第十九章 白光の脅威 -3-
小鬼の集団と遭遇したのは、ツークの街のすぐ南東にあるツーガーベルク山であった。
ヴィルトシュピッツ山より北上してきており、これ以上北上したら、もう人里に降りてくることになる。
此処で止めねばツークの街にも被害が出かねないので、レオンさんは即座に迎撃態勢を取らせた。
ユルゲン・コンラートをマクシミリアンにサポートさせ、イザベルをヘルマンとアリステーアにサポートさせる。
そして、レオンさんとルイーゼさんが全体の援護か。
布陣としては悪くない。
先頭を進む小鬼を、ルイーゼさんの風が斬り裂く。
三体は転がったが、小鬼は後から雲霞の如く湧き出てくる。
予想以上に数が多い。
銃声とともにまた一体転がるが、減ったようには見えないな。
波濤のように小鬼が押し寄せてくる。
一声大きく吠えたユルゲンが、その波の中に飛び込んでいった。
大剣が振り回され、小鬼の手足が宙を舞った。
岸壁に撥ね返される波のように、小鬼が蹴散らされる。
だが、押し寄せる小鬼は途切れることがなく、ユルゲンの大剣の届かぬ森の中から溢れ出てくる。
その波を食い止めようとイザベルがもうひとつ拠点を作るが、たちまち飲み込まれそうになる。
だが、頭上に振り下ろされる剣をヘルマンが弾き、突っ込んできた新手の足をアリステーアが引っ掻けた。
「数が多いぞ、シピ。ぼくたちも行かなくて大丈夫か?」
「小鬼の後ろには、円眼の巨人がいるわ。すぐに此処に──」
シピの声を掻き消すように、咆哮が山に響き渡った。
小鬼どもが恐慌をきたし、ヘルマンとマクシミリアンもひっくり返っている。
あれが、円眼の巨人ヴァイセスリヒトの叫びか。
距離はまだかなり離れているはずだが──耳が痛いほどの音量だ。
「立ち上がれ!」
ヘルマンに槌を振り下ろそうとした小鬼が、レオンさんの銃弾で額を射抜かれ、ひっくり返る。
「魔力障壁の要領で、物理的な攻撃以外も遮断しろ! 初等科で習う技術でもできる!」
そうか、精神障壁を二人はまだ修得してないのだ。
中等科のイザベルが平気なのは当然だが、アリステーアが咆哮の魔力に耐えたのは流石であった。
思ったよりも、実力が高そうだ。
「行くわよ、アラナン。円眼の巨人を此処に近付けるわけにはいかないわ。小鬼は、レオンたちに任せなさい」
ヘルマンとマクシミリアンが震えているので、レオンさんとルイーゼさんが前進してきていた。
魔法の拳銃の光弾が連続で小鬼たちに吸い込まれ、ルイーゼさんの黒き旋風が前進する魔物の足を止める。
うん、あの二人がいれば大丈夫だろう。
ぼくとシピは、森の木を伝いながら山の奥へと入った。
小鬼はまだまだ奥にいるようだ。
これはひょっとして、円眼の巨人はベルナー山脈中の小鬼を集めて追いかけ回しているのではないだろうか。
百どころか二、三百はいるのではないか。
「陽が沈む──夜になる前に片付けないと」
「余所見をせず急いで、アラナン! 地響きが近付いてくるわ!」
確かに、森の奥から大地を踏みしめ、大木がへし折れる音が近付いてくる。
神話の円眼の巨人。
神の眼を発動させてみると、はっきりとその大きさがわかる。
丘巨人の身長は、十五フィート(約四メートル五十センチメートル)程度だった。
だが、円眼の巨人は、五十フィート(約十五メートル)は優にある。
森の上に頭が突き出る偉容。
冗談じゃない。
これは、本物の怪物だ。
「あ、あんなの倒せるのか?」
「わたしの攻撃程度では、障壁を破れないわ。でもアラナン、貴方ならできるはずよ」
円眼の巨人の持つ槍が、振り回される。
巨木ほどもある金属製の巨槍だ。
森の木が爆砕したかのように吹き飛び、巨人が空いた道を歩いてくる。
あんなもん、まともに食らえば魔法障壁なんて一秒も持たない。
近付く前に仕留めたいな。
神銃を抜くと、間断なく三発連続で撃つ。
だが、弾丸は巨人の障壁を破れず、虚しく弾かれた。
神代の巨人は神にも匹敵する力を持っている。
タスラムじゃ威力が弱すぎて、通用しないのだ。
「仕方ない──出でよ神槍!」
神槍ゲイアサルを呼び出すと、右手に持って構える。
その魔力を感じてか、円眼の巨人は、ひとつしかない大きな真円の眼をこちらに向けた。
「危険な槍──」
円眼の巨人の言葉には、一語一語に魔力が籠っていやがる。
魔力によって、大地も大気も震えて身動きが取りづらい。
振動を抑えつつ投擲態勢に入ったとき、危険を感じたぼくは、咄嗟に太陽神の翼を広げた。
「滅せよ!」
円眼の巨人の真円の眼が輝いたかと思うと、白い閃光が一直線に走った。
ぼくのいた場所が薙ぎ払われ、木々が吹き飛んで炎と煙を上げている。
まさに、白光。
名前の通りのやつだな。
「アラナン、あの光を受けたら、貴方といえどただじゃ済まないわ。必ず避けなさい!」
「あんなの、見て避けるなんて無理だぞ」
「聖騎士の聖光刃は避けたじゃない」
「あれは、手の動きで軌道を予測したから──光なんて目視で間に合わないよ!」
ええい、遠距離でも厄介な相手だな。
連射はできないのか、一発撃ってからは立ち止まっているのがまだ救いだが──あれを乱射されたりしたらたまらない。
「とりあえず、ゲイアサルの破壊力を──試してみるか」
大きく振りかぶると、勢いをつけて神槍を放り投げた。
別に投げなくても、念じるだけでゲイアサルは目標物に飛んでいくが、気分的な問題である。
放物線ではなく、大気を裂くように直進した神の槍は、円眼の巨人の障壁にぶち当たって大きな衝撃を発した。
かん高い音が耳を打ち、巻き起こった風が大木を薙ぎ倒す。
だが、ヴァイセスリヒトの障壁は破れなかった。
円眼の巨人は醜悪な笑みを浮かべると、再び丸太のような槍を振るう。
「一撃では無理ね、アラナン!」
「参ったね。障壁を削るのに、あと何回撃ち込まないと駄目だと思う?」
「少なくとも、十回以上はいると思うわ!」
冗談じゃない。
その間に、何回あの白の閃光を撃ち込まれることになるか。
こっちは、一撃でももらったらおしまいだ。
「なあ、シピ。打撃の威力ってのは体重が重い方がでかくなるもんだが、たかだが百五十ポンド(約七十キログラム)程度のぼくに対して、あいつはどれくらいあると思う?」
「そうね。一万ポンド(約四千五百キログラム)は軽くあると思うわ」
「身体強化されてなくても、即死級だな。耐久力も、相応にあるだろう。さて、どうしたものか」
ゆっくり時間をかけてはいられない。
ならば、選ぶ道はひとつか。
ぼくは、右手に神剣を握りしめると、シピに振り返った。
「援護を恃むぞ!」




