109「未知の魔導器(1)」
一通り勝利を喜び終わると、四人がそれぞれの方向から魔女の最後の場所へ近づく。
オレはずっとほぼ目の前にいたのだけど、後ろにいた二人が回り込んで来た形になる。
そしてオレの眼前の地面と言える場所の、もともとゴーレムの胸の辺りのくぼみの下に人影が倒れていた。
さっきまで魔力の奔流の為に見えてなかったが、『魔女フレイア』だ。見た目透けていないので、これで完全な状態なのだろうか。
その側のオレが切り裂いた辺りの先の地面には、先ほどまで水晶玉の中にあった複雑な文様の入った漆黒のキューブが、崩れた天井から降り注ぐ日光に照らされて鈍い輝きを放っている。
それを見た瞬間、全員が武器を構え警戒する。
しかし魔女に全く動きがないため、さらに全員がジリジリと近寄る。
「魔女の魔力は、たぶん普通の死霊より小さいわね。流れも穏やかみたい」
その言葉と共にハルカさんが剣を柄に入れたまま入れて、キューブをゴルフのような感じで突き上げて魔女の手元から離す。
そして窪みの外に出すと、自分の足下で押さえつける。なかなかに器用だ。
それでも油断できないので、オレは地面に剣を突き刺す構えを取る。
アクセルさんもボクっ娘も、オレと同じようにそれぞれの武器を同じように構える。
そして全員の視線が交錯した次の瞬間、倒れた魔女から小さなうめき声が聞こえた。
その瞬間オレ達に緊張が走ったが、魔女らしくない無意識かつ無防備で、加えて何だか少し艶っぽい感じだ。
そう思ったのはオレだけではないらしく、全員が困惑した表情を浮かべつつ魔女を凝視する。
「シズさん、かもしれない」
「心がひとつに戻ったのかな?」
「けど、魔女と考えないと。シズさんはもういない筈だろう」
「『魔女フレイア』とシズは同じ姿なのよね」
「さっきのシズさんは、あっちで見たシズさんだった」
「けど、魔女の本体というか原因はここよ」
ハルカさんが自らが踏みつけた靴もとに視線を落とす。
そうすると、全員の疑問に答えるためのように、魔女もしくはシズさんが静かに目を見開く。瞳に狂気はなく、静かな雰囲気を湛えている。気配全体も静かなものだ。
当然だけど、体から変な魔力が漏れ出したりもしていない。
「……私はどうなった? ショウ、レナ、ハルカ、アクセル」
順番に全員を見て行く様はぼんやりとしていて、意識はシズさんに思える。
「そうか、まだ私にトドメをさせていなかったんだな。さあ、早くしてくれ。痛みがないとはいえ、そんな状態をされ続けては、あまり気持ちのいいものではない」
「あの、シズさん、なんですよね?」
「当たり前だろう。他に誰がいる」
「じゃあ、『魔女フレイア』の亡霊じゃないんですよね」
「しつこいぞ」
徐々に意識がはっきりしてきているのか、口調がいつもの調子に戻ってきている。
ハルカさんがゆっくり動きながら、踏みつけていた漆黒のキューブを左手に取って胸元辺りまで掲げる。
「じゃあ、コレが何か分かる?」
そこで一瞬、シズさんもしくは魔女が大きく目を見開いた。
オレ達は、改めて武器を構え直す。何かあれば、全員が一斉に攻撃するべく緊張が走る。
しかし動きはなく、少しの間をおいてシズさんが、いや魔女が笑い始めた。四人に囲まれながら、魔女の笑いが最初は小さく、そしてどんどん大きくなる。
こっちの緊張も再び極大だ。
全員冷や汗を浮かべ、魔女と他の三人に視線を交互させる。
「そうか、ついにやったか。さすが私が見込んだだけの事はある。こんなに開放感を感じたのは、どれ程ぶりだろう。ありがとう。本当にありがとう!」
最初は何となく魔女らしい迫力のある笑いだったが、今や明るい雰囲気で豪快に笑っている。
その姿も、全身で喜んでいるようにしか見えない。
その笑いがようやく終わろうかと言う頃、今度は漆黒のキューブが淡く輝き始めた。
「ハッ」としたハルカさんが、とりあえず一度魔女から離れるべく駆け出そうとする。
しかし、数歩出たところで彼女の走りは歩きに代わり、すぐにも止まってしまった。
「何してる。そいつとシズさんを引き離さないと。ハルカさんの判断は正しいよ」
「いや、けど、変な事言ってるの、コレ」
困惑顔をしたハルカさんが、そう言いながらオレにも聞こえるように少し高い位置に持ってくる。
《不正な命令の解除を確認。修復作業開始。不正な命令の解除を確認。修復作業開始。不正な……》
場違いな感じの平坦な発音の男性の声で、同じ言葉繰り返している。
「なんか言ってる事が機械っぽいな」
「そんなワケないわよ。私たちの世界のものは持ち込める筈ないもの」
他の二人もそれぞれオレと似たようなことを言った次の瞬間に、怪訝な顔を浮かべてしまう。
それほどキューブからの声は場違いだった。
「どうした。もう私から逃げないのか?」
すぐ後ろからした声に全員ぎょっとして、一斉に飛び退いて武器を構える。
そこには何か面白がるような顔を浮かべた、エキゾチック美人風なシズさん、もとい『魔女フレイア』が立っていた。
すでに窪みからも出てきている。いや、幽霊状態だから、浮いているだけかもしれない。
けど、オレ達を笑顔で見ていた顔が、徐々に事態の深刻さを感じたのか焦ったような表情へと変化していく。
そしてオレ達をなるべく警戒させないかのように両手を全て見えるように広げ、ゆっくりと頭の横あたりまで上げていく。
「待て、少し待つんだ。頼むから、落ち着いて話しを聞いてくれ。からかったのは済まなかった。だが、私はもう『魔女フレイア』の亡霊では断じてないんだ。私と私の家族、全ての神々にかけて誓う。本当だ。
だいいち、魔女の大本はハルカの手の中じゃないか。理不尽だぞ。どうやって、私は魔女をすればいいんだ。こっちが説明して欲しいぐらいだ、まったく」
最後はプンプンと怒っている。幽霊状態のままだけど、あまりにも人間くさい仕草だ。
オレ達はようやく事態を飲み込もうとしたのだけど、キューブから淡い光が漏れてビクリとさせられる。
しかもキューブの言っていることも変化した。
《正常な状態への復帰を終えました。なお、周辺に無視できない不適合を二体確認しました。『客人』は修復を希望しますか? この場の『客人』には選択の権利が与えられます》
さっきとは違う同じ事を繰り返している。
「な、何なんだそれは? スマホやパソコンじゃあるまいし」
両手を上げたままのシズさんの言葉だった。眉も八の時を描いて困惑している。
オレはシズさんの方を見るが、信用していいのか判断がつかない。
「しつこいなショウも。こんな姿だが、私はシズだ。むしろ、今だこの世界から消えることも出来ない中途半端なこの姿を見て、慰めの言葉の一つも欲しいところだぞ」
「いや、スンマセン。けど、オレ達めちゃ苦労したんですよ」
オレの言葉を聞いて、シズさんがゆっくりと手を下ろして居住まいを少し正す。衣装は幻術の魔法なのだろうに、器用なものだ。
「その件は、さっきから何度も礼を言っているだろう。物理的な礼については、あっちに戻ってから考えさせてもらうから、今は勘弁してくれ。
それと、ショウに斬られたと感じてからさっき目覚めるまで、私は意識がなかった。あっちで目覚めもしなかった。これは間違いない。その間に私が何かをしたとしても、無意識上でしかないんだ」
「けど、どうして消えたはずが魔女に吸収? されたんでしょうね」
「分からない。そのキューブの原理や能力が分かればあるいはとは思うが、それすら今のところは未知数ときているからな。
まあ、強すぎる力はロクな事がないという事だけは、私以上に知る者は少ないだろう。たぶんその報いだよ。この姿を含めてな」
その言葉を前に、全員がなんとも言えない雰囲気になる。
そして何かしらの答えをくれそうなのが、ハルカさんの手の中にあった。
自然、全員の視線がキューブへと注がれていく。
「じゃあ結局、この同じ言葉を繰り返す故障した機械みたいな得体の知れないキューブに聞くしかないのか?」
「どうにもボクの理解の外の事のようだから、この件は詳しい皆さんに任せて、念のため奥の探索をしてきましょう」
「お、お願いします」
ガシャリと鎧の音を立て、オレ達の世界の一部言葉などに対して困惑げな表情のまま一度首を竦めたアクセルさんが、それとなく事情を察して席を外す。





