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駆け出し魔法学生はスタート時点を目指す  作者: 石狩なべ
第三章:完璧な氷の魔法使い
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第10話 猫の集会の夕方


(……普通だ)


 昨日、あんなことがあったけど全く笑顔が変わらない。あたしは双眼鏡から目を離す。


(いつものパルフェクトだ)


「つまりぃ、この時に魔法をかけるとするとー」


 パルフェクトが杖を構える。


「氷よ、我の心と同じ雪となれ」


 冷たくない雪が降った。クラスメイト達が声を上げ雪の魔法に感動する。雪が双眼鏡のレンズにつき、あたしはそれを拭いてから再びパルフェクトを観察した。


(……悔しいけど、ミランダ様の言ってる通り、流石はプロとして一躍してるだけある。性格はどうあれ、……確かに……百歩譲って……あいつが他人であれば……魔法使いとして言うのであれば……評論するのであれば……魔法は間違いなく素晴らしい)


 魔法だけね!


「先生、質問良いですか?」

「はーい、どうぞ!」


(受け答えも完璧。今日もパーフェクトのパルフェクト)


 あたしのお腹が鳴った。うぐっ!


「ルーチェ、向こうでランチ食べるけど一緒に食べる?」

「いや、今日、お弁当なくて……」

「え? 午後もつ?」

「大丈夫大丈夫」


(この恨みを観察力に向けてやる。絶対許さない。パルフェクト。絶対シュークリーム代分のもの盗み出してやる。パルフェクト!)


 ああ、お腹すいた! ぐうー! 畜生! パルフェクト絶対許さない! ぐうー! 発達障害なのに、障害者なのに、一番健康を大事にしないといけない身なのに! ぐうー! 畜生! 空腹なんて蹴飛ばしてくれるわ! ぐうー! 気のせい気のせい! お腹が空いてるのは妖怪のせい! お腹を鳴らしながらあたしは図書館に行き、ノートを広げる。


(パルフェクトを観察して二日目。パルフェクトがここに来て三日目。さあ、あたし、これだけパルフェクトを観察したんだから、もう盗み出してるものの一つや二つあるんじゃない? 今こそ、ノートにそれを記してみよ!)


 あたしはえんぴつを持った。


(行くぜ! ルーチェ! 観察した結果を見せてみろ!)



 ――気がつくと、小説のプロットを書いてた。



(はっ!! またやっちゃった! しかもめっちゃ面白そうなやつ書いちゃった!!)


「……ん?」


(うわ、小説書きたい……! これ書きたい……! 主人公の悪役令嬢は13歳。ようやく恋愛に発展する思春期ストーリー! 四章目で……仮面舞踏会がメインで……!)

「ルーチェ?」

「はん?」


 あたしが顔を上げると――アーニーがじっとあたしを見ていた。燃えるような赤い瞳に驚いて、あたしは壁に背中をぶつけた。


「……っ!!」

「わーあ! ルーチェ! 久しぶりだね! 久しぶりだね!!」


 アーニーがきちんと空気を読んで、ヒソヒソ声で出来る限り大きな声を出しながら、あたしの手を掴んでぶんぶん振り回した。その感触が懐かしく感じて、あたしも笑顔を浮かべる。


 アーニーちゃん!

「ルーチェ、元気だったー!? あ、正面座っていい?」

 うん! ぜひ!


 アーニーがあたしの正面の席に座った。二人で猫背になり、距離を近付ける。


 久しぶり。アーニーちゃん。元気そうだね。

「ルーチェもなんか顔色良くなったね!」

 ……そう?

「イベントの時なんて、なんかげっそりしてたもん!」

 ……そうだったんだ……。

「最近はどう?」

 ……アーニーちゃん、実は、ここだけの話。

「え?」

 アーニーちゃんは、その、言って良いことといけないこと、わかるよね? これは、言ってはいけないことの類。

「何?」

 ……今、ミランダ・ドロレスの家に転がり込んでるの。

「誰が?」

 あたしが。

「……。……。……ひょええええええええええええ!!!!!???」


 あたしはイエローカードを出し、アーニーを思い切りテーブルに押さえ込んだ。図書委員会の担当の先生の魔力から生み出されている、図書室の見張り番のコウモリがぱたぱたと飛んできた。あたしはそのコウモリにもイエローカードを見せた。イエローカードだから! まだイエローカードだから! うん。イエローカードだったらいいよ。でも、うるさくしちゃ駄目だからね。と言うように見張り番のこうもりが去っていった。


 アーニーを押さえつけていた手を退かすと、アーニーが青い顔であたしを見てきた。


「なになに? どういうこと? どういう状況?」

 あたし、本当はあのイベントで魔法使いの道を諦めるつもりだったの。

「ええ! 駄目だよ、ルーチェ! 魔法使いになって一緒に仕事するって言ったじゃん!」

 そうだよ。アーニーちゃんからあんな素敵な言葉貰っちゃったし、イベントは最後までやりきれなかったし。諦めるにも諦められない状況になっちゃって、どうしようもなくて……マリア先生が、イベントが中止になった責任を取るっていう名目で……紹介してくれたの。

「ミ、ミランダ・ドロレスを……!?」


 あたしは静かに頷いた。


「で、ど、どうなの? ミランダさんは?」

 ……ミランダ様は……。

「ミランダさんは……?」

 ……す……っ……っ……っごく……、……、……素敵な人なの……♡!

「……ルーチェが溶けてる……」

 あたし、ミランダ様のためなら……なんでも頑張れる気がする……! それくらい、素敵な人なの……♡!

「ルーチェ、すっかり『ほ』の字じゃん! 私にもそんな顔見せてくれたことないのに! なんか悔しい! やだ! そんな顔しないで! むんっ!」

 アーニーちゃん、ミランダ様と仕事したことある?

「げぇっ! ま、まさか! そんな大物と仕事したら、私の心臓がもたないよ!」

 でも、この間大活躍だったじゃん。バイト先の気前の良い先輩が動画撮っててくれて見せてもらったんだけど、ほら、モグラ騒動の。

「あー、あれね。大変だったんだよ? モグラってあんなに怖い動物だと思わなかった。ルーチェ、怪我なかった?」

 ……。まあ、……平気。

「……気になる間だな。本当?」

 本当。

「また無茶したの?」

 アーニーちゃんほどじゃないよ。

「副作用」

 黒い血が口から。

「黒い血!? それ結構重症だよ!?」

 色々あったんだよ。

「ルーチェの悪いところだよ。副作用って本当に危ないんだよ? 二度と魔法が使えなくなったりもするんだから!」

 気をつけるよ。……ありがとう。心配してくれて。

「嫌だよ? 一緒に仕事できる立場になった途端に副作用の影響で魔力が消えましたーなんてことになったら」

 あたしも嫌だよ。

「ルーチェ、無理は駄目。何かあったら相談して? その代わり、私の相談も乗ってくれると嬉しいな!」

 ……そう言ってくれて嬉しい。ありがとう。でも、アーニーちゃんも無理は禁物だよ?

「ルーチェよりは無理しないから平気だもん!」

 またそんなこと言って!

「ね、さっき用事があって職員室行った時に聞いたんだけど……特別講師教室やってるでしょ? ね、ルーチェのクラスは誰が来たの?」

 ……パルフェクトとか?

「……。……。……ぎょええええええええええええ!!!??」


 あたしはイエローカードを出し、アーニーを思い切りテーブルに押さえ込んだ。図書室の見張り番のコウモリがぱたぱたと飛んできた。あたしはそのコウモリにイエローカードを見せた。イエローカードだから! やっぱりイエローカードだから! NO! レッドカード! いやいや! イエローだから! NO! レッドカード! 見張り番のこうもりがあたしとアーニーを図書室から追い出した。


「「あだっ!!」」


 コウモリがぱたぱたと飛んでいき、思い切り扉を閉めた。


「ごめんねぇ。ルーチェ」

「……歩きながら話そうか……」

「パルフェクト様来てるの!?」

「……アーニーちゃん、ふぁ、ファンだったね……」

「写真集持ってますけど!!!???」

「……時間あるなら、次のパルフェクト先生のクラス、の、見学していけば?」

「……っ! た……!」


 アーニーが走り出した。


「頼んでくるぅうううううう!!」

「転ばないようにねー」


 手を振って見送る。


(あんな女の何がいいんだか。……まあ、魔法は素敵だけど)


 ノートを拾って廊下の角を曲がると、角から人が歩いてきた。


(うわっ)

「ひゃっ」


 可愛らしい悲鳴を上げた女性が立ち止まった。


「ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」


(わ……帽子被ってる!)


 魔法使いだ。年齢は……あたしと同じくらいだろうか。そんなに幼くないように見える。


「へ、へ、平気です。こ、ここ、こちらこそ、しゅみません」

「お怪我がないなら良かった。本当にすみません」

「いいえ」

「それでは」


 紺色の髪の毛を揺らして去っていく。


(……びっくりした。綺麗な子。滑舌も明瞭で聞きやすかった。……あたしとは大違い。……。……教室戻らなきゃ)


 あたしが廊下を進むと、反対方向から人の会話が聞こえた気がした。


「あ、いたいた。アーニー! どこ行ってたの?」

「あ、アンジェー! 大変だよ! 特別講師にパルフェクト様が来てるんだって! ちょっとこの後見学に行くから先に現場行ってて!」

「もー。アーニーったら!」


 アンジェがむすっとして、腕を組んだ。



(*'ω'*)



 今日は授業が早めに終わり、いつもより早く屋敷についた。リビングに行くと、セーレムが窓の前に座っていた。


(あ、セーレムだ。窓からの景色見てるのかな。可愛いなぁ)


 あ、カーテン開けた方が見やすいよね。よし。あたしは気を遣ってカーテンを開けると――。


 ――猫の集会が行われていた。


「……」


 カーテンを開けた先の外で、猫が十匹ほど集まり、セーレムがゆっくりとあたしに振り向いた。


「……見たな?」

 何してるの? セーレム。

「のんびり協会を作ろうと皆で会議してたんだ」

 のんびり協会?

「のんびり協会は忙しなくしてる奴をもっとのんびりさせようぜっていう活動だ。この中で、忙しない奴をのんびりさせることに、ひよってる奴いるぅ!?」


 猫達がじっとセーレムを見ている。


「いねぇよなぁ!?」


 セーレムが尻尾を揺らした。


「忙しない奴、倒すぞぉー!」


 あたしはカーテンを閉めた。


「あ、何するんだよ! ルーチェ! これからお昼寝協会の議題に移るところだったのに!」

 もう夕方だよ。皆解散しないとご飯食べられなくなるよ。

「あ、そういえば間食協会の議題について話すのを忘れてた! のんびりしすぎちゃったぜ!」

 おやつ食べるのもいいけど、毎日は控えてね。おデブになっちゃうよ。……あ!!

「どうした!? ルーチェ!」

 玉ねぎ買ってくるの忘れた! わあ! オニオンスープ作ろうと思ってたのに! 買いに行かないと……。

「え、外に行くの?」


 あたしは瞬きして、そわそわするセーレムを見た。


「まあ、ちょっとくらいなら一緒に出かけてやってもいいぜ。ルーチェ」

 ……そっか。セーレム、病院行く時くらいしか外に出ないんだっけ?

「ルーチェ、聞いてくれよ。この間は学校だったから安心してたら、あの後病院に連れて行かれて、また足に注射されたんだ! 酷いよ。ミランダったら! 猫による注射反対運動も視野に入れなくちゃ!」

 予防接種したみたいだし……町のスーパーで玉ねぎ買うだけだから……ま、いっか。セーレム、良い子にできる?

「俺は良い子だよ! 最高のグッドボーイなんだから!」

 ん。じゃあいいよ。今魔法でカゴを用意するから……。

「ルーチェの肩でいいよ。どっこいしょ!」

 わああ! もう、セーレム!

「よし、進んで良いぞ。ルーチェ」

 ……離れたら駄目だよ?

「うん。俺絶対離れない!」


 ふふっと笑って、あたしは再び買い物バッグを持つ。あ、ちょっと待って!


 そうだ! 学校で移動魔法を教えてもらったんだった!

「移動魔法?」

 暖炉から移動するんだよ! 見てて。セーレム。一気に街まで移動するから。


 あたしは買い物バッグから杖を出し、暖炉に構えた。


「我は求める。中央区域街。『東』。ワープ!」


 暖炉がどんどん光り輝き、風が吹き、あたしとセーレムを引っ張るように呑み込んでいき――古びた暖炉から出てきた。


「「うえっげっほげほ!」」


 あたしとセーレムが同時に咳をする。


(どこ、ここ……)

「ルーチェ、お前今なんて言った!?」

「え? 我は求める。中央区域街。『東』。ワープ……って」

「あ、東か! お前『しがし』って言ってたぞ!」

「……えー……」

「まあ、いいや。とりあえずここから出ようぜ。……どこだここ」

「空き家だね。出ようか」


 埃だらけの空き家から抜け出し、あたしとセーレムが中央区域の商店街に向かって歩き出す。この時間はやっぱりお客さんが多い。あたしは玉ねぎの他に何か買うものがなかったか考えながら食品を探していく。


「ルーチェ! ルーチューがあるよ!」

 また今度ねー。

「ああ、ルーチューが遠くなっていく!」

 あった、あった。玉ねぎ。すみません。これ下さい。

「580ワドルです」

(いつもちょっと高くなっちゃったけど、この量なら二週間は持ちそう。さて、他に買うべきものは……)

「……ん?」


 セーレムの首輪の鈴がチリンと鳴った。


「なんだ?」

 セーレム?

「ルーチェ、急に風が変になった気がしないか?」

 風? 風なんて何も変わらな……。


 その直後、あたしの背後に強い風が起きた。はっとして振り返ると小さな竜巻の中からくるくる回りながら封、という仮面を被った人が現れた。


「わっ、なんだ。こいつ」

(わあ、なんだろう。これ。誰かの使い魔だよね? うわあ、本物じゃん。すごい)


 使い魔が拳を握り、あたしに向かってきた。


(えっ)


 その拳が――あたしの溝に入った。


「っ」

「ルーチェ!」


 あたしの意識が――白くなり、倒れこむと使い魔がそれを抱きとめ――脱力したあたしを腕に抱えた。


「おいおい! 忙しないなぁ! のんびり俺と珈琲でも飲んでついでにお喋りなんかいかが……」


 使い魔が思い切り空へと向かって飛んだ。


「わあ、大変だ。忙しくしなきゃ!」


 セーレムが鈴を鳴らした。


「ミランダ、ミランダ。大変だ。俺はここだよ! 緊急なんだ!」

「……なんだい。どうしたのさ」

「ああ、ミランダ! 大変だ! ……ルーチェが誘拐された!」

「……なんだって?」


 買い物袋から、玉ねぎが転がっていた。


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