第7話 課題のために
あたしは双眼鏡でパルフェクトを観察する。
「はーい。では、ここがわかる人ー」
あたしはノートにメモをする。今日の髪型、三編み。靴はなんだ。あれはなんて名前の靴だ。絶対ブランドものだ。あたしは画像の写真を撮って検索した。……高級ブランドの値段に、あたしはお腹が痛くなった。あたしは双眼鏡を再び覗きこみ、パルフェクトの観察を続ける。
「で、これがこうなってぇ」
(ルーチェ、これは見たくて見てるわけじゃない。ミランダ様が盗んでこいと言ってきたから、ミランダ様のために見ているの。だから寒気なんて気にすることない)
双眼鏡越しから目が合うたびにウインクされてるけど、気にしない。気にしない。
「……ルーチェ、見えないなら眼鏡かけたら?」
「コンタクトしてるから」
「え、だったらなんで双眼鏡……」
「気にしないで」
あたしはここであえて空気を読まないを発揮する!
(ルーチェ・ストピド! 執念深さは人一倍!)
こういう時に限って過剰集中が起きるんだよなぁ。もっと違うことに起きれば良いのに。
(……よく聞いたらパルフェクトの喋り方、まるで歌ってるように喋ってる)
あたしも歌うように、は、意識してるけど、パルフェクトの方が滑らかだ。そして絶対に噛まない。吃らない。
(何が違うんだろう。脳が違うんだよ。……くそ)
ランチタイム。
「パルフェクト先生、一緒に食べてもいいですか!?」
「ええ! ぜひどうぞ!」
「「うわあああああそこは俺私の席だぁあああああ!!」」
(あの女の何に魅力を感じてるの?)
あたしはバイト先で30ワドルにしてもらったおにぎりを食べながら、双眼鏡を覗く。
(パルフェクトと同年代のクラスメイトは研究生クラスにもいる。何が違うの?)
もちろん皆学生だからお金がないし、着てる服とか、身につけてるものとか、そういったものが違ってくるけど。
(なんでパルフェクトは良くて、あたしは駄目なの?)
ずっと笑顔のパルフェクト。どこをどう見ても隙がない。まるで――感情が凍って麻痺してるみたい。
(……)
ふん。顔が良いから魔法使いになれたんだよ。
(こんな顔だけ女から何を盗めば良い。……ああ、畜生。なんでも良いよ。盗んだものを練習してミランダ様にお見せして、……よくやったね。偉いよって。褒めてもらうんだ)
パルフェクトが皆と階段を歩く。よし。絶好の見晴らし。チャンスだ。あたしはスマートフォンを取り出し、前方の壁に隠れてパルフェクトが生徒と歩きながら話してるところを盗撮した。
(よし!)
一枚撮れたらすぐにスマートフォンを隠す。
(特別講師の先生を盗撮すること、または録音すること、録画すること、サインを求めることは禁じられてるけど、バレなきゃいいんだよ!)
よし、ゆっくり観察しよう。あたしは手すりに隠れ、スマートフォンを操作し、写真アルバムアプリを起動させた。うん。ばっちり! とても綺麗に撮れてる!
(よし、これをこうして……)
パルフェクトの姿をアップにする。
(身につけてるもの、仕草、笑顔。口の形。……なんだこれ。肌の艶違くない? ……良いものつけてるんだろ。どうせ。お前はいいよな)
写真を見つめる。
(……お前はいいよな)
――凍りついた教室――雪の結晶――死体。
(……。……。……嫌なこと思い出した。今はそっちじゃない)
あたしがもう一度スマートフォンの画面を確認する――と、盗撮した写真のパルフェクトが笑いだした。
(えっ)
「うふふ。盗撮をするのは誰ですかぁ?」
桃色の瞳があたしを見る。
「もう。ルーチェ♡、盗撮はよくありません。これがネットにでも回ったら、また暇人に詮索されちゃう」
でも、
「そんなに一緒に写真撮りたいなら、プリクラの方が嬉しいな。今日、16時に学校終わりでしょう? 一緒に出かけよう?」
あたしは驚きすぎて言葉を失う。
「ね? ルーチェ♡。……放課後、玄関で待ってて」
――スマートフォンの電源が切れた。
(あれ!?)
あたしはスマートフォンの電源ボタンを押した。
「ちょ、何……」
無事に起動され、内心ほっとし、……すぐにアルバムアプリを起動する。……盗撮した写真が……無い。
(……あの女、やりやがったな……)
放課後玄関で待ってて?
(誰が待つか! ばーか!! 今日もバイトですよーだ!)
クソ! ゆっくり観察しようと思ってたのに! 手すりから体を上げると――黒猫がじっとあたしを見ていた。
「ふぎゃっ!?」
(……。……? ……あれ!?)
「ああ、こんにちは。壊れたオルゴール君」
フィリップ先生があたしに微笑んだ。
「……こんにちは、フィリップ先生」
「マリアを見たかい? お客様が来ていてね」
「いいえ。……えっと……あの……おそらく……事務室かと……」
(っ、やばい、顔に出ちゃいそう)
あたしは唇を噛んでにやけるのを無理矢理押し殺し、一歩下がり、スマートフォンを背中に隠して頭を下げた。
「……こんにちは」
「こんにちは」
「ドロレス、さあ、こちらです。それにしても久しぶりだね! 最近の調子はどうだい?」
「貴方の心理学への追求と同じくらい魔法は研究しているつもりです。フィリップ先生」
「そうだ。教室を見学していかないかい? 生徒にも君の追っかけが何人かいるんだ」
セーレムが金色に光る目を一瞬あたしに向けて、ミランダ様の後を追いかけるため手すりを歩いていく。
(はあ。びっくりした……)
「え、待って!? ミランダ・ドロレスじゃない!」
「え!? 待って!! すごい、すごい!!」
「こらこら。君達、あまり廊下を騒いではいけないよ」
(いやぁ、存在感がエグい……)
ミランダを見ただけで生徒達が飛び上がる。この時期ならなおさら。――どこかのクラスの特別講師なのかな!? わあ、羨ましい! ねえ、あっちにミランダ・ドロレスがいるんだって! フィリップ先生と歩いてた! うわ、まじじゃん! すげえ!
(……改めて、ミランダ様がどれだけ有名なのか思い知らされた気がする……)
いいな。皆にチヤホヤされて。あたしも「きゃあ、ルーチェ・ストピドだ! すごーい! 握手してください! サインください! えー、あたしなんてーそんなそんなー」ってやりたい。有名になりすぎて追いかけられて、好きすぎて害悪ファンになってしまった人への対応に困ってみたい。有名になるにはどうしたらいいんだろう。簡単だ。様々な仕事をこなして、その度に素晴らしいパフォーマンスを見せればいい。仕事はヤミー学校のマネジメント部が選んでくれるし、それを受け取り、依頼人の期待以上の物を出し、うん。これは素晴らしい人材だと認められたらそれでOK。たちまち口コミで評判は広がり、あたしは一躍スターとなる。世の中そんな簡単なからくりだ。
(世の中それが難しいのが現実だ)
あたしは妄想から現実に帰ってきて、廊下を歩き出す。
(そろそろ教室戻らないと。はあ。……帰りたいから帰るつってんだろかーえーる。おー帰りたい。あたし帰りたい。帰りたいから帰るんだってばー。道草なんか食わずに帰るのぉー♪)
「まあ。ミランダさん!」
――あたしははっとして足を止めた。ミランダ様がのんびりと振り返った。その先にはパルフェクトが立っていた。
「お久しぶりです! 以前一緒にお仕事をさせて頂きました、パルフェクトです」
「ああ、これはどう……」
その瞬間、ミランダ様がぴたりと止まった。きょとんとした顔でパルフェクトを見る。
「……? ミランダさん?」
ミランダ様が黙って何かを考え込み――ふと、あたしのいる方に振り返った。きゃっ! あたしは手すりに隠れた。……一瞬、目が合っちゃった! 学校で! 嬉しい! ここでは他人のふりだけど、家に帰ればあのミランダ様の弟子としてお側に居られる。優越感が満たされる。改めて胸に誇らしさが生まれる。あたしはみんなとは違うんだ。いつでもミランダ様とお会いできるんだぞ。どや。という気持ちで幸せになる。
(ああ、駄目駄目。こういう気持ちが一番危ないんだよな。この優越感が満たされていく感覚。すごく危ない)
これは12年前に経験した。見込みがないと絶対に入れない第1ミラー魔術学校に入学出来た時だ。あれほど自分の存在が誇らしくて、優越感に浸れたことはない。調子に乗って日々をのんびり過ごしていたら――たったの一年間で終わってしまった。
(すごいのはあたしじゃない。ミランダ様だ。ミランダ様が『本物の魔法使い』で、あたしはミランダ様の弟子……ただの『一般人』だ)
――でも、
(やっぱり学校で会えたの嬉しぃいいい〜〜〜〜♡♡!! 今夜のバイト帰りにハンバーグ買ってかーえろ!)
セーレムがミランダ様を見つめる。どうしたの? ミランダ。それにしても本物のパルフェクトすげえな。その胸を枕にして玉遊びしてみたいぜ。くんくん。なんだこれ。良い匂いがする。くんくん! くんくん!!
「まあ、可愛い! ミランダさんの猫ですか?」
「……はぁーーーーん?」
ミランダ様がパルフェクトに振り返り――頷いた。
「なるほど」
「はい?」
「いえね、こんなに生徒が騒いでいるものだから、誰か大物の魔法使いでもいらっしゃるのかと思って。貴女であれば納得です」
「あはは! 嫌ですわ。ミランダさんったら! 歩いてるミランダさんを見かけたら誰だって声を上げたくなるものです。現に、わたくしも声をかけてしまいました」
「今、学校では……」
横からフィリップ先生がミランダ様に説明した。
「特別講師教室をやっていてね、何人か来てもらってるんだ。パルフェクトさんもその一人。忙しい中ご協力頂いてるんだよ」
「最近ドラマの撮影も終わって一段落していたんです。タイミングが良かったです。先生になれるなんて、こんな機会またとありませんから」
「へえー?」
「フィリップ先生、ミランダさんは誘われなかったんですか?」
「ドロレスはね、いつもメールを無視するんだ。マリア先生は毎年愚痴っている。いつになったら我が校の看板である魔法使いが、後輩達のために先生をやってくれるのかってね」
「ま、気が向いたら」
「なんだったら顧問職員として働いてほしいくらいだ」
「今の自由さを失いたくありませんもので。それにこの子『達』の世話もありますから」
「にゃー」
「それでは先を急ぎますので。パルフェクトさん、お会いできて良かったです」
「わたくしもお会いできて光栄でした。それでは」
ミランダ様とパルフェクトの対談に、魔法学校中の生徒が感動する。こんな素晴らしいツーショットを見せてくれてありがとうと、拍手してしまいたくなるほどだ。一方あたしは変わらず手すりに隠れて、ふわふわした気持ちを抱き続ける。
(はあ……♡ 幸せ……♡)
「……これは……気付けないねぇ……」
ミランダ様が少しにやにやしながら小さな声で呟き、ヒールを鳴らして、フィリップ先生と廊下を歩き出した。




