでみなよ。バカにされるどころか、攻撃されるかもね。SNSにでも書いたら、ヘタすりゃ炎上だよ」
「けどさあ、オレたちをこの世界に呼んだやつの一部なりが解った事って、今まで無かったんだろ。大発見じゃないか。伝えなくていいのか?」
「まあ、後は自己責任ってやつでいいんじゃないのか。話すも勝手、話さないも勝手だ。それよりも、私としては本当に『客人』の創造と不適合の補正とやらが出来るのかという事に興味があるな。
もし、何かしらできるなら、こいつの話も少しは信憑性が増すわけだからな」
シズさんの容赦ない言葉が続くが、確かに口先だけなら信じる以前の問題だ。
他の二人も同じように思っている表情だ。
要するに半信半疑なのだ。
そしてシズさんが、再びクロに視線を据える。
「おい、クロ。そろそろ私の中途半端な状態をなんとかしてくれ。最初に喋っていた無視できない不適合の一つが私なのだろう」
「左様にございます」
「ウン。で、ついでに聞くが、無視できない不適合とは何だ?」
「大きくは『客人』の正しくない状態の事です」
「つまり、私の体を本来の状態にするか、私を二度とこの世界に来させないか、ということでいいのか?」
「私には、来させないようにする能力はございません」
「フム。では、もう一人は誰だ?」
これは気になるところだ。オレの妙な能力か、ボクっ娘の二重人格か、それともハルカさんか。
全員がクロの言葉に集中する。
「私の背後の女性です」
シズさん以外の女性となるとボクっ娘かハルカさんだけど、オレを正面とするとハルカさんと考えるのが妥当だ。
つまりオレとボクっ娘は、少なくともクロにとって不適合ではなかったようだ。
「どういう不適合か聞いていい?」
同じように察したハルカさんが、少し緊張した表情と言葉で問いただす。
「本来『客人』の『魂』は異界とこちらの世界双方でつながれているのですが、理由は不明ながらそれが異界側から途切れております」
「そう、それは確かに不適合ね」
ハルカさんの声は、少し拍子抜けた感じだ。単に現状確認をされたにすぎないからだろう。
けど、彼女の秘密を簡単に指摘できるクロの能力の信憑性は高まった。
そのことは理解できた。
(アレ? 途切れてもハルカさんの事を『ダブル』と認識しているのって、意外に重要な情報なんじゃないのか?)
更にその事に思い至ったが、今は話すべき時じゃない。
シズさんは、ハルカさんの真実を知らないのもあって、軽く目配せしただけに止めた。
その表情と小さな仕草からシズさんも何かを察したようだけど、軽く表情に出すにとどまっている。
そしてオレが次に何か思考する前に、シズさんがさらに話を進めるべく言葉を重ねていった。
「フム。……で、不適合の補正の補正とは何だ」
「魂と肉体の再接合になります。ただし現状の私の力では、異界に干渉する能力はありませんので、すべての不適合の補正は不可能です」
「なんかまた、すごいこと言ったよ。さっきも話してたけど、これって蘇生じゃないのかな。そんな魔法聞いたことないよ。けど……」
「私のことはいいから、話を進めましょう」
ボクっ娘の言葉にハルカさんと3人の視線が交錯するが、ハルカさんは軽く首を横に振り話を促す。
最初は機械っぽかった態度のクロだけど、徐々にそうした「空気」も読むようになっている。話す事に慣れてきているのだろうか。
「一応聞くけど、精神と肉体の再接続っていうけど、肉体はどうするんだ?」
「この世界における依り代の復帰を行います。
先ほど肉体の創造と申し上げましたが、他の言葉を用いるのなら蘇生もしくは復活と呼ぶべきでしょうか。
そしてその依り代に『魂』を入れます」
一瞬、全員が沈黙する。シズさんの顔は蒼白というか能面のようだ。
「そんな事ができるのか」
「可能です。私の基本的な能力は『客人』に依り代、つまり肉体をご用意する事です。
現在そのための準備を行っております。あと少しお待ちいただければ、権利者からの命令をいただく事になります」
クロの言葉にシズさんは、表情を能面から真剣なものへと変える。
「もう一度聞くが、常磐静のこの世界での肉体を復活できる、という事なのだな」
「その通りでございます。
……では準備が整いました、ご命令を。また、誠に申し訳有りませんが、依り代をご用意する為に大量の魔力を消費するため、これ以上のご質問にお答えするのは難しくなります」
「拒絶する選択肢はあるのか?」
自身にとって最も重要な事が頭を占めているらしく、シズさんはクロの説明は話半分しか聞いていない。
「私としては不本意ですが、現在の選択権は権利者にあります」
さすがのシズさんも、途方にくれたような表情になっていた。
「どうしろというのだ、私に……」
ぽつりと呟いた。そして他の三人に救いを求めるように顔を向ける。
いつものシズさんとは違い、か弱い少女そのものだった。
「えっと、ボクが言えた事じゃないと思うけど、ここで拒めば逃げた事になりそうだよ」
「シズ、私はここで償いや弔いをする道もあると思うわ」
「シズさんが自分が決めるべきだ。けどオレは、前向きの選択がいいと思います。消えるのも死ぬのも、やっぱり後ろ向きだと思うから」
「だが」
「オレ、これはシズさんだけのチャンスだと思うよ。チャンスは活かさないと」
みんなの言葉をうけて、シズさんがもう一度全員を見回し、そして目を閉じて天を仰いだ。
そして、天を仰いだまま静かに目を見開く。
空には、相変わらず無駄にデカイ昼の月が白い輪郭を見せていた。
『轟爆陣』の魔法は、脆くなっていた地上の建造物もかなり破壊していたようだった。
「……そうだな、確かにせっかくのチャンスだ。これから何が出来るかは分からないが、後ろ向きなのも、逃げるのも止めよう。……私を復活させてくれ、頼む」
「そういう事だ。やってくれ」





