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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第一部 フラテルニア魔法学院編

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第十一章 闇黒の聖典 -8-

 虎手激勢ティーガー・シュトロームンクは、竜爪破邪ドラヒェン・ツェーエンナーグルほど有名な絶技ではない。

 使い手の飛竜(リントブルム) 自身、それほど多用しないせいもある。

 だが、右の虎勢(タイガーフォース)、左の虎勢(タイガーフォース)の連打の後の雷衝(サンダーショック)の一撃は、障壁を貫き魔力を背中まで突き徹す威力を持つ。


 飛竜(リントブルム)の八つの絶技のうちのひとつなのだ。


 それをぼくの胸に叩き込んだイフターハ・アティードは、吹き飛ばされるぼくを見て勝利を確信し、唇を歪めた。

 手応えがあったのであろう。

 実際、叩き込まれた魔力は人を容易く殺せるほどの量である。


 だが、次の瞬間、胸を押さえて立ち上がるぼくを見て形相を変えた。


「貴様……何をやった。立ち上がれるような一撃ではないはずだ!」

「──大したことじゃない。雷衝(サンダーショック)の魔力が送り込まれた瞬間に、魔力喰い(マジックイーター)で喰っただけだ」


 魔力が体内を貫くから絶技になるのだ。

 それがなければ、ただの中段突きに過ぎない。

 しかし、タイミングを合わせないといけないから、えらく難易度は高いけれどな。

 そうそう連発できんよ、これほどの技が相手だと。


 それでも、全部は喰い損ねた。

 実際、胸は凄い痛い。

 この調子で絶技を使われまくったら、正直勝ち目は薄いな。


 これは、次の試合の二人に見られようが、あれを使うしかないんじゃないかな。


「ほほう、そんな方法で破るとは、本当に感嘆する! おれの虎手激勢ティーガー・シュトロームンクで死ななかった人間は、お前が初めてだよ、アラナン・ドゥリスコル」

「いや、お前こそ強いな、イフターハ・アティード。クリングヴァル先生並みの強さを感じるぞ」


 拳の勝負じゃ、敵わない。

 人狼(ウェアウルフ)の立ち姿には、隙がない。

 下手に仕掛けても、返り討ちに合う光景しか見えない。


 ならば、もう迷っている場合じゃなかった。


「ふん、まだ何かを隠しているな、アラナン・ドゥリスコル。早く本気を出さないと、すぐに殺してしまうぞ」


 拳を構えたまま、ふっとイフターハ・アティードの魔力が弱くなり、半歩後ろに下がる。

 釣られて前に出ようとして、ぼくはそれが誘いであることに気付く。

 下がったと見せて下がっていない。

 あれはそういう歩法だ。


 人狼(ウェアウルフ)の上体が沈む。

 引き込んだところに、天を貫く一撃、通天掌ヒンメル・ペネトリーレンを撃つつもりだろう。

 これもまた、飛竜(リントブルム)の絶技。

 顎から脳にまで魔力を徹されたら終わりだ。


 勇敢なる戦士(ケオン)で集めた魔力を体内に引き込んで、瞬間的に圧縮し、そして一気に体内に循環させる。

 神の眼(スール・デ・ディア)が開き、人狼(ウェアウルフ)の動きがはっきりと見えるようになる。


 魔元素強化(エレメンタルブースト)


 切り札を切った以上、此処で決着をつけるぞ!


 僅かに顔を左に動かし、人狼(ウェアウルフ)通天掌ヒンメル・ペネトリーレンをかわす。

 空振りで体を浮かせたところに尖火(シャープフレイム)の右肘を抉り込み、後退させる。

 通常なら吹き飛ぶところだが、身体能力の高い人狼(ウェアウルフ)はよろめいただけだ。

 そこに、腕を伸ばして竜爪掌(ドラゴンネイル)で追撃し、更に左足を踏み込んで肩口から竜尾撃(ドラゴンテイル)の体当たりを掛ける。


 流石の人狼(ウェアウルフ)も膨大な魔力の衝撃を食らい、たまらず地面に叩き付けられた。


 それでもすぐに跳ね起きようとするところに、跳躍して上空から右拳で螺旋牙(スクリューファング)を顔面に炸裂させる。


 魔元素強化(エレメンタルブースト)の圧倒的な量の魔力が人狼(ウェアウルフ)の頭を貫通し、致死判定が表示された。


勝利者(ズィーガー)、アラナン・ドゥリスコル!」


 審判がぼくの勝利を告げる。

 ふう、何とか押しきった。

 聖騎士サンタ・カヴァリエーレ魔元素強化(エレメンタルブースト)を見て、ぼくの奥の手を見せてもらったとほくそ笑んでいそうだが、とりあえず疲れて明日のことは考えてられないよ。

 結構、左手と胸も痛いしね。


 魔元素強化(エレメンタルブースト)を解こうとして、神の眼(スール・デ・ディア)が何か違和感を感じた。

 瞬間、意識を切り替えると体感の時間が再び遅くなる。


 何かと思って周囲を見ると、倒れていた人狼(ウェアウルフ)が、起き上がってぼくに襲い掛かってきていた。


「ば──試合は終了しただろ!」


 鋭い爪がぼくの背中の皮膚を切り裂く。


 何とか薄皮一枚で済んだが、気付かなければ殺されていたかもしれない。

 そうか、試合終了したら、致死判定も関係ない。

 初めから、このタイミングでの暗殺を狙っていたのか。


 再び繰り出される狼爪を右手で掴むと、回転して上に捩り上げる。

 そして、がら空きの胸に抉り込まれる左肘の尖火(シャープフレイム)

 更に身を沈めて右足を踏み込むと、血反吐を吐く人狼(ウェアウルフ)の顎に、追撃の通天掌ヒンメル・ペネトリーレンを突き上げた。


 脳を貫いた魔力が、人狼(ウェアウルフ)に巣食うイフターハ・アティードの魔力を撃った感触があった。


 顎をぐしゃぐしゃに潰されたギデオン・コーヘンの体が、人狼(ウェアウルフ)から人間の姿に戻っていく。

 操っていた気配も消え、もう危険はないだろう。


 やっと魔元素強化(エレメンタルブースト)を解くと、駆けつけてきた警備隊にコーヘンを引き渡し、後のことを頼む。


 とりあえず、ひとつ仕事は片付けたんだ。

 気分的には、もうこのまま帰って寝たいところだよ。

 でも、この後のダンバーさんとコンスタンツェさんの試合を見ずには帰れないよな。


 痛む体を引き摺りながら出入り口に向かうと、そこにすでにコンスタンツェさんが佇んでいた。

 見たことがないほど、真剣な表情をしている。

 聖騎士サンタ・カヴァリエーレはぼくの顔を見ると、いつもの揶揄する様子もなく口を開いた。


「見してもろたわ、アラナンはん」


 画面で見るだけでは物足りなかったのか、わざわざ此処でその眼で見ていたようだ。


「次はあての番おす。よう見ておくんなまし」

「──そうさせてもらいますよ」


 ようやく、ぼくのところにも救護の人が駆け付けてきてくれる。

 控え室まで一緒に行って、そこで簡単な治療をしてくれるようだ。

 まあ、引っ掻き傷と軽い打撲程度だから、そこまで深刻なものはない。


 服がぼろぼろになった方が痛いよ。


 魔導画面(スクリーン)を見ると、すでにダンバーさんとコンスタンツェさんが登場していた。


 ダンバーさんはいつもの燕尾服で、全くぶれがない。

 アングル人ってのは大体保守的だし、自分の習慣を変えない人が多いからな。


 それに対して、ラティルス人ってのは情熱的で刹那的なイメージなんだが、ルウムの高官ともなるとそんな雰囲気はない。

 ダンバーさんと方向性は違うが、コンスタンツェさんはやはりある部分保守的な気はするね。

 ファッションなんかは進歩的なんだけれど。


 さて、この戦いは興味深い。


 賭け率は、ダンバーさんが二倍、コンスタンツェさんが一・七倍だ。

 両者にあまり差がない。


 冒険者ギルドとルウム教会という、大陸西部に深く根を張る組織の顔同士の激突だ。

 どっちが勝つにせよ、そう簡単に決着はつかないだろう。


試合開始シュピールシュターテン!」


 そしていま、その激闘の火蓋が切って落とされたのだ。

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