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駆け出し魔法学生はスタート時点を目指す  作者: 石狩なべ
第四章:孤独な闇の魔法使い
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第4話 嬉しい報告


「……」


 ぼーっと、電車に揺られる。


「……」


 停車駅に着いたのを確認して下りる。


「……」


 人気のない森に向かって歩いていく。


「……」


 街灯がないからとても暗い。あたしは杖を振った。


「蛍の光、川のように」


 杖から蛍のような光が現れ、川のように流れ始め、あたしの周囲を照らした。足元が見える。この道を歩けばミランダ様の屋敷に帰れる。あたしはいつもより大股で足を動かした。森の中を歩く。闇の中を進む。ほのかな明かりが見えた。あたしはそこに向かって走った。一足のランタンが屋根から下りてきてあたしの元まで飛んできた。あたしはそれを無視して屋敷まで走った。杖を構える。


「オープン・ザ・ドア」


 ドアが開いた。あたしはそこに入って……すぐにドアを閉めた。外にいたランタンは体を傾げ、屋根にジャンプし、また固定された。


「……」


 あたしはドアを背に、ずるずると座り込んだ。


「……」


 今日は、色んなことがありすぎた。


 ――パルフェクトさんを逮捕しようと思うんです。


 あの怪しげな口の動きが忘れられない。


 ――今週の……うん。金曜日がいい。学校が終わってからでいいです。うちで家政婦のアルバイトをしてほしいんです。

 ――私、肉じゃがが食べたいです!

 ――では17時に中央区域駅の東口で待ち合わせしましょうか!

 ――持ち物は杖と次の日の着替えだけで結構ですよ! あとは全部家にありますから!


(……あの人の家で何するの?)

(事情聴取?)

(どうしよう。あたし、ただでさえ口軽いのに)

(どうしよう……)


「ルーチェ?」

「っ!」


 びくっ、と体が揺れて顔をあげると、セーレムがきょとんとした顔であたしを見ていた。


「お帰り。そんなところで何してるの? なんかすげー怖い顔してる。あ、お腹撫でて。はい」

「……」


 寝そべったセーレムのお腹を撫でた。……ああ、帰ってきたんだな。怖かったな。ジュリアさん。なんか、今日は朝から色んな事が……。


 ――私は自分から弟子辞めたの。


「……」

「ルーチェ、外の匂いする。風の匂いか。くんくん。ルーチェの匂いもする。くんくん。風って朝昼晩で匂いが変わるんだよ。くんくん。ルーチェの汗の匂いもする。くんくん。すごいな。ルーチェ。色んな匂いに包まれて面白いな! くんくん!」

「……て、て、……手……洗ってくる」

「あん。もうちょっと撫でろよ! もっと撫でろよ!」

「……また後でね……」


 あたしは洗面所に向かって手を洗う。泡が手に乗り手を泡だらけにする。今日一日の汚れを落としていく。水を出す。泡が落ちていく。どんどん排水口に吸い込まれていく。眺める。記憶が頭の中で走馬灯のように駆ける。アンジェの顔。アーニーの顔。今日の授業はうっすらと。バイト先に来た嫌な客の背中。態度。……ジュリア。


(ミランダ様には内緒って言ってた)

(本当にいいのかな。黙ってて)

(でも、今相談しても、相談したことでお姉ちゃんが逮捕されたら?)

(別にあの女が逮捕されようが、あたしには関係ないけどさ)

(でも、親にお金も入れてくれてるわけだし)

(ああ、そうだ。この間お小遣い貰ったから)

(そうだよ。別に心配してるとかじゃなくて、別に、お姉ちゃんの人生をこれ以上苦しめたくないとか思ってるわけじゃなくて)

(ただ、あたしは、……お小遣いを貰ってしまったから)

(そのお礼)

(大丈夫。言わなきゃ気付かれないから)

(ミランダ様は別にあたしを監視してるわけじゃないんだし)

(挙動不審にさえならなければ)

(大丈夫)

(絶対大丈夫だよ。一晩だけ)

(一晩終われば、もう……大丈夫……だから……)


「ルーチェ、帰ってるのかい?」

「ひっ!」


 振り返るとミランダ様が立ってて、驚いたあたしをいつもの呆れた目で見ていて、あ、ミランダ様だ、と思ったら……自然と頬が緩んで、蛇口を締めて、記憶が頭の中をぐるぐる走り続けたまま、心と体がぐちゃぐちゃなまま、それでもなおあたしは心を優先させて口を開けた。


 びっくりしました! もー! ミランダ様ったら! ……ただいま帰りました。

「冷蔵庫にシュークリームがあるよ。依頼人から頂いてね」

 ……そうですか。有難くいただきます。

「ん」


 ミランダ様が洗面所から離れようとした。


(あ)


 あたしはミランダ様を追いかけた。もう少し話していたくて。話していたいというか……ミランダ様のお声を聞きたくて。


 ミランダ様、今日学校で、学校祭のお知らせがありまして。

「あー。この時期かい」

 少しお話し出来ませんか? 報告したいことがあるんです!

「紅茶を出してくれるなら付き合うよ」

 もちろんです!


 あたしは杖を構えた。


「ランルンタンと、ワルツの始まり。曲名、素晴らしき夜のティーセット」


 食器棚が開いた。ワルツの曲が流れ出すと、カップとソーサーが手と手を取ってワルツを踊り始めた。女性のエスコートをきちんとして、ソーサーが下に、カップが上へと降り立った。そこでヤカンが音を鳴らした。なんてことだ。魔法が解ける時間じゃないか。もうこの舞踏会にはいられない。帰らなきゃ。あ、待ってください! 紅茶の葉姫を網に乗せてヤカンのお湯で湿らせた。これで逃げ場はない。あ、そ、そんな……! 君は一生僕のものだ! あーん! お湯と紅茶の葉姫が交わった愛の汁が滴り、そこに白き愛の液が交わった。愛と愛で交わった紅茶を皆はこう言う。ミルクティー、と。


 ミランダ様もシュークリーム食べます?

「ああ。いただこうかね。今日は午後から部屋にこもりっぱなしで疲れたよ」

 お疲れ様です。


 あたしは冷蔵庫からシュークリームの箱を取り出し、互いのお皿に乗せた。わあ。大きなシュークリーム。美味しそう。椅子に座ったら、正面にはミランダ様がいる。あたしの足元ではセーレムが歩いてきて、シュークリームを落とさないかとじっ……と見てくる。


「俺、気張るんだ。甘いのが落ちてくるかもしれない。緊張の一時。ふう。焦るな。俺。怖がるな。俺。ビビるな。俺。ルーチェが落としてくれるかもしれない。ふぅーっ!」

 学校祭では一般人を呼んで、魔法のパフォーマンスや、魔法で仕込んでおく教室発表や、とにかく魔法で固められたお祭りを行います。ミランダ様もやりましたか?

「どうだったかねぇ……。学校祭かい……。うーん……。あったかねぇ……」

 あはは……。それで、パフォーマンスをするのは基本的に学校祭役員。うちの学校から出してる魔法使い達が行います。その協力メンバーと言いますか、お手伝いと言いますか、が、生徒からでも参加できるんです。

「ふーん」

 ただ、それがやりたいからと言って参加できるわけではなく、選抜なんです。課題を見せる発表日があって、それでオーディションみたいなのをして、先生方に選んでいただきます。

「それで?」

 ミランダ様、あたし、申込用紙を出してきました。


 ――ミランダ様が少しだけ口角を上げた。


「……ふーん?」

 ミランダ様の弟子として、このオーディションは何としてでも本気でやろうと思ってます。選抜に入れるのは5人。この5人の中にあたしは必ず入ります。

「オーディションはいつなのさ」

 二週間後の水曜日です。

「申し込む人はいるものなのかい? それ」

 積極性のある人達は毎年申請しているものです。数は計り知れません。あたしは……その計り知れない数の一人でしかありません。どうせ選ばれないと思って、馬鹿馬鹿しいと思って……今まで申請することすらしませんでした。

「気が変わったのかい?」

 前はともかく、今のあたしはミランダ様の弟子です。偶然目に留まって選んでいただくのではなく、必然的に選ばれに行ってきます。

「それだけ大口叩くなら自信はあるんだろうね」

 自信はこれから作ります。練習して、特訓して、繰り返して、それを重ね合わせて自信にします。

「言うようになったね」

 あたしの背中には貴女が居ます。


 あたしはミランダ様に伝える。


「貴女の恥にならない弟子として、オーディションを受けてきます」

「……ま、頑張んなさい。後悔のないように満足の行く出来まで仕上げてやってごらん。何事も経験だからね」

 ……はい。

「課題は?」

 花火を作るんです。魔法の種類は問われなくて、好きに、どんな形でもいいんです。なので……そうですね。今夜から花火の研究をしようかと。光魔法で見せたくて。

「花火。……ルーチェ」

 はい。

「金曜日空いてるかい?」


 ……。


「き、き、金曜日ですか? ……いつ、い、いつのでしょう?」

「今週」

「……あー……」

「夜に仕事が入ってね。光の花火なら参考程度に見せれるよ。その時間帯ならお前も付いてこれるだろう?」


 え!? ミランダ様の魔法で花火が見られるの!?


(行きたい!)


 ――パルフェクトさんを逮捕しようと思うんです。


 ……。……あー……実は……その。

「ん?」

 ……クラスの子と、課題をやろうって……話してまして……。泊まり……で……。

「ああ、そうかい」

 ……申し訳……ございません……。

「じゃ、見学はまた今度だね」

 ミランダ様……! あたし!

「ルーチェ、機会なんていくらでもあるのだからそっちを優先しなさい。友達は大切にね。いざって時に助けてくれるのはいつだって友達だよ。……お前はよくわかってると思うけど」

 ……。

「そんなに見たいならまた連れてってあげるよ。今月の夜に入ってる仕事なんていくらでもある」

 ……。

「……ルーチェ?」


 あたしは立ち上がった。


「こら。食事中に立たな……」


 セーレムがあたしの足を避けて、気張った目玉であたしを追いかける。ミランダ様がきょとんとする。あたしは床に膝をつけ、ミランダ様の腰に抱きつき、ミランダ様の膝に顔を埋めた。


「……なんだい。急に」


 ミランダ様が紅茶を飲んだ。


「また副作用で酔っ払ったかね。全く」


 優しい手であたしの頭を撫でる。


「ルーチェ、重たいよ。退きなさい」

 嫌です。

「……お前そんなに私の仕事について行きたかったのかい」

 ……ついて行きたいです……。せっかくミランダ様の魔法が見られるのに……。あたしはこんなことになって……せっかくのチャンスを逃して……拗ねてるんです。

「友達と課題をやるんだろう? 仲のいい仲間がいることは素晴らしいことさ。楽しいじゃないかい」

 あたしは……ミランダ様の魔法が見たかったんです。

「じゃあ断るのかい?」

 断れません。……断れないんです。

「じゃあ行くんだね」

 ……。……。……。

「なんだい。さほど仲の良い友達でもないのかい?」

 ……。……。……。

「ルーチェ、何事も経験だよ。若いうちから苦労していれば、いざって時それが役に立つ。苦しければ苦しいほど、修羅場であれば修羅場であるほど。それらを全て乗り越えて人間は形成されていく。いいね。私の弟子なら私の仕事よりもお前のプライベートを優先させな」

 ……。……。……。

「はあ。何なんだい。生理前で心が弱くなってるのかい? ルーチェ、セーレムが遊んでくれるそうだよ」

 ……。……。……。

「ルーチェ、シュークリームが不味くなっちまうよ」

 ……。……もう少し……だけ……。


 あたしはミランダ様のドレスを握りしめる。


 もう少しだけ……こうさせてください……。

「……はいはい。ちょっとだけだよ」


 ミランダ様は、やっぱり優しい手をあたしの頭に乗せて、優しく優しく、無愛想な顔とは全く相重なる手で愛重なる撫で方をする。そんな撫で方をされたら、なんだか涙が出てきそうで、ミランダ様の匂いを嗅いだら離れたくなくて。ミランダ様、貴女はもしかしたらどうでもいいと言われるかもしれないけれど、あたし、貴女に嘘をついてジュリアさんの家に行くの、すごく嫌なんです。本当は行きたくないんです。貴女にどうしたらいいか、行っていいのか、相談したくてたまらないんです。でもそしたら、お姉ちゃんがどうなるかわからないんです。あたしがこのまま黙っていれば、大人しくジュリアさんの家に一晩お泊りすれば事は済むのでしょうけど、でもなんだか嫌な胸騒ぎがするんです。あの人、やっぱり怖いんです。ミランダ様、言いたくてたまりません。ジュリアさんが怖いんです。アンジェ・ワイズって誰ですか? 弟子だったんですか? 本当ですか? あたしの前に弟子が居たんですか? 弟子は取らないって言ってましたよね? アンジェちゃんは取ったんですか? どうでしたか? アンジェちゃんはあたしよりも出来の良い弟子でしたか? こうやってアンジェちゃんの頭も優しく撫でていたのですか? ああ、駄目。胸がもやもやしてきた。イライラしてきた。かと思ったらとんでもなく不安になってきた。口から言葉を吐き出してしまいそうで。潰れてしまいそうで。だから、お願いします。何も訊かずにこのまま甘えさせてください。貴女が命令するなら貴女の足だってあたしは舐めましょう。ミランダ様、あたし、貴女の恥だけにはなりたくない。


(……選抜メンバーになれば、きっと自信に繋がる)


 今度こそ胸を張って言える。あたしはミランダ・ドロレスの弟子だって。


(……言ってやる。……絶対、言ってやるんだ……。今度こそ……)


「……ミランダ。俺思うんだ。きっとルーチェはミランダの膝が気に入ったんだよ。枕にしたくて堪らないんだよ。きっと」

「このミランダの膝を枕にしようってかい。ルーチェ、まだかい?」

「……」

「シュークリームがお前を待ってるよ」

「……」

「うん。……しばらくかかりそうだね。こりゃ」


 ミランダ様の指が踊りだし、……そっと、あたしのうなじをなぞった。


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