第9話 魔女の本性
「っ!」
ジュリアがあたしに覆いかぶさり、抱きしめる。
「あはははははははは!!」
あたしは精一杯足を動かした。
「あ、駄目」
魔力で押さえつけられる。
「逃げちゃ駄目」
「……ぁっ……!」
「大丈夫。私が間抜けちゃんを傷つけるわけないじゃないですか」
ジュリアの手があたしのパジャマのボタンを外し始めた。
「な……に……」
「温かい。間抜けちゃん。本当に温かい」
「や……め……て……くだ……さ……」
闇があたしを押さえつけてくる。
「いっ、ぐっ……!」
「ひひっ、ほら、全然気が狂わない。すごい。こんなに魔力を注いでも全く狂わない。すごいね。間抜けちゃん。吃り癖は気になるけど大丈夫ですよ。一緒に治していきましょうね」
「……あっ……!」
ボタンが全て外された。そこにジュリアの手が触れてくる。キャミソールをめくられて、その中にある肌に直に触れてきた。その手が――驚くほど冷たくて、あたしの体がビクッ、と揺れた。
「ひっ」
「温かい。湯たんぽみたい。カイロより熱い。すごい。お人形じゃない。枕でもない。本物。生きてる。人間だ。血が流れてる。心臓の音が聞こえる」
「……ん……!」
「温かい。すごい。温かい。すごく温かい。温かい。やだ。すごい。温かい。これでよく眠れる。すごく温かい。これで寂しくない。心が安心する。間抜けちゃんなら良い。君なら苦じゃない。君ならここにいても私平気です。君であれば抱きしめたって愛したってそれ以上したって構いません」
あ。でも。
「……19歳かー」
一応未成年なんだよなぁー。
「……ま、でも、いっか。何事も経験です」
「……なに……」
「大丈夫。たとえ私が一つ犯罪を犯したところで魔法省が隠してくれます。彼らは絶対に私を失いたくないので」
「な……」
手が滑る。
「ちょ、ど……こ……さわ……」
「大丈夫ですよ。怖くありません。少し、熱を感じ合うだけですから」
「ジュ……リ……ア……さ……ん……」
「まだ呼んでくれるの? まだ気が狂わないの? 全然平気そう。いや、平気なんだね。普通の魔力に触れてるみたいに平気なんだね。……。……。……嬉しいなぁ」
「んっ」
手が動いて、あたしの体が反応した。
「や……いやっ……!」
「怖くありませんよ。女同士じゃないですか」
「や……だ……! ……さま……!」
「大丈……」
「ミランダ……さま……!」
――ジュリアの手が止まった。
「……しばらく調教が必要みたいですね」
これだけ魔力を与えてるのに洗脳すらされない。
「いい。だからこそいい。私の魔力に振り回されない。むしろ私の魔力に乗っかってすいすい泳いでいる。こんな子会ったことない。すごい。本当にすごいや」
「んぅ……! んん……!」
「しぃー。間抜けちゃん。ミランダのことは忘れましょうね。大丈夫、大丈夫。私が忘れさせますから」
「あっ!」
「あら可愛い声。ふふっ、ひひっ。くひひひ! くすぐったかった? ごめんねぇ」
「い、いや……!」
「大丈夫ですよ。ここなんていかが?」
「ひい!」
「あらら。お顔が真っ赤っ赤。可愛いですねえー」
「やめ……やめ……!」
「ナビリティ・ストピドがどうなってもいいの?」
「……っ!」
「大丈夫ですよ。君が私の元から離れなければ私、本当に何もしませんから。何もしません。君を傷つけるようなことも、君の周りの方をどんな手を使ってでも不幸に落とすようなこと、絶対にしません」
「……っ……!」
「自分がするべきこと、しなければいけないこと、わかりました?」
体が動かない。そのくせに、冷たい手に触れられると嫌でも反応してしまう。声が出る。くすぐったい。吐息が漏れる。こんな触り方、嫌だ。怖い。恐ろしい。心臓が揺れる。ああ、どうしよう。ミランダ様、どうしたらいいですか。あたしはどうしたらいいんですか。
「これからずっと一緒ですよ。間抜けちゃん」
ジュリアの手があたしの首を撫でた。
「大切にします。絶対に壊れないように」
うなじに触れた
瞬間――ジュリアの手が電気魔法で弾かれた。
ジュリアが目を見開く。あたしは呆然とジュリアの手を見た。酷い火傷を負っていた。
「……ノン。……これは……」
耳元で、カサ、と紙がこすれる音が聞こえた、と思ったら、あたしのうなじから何か剥がれる音が聞こえ、本当に剥がれた感覚を感じると、人の形に切られた紙があたしの前に浮かび、みるみる燃えて消えていった。
「あーあ、もう。……用意周到。ぬかりないなぁ」
伸びた手が後ろからジュリアの首を掴んだ。
「離してくれますか? ミランダ」
ミランダ様が黙ったままジュリアの首を掴み続ける。
「どうしていつも私の邪魔をしてくるの? だからお前なんて嫌いなんですよ」
「人の弟子に手を出してるお前に何も言われたくないよ」
「形代をつけるだなんてプライベートも何もないじゃないですか。あーあ、嫌だ、嫌だ。お弟子さんをそんな風に封して束縛して楽しいですか? 面白いですか? 満足ですか? あーあ、嫌ですねぇ」
「黙りな。ジュリア。今回ばかりは過保護になって正解だったよ」
ジュリアの首がきつく締め付けられる。
「まだ魔法使いにもなってない、たかが学生にお前の汚れきった魔力を与えて、気が狂ってたらどうしてたんだい」
「自殺に見せることくらい簡単に出来ます」
「そんな相手の傍に居たいとその子が思うかい」
「思わせるのは容易いことです」
「ルーチェがお前の魔力に耐えられるのはね、その子の魔力が石のように重たくて大きいからさ。ずっしり構えてるから少し汚れてるものが入ってきても、その重たい魔力で補えるんだよ」
「なんですか。それ。素晴らしい。なるほど。そうだったんですね。ということは私が側にいてもやっぱり平気なんですね」
「ただ、これはルーチェが日頃から魔力を使ってるから出来ることであって、その訓練を怠ったらあっという間に狂うよ。全部ね」
「訓練さえ怠らなければいいんですね。了解です。承知です。わかりました。任されます。間抜けちゃんは今日から私と一緒……」
ミランダ様が風の魔法を利用してジュリアを壁に投げた。しかしジュリアは壁に足をつけ、華麗に地面に下りた。ミランダ様はジュリアを無視して、あたしの顔を覗き込む。
「お前ね、面倒かけるんじゃないよ」
「……ミラ……ダ……さま……」
「何が束縛だよ。お前の方が封して束縛してるじゃないのさ」
ミランダ様が指を鳴らした途端、あたしを押さえつけていたものが一瞬で消えて、あたしの体がとても軽くなり、まともに酸素が肺に入ってきて、むせるように咳をした。
「げほっ! げほげほっ! はっ! げほげほっ!」
「帰るよ」
「ミランダ様! だ、だ、駄目です!」
あたしは急いで起き上がり、潤む瞳でミランダ様のドレスを掴んだ。
「あたしが、いな、いな、な、いなくなったら、おね、ね、お姉ちゃんが!」
「……ジュリア」
ミランダ様がジュリアを睨んだ。
「今度はなんだい。なんて脅したんだい」
「ノン。脅しだなんて、そんなそんな。ここに残ってくれたらお姉さんの罪は水に流して忘れると言ったんです」
「時効だよ」
「警察はそう言いますかね?」
「ナビリティ・ストピドは死んだ。いいかい。もう死んでるんだよ。終わった事件さ。ジュリア、そんな脅しを使ってるうちは何があってもこの子は心変わりしないよ。障害がある分、嫌だと思った事への記憶力は並外れていて、人一倍頑固だからね」
「……」
「わかったら黙りな。二度とこの子に近付くんじゃないよ。厄介事は御免だよ。いいかい。御免だからね。私がお前の代わりに魔法石を預かってること、忘れるんじゃないよ」
ミランダ様が杖を振った。
「風よ。弟子の荷物を私の手に。弟子は体を乗せとくれ。動けないそうでね」
転がった杖が鞄の中に収まり、リビングからあたしの鞄がやってきてミランダ様の肩に下げられた。そして、ふわりと浮かんだあたしをミランダ様が抱き上げるように抱え、もう一度ジュリアを見た。
「性犯罪者になるのを止めてあげた私に感謝するんだね。この変態」
そう言うと、ミランダ様があたしを抱えながら寝室から出ていき、バルコニーに歩いていき、箒に乗って夜空を飛び出した。




