第三十六章 タル・イ・マルヤーンの迷宮 -3-
日頃「ルーの翼」を御愛読頂き、誠に有難うございます。 ページ下部から、ブックマーク、評価など頂ければ作者の励みになりますので、できましたらお願い致します。 (要ログインです)
魔犬を倒し、先に進む。
坂は、緩やかに下っている。
ほの暗い坂道だが、不思議な光源がところどころにあるようだ。
青白い光が揺らめきながら立っているのは、頼もしさより不気味さを感じる。
ところどころにある分岐では、神の眼で先を見て正しい道を選択していく。
「なにかいるわ」
暫く降りると、また踊り場のように平坦な広場にたどり着いた。
踊り場の奥には大きな門があり、その門を塞ぐように、銀色に輝く肌を持つ金属人形のような童子が立っている。
「あれが雷神なん?」
「そうらしいな」
ぼくらを認めると、閉じていた童子の目がゆっくりと開く。
金色の光輝を放つその空洞に、瞳はなかった。
「おれはの名はキール。八色の雷が一」
甲高い声が、耳に響く。
「タル・イ・マルヤーンに侵入せし者は、おれが相手をしよう。おれを倒さねば、先には進めぬと知れ」
童子の腕が、背中から新たに生えてくる。
二本……いや四本増え、合計六本となった。
その手には、それぞれ異なる武器があった。
剣、輪、槍、索、棒、盾である。
全ての武器が、雷の属性を帯びているのがわかる。
下手に撃ち合うと、感電するだろう。
「来るぞ!」
二本の腕が振られ、右手から宝輪が、左手から羂索が飛んでくる。
流星のような速度に、ジリオーラ先輩とマリーは咄嗟に避け損ねた。
マリーは細身の剣を飛ばされ、ジリオーラ先輩は羂索の糸に絡め取られる。
「させるか!」
フラガラッハを抜くと、伸びている羂索の糸を両断する。
だが、短時間でも糸に縛られていたジリオーラ先輩は、電流を浴びて昏倒した。
「回復するわ!」
マリーが聖杯を出すと、そこにキールが槍を振り上げて突進してくる。
だが、その前に、マリーを守るようにぼくが滑り込んだ。
「アセナの拳士に接近してくるとは、いい度胸だ」
矢継ぎ早に振り下ろされた槍を、剣を、棒を、フラガラッハで弾く。
弾きながら踏み込むと、背中から人形の胸に体当たりした。
砕山虎。
拳での破壊力は門の破壊者が一番だが、拳に限らなければ最強の一撃はこれになる。
より接近しなければならないため、強者に仕掛けるのは難しい絶技であるが……。
この程度の人形相手なら、容易に懐に入り込める。
衝撃音とともに、金属の肌がひしゃげた。
転がりながら吹き飛ぶキール。
だが、意外と素早い動きですぐに跳ね起きる。
大きく胸部が陥没していたが、まだ動けるようだ。
「どうやら血が通った生物ではないようだな。彫像か人形のようなものか?」
打ち合っただけで、雷光が弾け飛んでいた。
だが、領域はぼくが掌握している。
その雷がぼくまで届くことはない。
「おおきに、マリー。ちょっと油断したで」
マリーに回復してもらったジリオーラ先輩が起き上がる。
「障壁を簡単に貫いてきたわね。アラナンは平気なの?」
「障壁以前に、途中で雷が消えているように見えたで」
「領域支配だよ。大丈夫、場の魔力はぼくが支配した。もう、あの雷が放出されることはない」
キールの速度も、目に見えて鈍っている。
雷の魔力を使って高速移動していたのだろう。
だが、領域を抑えられてそれが使えなくなった。
今なら、ジリオーラ先輩やマリーの攻撃も当たる。
ジリオーラ先輩が、飛び出した。
迎撃に、キールが槍を振るう。
だが、全然ジリオーラ先輩とは違う方向に繰り出している。
「は! 人形でも心理魔法が通用するようやな!」
消失か。
ジリオーラ先輩の得意魔法だ。
実際に消えているわけではなく、別な場所にいると錯覚させているだけなのだが、高速戦闘でこれを混ぜられると結構厄介である。
実際、ジリオーラ先輩の師匠であるエスカモトゥール先生は、これを巧く使って学生時代対人戦負けなしだったそうだ。
槍と突破したジリオーラ先輩が、長剣を振るう。
魔力をまとった斬撃が、キールの腕を一本斬り飛ばす。
宝輪とともに、キールの腕が宙空を舞った。
だが、キールの腕は他に五本ある。
すぐに真上から剣が、横から棒がジリオーラ先輩を狙う。
ジリオーラ先輩が、不敵に笑った。
「手数があれば勝てるっちゅうもんやないで」
ジリオーラ先輩の姿がぶれる。
剣と棒が、その姿をすり抜ける。
同時に、ジリオーラ先輩が八人に分裂し、キールの周りを取り囲んだ。
水面に映る影。
ますます洗練されてきたな。
「人間が……! 目眩ましを!」
キールが武器を振り回すが、ジリオーラ先輩の影をすり抜けるのみ。
先輩の本体はそこではない。
消失も合わせて、頭上に飛んでいるのを気づかせていない。
一閃。
首が飛び、キールの体がゆっくりと崩れ落ちる。
人形でも、首が飛べば活動は停止するようだ。
華麗に着地したジリオーラ先輩が、得意そうに胸を張った。
「どや。うちの勝ちやで!」
「ああら、助けてあげたのを忘れたのかしら」
「くっ……あれはたまたまや! 本気でやれば、あれくらい回避できたんやからな!」
マリーとジリオーラ先輩が喧嘩している間に、キールの状況を確認する。
精査したが、魔力の反応は失われていた。
やはり、斬首から復活はできないようだ。
本来の力を発揮していたらジリオーラ先輩でも苦戦していたであろうが、力の大半を封じたような状態だったからな。
魔力で動く人形のようなものだったから、領域支配の影響をもろに受けてしまったのだろう。
ならば、先に進むとするか。
キールを倒したので、門の封印が解けて先に進めるようになっている。
この中が、アンシャン市街のようだ。
中の街並みは、かなり古ぼけた廃墟といった印象である。
意外と起伏が激しく、街に入ってからも坂の上り下りをしなければならないようだ。
「古都アンシャン……。そして、その住民がこれか」
往来を徘徊しているのは、崩れかけた死霊である。
異臭もひどく、マリーとジリオーラ先輩が顔をしかめた。
いや、ファリニシュの方がもっと嫌がっているな。
見た瞬間に氷漬けにしていっている。
お陰で、こっちは暇なくらいだ。
「えげつな……なんでも凍らせよんな」
ファリニシュが通った後に、無数の氷柱が並ぶ。
その光景に、ジリオーラ先輩が慄いた。
ファリニシュが本気を出せば、学院の生徒では誰も相手にならない。
それくらいは、先輩なら感じ取れる。
「でも、あれはそう簡単には行かなさそうよ」
マリーが指差した先には、黒く巨大な死霊が立ちはだかっていた。




