103「魔女(1)」
「何をしに来た、盗人ども。何を欲してここまで来た。財宝か、民か、王の首か、それともこの国の全てか?! 私は二度と奪わせはしないぞ!」
オレたちの目の前に、シズさんによく似た半透明の女性が仁王立ちしていた。
確かに姿はシズさんによく似ていたが、内面が顔に現れるという言葉通り、まさに悪の魔女のようだ。
それとも、美人だけに夜叉のような顔だ。
とてもシズさんと同じ姿とは思えなかった。
着ているものは魔法使いの戦装束といった出で立ちだけど、これも半透明で全てが見せかけだった。特に何か、実体のあるものは持っていないようだ。
ただ、半透明具合はシズさんの本体よりも濃く、注意深く見ないと半透明とは気づかないレベルだった。
こっちの方が、魔女の本体だからだろう。
さらにその周りには、既に魔法陣が3つばかり浮かんでいる。
魔力や気配などを察知して待ち構えていたらしく、魔法の準備もすでにオーケーと言うことだ。
その少し前、幽霊のような姿のシズさんの案内で、玉座の下から地下の遺跡へと短時間で降りたオレ達は、何の抵抗もなく城の下にある巨大な空間に出た。
あまりに何の反応もないので、逆に警戒してしまうほどだった。
一方で地下に大きな魔力が存在しているのは、地下に入り始めてすぐにも分った。
どこかにいるというのではなく、広い空間そのものが魔力で満ちているので誰にでも分るほどだった。
ボクっ娘の「うへーっ。魔力酔いしそう」と言うのが、その魔力の濃さを物語っていた。
オレはあんまり気にならなかったけど、ハルカさんも平気そうにしていたので、彼女との旅の間に慣らされていた影響かもしれない。
魔女のいる部屋は、地上にある大広間と似た縦長の大きな空間だけど、ちょうど前後逆の作りになっているので、地上の玉座から降りてきたのに地下の広間では入り口側から入ることになる。
天井の高さが十メートル以上ある地下広間とでも言うべき広い空間の天井部分は、基本的にはさっき居た玉座のあった大広間の床に当たるらしい。
少し崩れた天井の隙間からは、僅かだけど地上の光が漏れているのも見える。遺跡の調査と戦争の荒廃で加工した上階の床と天井がそれぞれむき出しになった為のようだ。
分っていれば、地上から地下の様子を覗けていたかもしれない。
そしてその空間は、負の感情と巨大な魔力そのもので押しつぶされそうな気配に満ちていた。
今までも城全体、さらにはその周囲に、恐らく負の感情を受けた魔力が作り出した重みのようなものはあったが、この空間の空気は他の比ではなかった。
なお、この空間に入るまでに、一応の対策は立てていた。
解決方法は主に3つ。
一番楽な案は、オレたちが魔女を牽制している間に、隠れて近づいたシズさんが魔導器を魔女から奪って、魔女の本体となっている半透明の体と切り離すというもの。
基本、これを目指すことになっている。
元は同じ魂なり人格なら気付かれるのではという懸念には、こっちが気配なりを感じ取れないのなら、向こうも同じだろうとの事だった。
また、シズさんが奪った魔導器に乗っ取られる可能性は、扱い方が分かってきたので大丈夫との言葉を信じるしかない。
2つ目は、オレたちが全力で攻撃して、相手の気を逸らすか力を消耗させてた段階で、隠れて近づいたシズさんがもう一度ヤツの本体に組み付き、精神的に抑さえて意識の支配権のようなものを奪うというもの。
どちらもあまり作戦とは言えないが、もう一つの方法よりはマシだろうシズさんは踏んでいた。
そして残りもう一つというのが、魔導器が形成する強力な魔力の力場を正面から破壊し、恐らく直接その魔導器を砕いてしまうというものだからだ。
これは『帝国』軍がさっきしていたのと大差なく、恐らく無理ゲーだと行う前から分かるものでもある。
そして『魔女フレイア』の本体は、説得どころか会話がすらまともに成立する相手ではなさそうだった。
しかし、少しでも近づくため、時間稼ぎの会話を試みる。
加えて、幻覚の魔法で姿を消したもとのシズさんが、相手に近づくためも気を引かなくてもならない。
半透明でも幻術が必要というのも、なかなかに皮肉が効いている。
「違う、シズさんに頼まれて『魔女フレイア』に会いに来た」
「ホラ、盗人だ。私の命を奪いにきたんだ」
「だから違う。話しを聞いてくれ!」
「いや、違わない。私からすべてを奪う気だろう。そうはさせないぞ、薄汚い侵略者どもめ!」
言葉と共にものすごい魔力の波動が、突風のように叩きつけられる。油断していたら、足を取られて転倒してしまいそうなほどだ。
けど、それでもジリジリと足を進める。
「現実で、神社で話した事を覚えてないのか」
「そんな場所は知らない!」
「じゃあ、オレの名前は!」
「オマエなど知らぬ。だが、礼儀として殺す前に名くらいは聞いてやろう。申してみよ。だが、死に行くが故の恩赦、侵略者には過ぎた礼であることに感謝しろ」
「ああ、ありがとよ! オレの名前は、月待翔太。ショウだ!」
「……聞き覚えのある名だ。オマエは誰だ」
『魔女フレイア』の影が、僅かに揺らいだ気がした。顔も多少は思考する表情になっている。
とりあえず会話を続けるため適当に叫んでいたのだけど、オレの名前は多少なりとも効果があったらしい。
何か気の利いた事を話すべきだけど、考える余裕はなかった。
会話が途切れたら、すぐにも魔法が束になって飛んできそうな雰囲気だ。
「だから、ショウだって! 本当に忘れてしまったのかシズさん!」
「我は『魔女フレイア』。シズなどという軟弱者では断じてない」
「ウソをつくな。このインチキ・マジックアイテム野郎! このままじゃ、すぐにも神々に消されちまうぞ!」
悲しいボキャブラリーと知識から出たデタラメな言葉だったが、意外に効いているようだった。
シズさんの心の半分を持っているせいか、道具の筈なのに動揺しているようにすら見える。
これがお話なら、突然苦しんだりするのだろうが、そこまでの期待はしていない。
それに、まずは十分な時間を稼いだ。
オレの両隣では、それぞれ少し距離を開けて左にハルカさん、右にアクセルさんが陣取り、すぐに飛びかかれるだけの距離まで詰めていた。
ボクっ娘も、普段は弓を使うが多数が接近戦を挑むと射るのが難しくなるので、太い刀身の大降りなナイフを2振り持ってハルカさんのさらに左側に陣取って、気配を消しつつ進んでいる。
それにこれだけ近寄れば、自身への被害を気にして普通なら大きな破壊力を行使できない筈だ。
4人それぞれ視線を交わしあい、戦闘突入の間合いを図る。
けど、こちらが戦闘態勢を整えようとした一瞬の間がまずかった。
魔女の方は、お約束なセリフも無し。絶叫も暴走もなし。まあ、最初から暴走しているんだけど。
とにかく、問答無用に大きな光か炎の塊が、正面にいたオレに向かってきた。距離は十メートルもない。
魔女には、お話などでのお約束の決めごとは通じなかったようだ。
『あっ、オレ死んだかな』とか冷静な一部で思いつつも、一瞬の間に思考が走馬燈していた。周りの様子もよく見えた。
こういう時に周りの様子がよく見えるのは『ダブル』特有の現象で、魔力の巡りが一瞬早くなって思考速度が大幅に向上しているせいなのだそうだ。
それはともかく、左右ではみんなが動いていた。
アクセルさんは、少しでも牽制するべく魔女に突撃していた。
手にしているのは剣だけど槍で突くような突進なので、ここからの間合いが一番効果的だろう。魔力の帯をきらめかせつつ突進していく姿が一瞬見えた。
左にいたハルカさんは、オレの方に文字通り飛んできた。
全身白銀色の防御力全開モードだ。
お約束なら、危ないとかオレの名前でも叫んでくれるのだろうが、歯を食いしばった必死の形相だけがチラリと見えた。
ボクっ娘は魔女の狙いを反らそうと、とっさに持っていたナイフを投げている。
(そうだよな、人間咄嗟の場合、簡単に叫んだりできないよな)
そう思うもオレ様の口は、けっこうノリノリだ。まあ、ヤケともいう。
「来るな、ハルカさん!」
ツーフレーズだけど、ちゃんとお約束なセリフも言えた。
ハルカさんと分かれるのは本気で残念だけど、まあ普通死ぬ。諦めるしかない。
そして最初の一瞬は、現実のオレが死ぬわけじゃないという甘えがあった。多分、多くの『ダブル』の死因が高い理由の一つが、この甘えと諦めだ。
『夢』の初日のオレも同じだった。
けどオレの口は今何と言った。そう「来るな、ハルカさん!」と。
ハルカさんはこの後どうなるんだ。
短時間で作戦がうまくいけばいいが、このまま戦闘が続けばオレの二の舞だ。
あの防御力なら少しは耐えられるだろうが、長時間無理なのは前回の『帝国』兵の戦闘でも立証済みだ。
そう、魔力が尽きてしまうと、防御力は途端に低下してしまう。
それにボクっ娘だって、こっちだけの人格だと言っていた。
つまりこちらで死んでしまえば、天沢玲奈は影響ないが『ダブル』のレナは消えてなくなると考える方が普通だろう。
こっちの人のアクセルさんは、言うまでもない。
そう、オレは分かってなかったが、オレの身体もしくは本当の心はちゃんと理解していたのだ。
それにハルカさんは、オレに全て打ち明けたじゃないか。彼女にとってはもうここが全てで、オレのように逃げ場はもうないんだ。
そう二瞬目か三瞬目で思い至ったオレは、あとは無我夢中だったと思う。
もしかしたら、物語の中の勇者のように雄々しく叫んでいたかもしれない。





