104「魔女(2)」
さらに数瞬後、開けた視界があった。
オレの視線の一番前には、名もない愛剣の両手直剣の刀身が大きな円弧を描いて振り下ろされていた。
本能的もしくは体が勝手に振り下ろしたのだ。
オレのすぐ前には、盾をつけたハルカさんの左腕が伸びていた。
左から飛び込んできて左腕をかざしているので、次の瞬間オレに抱きつくような格好で激突し、そのまま数メートル二人で団子状態になって転がっていく。
けど、ぶつかる一瞬前、ハルカさんの顔には別の驚きが強く現れていた。
ドンガラガッシャン。
漫画的にはそんな擬音が聞こえそうな状態が収まると、オレとハルカさんは一瞬顔を見合わせ、すぐに正気に戻ると体勢を整え魔女に向かう。
眼前では、魔女とアクセルさんが激しく戦っている。
大きなナイフを手にしたボクっ娘も、身軽さを見せつつ近接戦を挑むところだ。
シズさんの予測通り、相手との間合いが近すぎると魔女も大きな魔法は無理のようだ。
オレの場合は、既に準備が済んでいた上に、まだ距離が有りすぎたのだ。
しかも相手が、神速の剣筋なアクセルさんなら尚更だ。
二人してボクっ娘とアクセルさんに助太刀に飛び出しつつ、ハルカさんが叫んだ。
「ショウ、今の何!」
「何って!」
「魔法の炎が半分に割けて一瞬で消えたわ! ちゃんと奥の手があるなら、教えててよ!」
「オレにだってさっぱりだ!」
そこで二人して魔女に斬りかかるが、魔女の防護壁は何重にも施され重厚だ。
しかも防御を突破しても、ボクっ娘の魔法のナイフも、アクセルさんの剣も、ハルカさんの剣もほとんど効果がない。
状況としては、『帝国』軍の兵士達と変わらない。
けど、一歩遅れのオレの力任せの両手直剣だけが、先ほどの『帝国』魔法使いの時と同様に、強固であろう魔力と魔法の防護壁を、それこそシャボン玉のように次々に切り裂く。
いっその事「パリン」や「パンっ」と効果音がした方が相応しいほどだ。
そして防護壁は次の瞬間にそのものが霧散し、そのまま剣はスゴイ勢いのまま魔女へと振り下ろされるが、狙いが甘かったので魔女の体を少し斬るにとどまる。
しかし他の3人の攻撃よりも、明らかに大きな影響、生身で言うなら傷を負わせているようだった。
オレの一撃の直後、眼前の情景に驚きつつも降り注がれた3人の次なる斬撃が、防護の消えた魔女の身体へと次々に吸い込まれていく。
けど、それぞれわずかな魔力同士のぶつかりがあっただけで、あまり手応えはなかった。
ハルカさんの剣は神官らしく亡者用の魔法が封じられているが、状況はあまり変わらない。
それでも僅かに手応えがあるのは、魔法の武器だからだろう。
そして目の前の魔女は、明らかにオレに対して動揺していた。
そしてオレがもう一撃を叩き込むよりも早く魔女の姿が揺らぎ、ぼやけ、そして消えた。
あとには不活性化した濃い魔力のもやのようなものだけが残り、それもすぐに拡散していった。
「どうなってるの!」
「チッ、そいつはフェイクだ!」
ハルカさんの声に応えるように、シズさんが姿隠しの幻術を解いて魔女のいた後ろの辺りから姿を現した。
「シズさん、どういう事? 転移魔法とかですか?」
「この世界に、そんな便利な魔法はない。今のヤツは、本体の魔導器を持っていなかった。足下にでも隠しているのかと思ってこっそり近づいたが、そうでもない」
そこで少し指向を巡らせ、再び口を開く。
「さっきのヤツは、影か分身、もしくは魔力を放出する蛇口のようなものだろう。その蛇口が、そこに転がっているやつだ。ヤツの本体は、この近くのもっと安全な場所にコソコソと隠れているんだ。
存外知恵が回るじゃないか、我が憎むべき分身も」
魔女の分身だった少し大きめの魔石を指差したシズさんは心底残念そうだけど、次の瞬間オレの方を見てニヤリと雄々しく微笑みかける。
「だが、安心しろ。ショウのさっきの技で、どうやら根本的な解決策が分かった。どうして、その技の事を早く言ってくれなかったんだ。言ってくれればこんな苦労しなくても済んだものを」
「すいません。というか、シズさんが何を言ってるのかオレにはさっぱり」
「……気付いてないのか?」
シズさんの呆れ声に、オレの隣のハルカさんが軽く肩をすくめる。
「まあ、今まで力のある魔法使いや魔物と斬りあった経験がほとんどなかったから、それで分からなかったんだと思うわ。私も初めて見たし」
「なるほどー、その剣隠しアイテムっぽいよね」
「そうか。ショウは、『ビギナー』だったな」
「ボクもあそこまで完全な魔力消去は初めて見た。スゴイね」
「はあ?」
かなり間抜けであろうオレの顔を見つつ、みんなは納得顔だ。
どうもみんなの言葉を聞いていると、オレ様に何やら厨二病チックな超絶スキルかチート技が隠されていたようだ。
(いやいや、まだ油断してはいけない。どこかに落とし穴があるに決まってる)
「いいか、ショウ。『ダブル』には、何らかの力か潜在力がある。魔力の恩恵はもちろんで魔法や剣術が一般的だが、稀に変わった能力や素質を持っている者がいる。何かしらの存在に力に与えられたのかも知れないが、今は原因はどうでもいい。
そしてショウ、君はその希なる存在、あえて言うなら勇者様候補生というわけだ。こういう場でなければ拍手でおめでとう、と言うところだろうな」
オレの懸念をよそに、シズさんが一気に解説してくれた。
他のみんなも、それを肯定しているようだ。
「やったね。ショウは『ユニーク』だったんだ」
「はあ、希なる能力ってのが、魔力消去の力ってやつですか。嬉しいんですけど、……どうやって使うのか、さっぱり分からないんですが」
「たぶん、意志を込めて剣を振るうんじゃないかしら。それとも、その剣も魔法金属だから、その剣に何か封じられているのかも?」
「いや、それはないな。剣に封じられた力が、ここまで大きいという話しは聞いたことがない。せいぜい触媒代わりか増幅器くらいだろう。そんな伝説の勇者が持つような剣が今までに存在していれば、『帝国』が血眼になって探しているだろう。
そして今、ショウの力はうってつけの能力なんだ」
「確かに。ねえ、何か体に変化とか感じなかった?」
ハルカさんの言葉で少し自身の体に注意を向けてみると、少し変化が感じられた。
「魔力が少し減ってるかも」
「魔法を使うみたいに?」
「魔法は分からないけど、ドレインされた時と少し似てる気がする」
「……なるほどな」
そこでシズさんが、少し納得したようだ。そしてオレを見たあと全員にも視線を向ける。
「恐らく魔力相殺だ。第四列に似たような魔法がある」
シズさんの確信を込めた言葉に、ハルカさんも納得した表情を浮かべる。
「消去じゃないのね」
「消去の魔法もあるが、用途が少し違うな」
「けど、ちょっと納得。使い道があったから、最初からショウの魔力は多かったのね」
ハルカさんが、多いに納得している。
それにさっきから相当安心している感じもする。
「てことは、ユニークじゃないんだね」
「いや、魔法の詠唱抜きだから特殊技能の一種、ユニークだろう」
「なるほどね。でも魔力相殺でいいなら、ボクの矢にも似たようなものあるよ。1本しかないんだけど」
ボクっ娘が、背中の矢筒からいかにも特殊な矢を取り出して見せる。
「それは朗報。魔女が慌てて逃げたって事は、ショウの技共々打ってつけというわけね」
「確かに魔女を倒すのには打ってつけだろうけど、消えた本体を探すとなると厄介だね」
「わざわざ探す必要はない。恐らく、ショウを恐れる魔女は、次は全力でショウを倒しに来る。何しろ、自分を消してしまうような能力を持っているんだからな。
そして私の心の半分を持っているなら、逃げるよりも倒す方を選ぶ筈だ」
「それはそれで、洒落にならないなあ」
顔面蒼白であろうオレの顔に、シズさんがさらに笑みを向ける。どこか凄惨さのある笑みだ。
「大丈夫だ。もう戦いは多分ないよ。魔女の半身である私をこの世界から消し去れば、魔女も事実上の依代を無くして消える筈だ。所詮はただの道具だ」
「私って言っても魔導器と一緒だから、同じでは?」
「ショウ、私の今までの説明を聞いてなかったのか。私の半分か恐らくはそれ以上が、ここにあるんだ。
私を消せば、恐らくヤツも消える」
右手で自身の胸元を示すシズさんは、決然とした表情を浮かべている。
「……そんな事」
「するんだ。これしかない。ヤツの力を見ただろう。次こそ死人が出るかもしれないんだぞ」
「けどシズさん、それでも魔女が残る可能性はあるんじゃあ」
「去りゆく私が言うと無責任だが、その時はその時だ。今は一つでも可能性は追求するべきだ。
それにだショウ、君のその力があれば、私を消してダメだったとしても、苦労はするだろうが倒せると私は考えている。そしてその時は頼む。3人も補佐してあげてほしい」
シズさんの瞳から視線を逸らすことができない。
そしてシズさんは、静かに一度うなずくと背を向けて斬られやすい姿勢をとろうとする。
「さあ、早く。でないと、すぐにもヤツの本体が来てしまうかもしれない」
「けど、見知った人を斬るなんて」
「こんな時まで、お約束のセリフで茶化さないでくれ。3人とはこれでお別れだが、ショウとはまた向こうで会えるよ」
その言葉が終わると、周囲は沈黙に包まれた。
そしてシズさんは全員をそれぞれ見たあと、後ろを向いて膝をつく形で中腰になり何かに祈るような姿勢になる。
この時ばかりは、シズさんが『ダブル』であることを何かに感謝した。
両隣では、ハルカさんとボクっ娘がオレの決意を促すように静かにうなずく。アクセルさんは、去りゆく者に自らが最も信奉する神に祈りを捧げている。
これは逃げるわけにはいかなさそうだ。
だから一度、ゆっくり深呼吸して心を整えた。
「……じゃあ、いきます」
そして静謐となった広間で、オレは力を込めて愛剣を振り下ろした。
振りきったあと、キラキラとした魂の煌めきのようなものが最後の名残となった。





