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駆け出し魔法学生はスタート時点を目指す  作者: 石狩なべ
第四章:孤独な闇の魔法使い
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第6話 モヤモヤが続く夜

 アンジェから連母音の話を聞いてから、あたしの練習メニューに連母音が加わった。


(同じ母音が続く時、2音目の音を強くする……)

(アクセントは合ってるか……。これで間違ってないか……)

(鼻濁音を忘れない……)

(無声化、有声音。うわあああもう駄目。頭パンクする!)

(ミランダ様が発声は日常的に使いながら練習するように言ってた)


 今夜もバイト。


「いらっしゃいませー!」

「こちらのレジどうぞー!」

「はい! 500ワドルでございますー!」

「1000ワドルチャージ、し、しますねー!(……あれ、連母音?)」

「チャージ分でお支払いさせていたた、(あ、これ連母音だ!)……いただきまーす!」

「ありがとうございましたー!(あ! 鼻濁音忘れた!)」

「お客《《さま》》、お待ちでしたらどうぞー!(sとmが組み合わさった時は意外と言いやすいんだよなぁ。これも何か発音の仕組みの関係なのかな?)」

「いらっしゃいませー! お預か《《りし》》まーす!(よし、再チャレンジ!)」

「はい! 120ワドルですー! 袋い《《かがなさ》》いますかー?(ひいい! ここにも連母音隠れてやがった!)あ、《《ふく》》ろ無しですねー!(げっ、袋まで連母音! 道理でいつも噛むと思った!) かしこまりましたー!」

「……(あれ、袋って……『ふ』が無声音だっけ……? 『父』と同じ原理だった気がする……。『ふ』が無声音。『く』が有声音で2音目だから強く。『ろ』は普通の音。アクセントは……尾高だっけ?)」

「……(あれ、何やってたっけ? あ、……あれ? ……袋……)」

「……」

「……お客様、も、も、申し訳ございません。ふ、袋って……いりますっけ……?」


 電車に揺られながら花火の動画を見る。


(花火っていっぱい種類があるんだなぁ。ネズミ花火。線香花火。ロケット花火。打ち上げ花火。形もたくさんある。菊。牡丹。冠。型物。柳。蜂。スターマイン。ナイアガラ……何これ!? やばっ!)


 駅から出て森の中を歩く道で魔法使いの動画を見る。見たこと無い魔法使いや、見たことある魔法使いが魔法を繰り広げ、ショーを見せている。美しく輝いて、水や炎や風や土や、様々な魔法を客に見せて魅了する。


(何しようかな。アンジェちゃんはリクルートスーツ着てやったって言ってた)


 あたしは何を見せよう。


(すごいのを見せて驚かせたい。早く決めて練習しないと。数が物を言うんだから)

(そうだな。……えっと、花火だから……夏祭り……)

(いや、ありがち。皆やりそう。何が良いかな)

(あ、広告)


 動画に広告が流れた。


『この夏は、パルフェクトもおすすめ、デ・ルーチェを飲もう! 大好きだよ! デ・ルーチェ♡』

(よくやるよなぁぁああ!? お前のせいでこっちは困ってるのによくルーチェ♡とか言えるよなぁぁぁああ!? くたばりやがれ!!)


 あたしはさっさとスキップボタンを押して動画を眺める。


(この際、お姉ちゃんの真似でもしようかな! パルフェクトウィッグも売ってるみたいだし!? パルフェクト水着も売ってるみたいだし!? ウィッグと水着で浮き輪持って、パーフェクトのルーチェってか!? あははは! こいつはいいじゃん! 笑えるよ!)


 ……。いや、やめよう。それだけは絶対やめよう。似てないとは言え、化粧一つで命取りになるようなことはやめよう。


(そうだよ。あたしがコスプレするとしたら)


 ミランダ様。


「……」


(ミランダ様の……コスプレ……?)


 髪の毛黒くしてー、お化粧してー、黒いドレス着てー。


(……あ、やめておこう。本人に見られたらまじで地べたに這いつくばって笑われるかクビにされるかのどちらかだ)

(うーん。花火か。連想ゲーム。花火。祭。夜。闇)


 闇。

 ――ジュリアさん。


(……明日、金曜日か……)


 明日までに決めちゃいたいな。見せるもの。


(花火……。炎。……そういえば、ミランダ様から頂いた最初の試験で、暖炉にある木の枝を片付ける祭に、魔法でキャラクターを出した男の子がいるって話をしてた。……キャラクターか)


 皆が知ってるポピュラーなキャラクター。


(それって童話でも有りだよね?)


 あ。


(不思議の国のアリスなんて定番で良くない?)


 不思議の国のアリスなら何でも出来るよね? うさぎもいるし、猫もいるし。


(あ)


 一度ひらめいたら過剰集中が起きる。あたしの頭の中にイメージが浮かび上がる。あたしは突然走り出した。衝動性が暴れる。あたしはウサギ。学校祭に遅刻してしまいそうで焦ってる。あたしは遅刻してません。走って、急いで、遅刻しないように頑張ってますと伝えるために光魔法を空に当てる。すると空にはたちまち大きな花火がぴかっと光る。輝く花火。輝く光り。これだ。これだ。これだ! あたしは走り続ける。にやけ出す。誰もいないから笑い出す。くるくる回りだす。衝動性が暴れてる。このまま帰りたくなくて遠回りする。あはははははははは! 狂ってるように見える? 見えるよね。きっと見えると思う。でもテンション上がってるだけなので気にしないでください。あはははははははは! 言うこと聞かないんです。頭の中では帰ってこのひらめきを忘れない内にノートに書こうと思ってるのに、世界に入ったらもう戻れない。過集中。衝動性の暴走。戻ってこれない。あたしは踊りだす。体が勝手に動く。楽しい! あたしはウサギ! あははははは! あたしはウサギ。あははははは! そこから一時間戻ってこれなくて、すごく疲れてからようやく理性が体の舵を取ってくれて、あたしは屋敷に帰ることが出来た。セーレムが玄関で待っていた。


「遅かったな。ルーチェ。わ、どうしたの? 今日もすごく怖い顔してる!」

「……しんどい……」

「ルーチェ、汗の匂いがする! くんくん! すごく汗の匂いがする! くんくん! なんか走り回ってたみたいな匂いがする!」

「ああ、もう無理……。足が……」


 ふらふらとリビングに行ってソファーに鞄を下ろす。


(このまま寝転がりたいけど……今寝転がったら絶対寝る……)


 明日は金曜日。学校が終わったらジュリアさんと待ち合わせなければいけない。きちんと準備しておかないと。


(ミランダ様も言ってた。何事も経験だ)


 そうだよ。ちょっと一晩、ジュリアさんのお家で御飯作って、お掃除して、家政婦のアルバイトすればいいだけじゃん。怖がることなんて無い。何もない。きっと何もない。


 あたしさえ黙ってれば、何も問題は起きない。


(うわ、最悪。……ベリーのこと思いだした)


 ――こっちは本気でやってるんだよ!

 ――ベリー、言い過ぎ。

 ――ごめんなさい……。

 ――ルーチェもなんで黙ってたの!? もう本当ありえない!


(うわ、皆のこと思い出した。あの時の披露会嫌だったな……。思い出したくないのに……もう……)


 あたしは脱衣所に向かう。


「あ、ルーチェ、今……」

(さっさとお風呂入ろう)

「ミランダが」


 あたしは扉を閉めた。セーレムがその場でうろうろし、匂いを嗅いで、またうろうろして、……ぴたっと止まった。


「あーあ、俺知ーらない」


 あたしの凄まじい悲鳴が屋敷中に響いた。


「ほら言ったじゃん。な? 俺の言うこと聞くべきだろ?」

「ミランダ様、もももも申し訳ございません!!」


 慌てて急いでタオルを体に巻いたあたしは綺麗な土下座をした。


「殺してください!!」

「うるさい奴だね。女同士じゃないかい」

「申し訳ございません!! 殺してください!!」

「風邪引くよ。さっさと入りな」

「申し訳ございません!! 申し訳ございません!!」

「全く、風呂場で騒ぐんじゃないよ。耳鳴りがするよ。元気だね。こんな時間にやかましい」


 髪の毛をタオルで拭きながらバスローブを着たミランダ様が脱衣所から出て行った。セーレムがその足についていく。


「俺は言ったよ。ミランダが長風呂してるから気をつけろってさ。ルーチェ、最近、全然俺の話聞いてくれないの。なんか無視されてる気分。ねえ、わかる? 俺は先輩なんだよ。ルーチェは後輩なんだよ。後輩に無視される先輩の俺の気持ち、考えたことある? ああ、心がしゅんってする。ストレスで病気になっちゃいそう。ああ、孤独だ。悲しくて涙が出そう」

「猫は泣くんじゃなくて鳴くものさ」

「あ、そうか。じゃあ、俺、泣き声の練習するよ。こんな感じかな。うおああああああん! げほげほっ! あ、駄目だ。これ。あ! やっべ! なんか喉に詰まった! ご、ごほ、ごほごほ! あ、どうしよう。苦しい! げほげほっ! え、俺死んじゃうの? ごほごほっ! げほっっ!! ……あ、毛玉。え!? 毛玉! ミランダ! 毛玉が出たよ! 俺の子供が俺の口から毛玉として生まれちゃったよ! 俺、この子に毛玉っちって名前をつけることにする!」

「はあ。どいつもこいつもうるさいね」

「毛玉っち! おいで! パパと遊ぼう! あはは! あはははは! すごい! うちの子は才能があるかもしれない! あははは!」


 パジャマに着替えたあたしはゆっくりと扉を開けて――扉を閉めて、そそくさと煙管を吹かせるミランダ様の前にスライディング正座をして、再び深々と土下座をした。


 お美しいお裸を見てしまい、誠に申し訳ございませんでした……!

「お前に見られたからって何も増えないし何も減らないよ」

 とても美しい形のお胸でございました……!

「お前はぺったんこだったねぇ」

 Bでございます……!

「もういいから明日の準備しておいで。泊まりなんだろう?」

 ……はい。

「早めに寝なさい」

 ……はい。


 あたしはおずおずと頭を上げ……そろりと一歩前に出て……ミランダ様の腰に抱きついた。ミランダ様が煙管を吸い込む。


「……お休みなさい。ミランダ様……」

「……」


 ミランダ様が煙を吐き、あたしの頭を撫で――うなじに触れた。


「ああ。お休み」

「明後日、お昼までには……帰ります」

「そうかい。じゃあ昼食は任せて良いかね」

「はい。必ず……帰りますから……」


 ……もう離れなきゃ。寝なきゃ。


(……ああ、離れたくない……。……お風呂上がりのミランダ様めちゃくちゃ良い匂いするじゃん……。こんなの毒だよ……。ああ、寝ちゃいそう……)


 駄目駄目。寝る前に離れなきゃ。あたしは子供じゃない。そっと離れると、……そこで気づいた。ミランダ様がずっとあたしの頭を撫でてくれていたことに。


(あっ)


 ミランダ様の手が離れる。


(……あ……)


 自分のことでいっぱいいっぱいで、全然気付かなかった。頭から温もりがなくなって、気付いてなかったくせに、心がしゅんってする。


(……もっと、撫でてほしい……甘えたい……)


 ……あの、ミランダ様。

「ん?」

 あたし、学校祭の……オーディションの魔法を、さっきひらめきまして。

「ああ、そうかい」

 当日までに練習して最高のものに仕上げたいと思ってるんですけど、あの、お願いがありまして。

「お願い?」

 選抜に入れるよう、もうとにかくやるつもりです。なので、あの……。もし、……選抜に入れたら……。


 あたしは意を決してお願いしてみる。


「学校祭……来てもらえませんか?」


 ミランダ様がきょとんとした顔で煙管を吸い込んだ。


 クラスでの発表もあるんです。もちろん、どちらも手を抜くつもりはございません。……その、学校祭当日は、色んな格好をされてる方が多いので、変装すればミランダ様だと皆気付かないと思います。そうなれば、一緒に歩いて色んな所をご案内することもできます。

「学校祭ねえ……」

 駄目でしょうか?

「……まあ、仕事が入ってなかったらだね」

 ……。

「ヤミー魔術学校の学校祭は夜中まで開催されるって聞いたよ」

 ……ああ、ええ。18歳以上は参加できます。夜のパフォーマンスもとても面白いんですよ。バーが開かれたり、ダンスを踊ったり、夜なのでいい雰囲気になって、恋人同士になるカップルも非常に多いです。

「夜中までやってるなら行けるかもね」

 ……本当ですか?

「まだわからないがね。お前が選抜に入れなかったら私はその時間を研究時間に費やすよ」

 入ったら来てくださいますか?

「お前がそれでやる気出すならそう返事しておくよ」

 来てくださるんですか!?

「まずオーディションに受かる方法を考えな。どうせイベント主催はマリア先生だろう?」

 あ、あたし、頑張ります! めっちゃ頑張ります! すごく頑張ります! 絶対選ばれます!


 あたしは再びミランダ様の腰に抱きついた。


「今の言葉、忘れないでくださいね! ミランダ様!」

「……はいはい」

(えへへ! やった! やった!)


 ミランダ様が来てくださるなんて!


(絶対選ばれないと……!)

(いや、選ばせる)

(あたしはミランダ様の弟子だもん!)

(絶対に選んでもらうんだ!)


「すげえじゃん! 毛玉っち! もうまじ愛してる! 最高だよ! 俺の毛玉っち!」


 あたし達の横で、鼻をスンスンさせながらセーレムが毛玉を転がして遊んでいた。



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