第11話 光の魔法使いの弟子
翌日、学校が休校になった。
昨夜のモグラ騒動は森だけではなく町の中でも起こっていたらしく、電車が停電して復旧の目処が立たず、今日はタクシーやバスを利用する人が多かったらしい。
(休校で良かった……。こんな状態だったからどっちにしろ休もうと思ってたけど……ラッキー……)
頭がぼんやりして授業どころではない。ミランダ様の弟子になれたのだから、今日一日はしっかり休んで好きなことして遊んで明日からまた頑張ろう。セーレムが牛乳舐めてるところをぼんやり眺めていると、ミランダ様に呼ばれた。
「ルーチェ、ちょっといいかい」
「あ、はい。なんですか」
「昨日の試験の復習がまだだったろう。書くもの持ってそこ座りな」
「あ、わかりました」
(えーーーー。今日くらい良いじゃんーーー。面倒くさーーー)
(よし、きた! なんで15点なのかやっと聞ける! ずっと気になってたんだよ!)
心と頭がゴチャゴチャして二つの感情が暴れつつ、あたしはノートと鉛筆を持ってミランダ様の正面の席に座った。
「まず課題の順番からいこうかね。なんであの順番で行ったんだい?」
練習はしたのですが、やっぱり最後に出し切りたかったのであまり自信のないものからやりました。
「出だしで楽しくなくちゃ人は魅了されないよ。漫画だってアニメだってそうだろ。一話目で楽しいと思わないと誰も二話目を見ないだろ」
……うーん。
「人はね、第一印象で決まるのさ。これが正解とは言えないかもしれないけど、今度から課題が複数あるものに関しては自信のあるものからやってみたらどうだい?」
はい。わかりました。
「というのを踏まえて見直していくよ。火の魔法の課題。練習したのはわかるけど、あれで依頼人から金が発生すると思うかい?」
あー……。
「熱くないように木を燃やして片付ける。これは大前提の話だよ。いいかい。ただ木を燃やす火を出すだけなら子供にだって出来るんだよ。この間テレビで見たけど、お前知ってるかい? 五歳の男の子が同じような魔法をかけた時、『ハウルの動く城』のカルシファーを出したんだとさ」
え、カルシファー? あの、ソフィー、早くぅ! ってやつですよね?
「実際カルシファーがいたらどうなるんだろうと思って、使わなくなった暖炉の木を片付ける時に出してみたんだとさ。こんな小さいやつだよ」
はー……。
「面白かったよ。その作品を知っていれば客が喜ぶだろうね」
なるほど。キャラクターを使ってもいいんですね。
「子供は喜ぶだろうね」
その発想はありませんでした。
「それと比べて自分のはどうだい」
……あー……。
「もっと作品を見てレパートリーを増やす。料理だってそうだろ。ここに来てから毎日朝昼晩、どのご飯を作ろうかレシピやら何やら見てただろ」
ええ。確かに、そうです。はい。被らないように……。でも料理は基本的なものであれば誰だって作れます。
「基本的な知識があるものなら応用も利く。お前はなんだい。素人かい。何のために時間削って嫌な思いしてまで働いて稼いで学校に行って勉強してるんだい。それでプロの魔法使いを目指すのかい。ええ?」
……すみません……。研究します……。
「次。風の魔法の課題。『オズの魔法使い』が出てきたね」
初めて文字だけで読んだ童話なんです。ブリキのきこりのエピソードがグロ過ぎて印象に残ってまして。
「悪くはないけどね、家を吹き飛ばすのはどうかと思うよ。あれが実際の現場だったら近所迷惑だ。竜巻が起きたことが原因でWi-Fiが飛ばなくなって電気会社からクレームが来たらお前どうするんだい?」
そんなことあるんですか!?
「あるよ。人間は我儘だからね」
ミランダ様もありますか?
「人の命とオンラインゲーム大会、どっちが大切だと思う? 全く呆れるよ。くだらない事でクレームをつけたがる奴ほど時間を持て余している輩が多い。そんな暇があるならその時間を分けてほしいくらいだよ」
……気をつけます。
「光の魔法の課題。これが一番点数的には良かった、けど」
けど?
「滑舌」
……。
「ルーチェ、私はね、お前が憎くて言ってるんじゃないよ。滑舌に悩んでやめていく学生も多いくらい、それくらい大前提の基礎の話なのさ。これが出来て初めて魔法が魔法として形を出す。お前の滑舌はまだまだ不明瞭だ。たまに何言ってるかわからない」
……存じ上げております……。
「いつまでに治すんだい。いつまでに治るんだい。それは」
……マダムに言われて……期限を決めたことがありまして……。
「ふーん」
一ヶ月以内に絶対にさ行をマスターしてやるって意気込んでました。でも、全然良くならなくて、舌の訓練とかもしたんですけど……。もう、なんか……全然良くならなくて……。
「諦めたのかい」
……気がついたら一ヶ月経ってました……。
「歯並び」
悪いです……。記事で見たんですけど……ADHDは一応ちゃんとした発達障害なので……下顎の成長が遅い人がいるそうです……。でも成長しない間に歯が生えてくるから……歯並び悪い人も時にはいるとか……なんとか……。
「そんなのADHD関係なくいるよ。だから皆高い金払って矯正するんだろ。どれ、口を開けてごらん」
あー。
「舌出して」
うえー。
「少し厚めの舌だね。上には届くかい?」
……上とは?
「上下最大に開いてごらん」
あー。
「横じゃない。縦! あ!」
あー。
「で、上につける。わかるかい? ら、って言った時に舌がつくところがあるだろう? そこ」
……。
「下顎動かさない」
……。……。……。……。
「舌小帯が短いわけでもなさそうだね。うん。筋肉が足りないだけだよ」
……ぜつしょう……なんですか?
「何のためにスマートフォンがあるんだい。ほら、調べな。ググりな」
あ、はい。……。……あ。……ふーん。
「舌の筋肉がないから言葉も躓く。改めて基礎をやるように」
はい。わかりました。
あたしはメモした。舌小帯。
舌と言えばミランダ様、あたし、たまに舌が動かなくなる時があるんですけど、これも筋肉がないせいですか?
「医者じゃないからこれとは言えないけど、大体そうじゃないかい? ただ、吃音症は脳からの伝達にもよるものも一理あるかもしれないけども……私は吃音症については詳しく調べた事がないんでね。どうしても気になるようなら病院で聞いてごらん。なんだったかね。脳からの伝達が舌の神経まで上手くいかないっていうのもあるらしいけど訓練で治るとかなんとか……。……まあ、そこら辺は自分で調べな」
わかりました。ありがとうございます。
「話を戻すよ。総合評価で、基礎的な発声、魔法の見せ方、応用力を見せてもらった結果、30点満点中15点」
……はい。(あ、そういうところも見られてたんだ……)
「自分の実力を改めて知り、日々精進するように」
……はい。
「ルーチェ、いいかい。天才は確かにいる。見た目が良くてアイドルグループから入ってプロの魔法使いになる若いのもいる。運が良く気に入られて魔法使いになるのもいる。理不尽な世界さ。でもね、忘れちゃいけないよ。そういう奴らでも、生き残るのとくたばるのがいるんだよ。くたばる奴らは現状維持を貫く者。生き残る奴らは……努力を続ける者」
……。
「続けるにしても、自分が楽しいと思えないと駄目さ。つまらないと思ってやるのはね、向いてないからさっさと辞めなさい。人生は短い。自分の時間を大切にしなさい。でも、少しでも楽しいと思ったのなら、もっとやりたいと思ったのならば、高みを目指して、自分の魔法をより美しく、綺麗に見せるためには、どんなことをすればいいのか、それを追求していくんだよ。それが才能さ。魔法を愛して、魔法を楽しみ、魅せる努力を続ける。わかったね」
……はい。
「質問は?」
ありません。
「今日はこの後何かするのかい?」
部屋で『滑舌』練習してきます。
「『滑舌』が言えてないよ」
はい。
「ん。行ってらっしゃい。飽きたら本でも朗読してごらん」
……以前、新聞でやってました。音読。
「音読と朗読の違いはなんだい?」
え、あ、は? 違い?
「それも調べておいで。で、試してごらん。夜ご飯は作るから気にしなくていいよ」
……はい。ありがとうございます。失礼します。
あたしは席から離れて、セーレムが寛ぐソファーに座り、スマートフォンを弄ってみた。朗読 音読 違い 検索。
・朗読……人に聞かせるために文章などを声に出して読むこと。
・音読……声に出して読むことは広く「音読」である。
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「人に聞かせるために……読む……」
「ふわあ……」
チラッと横を見ると、セーレムが何食わぬ顔で体を引きずらせ、あたしの太ももに顎を乗せた。
(そうだ)
あたしは文庫アプリを開き、結構前にアパートで読んでた本を選択し、セーレムを見下ろした。
「ねえ、セーレム、そのぉー、き、聞いて、て、……聞いててほしいんだけど、いい?」
「ん? 何を?」
「物語の一部分を読むから聞いてて。そこにいてくれるだけでいいの」
「物語だって? ルーチェが俺に物語を聞かせたいってこと? うわ。こいつは参ったな。俺のウインクがとうとう人間のハートにまで効いちゃったよ。やっぱり何事も練習してみるものだな」
「じゃあ、行きます」
あたしはお気に入りの本の冒頭を、セーレムに向かって読み始めた。
――ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。けれどもあんまり上手でないという評判でした。上手でないどころではなく実は仲間の楽手の中では一番下手でしたから、いつでも楽長に虐められるのでした――。
「セロが遅れた。トォテテ、テテテイ、こっ、こ、……ここからやり直し。はいっ」
あたしはセーレムに物語を読み聞かす。セーレムはあたしの物語は聞かずに「俺のウインクまじすげーじゃん」と独り言を続ける。でもあたしはセーレムに向かって読み続ける。それを廊下から覗いたミランダ様が……ほんの少し、口角を上げた。
(*'ω'*)
「はい。それでは本人に確認を取って……はい。いえいえ。こちらこそありがとうございます! よろしくお願い致します! はい、失礼致します!」
スマートフォンを切った女が、撮影現場に振り返った。
「パルフェクトさんこれにて上がりですー!」
「お疲れ様でしたー!」
「お疲れ様! パルフェクト! 今日もパーフェクトだったよー!」
パルフェクトが微笑んで女に向かって歩いてくる。女が廊下を歩き、パルフェクトがそれについていく。
「さっきね、仕事の案件の電話が入ったんだけど、どうだろう。一週間魔法学校の特別講師」
「えー? 特別講師ですか?」
薄い桃色の瞳が可愛らしく見開かれた。
「すごいとは思うんですけど……わたくしなんかで大丈夫ですかねぇ?」
「パルフェクトなら大丈夫。それに、あのマリア・ハーベルトから直々のご依頼なの」
「ええ? マリアさんですか? それはもう断れないじゃないですかぁ。あ、そういえばマリアさん、魔法使いの仕事だけじゃなくて学校の先生もやってるって伺ってます。へえー! すごいなぁー……!」
「どうする? やる?」
「もちろん、マネージャーが取ってきてくださった案件ですもの。わたくしでよろしければ、ぜひ」
「じゃあ連絡しておくね」
「ちなみにどこの学校ですか?」
「聞いたこと無い? 第13ヤミー魔術学校」
「……ヤミー魔術学校」
パルフェクトの足が止まった。マネージャーがきょとんとしてパルフェクトに振り返る。
「そこの……特別講師の話なんですか?」
「え? うん」
「……それって、クラス選べたりするんですか?」
「クラス?」
「あー、ほら、同じクラスばかり行っても、贔屓みたいになるじゃないですか」
「ああ、そういうこと? そこは大丈夫。ハーベルトさんが目をつけてあげてるクラスに行ってほしいんだって。パルフェクトの授業を受けて、魔法使いを志すみんなのモチベーションを上げてほしいって」
マネージャーが微笑む。
「今全国で注目されてる、パルフェクトにしか出来ない仕事だよ」
「嬉しい限りです」
パルフェクトが氷のように美しく笑った。
「ぜひお願いします。わたくし」
言葉を紡ぐ。
「ヤミー魔術学校、行ってみたかったので」
「ねえ、ミランダ、俺のウインク、ルーチェにも効いたんだから、ミランダにも効くと思うんだ。ね、どう? ぱちん」
「ルーチェ、食事を食べる時くらい動画はやめなさい」
「あ、ちょっと待ってください。ミランダ様。この動画だけ……お願いします!」
一難去ってまた一難。
課題はクリアするどころか、どんどん増えていく。けれどなんだろう。やればやるほど、わくわくして仕方ない。
「この動画、本当に一日の楽しみなんです。倭国なんです! お願いします! もう、見たら本当にスマホ閉じますから!」
あたしはミランダ様の手からスマートフォンを守りつつ、ミランダ様が作ってくださった料理をフォークで刺した。
二章:光の魔法使いの弟子 END




