がらんとした成田空港、義母の上海での自宅隔離の模様
去年の年の瀬から東京へ呼び寄せていた上海人の義母がようやくのことで上海へ帰り、上海での二週間の自宅隔離を終えた。
義母が帰る時、かみさんが成田空港まで送っていった。
チェックインカウンターはがらんとしていて、一角だけ人が集まっていたという。集まっていたのは、当日キャンセル待ちの人たちだ。成田発中国行きは便数がごくわずかに制限されているため一か月半先まで予約が埋まっている。キャンセルはなかなか出ない。一刻も早く帰りたい中国人は当日キャンセルを待つしかない。それでキャンセル待ちのちょっとした行列ができていたのだった。
かみさんはキャンセル待ちの中国人男性に話しかけたそうだ。
その人は広島の中国料理店で働いているのだが、父親が危篤になったので、東京まで出てきて知人の家に泊めてもらいながら、何日も成田空港に通っているという。当日キャンセルもなかなか出ないようで、彼はエコノミーとビジネスと両方のキャンセル待ち番号を取っていた。ビジネスだと片道70万円くらいするそうだが、親が危篤なのでどんなに高いチケットでもいいから早く帰りたいという。
義母の飛行機は数時間遅れで飛び立ち、夕方、上海浦東空港へ着いた。
飛行機のなかは、アメリカ帰りの中国人が案外多かったそうだ。アメリカから成田へ飛び、成田中継で上海へ行くのだとか。二つ前の席に坐っていたアメリカ帰りの中国人の若い女性がずっと咳をしていたので義母はおっかなくってしかたなかったそうだ。
上海浦東空港へ着いた後、乗客は検査のために一人ひとり案内されて飛行機を降りた。義母は上海へ到着してから小一時間飛行機のなかで待ち飛行機から出た。
検査を受けた後、政府が手配した空港近くのホテルへ案内された。一人一部屋で、弁当も出たそうだ。検査の結果を待っているうちに夜遅くなってしまったのでそのままホテルで一夜を明かした。
検査の結果、義母は陰性だった。幸いなことに義母が乗った飛行機の乗客に陽性反応の出た人はいなかった。もし陽性者がいたら再検査になる。
さあ、これで家へ帰ることができると思ったのだが、結局、昼前から夕方六時過ぎまで待つことになった。政府が手配した車が全員を家まで送り届ける手筈になっているのだが、車の手配が追いつかないようだ。バスではなく、ワゴン車や普通の乗用車で乗客たちを運ぶので手間がかかりすぎるのだろう。バスを使わないのはもちろん感染防止策だ。後で要請者が見つかると、一緒のバスに乗った全員が濃厚接触者となってしまう。ちなみに、検査、ホテル、弁当、送迎車はすべて政府が手配して、費用は政府持ちだ。費用はすべて政府が負担するのでいうことを聞きなさいというわけだ。
義母が自宅のある小区(壁に囲まれたマンション群)へ戻ると、その小区の居民委員(自治会兼民生委員のような役割の人)が待ち受けていて、二週間の自宅隔離中の注意事項を義母へ伝える。マンションのドアには封印を貼るので、勝手に破ると罰金だという。
午前と午後の二回、居民委員がきて義母の体温を図る。買い物は近所の老人仲間がスーパーへ行った時に義母の分も買ってきてくれた。誰も頼れる人がいない場合は、居民委員が代わりに買ってきてくれるそうだ。老人仲間が買い物を小区の守衛に渡し、 守衛が封印を開けて買い物を渡してくれる。ゴミはその時に守衛が引き取ってくれる。外には出られないが一応生活することはできる。
自宅隔離が始まった頃、義母の老人仲間が差し入れを持ってきて、勝手に封印を破ってドアを開けようとしたのであせったことがあったが、どきっとしたのはそれくらいのことで、発熱することもなく、同じ飛行機の乗客に感染者がいたという通知がくることもなく、義母は無事に二週間の自宅隔離を終えた。ひさびさに外へ出た義母は早速スーパーへ出かけ、蒸し鶏やらスイカ一玉やらを買い込んできた。嬉しそうだった。世話になった近所の老人仲間にお裾分けでもするのだろう。
義母が上海で普通に暮らせるようになったのでほっとした。今は東京よりも上海のほうがよほど安全だ。中国は新型コロナ対策をしっかりやっているので、感染のリスクは低い。先月、北京の市場で第二波が起きそうになったが、新型コロナ対策のアプリを駆使して濃厚接触者を追跡し、数十万件もの検査を行なって感染者と濃厚接触者を片っ端から隔離し、新型コロナ第二波の兆しを抑え込んでしまった。いいか悪いかは別にして、中国はやることが徹底している。
かみさんは上海へ里帰りしたがっているが、当分は無理だ。一度上海へ戻ったら、東京へ帰ってこれなくなる。早くコロナ禍が治まって日本と中国が自由に行き来できるようになればいいのだけれど。僕も上海へ行って久しぶりに小籠包やら上海蟹やらと美味しいものを食べて、かみさんと上海の街中をぶらぶらして、上海の友人たちに会ってみたりしたいのだけどねえ。




