第三章 黄金の鷲獅子 -7-
単純にハンスの班が人面鳥と戦端を開いただけで、ファリニシュがこんな表情をするだろうか。
いや、それくらいで動じる狼ではない。
ハンス・ギルベルトが少々ポイントを稼ごうと、ファリニシュには関係ないからだ。
だが、生徒に被害が出るような状況なら別だ。
「マリー、ハーフェズ、ちょっと急ぐぞ」
ここからなら、身体強化を使っても魔力は足りるだろう。
ハーフェズのように魔力を解放すると、速度を上げて山道を駆けた。
訝しみながらも、マリーとハーフェズも後を追ってくる。
ビアンカたちの班が何か叫んでいたが、この際無視だ。
「うわああああ」
坂を登った辺りから、悲鳴が聞こえてきた。
ざわめき、怒声、剣戟の音。
血の匂いが漂ってくる。
一気に坂を駆け上がったぼくは、そこで予想だにしない光景を見た。
「人間?」
ハンスの班が戦っていたのは、人面鳥だけではなかった。
確かに空には三十を超す人面鳥が舞っていたが、地上にいたのは武装した人間の兵士だ。
槍と盾をもち、隊列を組んで押し込んでくる。
上方から牽制され、集中力を乱したハンスの班員は、すでに一名腹を突かれて倒れていた。
「ハンス、ハンス・ギルベルト! 助けに来たぞ!」
ぼくは大声を上げて、ハンスに救援が来たことを伝えた。
大きな盾に阻まれて敵の戦列を崩せずにいたハンスが、ちらりとこちらを見る。
焦慮の色の濃かった顔色が、安堵に切り替わった。
「助かる、アラナン君! できれば、まず人面鳥を何とかしてくれ!」
倒れている生徒には、ファリニシュが駆け寄って後方に下げている。
止血くらいはできるだろうが、助かるかはわからない。
ぼくはハーフェズを見ると、彼は面白がっている表情でどうぞと右手で指し示した。
ぼくの実力拝見ってところかな。
余裕の態度を崩さないやつだ。
さて人面鳥三十羽、どうやって戦うかは決めているが、果たして巧くいくかな。
「十風刃」
魔術なら精霊の力で風を動かすだけだが、魔法だと自分の魔力で風を起こすか、または魔力を風に変換しなければならない。
まあ、魔力を使って風を起こすくらいなら、魔力そのもので攻撃した方が早いから、基本的には後者だ。
得意呪文である風刃くらいなら、ぼくも自分の魔力だけで魔術と同じ効果の魔法を使うことができる。
もっとも、同時に操れる数も減るし、使用魔力も莫迦にならないけれどね。
ぼくの周囲に現れた十本の風の刃が、それぞれ人面鳥に向けて放たれる。
空中にいた人面鳥は飛翔して避けようとしたが、ぼくの風刃はその動きに追尾して進路を変更し、的確にその喉を斬り裂く。
ちらりとハーフェズを見ると、魔力の変質については若干の驚きはしていたものの、こんなもんかと言う表情である。
ふん、ここからだよ、ハーフェズ!
普通なら喉を斬り裂いたところで消滅する風の刃をそのまま維持し、返す刀で次の十体の喉を斬る。
血飛沫が上がる中、ぼくは更に風刃を維持し残る十体の喉を真っ二つにした。
「ど、どんなもんだい」
流石に集中力も魔力も限界に近かったが、ぼくはハーフェズに強がった。
彼はいたずらっ子のような笑顔を作ると、ちっちっと指を振った。
「ちょっと時間が掛かりすぎだね。十秒くらい掛かったかな。でも、魔法の技術は大したもんだ。魔力の変質は中等科で習う技術だし、呪文の維持による連続攻撃は流石に初めて見たね」
くっ、思ったより冷静な評価有難う!
さて、上空からの人面鳥の牽制を退けたことで、ハンスたちは劣勢を盛り返したようであった。
身体強化を全開にし、兵を一人斬り伏せる。
戦列を崩したことでハンスが暴れ回る余地ができ、形勢は一気にハンスたちに傾いた。
「何をしている! 子供に押されてどうするか!」
不利な流れに、後方にいた指揮官が前線に出てきた。
指揮官は板金鎧こそ身に付けていないものの、鉄の胸甲に大きな盾を装備し、高価そうな長剣を構えていた。
「その紋章、ファドゥーツ伯か? 帝国貴族がザッセン辺境伯の長子たるこのハンス・ギルベルト・フォン・ザルツギッターに刃を向けるのか!」
ファドゥーツ伯?
ヴィッテンベルク帝国の貴族が出張ってきたことに、ぼくの警戒心が警鐘を鳴らす。
これは、マリーを狙った襲撃ではないのか。
「気を付けろ、マリー!」
鉛のような疲労感と戦いながら、マリーに警戒を呼び掛ける。
くっ、マリーへの襲撃ならば無理せず魔術で対処したものを。
「ザッセン人の若僧が意気がるな。こっちはザルツギッターなぞ目ではないお方の命で動いているのだ。そこをどけ!」
ファドゥーツ伯爵は手練れの騎士らしく、ハンスも迂闊に攻め込めないでいる。
優勢だった状況が膠着になってしまった。
歯噛みしながらマリーを守ろうと後ろに下がる寸前、ファリニシュが鋭い叫び声を上げた。
「主様、上から来なんす!」
はっとして見上げると、上空から威圧を込めた咆哮とともに高熱の空気が押し寄せて来る。
「何だ? 旋風」
咄嗟に魔術で熱波を横に逸らす。
同時に甲高い叫び声とともに、鉤爪がぼくに向かって襲い掛かってきた。
一瞬だけ足に身体強化を掛け、横っ跳びに転がった。
ぼくのいた場所に降りてきたのは、蝙蝠のような翼を生やした大きな蜥蜴である。
いや、あれは竜──飛竜だ。
「よく避けたな、アラナン・ドゥリスコル。やはり、貴様は危険だ」
飛竜の背には、黒づくめの男が乗っていた。
何処かで見覚えがあるかと思えば、同級生だ。
アールバード・イグナーツじゃないか。
何故、こいつが此処に。
いつの間に先回りしたんだ?
「アラナン君、マジャガル人はヴァイスブルク家と組んでいる。ファドゥーツ伯爵を動かしているのもヴァイスブルク家で間違いないと思うぞ!」
帝国に詳しいハンスが解説をしてくれる。
なるほど、要するにロタール公が組んだ帝国の相手ってのがエーストライヒ公のヴァイスブルク家ってわけか。
帝国最大の貴族が背後にいるなら、ファドゥーツ伯爵やマジャガル人が動いても不思議はないってわけか。
それにしても、竜騎兵とは参ったね。
魔族と言われるタルタル人の最大の戦力があの竜騎兵だ。
マジャガル人にもその血が流れているとは聞いてはいたが、まさか竜騎兵まで実戦配備しているとは思わなかった。
飛竜の背の上で、イグナーツが竜騎銃の銃口をぼくに向けた。
あれが恐ろしい武器だと言うことは、レオンさんと旅をしたぼくが一番よく知っている。
くそっ、人面鳥を片付けるのに魔力を使い過ぎた。
あれを相手にするのはちょっとしんどいぞ。
「助けが必要かい、アラナン」
涼しい顔のハーフェズが、ぼくの肩を叩いてきた。
助けは必要だとも!
気が遠くなりそうなのを無理に抑えているんだよ!




