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駆け出し魔法学生はスタート時点を目指す  作者: 石狩なべ
第三章:完璧な氷の魔法使い
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第13話 光の雪が降る帰路


 ミランダ様が呆然とした。

 ジュリアが唖然とした。

 魔法使い達が顔を青ざめた。

 気前の良い先輩はカメラに収めたこの動画を――動画投稿サイトに流そうと決心した。

 中継を見ていた住人達が喜びの声を上げた。


「「うおおおおおおおお!!!」」

「パルフェクトが事件解決したぞーー!!」

「すげーーーー!!」

「きゃーーー! パルちゃーーーん!! 可愛いーーーー!!」

「俺のパルフェクトーー愛してるーーー!!」

「パルフェクトにドキュメンタリーの依頼だ!」

「独占インタビューの依頼だ!」

「パルフェクト特集だ!」

「あわわわ! マネージャーですけども! ええ! あの、すみません! お電話が鳴り止まなくて……!」

「パルフェクト! パルフェクト! パルフェクト! パルフェクト!!」


 ミランダ様のスマートフォンが鳴った。ミランダ様が電話に出る。


『あ、ミランダさん、すみません。今週依頼していた者なんですけど、その、パルフェクトさんにお願いすることになったので、キャンセルをお願い出来ますか?』

「……あー、そうでしたかー! もちろん大丈夫ですよ! またのご依頼お待ちしておりますー!」


 ミランダ様が地上に下りた。

 パルフェクトは――地面に座り込み――あたしを強く抱きしめる。


「わたくしが! ルーチェ♡を! ウザイなんて思うわけないじゃない!!!!!」

「ふあー」

「そんなこと思ってたなんて知らなかった!! ルーチェ♡が! わたくしのことを! そんな風に思ってくれてたなんて!!」

「あふー」

「ああああああ!! ルぅううううチェぇええええええ♡♡♡!! かうわぃいいいいい!!!! 愛してるぅううううう♡♡♡!!!!!!」

「すやぁ」

「好きっ! ちゅっ! 好きっ!! ちゅっ! 大好き! ちゅっ! ほんとに! ちゅっ! 大好きぃ!」

「んー……やぁー」

「いやぁあああああ! 嫌がるルーチェ♡も超きゃぅわぁいいあぁぁあああああああ!!」


 ヒールが鳴った。あたしはぼんやりと目を開け、ヒールの先を見上げた。その先には……ミランダ様がめちゃくちゃ怖い顔で立っていた。鼻から息を吸い込み、辺り全体に響くくらいの声で怒鳴ってくる。


「ルーチェ!!!!」

 あい。なんれしょう。

「帰るよ!!!!!」


 眉を吊り上げたミランダ様に腕を掴まれる。


「その女が私の仕事を奪いやがったよ! 畜生! 帰って魔法磨きだよ! ほら起きな!!」

 あえー。

「ルーチェ♡に何するの!!!??? ルーチェ♡に乱暴しないで!!!」

「うるさいよ! このしょんべん臭い小娘が!! よくも私の仕事を横取りしてくれたね!! ちょっと若くて顔がいいからって調子に乗るんじゃないよ! ほら起きた! 起きた! ルーチェ!! 帰るって言ってるんだよ!!」

 みらんらしゃまー。

「副作用で酔っ払ってる場合かい!!!?? こちとら今夜するはずだった研究時間を誘拐されたお前に使ってるんだよ! この役立たず! 帰ったらお前を的に壁に穴を開ける魔法を試してやるからね!!」

 みらんらしゃまー。

「あっ! ルーチェ♡! 手を伸ばすのはそんな年増の女じゃなくて、お姉ちゃんでしょう?」

「と、と、年増だって!? まぁーーーー言ってくれるじゃないのさ!! まだまだ乳臭いガキのくせに、大先輩に楯突く気かい!? タレントだか女優だか知らないけどね! そんな中途半端な奴に生意気言われたかないんだよ!」

「その中途半端な奴にお仕事取られた哀れなババアは誰ですかねぇーーー!? ねえーーー! ルーチェーーー!」

「うぉぁああああああ!! やろうってのかい!!! この小娘ぇえええええ!!! 上等だよぉぉおお!!!」

「ウイウイーー! そこまででーす!」


 パルフェクトとミランダ様の間にジュリアが入ってきた。今夜は魔法調査隊隊長として仮面を被っている。


「町の復興を速やかに行わなければいけません。ミランダ、魔力が残ってるならそっちに行ってくれませんか?」

「帰るよ!! 私はね! 魔法の研究で忙しいんだよ!!」

「ああ……これだから心の狭い魔法使いは嫌なんですよ。フクロウをなだめるよりも難しい。特にこのあんぽんたんは話を聞きやしないのだから」


 ジュリアの一言にミランダ様がぶち切れた。まぶたを閉じ、深く息を吸い込み、杖を取り出し、夜空に向け、目を開いて顔を上げる。


「命じる。闇夜を照らす月と星。土と花を蘇生させ、歩く道を蘇生させ、全てを元に戻したまえ」


 一筋の薄い光が雷のように光って消える。しかし、その光が空で爆発した。美しい光が雪のように穏やかに舞い落ちて、花や土に吸収される。そして、光を吸収したものは、元の形へと戻っていった。


 思わず人々が手を伸ばした。手に触れたら光が手の上で溶けて消えていく。本当に光の雪のようだ。中継を見ていた人々の目がテレビに釘付けになった。本物を見たいと外に出てみれば、本当に光の雪が降っていた。


 人々がこの美しい光魔法に感動する。気前の良い先輩が動画を取りながら涙を浮かべた。


「すげぇ。綺麗だ。なんて……綺麗なんだ……」


 ミランダ様のスマートフォンが鳴った。ミランダ様が電話を取った。


『あ、ミランダさんですか? あの、よければ今度友達の誕生日があって、盛大にお祝いしたいので、ご依頼出来ないでしょうか?』

「あー! これはどうもありがとうございます! ぜひ受けさせていただきますよ! ただすみません。今出先なものでして、メールを頂けると有り難いのですが」

『ええ! 今テレビで見てて! すごく綺麗な魔法で、感動してまして!!』


(光の雪……)


 ぼんやりした意識の中であたしは手をのばす。


(なんて綺麗なんだろう……)

(あたしも生み出したい)

(こんな美しい光を出して、いつか……)


 あたしも人々を魅了したい。あたしの光で。


「……帰らなきゃ……」

「ルーチェ?」

「ミランダ様……」


 パルフェクトが息を呑んだ。


「ミランダ様……」


 パルフェクトが黙り、ふと、ミランダ様を見上げた。


「ミランダ・ドロレス」


 ふん、私の手にかかればこんなもんだよ。と呟きながらスマートフォンを切ったミランダ様が、ジュリアが声に反応して、パルフェクトに振り返った直後――、


(あ?)


 パルフェクトの顔があたしに近づき――それはそれは深い口付けをしてきた。わー、お姉ちゃんの顔相変わらず綺麗だなー。

 ミランダ様が呆然とした。ジュリアが唖然とした。二人に見せつけるようにパルフェクトがあたしの唇と自分の唇を重ね――顔を上げた。


「この子は、一時的に貴女に預けます」


 パルフェクトがあたしの頭を撫でた。


「この子もそうしたいみたいだし」


 パルフェクトがあたしの額にキスをした。


「でも忘れないで。ルーチェ。お姉ちゃんはいつだってルーチェの味方だからね。いつでも……頼ってね」

「あはははは! おねぇーちゃんの顔が、っ、ふにゃふにゃしてるー!」

「はあ……♡ 副作用でふわふわしてるルーチェ♡も可愛い……♡ なんでこんなに可愛いの……。ルーチェ♡、やっぱりお姉ちゃんと住もう?」

「やだー」

「あん! いじらしい! そういうところも大好き!」

「……ジュリア、もういいかい? この光の雪が振り終われば復興作業はおしまいだよ」

「ええ。どうもありがとうございます。……間抜けちゃんによろしく伝えてくださいな」

「ふん!」


 ミランダ様がずかずか歩いてきた。


「ほら、本当に帰るよ。ルーチェ!」

「みらんらしゃま、たてないれす……」

「本当にお前は役立たずだね! もう少し私に貢献しようとか思わないのかい! 全く!!」

「ふわあ。雪きれー」

「見てごらん、ルーチェ♡。ババアがイライラしてわたくし達を睨んでる。嫌だねー」

「ひゃひゃひゃひゃっ! ひっく!」

「風の波よ、重たい弟子を乗せとくれ。私が抱えて帰れるように」


 強い渦のような風が吹き、あたしを包み込むと、一気に急上昇してお姉ちゃんの手から離れる。あーーーれーー! ミランダ様がすかさず箒に乗り、風に浮かぶあたしを片手で掴んで抱きしめ、月の光に照らされ、光の雪に包まれながら飛んでいった。そして、タワーマンションの窓に登っていくと壊れた窓からセーレムが飛び下りてきて、そのままミランダ様の肩に乗り込み、また箒が空へと飛んでいく。


「あー、セーレムだー」

「お? どうした。ルーチェ。いつもより喋り方がのんびりじゃないか」

「そーなのー。のんびりなのー!」

「はあー! やっぱりさ、俺思うんだ。いつでも忙しくすれば良いってもんじゃないってね! 時にはのんびりも必要で、時々忙しさも大事なんだって。あれ? 俺今超良いこと言った気がする!」

「やー、まじ最高ー。セーレム良い子ー」

「そうなんだよ。俺良い子なんだよ。ルーチェならわかってくれると思ってた!」

「うるさいね……。飛行魔法だって体力と神経を使うんだよ……。……黙っとくれ!」

「ミランダさまー」


 あたしはミランダ様に両手で抱きつく。


「あたしはぁー、ミランダ様一筋ですぅー!」

「何言ってんだい。実の姉とあんだけキスしておいて。何なんだい。お前達。気持ち悪い」

「おねぇーちゃんはー、昔っっっから、あんら感じらんれすー!」

「あんな化け物みたいな魔法使う奴は久しぶりに見たよ。嫌だね。全く。才能ある若いのが現れたら集中的にそっちにみんな行くじゃないのさ。ああ、嫌だね! こっちがこれだけ研究してすごいものを作り出しても、才能ある奴が全部持っていきやがる。ああ、嫌だね!! 世知辛い世の中だよ! 全く! ああいう奴は、今のうちに潰しておくに限る!」

「あたしはぁーミランダ様のまほー一筋ですぅー!」

「うるさいよ! お前が好きだって言ったってね! 世界中の奴らが感動したって言わない限り私の存在価値なんてないんだよ! 畜生!! あの小娘め! すったらもんだと簡単にあんな綺麗で美しい魔法使いやがって! ルーチェ! 帰ったら私は籠もるからね! お前とフクロウのせいで研究時間が減らされたよ! ああ! 嫌だね! 全部嫌だよ! 何なんだい! あの氷魔法! むかつくね! 本当に美しかったよ!! 素晴らしすぎて腹立たしいよ! ああ! 嫌だ!!」

「あたしもぉー早くぅーこんな光魔法ちゅかえるよーにーなりたぁーい!」

「うるさいよ! お前には無理だよ!!」

「それでぇー!」


 あたしは手に力を入れて、よりミランダ様に触れていることを確認して、……口を動かす。


「ミランダ様とー……お仕事するんれすぅー!」


 ……ミランダ様が黙った。


「うふふふぅー! あたしぃー! ミランダ様の背中をー! まも、も、も、守るんですー!」

「……ふん。この私の背中を守るなんて、今のお前には無理だよ」

「うふふふぅー!」

「……だがね」


 ミランダ様がぽつりと言った。


「気長に待ってるよ」


 もう少しで屋敷につく。またミランダ様と魔法の日々が待っている。あたしはそれだけで胸が弾む。


(はあ……眠い……)


 あたしはミランダ様を抱きしめながら、セーレムを間に挟んで抱きしめながら、大きな欠伸をした。


 星は輝く。雪は降る。美しい光の夜だった。







「……やはりあったか」


 ジュリアが眠る大量のフクロウ達を見下ろした。


「一体何が起きていることやら」

「隊長」

「厳重に保管しておくように」

「はっ!」


 隊員達がチームワークでフクロウ達を回収し、――その側に落ちている魔法石も併せて拾っていく。


「んー。魔法石のことは隊員達に任せるとして……」


 仮面越しから紫色の目玉が動く。その先には人々に囲まれ、隙のない笑顔を浮かべるパルフェクトがいる。


「興味深い。非常に興味深い。あの笑顔はまるで仮面のよう」


 ――あはははは! おねぇーちゃんの顔が、っ、ふにゃふにゃしてるー!


「んー。やはり姉妹だったか。ということはその正体、12年前に死亡したと言われているナビリティ・ストピド。……25人の同級生を殺した犯人」


 さて、どうしようか。時効とは言え、……どうしようか。


「犯罪者は野放しに出来ない。……しかし」


 ――ミランダ様、すごくお優しいんですよ。

 ――あたしのために色々してくれるんです。


「……ふーむ」


 ――み、ミランダ様を馬鹿にするなーーーーーーー!!


「使ってるんだよなぁ」


 闇から生まれし影の手よ、あいつを森の外へ追放せよ!!


「闇魔法、使えてるんだよなぁ」


 ジュリアがにやりと笑った。


「ふふっ。……これで行こう」


 ジュリアがぱちんと指を鳴らし、歩き出した。


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