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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第一部 フラテルニア魔法学院編

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第七章 激突! オースヴァール -6-

 翌日。

 よく晴れた空の下で、ぼくとマリーは選抜戦(セレクション)の二回戦の第一試合の開始を待っていた。


 マリーは緊張気味で、しきりに唇を舐めている。

 何度か模擬戦はしたことはあるが、あんなに緊張しているのは珍しい。

 久しぶりにやるせいか?


 負けるつもりは全くないが、マリーの偽装(カムフラージュ)蜃気楼(ミラージュ)の連携呪文は些か厄介だ。

 あれが決まると、奇襲で致命傷を食らいかねない。


 仕方ないから、今日は基礎魔法(ベーシック)の可能性ってやつを出すとするか。


 ストリンドベリ先生の分厚い筋肉が、ぼくとマリーの傍らにそびえ立つ。

 掲げられた右手が、太い声とともに振り下ろされた。


始め(アンファンクト)!」


 刹那、ぼくは圧縮してあった魔力を目に集中する。

 強化された魔力感知(ディテクション)は、ただの感知ではなく次の段階へと進む。

 ぼくには、マリーの魔力の流れがはっきりと捉えられた。


 マリーの姿が光の反射を変えることで周囲の景色に溶け込んでいく。

 同時に、今までいたところにマリーの映像が現れる。

 この連携がマリーの魔力隠蔽(コンシールメント)の技術と合わさると、高等科のベルナール先輩すら欺く必殺技と成りうるのだ。

 だが、それもマリーの動きがわからなければ、の話だ。


 マリーの魔力隠蔽(コンシールメント)の技術は高い。

 それは偽装(カムフラージュ)を得意としていることもあるだろう。

 魔法親和性が高い、というやつだ。

 だが、ぼくが新たに使った看破眼(シャープアイ)は、隠蔽を見通す力を持つ。

 使ってみてわかったが、偽装(カムフラージュ)も見破れた。


 左からマリーが踏み込んでくる。


 ぼくは立地歩法(イミーディエイト)でマリーを引き込む。

 彼女からは、ぼくが半歩下がったように見えたはずだ。

 だが、ぼくの体は残っている。


 誘われたようにマリーがもう半歩踏み込んできた。

 身を沈めると彼女の腕を取り、体を腰に乗せて地面に背中から落とす。

 マリーは堪らず、呼吸ができず顔をしかめる。

 そこに突き付けられる楢の木(ロブル)の棍。

 ストリンドベリ先生の試合終了の声が蒼穹に吸い込まれた。


「こ……こほっ、ジリオーラさんの言っていたことがわかったわ、アラナン」


 身を起こしながら、マリーはぼくを睨み付けた。


「その全力を出していないよって顔が気に入らない。いつか、わたしも貴方の顔をひきつらせてやるんだから!」

「待っているよ」


 ぼくの顔は正直なのか。

 どうもジリオーラ先輩にもマリーにも簡単に読まれてしまうらしい。

 流石のクリングヴァル先生も、こればっかりは鍛えてくれなかったよ!


「アラナン、お前視えていたのだな」


 場外に出ようとするぼくと、開始位置に行こうとするハーフェズとがすれ違う。

 (ささや)くように呟くハーフェズに、ぼくは顔色を変えず答えた。


魔力感知(ディテクション)では差を付けられていたけれどね。もう、ぼくから簡単に優位を奪えるとは思わないことだね」

「流石はスヴェン・クリングヴァルだよ。よくお前を此処まで鍛え上げた。竜騎士(ドラへリッター)の末裔なだけのことはある」


 えっ。クリングヴァル先生が、皇帝の二人の守護者と言われた竜騎士(ドラへリッター)の末裔?

 確かに、いま皇帝の側にいるのは黒騎士(シュヴァルツリッター)だけで、竜騎士(ドラへリッター)はいない気がする。

 竜騎士(ドラへリッター)は、継承者がいなくなったんだと思っていたけれど、クリングヴァル先生なら、強さは十分な気はするけれどなあ。


「待っていろ。すぐに済むから」


 ハーフェズの傲岸な口調に、ぼくは疑いを持たなかった。

 彼の二回戦も高等科の先輩が相手だったが、ティナリウェン先輩すら破ったハーフェズの相手にはならない。


 ハーフェズの背後に浮かんだ三つの魔法陣(マジックスクエア)から、(ドラゴン)の首が生える。

 その(ドラゴン)が大きく紅い口を開くと、一斉に火炎の吐息を吐き出した。


竜炎の三角形モサラセ・アータシュ・エ・シャーマール!」


 大火力にもほどがある。

 逃げ場のない高等科の先輩は、三方向からの集中砲火を浴び、一瞬で致死量超過判定を食らっていた。

 あれはひどい。

 ベルナール先輩の火の鳥(ロウゾー・ドゥ・フー)が可愛く見える火力だぞ。


「アラナン、あれでハーフェズは手を抜いているからな。気を付けろよ」


 いつの間にか、隣にカレルがやって来ている。

 ぼくからの賭けを拒否したせいか、カレルは少し顔色がよくなっていた。


「あいつの真の火炎呪は、十個の魔法陣(マギシェ・カドラット)による竜炎の真円トゥーペ・アータシュ・エ・シャーマールだ。あの訓練場には一切の逃げ場がない。やつにあれを出させたら、その時点で負けだぜ」


 ぞっとしない話だな。

 前からハーフェズの飽和攻撃には苦戦させられたけれどさ。

 もう苦戦とかそういう段階じゃないじゃないか。


「どうだ、わたしへの対策は立てられそうか?」


 薄く笑みを浮かべながら、ハーフェズが戻ってくる。

 こいつもやはり、オニール学長が認めただけのことはあるよ。

 強さの桁が、他の人間と明らかに違う。

 クリングヴァル先生から、基礎魔法(ベーシック)の上級呪文を叩き込まれたこのぼくが、背筋に冷たいものを感じるくらいに。


「あんな火力じゃ、ぼくに汗ひとつかかせられないさ」


 強がりを言うと、ハーフェズは愉しげに笑った。

 中等科で敵なしの生活を送っていたせいか、退屈だったのだろうか。


 続けて開始された二回戦の第三試合は、語るほどのこともなかった。

 エリオット卿(サー・エリオット)が、トリアー先輩を開始一秒経たずに沈めて終わり。

 アルフレート戦をなぞるような試合である。


 今度は初めから看破眼(シャープアイ)を全開にしていた。

 とにかく、エリオット卿(サー・エリオット)の謎を解き明かさないと、戦いにもならない。


 可能性として幾つか考えていたうちのひとつが、シピの影渡り(シャドウムービング)のような空間移動だ。

 だが、看破眼(シャープアイ)で見ていても空間の揺らぎはない。

 移動そのものは、恐ろしい速さではあるが、通常の移動だ。

 だが、加速(アクセレレイション)が発動する直前、エリオット卿(サー・エリオット)の脳が何処か別な場所と繋がっているような、そんな違和感を抱く。

 あの圧倒的な魔力の根源は、むしろそっちにあるのではないだろうか。


「謎の魔力に加速(アクセレレイション)か。空間移動ではないだけましだが、あの速度は身体強化(ブースト)で対応できる範囲じゃないよなあ」

「なに、アラナンは(サー)の心配をする必要はない。先にわたしと当たるのだから」


 一人言を呟いたのに、ハーフェズから余計な突っ込みが入る。

 ええ、お前の魔力に物を言わせた大呪文の同時攻撃も厄介なんてもんじゃないですよ。

 初等科の頃の魔法の矢(マジックアロー)なら、今なら全部食らってもかすり傷も負わないのにな。


「ま、期待していてくれよ、ハーフェズ。ぼくの一年間の成果を、次の試合で見せてやるよ」


 ハーフェズとの試合では、全力を出さざるを得ない。

 それはもう、わかりきっていることなのだ。

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