第7話 思い通りに行ったら人生苦労しない
目が覚めると、火曜日だった。
「……」
あたしは目覚ましをかけていたスマートフォンを見て固まった。
「……は?」
火曜日だ。
(え? 日曜日だったよね?)
What?
「えっと……え……?」
あたしはリビングに歩くと、寝ていたセーレムが起きた。
「ふわぁあ……。あ、よう。ルーチェ。起きたか」
……セーレム、今日って火曜日?
「おう。今日はバリバリの火曜日。ずんちゃちゃ。ずんちゃちゃ。火曜日。みんな大好き火曜日。ルーチェが一日ぐっすり寝てたから昨日のうちに月曜日は終わったよ。ずんちゃちゃ。ずんちゃちゃ。火曜日。今日は楽しい火曜日」
あたしは血の気が引いた。
(一日無駄にした!!!!)
あたしは時計を見る。6時20分。
(ぐぅ……! こうなったらイメージトレーニングするしかない……! 不思議の国のアリスの小説読みながら世界観をより鮮明にイメージして、花火の動画見て……大丈夫、まだ一日あるから……!)
「ルーチェ、ミランダが言ってたんだけどさ」
え?
「副作用を舐めるなだってさ」
あたしはぽかんとしてセーレムを見る。
「一日時間を無駄にしたのはお前のやったことの結果だ。反省して音が鳴らない方法での練習を考えろ……だってさ。俺は伝えたからな」
「……」
「はあ。お腹すいた。ルーチェ、朝ご飯まだー?」
(音が……鳴らない方法……)
花火は音が響く。火薬が空に向かって爆発してるから。遠くにいても、近くにいてもよく聞こえる。今日は花火大会かー、なんて呟いてた夏を思い出す。
(……音を……消せば……練習……出来る……)
否、
(音を出す花火はあっても、音が無い花火は見たことが無い)
「はあ。朝ご飯が来るまで俺は寝てようかな。ぐおーー」
(これだ)
あたしの脳が過集中を起こす。一つのひらめきがイメージを広げる。不思議の国のアリス。音が無い世界。サイレント。みるみる音を出していく。みるみる音が消えていく。焦れば焦るほど音が消えていく。ウサギは走る。もう少しで裁判だ。急がなければ、急がなければ。打ち上げ花火が鳴る。打ち上げ花火が大きく広がるが、無音。次は音が鳴る。次は鳴らない。あたしは唱えてみた。
「無音花火よ光ってみて。ぱっと咲いて、サイレント」
フライパンの上で小さな花火が打ち上がった。サイレント。それは静かな世界。音なんて存在しない。あたしは集中する。音を鳴らすな。花火が爆発した。音は微かに聞こえた。
(まだ時間はある。やれる)
あたしは朝ご飯を作り、学校の時間まで小さく小さく繰り返してやってみる。
(まだやれる。大丈夫)
学校では授業中にノートに物語を書いてイメージ力を膨らませ、昼休みには中庭に行って杖を振る。
(……あ、練習してる人いる。花火ってことはオーディションの参加者だ)
あたしもやらないと。
杖を振り、自分のことだけに集中する。
音を鳴らすな。集中して。かなりの集中力がないと音が鳴ってしまう。大丈夫。まだやれる。まだ数をこなせる。大丈夫。まだいける。あと五分。まだやれる。大丈夫。あたしは杖を振る。唱える。ああ、飽きた。無理。練習なんてしたくない。でもやらないとアンジェに黙れと言えない。あたしがミランダ様の弟子だなんてとても言えない。あたしはミランダ様の弟子。ミランダ・ドロレスの弟子。偉大なる光魔法使い、ミランダ・ドロレス様の弟子はこのあたし!
(くじけるな。諦めるな。こうしてる間にもやってる人はやってるんだ)
午後の授業を受けてから、また中庭で練習する。アルバイト休んで正解だった。やっぱり時間が足りない。でも言い訳はできない。条件は皆一緒だ。音が鳴らない花火。音が鳴る花火。これでいいか。わからない。スマートフォンで撮ってみよう。あたしは動画を撮ってみる。見てみる。……わからん。これが素晴らしいものなのか、良くないものなのかわからない。けれど発想は良いはずだ。
(あたしはウサギ)
あたしはもう一度杖を構える。
(あたしはウサギ)
電車に揺られて寝てしまいそうになる。立ったまま頭を揺らしていると下りる駅について、慌てて下りる。森に向かう頃、日は沈んでいた。
(まだやれる)
日が沈めば闇が訪れる。
闇さえ来れば光は輝く。
「花火よ」
音が鳴らない花火を作り出せ。成功する。次は? 音が鳴った。あたしはもう一度試す。音が鳴らなかった。あたしはもう一度試す。音が微かに鳴った。大丈夫。まだ時間はある。大丈夫。まだやれる。大丈夫。時間のある限りやるんだ。言い訳なんて出来ないくらいやるんだ。あの時こうしていれば、が一番傷付く。言い訳をする弟子を持つミランダ様の恥になる。あたしは選抜メンバーに選ばれる。あたしは魔法使い。あたしこそが、ミランダ様の弟子。
絶対に選ばれる。
(……んあ……)
重たい頭を起こすと、テーブルで突っ伏して寝ていたようだった。
(……やば……寝ちゃった……何時……?)
スマートフォンの電源が無い。クソスマホめ。あたしは時計を見た。三時。
(あと三時間は寝れる……。……どうしようかな……。このまま起きて練習しようかな。……いや、この時間だから近所迷惑か……)
体が重たい。はあ。今日が終わったら美味しいもの食べよう。シュークリーム買って食べよう。カスタードの美味しいやつ。甘くて濃厚なやつ。
(ミランダ様の声が聞きたい……)
一緒に紅茶飲みながら、楽しい話がしたい。
(ミランダ様……)
「……ルーチェ、部屋で寝な」
(……あ……幻聴が聞こえる……)
「……おかえり……なさい……」
「ああ。ただいま。……寝るなら部屋にしなさい」
(幻聴のミランダ様はとっても優しい声だなぁ。現実もこうならいいのに)
「んん……」
「お前ね、風邪引くよ」
「……」
「……ったく」
風が吹き、あたしの体が宙に浮かぶ感覚。
(わーい。あたし宇宙飛行士ー)
ソファーに寝かされる。
(わーい。体伸ばせるー)
更にシーツ。
(わーい。あったかーい)
「……ふう。すー……」
「世話焼かすんじゃないよ」
優しい手が頬を撫でてくる感覚に、あたしはそれを夢だと信じる。だってあたしは今寝ているから。夢の中でミランダ様が優しくあたしを撫でてくれている。だからあたしは結果を出して、必ずミランダ様の凄さを皆に伝える。あたしはミランダ様の弟子。貴女の恥にはならない。絶対に選ばれる。
あたしは絶対にオーディションに受かる。
「……アルス様、どうかこの子にご加護を」
もう絶対にミランダ様の悪口なんて言わせない。
(……あれ……あたし、ソファーで寝たんだっけ……? 今何時……?)
あたしは時計を見る。六時半。許容範囲だ。
(ふああ……。朝ごはん作って……さっさと行って……本番を迎えよう……)
今日は荷物が多いぞ。忘れ物がないか確認する。杖オッケー。衣装オッケー。授業道具はリュックの中。
(行ってきます。ミランダ様)
ミランダ様の寝室の扉に想いを送る。
(選ばれに行ってきます)
「ルーチェ、行ってらっしゃい」
「行って来るね。セーレム」
あたしは屋敷から出ていった。空は快晴だった。
(*'ω'*)
授業に身が入らない。一度気になったら体がもぞもぞしてくる。今日は貧乏ゆすりが止まらない日だった。朝から緊張している。次の授業が始まる。時間が長い。やっと終わる。昼休み。あたしは中庭に行って最後の練習を繰り返す。花火。打ち上げ花火。美しくて誰もが感動する打ち上げ花火。不器用でも、下手くそでも、あたしの最大限を見せれば何かしら反応はあるはず。まだやれる。まだやれる。もっと上手くなる。数が物を言う。数をこなせ。繰り返せ。時間のある限り。調節する。繰り返す。鐘が鳴る。急いで教室に戻る。授業が始まる。長い。早く終わらないかな。体がもぞもぞする。貧乏ゆすりが止まらない。落ち着かない。ようやく終わる。授業終わりに先生が言う。
「学校祭パフォーマンス選抜オーディション受ける人はこのまま教室にいてください。いつでも移動出来るように準備しておくように」
「小さい子から女子トイレ行っておいでー」
「年上組は待ってるから着るものだけ持っていきなー」
「こら、男子、着替えるならカーテンに隠れて着替える!」
オーディションに参加しない人達は帰っていき、あたしは着替えられるまで不思議の国のアリスの本を眺める。
意外と……今まであたしが知らなかっただけなのか……オーディション参加者は思ったよりも多かった。どれくらいかっていうと、クラスが平均30人だとすれば、その半分は参加している。あたしのクラスからも半分いる。
(ベリーも参加するんだ。……落ちればいいのに)
どっちみち、各クラスを丸々入れるにしても、このうちの5人しか選抜には受からない。
(……待機時間の間、練習出来るじゃん。ラッキー)
杖を振る。小さな花火を出してイメージを鮮明にさせる。こういう花火。こういうのがしたい。こういう演出がしたい。時間がある限り練習しないと。とにかく数をこなせ。経験値を上げてレベルを高めろ。
「ルーチェ、女子トイレ使えるって」
「あ、行くー」
あたしは廊下にある女子トイレまで行き、ぱっぱと着替えて出てくる。
(あたしはウサギ)
ウサギの帽子を被って大きな時計を斜めに下げて、靴を履き替えて、パンツとジャケットを着て、手洗い場の鏡を見る。
(あたしはウサギ)
トイレから出て行く。廊下を歩く。すれ違う。
「……あれ?」
「え?」
すれ違った男子生徒とあたしの目が合う。その瞬間、あたしの片目が痙攣した。
「あれーーー!? ルーチェっぴじゃーーーん!」
げっ! 廊下の影からクレイジーが現れた! あたしは時計ボールを構えた。
(うわっ! こんな時に会うなんて!)
「うわ、ウサギちょー可愛いんですけどー! え? てか、もしかして? あ、それ、もしかしちゃって? ルーチェっぴもオーディション受ける感じ!?」
「(も? ……ってことは……)あ、ま、まあ……」
「すっげー! ちょー偶然じゃん! 俺っちも受けるんだ! お互い頑張ろうぜー!」
背中をばしばし叩かれる。痛い痛い痛い! クレイジーの平手攻撃にかなりの大ダメージ!
「あ、やっべ! 俺っちも着替えなきゃ! ひゃっほーーい!!」
クレイジーがトイレに逃げていった。You Win!
(……気楽でいいよね……。ああいう人は落ちても何も思わないんだろうな……)
トイレに入ったクレイジーを見ながら思う。
(あたしは違う)
背負ってるものがお前らとは違うんだ。
(絶対受かる)
教室に先生が呼びに来るまで小さく小さく魔法を繰り返す。皆は楽しく話しながら待ってる。ベリーも友達と楽しそうに話している。あたしは小さく繰り返す。演出通りに行きますように。繰り返す。繰り返す。繰り返す。せっかくの空き時間を世間話で費やすような奴らなんかに負けるものか。ミランダ様、あたしは貴女の凄さを証明してみせます。あたしは貴女に出会う前のあたしじゃない。魔法という魅力を貴女から教わっている。あたしはやってみせます。あたしはやります。選ばれます。小さく小さく繰り返す。時間のある限り繰り返す。
マネジメント部の人が呼びに来た。
「皆さんこんにちはー! 時間なので迎えに来ましたー! 欠席者とかいませんか?」
「大丈夫です」
「わあ。流石ですー。荷物はここに置いておいて、杖だけ持って皆さん会場にお願いします」
「「はい!」」
皆で足を揃えてオーディション会場まで歩く。ドアの前でマネジメント部の人が止まり、ドアを開く。中は真っ暗だった。
「さあ、どうぞ。中へ」
あたし達は一人ずつ中へ歩いて行った。あたしも入る。中は暗かったが、歩き続けるとだんだん明かりがついてきて、講堂ホールにたどり着いた。来た順番で奥へと詰めていくように座っていく。
ホールの真ん中にステージが備えられ、その前にマネジメント部を指揮しているマネージャー、マリア先生、そして、第13ヤミー魔術学校を誕生させた人物。ホーネット校長先生が座っていた。オーディション参加者全員が椅子に座ると、マリア先生が口を開いた。
「それではこれより、学校祭のパフォーマンス選抜メンバーオーディションを始めます。皆さん、どうか悔いのないように!」
全員で返事をする。
「素晴らしいお返事です。それでは五人ずつ出てきていただき、打ち上げ花火を見せていただきます」
座った順番でどんどん進んでいく。ノートを持ってくるんだった。ここはオーディション会場であり、アイディアの見せ合いだった。光、闇、火、水、土、緑、風、様々な自然の魔法を使い、各々が自分たちの実力を見せていく。ノートがあれば全てメモしたのに。あたしは見ることしか出来ない。家に帰ったら忘れてそう。忘れたくないな。こんな発送があったのか。こんなものもあったか。しまった。こんな演出もあったか。色んなものを見ていると不安になってくる。いいや、不安なんてない。大丈夫。お前はミランダ様の弟子なのだから不安がることなんてない。胸を張って堂々と前を向け。あたしはルーチェ・ストピド。光魔法使いになる女。
「次の五人は前に出てきてください」
あたしを含めた五人がステージに移動する。
「それでは一人ずつお願いします。チャイルズ・アンダーソン、どうぞ」
チャイルズ君が魔法を見せた。あたしは気にしない。
「それではレイラ・カタナシーア。お願いします」
レイラちゃんが魔法を見せた。あたしは少し動揺した。気にしないふりをする。
「ローラ・ワゾウスキ。お願いします」
ローラちゃんが魔法を見せた。あたしは深呼吸をする。
「ルーチェ・ストピド」
あたし三人を見た。マリア先生が頷く。
「どうぞ」
「よろしくお願いします」
魔法が始まり、終わりまで、このステージはあたしのもの。あたしは集中する。今まで練習してきたことは自信となり、勝利が見えている。だからこそ本気で、油断はせず、落ち着いて、集中する。
さあ、――魔法を始めよう。
「裁判だ、裁判だ。あと少しで裁判だ。遅刻は禁物。油断大敵」
杖を上に向ける。
「僕はここです」
あたしの魔力が魔法に形を変え姿を見せる。ホールの天井に向かって光が走った。皆の目が光を追いかける。光が消えた。静まり返った。次の瞬間、大きな光の花火が弾いた。光は感染する。あっちも光った。こっちも光った。見ていた人の近くを光が走った。生徒の顔の前で花火が走る。わ、やばい。音が鳴るぞ! 慌てて耳を押さえようとしたが間に合わず花火が光った。しかし、無音だったため、生徒は驚いて瞬きした。クレイジーが手を伸ばした。無音の花火が弾いて星となってきらきら光り消えていく。天井の花火は大きく音を鳴らす。けれど人の近くに散らばって広がる花火は光るだけ。無音花火。打ち上げ花火。星となって消えていく。光れ光れ。もっと光れ。このホール内にいる皆は不思議の国の住人。あたしはウサギ。アリスが走ってくる。あたしは無視して走る。なんて言ったってもう少しで裁判が始まるのだから。大変だ、大変だ! 早くしないと首を切られてしまう! 光れ、闇よ光れ。そして惹かれろ。この光に惹かれてしまえ! 裁判を始めるよ! 女王のタルトが盗まれた! ああ、間に合った!
(いでよ!! 光よ!!)
「輝け!!」
大きな光の花火が弾いた。星となってきらきら落ちてきて――やがて消え――会場内が静かになった。
「以上です」
あたしは深くお辞儀をした。
「ありがとうございました」
見ていた生徒達から大きな拍手。次の子へのプレッシャーには出来ただろうか。
「サーシャ・ジェームズ」
「はい!」
五人の発表が終われば、必ずホーネット校長先生から一つだけ質問がある。
「この五人には……そうですねぇ」
校長先生が微笑みながら訊いてきた。
「このオーディションは、学校祭で行うパフォーマンスの手伝い、なのですが、参加したいですか?」
「もちろんです!」
チャイルズ君が答えた。
「やりたいです!」
レイラちゃんが答えた。
「はい!」
ローラちゃんが答えた。
「絶対やりたいです」
あたしも答えた。
「あの、妹が友達と見に来るので……魔法が楽しいものだって見せてあげたいです……」
サーシャが答えると、校長先生が頷いた。
「ああ、五人とも、素晴らしい魔法をありがとう」
拍手に包まれる中、発表が終わる。
(よし)
完璧だ。
(練習通り、それ以下もそれ以上もない。いや、一番上手くやれた。絶対印象に残せた! 爪痕を残せた!)
ミランダ様、やりました!
(あたし、絶対受かります!)
終わった後は集中力がしばらく戻らなかったが、頭を空っぽにして他の人の魔法を見るのはとても面白かった。とても参考になるし、あたしは客として見る分には全部すごく面白い。
それから一時間後、合計で四時間。発表は終わった。マネージャーがリストを手に持つ。
「皆さん、本当に素晴らしい魔法でした。それでは選抜メンバーを発表させていただきます」
あたしは両手を握って待つ。立ち上がる準備だけしておく。
「ジャスティン・リバイブル」
(大丈夫。呼ばれる)
「ロエル・マーラン」
(まだかな)
「ベリー・ワクソン」
(え、ベリー受かったの?)
「サーシャ・ジェームズ」
(ん? サーシャ?)
「ユアン・クレバー」
(……あれ?)
「以上です」
あたしの脳が停止した。
「今言った五人が選抜メンバーとして選ばれました。おめでとう!」
拍手が起きて、五人が喜びの声を叫ぶ。ジャスティンが拳を天に掲げ、ロエル・マーランが両手に拳を握り、ベリーが涙目でサーシャと手を叩き合い、ユアン――クレイジーは隣の人と自撮りを撮り始めた。
(……え……?)
あたし一人だけ、固まる。
(え……?)
「本当に素晴らしかった。今年はなんともレベルが高いオーディションだった。私は君たちの魔法を見られて幸せ者だと、心から思っている」
ホーネット校長先生が笑顔であたし達に伝える。
「なぜこの五人だったのか、毎年言っていることだが、改めて伝えよう。君達は忘れてはいけないことがある。魔法とは娯楽であり、便利な物。人の役に立つ。悲しい時に魔法を見ると、たちまち人は喜びと愛に溢れる。魔法とは見せるものであり、魅せるものである」
いいかね。
「一生懸命やりたい人は、いらないんだ」
は?
「魔法で人を喜ばせる事に一生懸命になってくれる人に、この学校祭を頑張ってもらいたい」
あたしは何も言えない。
「この五人は、それがよく見えた」
ホーネット校長先生が拍手をした。
「頑張ってくれたまえ」
皆が選ばれた五人を拍手を送る。五人はとても嬉しそうに手に掴んだ幸せをかみしめる。
あたしは――何も――言えない――。
「皆さん、お疲れ様でした。今日の発表は内申点につけておきます。細かい総評はまた後日各自に届けますので、お楽しみに」
「はあ、疲れたー」
「ベリー、やったじゃん!」
「私、嬉しくて、私……私……!」
「おめでとう、サーシャ!」
「家族に言わなきゃ!」
(……)
「ねえ、帰りカラオケ寄ってかない? 一時間だけ」
「あ、いいね」
皆、席を立つ。
「はあ。疲れた疲れた」
「今年はハイレベルだったねー」
「楽しかったー」
「ねえ、あの無音花火すごくなかった? 星が綺麗だった」
「あの子誰?」
「研究生クラスの子だって」
「顔見た事ある。あの子、お昼に図書室とかよくいるよ」
――……終わったの?
(これで、おわり?)
終わった。
オーディションの結果は出た。
あたしは選ばれなかった。
(魔法は完璧だった)
絶対に印象に残せた。
(他と違う光魔法を見せたはずだ)
しかし、選ばれなかった。
(どうして)
魔法は完璧だった。一番の出来だった。
(どうして)
――一生懸命やりたい人は、いらないんだ。
――魔法で人を喜ばせる事に一生懸命になってくれる人に、この学校祭を頑張ってもらいたい。
ベリーがチラッとあたしを見た。すぐに視線を外して、あたしの前を素通りした。
友達と大声で話し出した。やばい、ちょー嬉しい!
去年の披露会でチームの協調性を一番崩したベリーが選ばれた。
オーディションは終わってしまった。
「……」
あたしは立ち上がった。杖を持って席から離れた。通路を歩く。ホールから出た。廊下を歩く。後ろから肩を叩かれた。
「ルーチェっぴ!」
クレイジーがスマートフォンを向けてきた。
「魔法見てたよ! すごかったぜ! あの無音花火! どうやったの、あれ!? 俺すっげードキドキしちゃったよ! うえーい! 記念のピース!」
あたしは無視して歩き出した。クレイジーが気がついて追いかけて来る。
「ルーチェっぴ、待てって! 写真撮ろうよ!」
「いい」
「ウサギ可愛いじゃん!」
「やめて」
「俺もすげー嬉しくてさ! ね! 一枚だけでいいから写真っ」
「やめてってば!!!!!!」
クレイジーが止まった。あたしはクレイジーを睨んだ。クレイジーが黙った。あたしの視界が揺らいだ。クレイジーが目を見開いた。あたしは踵を返して振り返り、地面を蹴った。
「あ」
あたしはそのまま走り出す。
「ルーチェっぴ……」
あたしは角を曲がった。
「あー……。……、……」
あたしは帽子を脱いで、ジャケットを脱いで、教室に置いてあったリュックに無理矢理詰め込んで、さっさと教室から出て行った。着替えから戻ってきたクラスメイト達と鉢合わせる。
「あ、ルーチェ、これから皆でカラオケ行くんだけど」
「ごめん。急いでるから」
「あ、バイト? 頑張ってねー」
あたしは大股で学校から出て行く。ざわつく胸が止まらない。寄り道せず、真っ直ぐ駅に行き、電車に揺られ、駅から出て、森に歩いていく。月が既に空に昇っている。もう少し。もう少し。まだ駄目。もう少し。あたしの足が速くなる。もう少し、あとちょっと。建物が見えた。あたしは杖を振った。
「オープン・ザ・ドア」
ミランダ様の屋敷のドアが開いた。あたしは中に入る。リビングからセーレムの声が聞こえた。
「あれ、ルーチェ、帰ってきたのかー? お帰りー。遅かったなー」
あたしは部屋に入って、ドアを閉めた。
「おっと、ルーチェ?」
あたしはリュックを投げて、枕に顔を押し付けた。
「おーい、帰って来たなら夜ご飯の準備してくれよ。俺、お腹空いてくたばりそうなんだ」
心臓がドクドク鳴っている。胸がざわついている。記憶が鮮明に脳内を駆ける。
――皆さん、どうか悔いのないように!
――君達は忘れてはいけないことがある。
――やばい、ちょー嬉しい!
――魔法とは娯楽であり、便利な物。
――学校に入学してからたった一年で魔法使いデビューした逸材、その名はアンジェ・ワイズ。
――人の役に立つ。悲しい時に魔法を見ると、たちまち人は喜びと愛に溢れる。
――なんと、彼女は過去、あの英雄の光魔法使い、ミランダ・ドロレスの元で修行をされていたのです!
――魔法とは見せるものであり、魅せるものである。
――あの、妹が友達と見に来るので……魔法が楽しいものだって見せてあげたいです……。
――私は自分から弟子辞めたの。『あんな人』といても仕方ないから。
――いいかね。
――同情するよ。ルーチェ。本当、可哀想。
――魔法で人を喜ばせる事に一生懸命になってくれる人に、この学校祭を頑張ってもらいたい。
「一生懸命やりたい人は、いらないんだ」
「……知らねえよ……。そんなの……」
あたしはベッドを叩く。
「魔法使いになりたいから……魔法に関わることが……したいって……思うんじゃん……」
あたしはベッドを叩く。
「一生懸命やって……何が悪いんだよ……」
あたしはベッドを叩く。
「お前らだって……そうやって……魔法使いになったくせに……」
あたしはベッドを殴る。
「なりたいって気持ちから……なれたくせに……」
あたしはベッドを殴る。
「喜ばせるとか……魅せるとか……知らねえよ……!」
あたしはベッドを殴る。
「知らねえよ!!」
あたしは殴る。
「ただ純粋に魔法を使いたいって思って頑張ることの、何が悪いんだよ!!!!!」
殴る。
「畜生!!」
殴る。
「畜生!! 畜生!!!」
殴る。
「ぢぐじょう!!」
枕に口を押し当て、叫ぶ。
「ぢぐじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!! うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
それは、どこに吐き出していいかわからない叫び。
ただの、負け犬の遠吠え。




