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駆け出し魔法学生はスタート時点を目指す  作者: 石狩なべ
第四章:孤独な闇の魔法使い
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第8話 とても大切な私のテスト


 ――真っ暗な部屋に、一本の蝋燭が明かりを灯った。ジュリアがあたしと自分の間に蝋燭を浮かばせた。


「この一点に集中してください」


 あたしは蝋燭の火を見つめた。


「君は蝋燭の火を見ている。火は、君の思う通りの形となるだろう」


 あたしの耳にジュリアの声が響く。


「火の形を変えてごらん」


 あたしは杖を構え、囁くように唱えてみた。


「灯火よ、形を変えよ。我は、思う。お前は、人魚だ」


 あたしの魔力が魔法に形を変える。蝋燭の火の形が変わった。オルゴールについているような人魚の置物の形に変化した。この間品出ししてる時に見かけたものだ。うん。イメージ通り。上手くいった。


「トレビアン。魔力は良好。これならいけるでしょう」

「……まだ始まってないんですか?」

「今やったのは腕試し。間抜けちゃんの魔力が寝てないか確認しました。君の魔力は今、きちんと目覚めていて、君の命令通りに働いている。ふむ。これならいいでしょう」


 ジュリアが黒い布をあたしに差し出した。


「これを巻いて、目を隠してください」

「……」

「ティヤン? どうかされました?」

「……いえ、何でも……」


(お姉ちゃんに電気魔法で拷問されたことを思い出す……。目隠し嫌い……)


 あたしは自ら布を巻いて、目を隠した。


「杖を持ったまま、ベッドに横になってください」


 あたしは座っていたベッドに寝そべった。杖はしっかり握っている。そんなあたしの額に、ジュリアの手が置かれた。


「私の手に集中してください」


 額に指の感触を感じる。……やばい。寝ちゃいそう。


「いいですか? 集中してくださいね? 間抜けちゃん。私の声、届いてますか? あ、大丈夫そうですね。頷かなくて結構ですよ。声も出さないでください。君はただ私の手に集中してください」


 いいですか?


「何があっても」


 集中、


「して」


 く だ さ い ね 。






 突然、落とし穴にでもはまったかのような、深い穴の中に落ちていくような感覚に陥った。


 あたしは宙に浮かぶ。


 落ちていく。

 落ちていく。

 落ちていく。

 落ちていく。

 落ちていく。

 落ちていく。

 落ちていく。

 闇の中に。

 落ちていく。

 落ちていく。

 落ちていく。

 落ちていく。

 落ちていく。

 落ちていく。


 ――ぱっと、目を開いた。


 そこは、安らかな公園だった。

 爽やかな風が吹いて、木々を揺らして、ブランコが揺れて、すべり台から笑い声が聞こえる。

 あたしは振り向いてみた。シーソーに仮面をつけた子供が乗っている。

 あたしは振り向いてみた。仮面をつけた子供が鬼ごっこしてる。

 あたしは振り向いてみた。花が揺れている。

 あたしは振り向いてみた。ジャングルジムで仮面をつけた子供たちが遊んでいる。

 あたしは振り向いてみた。仮面をつけた子供たちが並んであたしを見ていた。

 あたしは振り向いてみた。仮面をつけた子供たちがあたしを囲んでいた。


「蝋燭出せ」

「出せよ」

「出さないと」

「かっちゃくぞ」

「おまけに」

「くっつくぞ」


 子供たちが歌い出す。


「蝋燭出せ」

「出せよ」

「出さないと」

「かっちゃくぞ」

「おまけに」

「くっつくぞ」


 指があたしにくっついた。


「蝋燭出せ」

「出せよ」

「出さないと」

「かっちゃくぞ」

「おまけに」

「くっつくぞ」


 指があたしの体をなぞった。


「蝋燭出せ」

「出せよ」

「出さないと」

「かっちゃくぞ」

「おまけに」

「くっつくぞ」


 指があたしに触れてくる。あたしは触らせる。


「蝋燭出せ」

「出せよ」

「出さないと」

「かっちゃくぞ」

「おまけに」

「くっつくぞ」


 両手であたしに触れてくる。あたしはぼうっとしてくる。


「蝋燭出せ」

「出せよ」

「出さないと」

「かっちゃくぞ」

「おまけに」

「くっつくぞ」


 指が温かい。あたしに触れてくる。気持ちよくなってくる。


「蝋燭出せ」

「出せよ」

「出さないと」

「かっちゃくぞ」

「おまけに」

「くっつくぞ」


 気持ちいい。温かな指があたしに触れてくる。なぞってくる。くすぐったい。笑ってしまう。温かい。誰かの指みたい。誰か。誰だっけ。


「蝋燭出せ」

「出せよ」

「出さないと」

「かっちゃくぞ」

「おまけに」

「くっつくぞ」


 ここは落ち着く。ADHDの脳はいつだって騒がしい。他のことをしながら他のことを考えて、あっちを見たらこっちを見て、忘れていたことを思い出したらすぐにやらないと気が済まない。衝動性。過剰集中。注意分散。欠陥。騒がしい。騒々しい。だけど、ここは静かで温かい。


「蝋燭出せ」

「出せよ」

「出さないと」

「かっちゃくぞ」

「おまけに」

「くっつくぞ」


 なんて、落ち着く闇の中だろう。


「蝋燭出せ」

「出せよ」

「出さないと」

「かっちゃくぞ」

「おまけに」

「くっつくぞ」


 ずっとここにいたい。


「蝋燭出せ」


 温かい。


「ローソク」


 歌声が消えた。あたしは目を開けた。公園は消えていた。目の前には闇が広がっていた。


 あたしは闇を見つめる。暗闇を見つめる。何も見えないはずなのに、何も見えない黒の景色をじっと見つめる。ここは落ち着く。あたしは歩き出した。目の前に、闇の海が広がっている。あたしは足をつけてみた。そしたら海の水があたしの足についた。あたしは更に進んだ。足が海に沈んだ。あたしは更に進んだ。腰が沈んだ。あたしは更に進んだ。手が手招きする。あたしを呼ぶ。あたしは誘われて近づいていく。もっと気持ちよくなれる気がして手招きする手へと近づく。あたしは進む。海へ沈んでいく。杖を握りしめる。


 ――はっとして、思い出す。我に返る。


「わ」


 不気味な手があたしを誘っている。


「え、何……」


 暗闇があたしを呑み込もうとしている。


「ミランダ様……」


 目玉があたしを見ている。


「ミランダ様……」

「ウフフ」

「ミランダ様」

「ウフフフフフ」

「やだ、暗い、ここやだ……」

「ウフフフフフフフフフ!」

「やだ、やだ、やだ!」


 あたしは海から出ようと、陸に向かって水をかき分けるように大股で歩き出した。すると、海から手が湧いて出てきた。あたしは驚いて悲鳴を上げ、必死に海から出ようと足を動かした。しかし、手が追いかけてくる。あたしは海から抜け出そうとしているけれど、海から出られない。あたしは必死に海から逃げるけど、闇はいつまでも続く。光はどこにもない。あたしはどこにいるかもわからない。暗い。嫌だ。ここは嫌い。だってすごく落ち着くんだもん。嫌い。ここ、嫌い。手があたしに伸びてきた。あたしは振り返って唱えた。


「闇に消えろ」


 闇が闇を覆った。手が伸びてきた。


「闇に散れ」


 闇が闇を覆った。手が伸びてきた。


「闇に呑まれろ」


 闇が闇を覆った。手が伸びてきた。


「闇に失くなれ」


 闇が闇を覆う。影に影が重なる。あたしは闇を睨む。もう来ないで。闇は嫌い。でも闇があれば光はより美しくなる。光に闇は必要。闇があれば光が輝く。あたしの体が闇に呑まれる。気持ちいい。闇に呑まれる。温かい。闇に呑まれる。平気。あたし平気。


 闇は昔から友達だもん。


 慣れてるの。


 だから平気。


 何ともない。


 あれ?


 あたし何してたんだっけ? 振り返ってみる。





「素晴らしい」



「実に素晴らしい」



「間抜けちゃん」



「想像以上です」



「だから」



「もう起きて?」



(*'ω'*)



 ――目を覚ました。

 気がつくと、目隠しは外され、目の前には蝋燭の明かりと、その光に照らされるジュリアが優しい笑顔であたしを見つめていた。


「間抜けちゃん、おはよー」

 ……あたし、寝てました?

「ええ。それはもうぐっすりと」

 ……申し訳ないです。

「いいえ。これそういうものなんです」

 ……そうなんですか?

「お疲れ様でした。お水飲まれます?」

 あ、いただきます。


 あたしは起き上がり、ジュリアからグラスを受け取った。なんだろう。叫んだかのように喉が痛くて、渇いてる。あたしは水を一気に飲み干した。


 あの、それで、あたし、どうでした?

「……それが」

 はい。

「最後に、一つだけ試してみてもいいですか? それでテストはお終いなので」

 ……何したら良いですか?

「私の手を握ってください」


 ジュリアがあたしの正面の椅子に座り、両手であたしと手を繋ぐ。


「今から、三数えます。よく聞いててくださいね?」

 はい。

「いーち」

 ……いち。

「にーい」

 ……に。



「さーん」




 あたしはジュリアに向かって倒れた。


(え?)


 体に力が入らない。


(何?)


 動けない。


(なに、これ……)


 違う。動けないわけじゃない。押さえつけられてる。縛り付けられてる。見えない何かに。重たい何かに。あたしの心臓がドクドク鳴る。体が重い。すごく重い。喋れない。『誰かの魔力が』あたしを押さえつけている。中からも外からも。なんだこれ。ジュリアさん、なんか、変です。


「あれー? どうされましたー? 大丈夫ですかー?」


 ジュリアさん。


「間抜けちゃん」


 ――そこでようやく、あたしはさっきの水にジュリアの魔力が入っていたことを察した。だって、でないと――こんな悪魔みたいな笑顔は出来ない。


 ジュリアの紫色の目が、あたしから逸れず、じっと、舐め回すように、じっと、ただ、ひたすら、穴が空くほど見つめてくる。頭を見られて、目を見られて、顔を見られて、首を見られて喉を見られて鎖骨を見られて胸を見られて握った手を見て足元を見てきて見てきて見てきて見てきて見てきて全部全部その視線があたし自身を見てくるようで背筋がぞわぞわしてるのに体がまるであたしのものじゃないように動けない動かない動いて動けない。


「よいしょ」


 ジュリアが脱力して何も出来ないあたしを抱きしめた。


「あー温かい」


 その唇がにやける。


「すごく……温かい」


 あたしはされるがままに抱きしめられる。


「すごい、すごい。……いやー……本当にすごいと思います。このテスト、こんなにすんなり行く人がいるとは思いませんでした」


 ジュリアがあたしの背中を優しく撫でる。


「間抜けちゃん知ってます? 闇魔法ってすごく危ないんですよ。一歩間違えたら命を落とす。気が触れる。だから」


 ジュリアが囁く。


「私はずっと一人」


 ジュリアの手があたしを強く抱く。


「私に近づくと気が触れる」


 闇が魔力を覆う。


「闇魔法使いは数が少ない。なぜなら皆途中で死んでしまうの。孤独に耐えきれなくなって」


 引退したって無駄。後遺症が残るように闇が追いかけてくる。気が触れる。闇から逃げようとも無駄。闇はいつまでもいつまでも追いかけてくる。


「けれど私はそんな闇に魅入られた」

「闇の魔法は底知れない。そこに魅力を感じた」

「私は生涯闇の中で生きていくことを決意した」

「そう決めてから不思議なことが起きた」

「関わる人、皆、気が触れていく」

「皆おかしくなってしまう」

「それは私の魔力が、闇に染まって、それが感染して、皆を飲み込むから」

「私は人と関わることが出来ない」

「それが闇の魔法使いの使命であり、契約である」

「寒い」

「冷たい」

「寂しくて仕方ない」

「でも関わったら私の魔力でおかしくなってしまう」

「魔法調査隊は非常に危険な任務をこなす部隊」

「私ごときの魔力で気が触れる人材などいらない」

「このテストを受けた者は皆悪夢にうなされることになる」

「永遠に」

「でもね」

「だからね」

「すごいね」

「間抜けちゃんは笑ってた」

「すごく可愛い声で、楽しそうに」

「私の魔力を吸い取って、くすぐったそうに笑ってた」

「全然平気な顔して」

「闇魔法をかけたのに」

「気が狂うどころか気持ちよくなって眠りについた」

「やった」

「あはは」

「あはははは、やった」

「あは」

「もう一人じゃない」

「寂しくない」

「ははっ」

「あははは」

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」


 動けない。手が動かない。床に落ちた杖がジュリアの足元に転がった。痛い。ジュリアに抱きしめられる。強く強く抱きしめて、笑って、あたしを離さない。


「どうして平気なの? ねえ、どうして気が狂わないの? 気が狂わないなら私と一緒にいたって気が狂わないよね?」

(目眩がする。視界が揺らぐ。頭が痛い。体が動かない。手足が麻痺してる。どうしよう。何これ。ああ、焦るな。落ち着いて。ああ、パニックになる……)

「間抜けちゃん、とっても気に入りました。このまま帰したくありません。なので良いことひらめきました。うん。やっぱりミランダの弟子は辞めましょう? 私の弟子としてここにいなさい。そうしなさい」

(やばい。どうしよう。怖い。体がまじで言うこと聞かない。何が起きてるのかわからない。ジュリアさんが何か喋ってるけど、なんか、よく聞こえない。わからない。大丈夫。落ち着いて、あたし。ああ、クソ。やっぱり来るんじゃなかった。大丈夫。深呼吸して。大丈夫。スマホさえあればミランダ様に連絡出来る。ジュリアさんの様子がおかしいって言える。ああ、待って。本当に体が動かない。どうなってるの……!? とりあえず、とりあえずは……!)

「魔法使いになりたいのでしょう? いいですよ。私の弟子になれば、学校をやめたって魔法使いとして活躍させてあげられます」

(ジュリアさんから離れないと!!)

「あら、なんですか? この手」


 ジュリアの肩を、精一杯前に押す。


「間抜けちゃん」


 ジュリアがあたしの手を握り、笑顔を浮かべる。


「ミランダの元へ戻ったら」


 はっきり言う。


「お姉さん、どうなると思います?」


 ――その言葉が鮮明に耳に入ってきて――あたしの呼吸が完全に乱れた。


「証拠はね、揃ってるんですよ。全部。私が集めました。いざって時のために使えるものは集めたくなる質なんです」

「……っ、……っ!」

「ね? そんな怯えた顔しないで? 可愛い可愛いストピドちゃん。私の魔力を受け取っても何も変わらないストピドちゃん」

「……、……っ……」

「君がここから出たらデメリットしか無いよ? お姉さんは逮捕されて殺人罪で死刑かな?」

「っ」

「でもね、君がここにいてくれたら私は何もしない。本当だよ? 何もしない。間抜けちゃんがここで私の側で私の近くで私の目の前で私の隣に居てくれたらもうそれでいい。本当にそれだけでいいの。魔法使いになりたいなら仕事をあげる。君でも出来る仕事なんていくらでもある。ツテもある。君は学校に行かなくたって魔法使いになれる。そうなればアルバイトだってしなくていいよ。苦しい思いをせずに済むよ」


 私も、君も、苦しくなくなる。


「メリットしか無い」

「そうしよう?」

「ね?」

「二人でいよう?」

「温かい」

「人の温もりなんていつぶりだろう」

「私が触れても平気な子」

「気が触れない可愛い子」

「ルーチェ・ストピド」

「気に入りました。非常に異常に気に入りました」


 ジュリアがあたしをベッドに倒した。



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