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駆け出し魔法学生はスタート時点を目指す  作者: 石狩なべ
第二章:光の魔法使いの弟子
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第2話 基本の見直し


 森の中にひっそりとそびえ立つミランダの屋敷。木製で出来てるであろう家からは木の匂いと薬の匂いが混じった匂いが漂っている。壁には美しい絵画が飾られている、と思えば世界地図が飾られている、と思えばセーレムの写真が飾られている。


 あれ、ここだけ写真が外された跡がある。なんだろう。


 ワインレッドのカーペットを通り、小さなドアの前にセーレムが足を止めた。


「ここがお前の部屋だ」

「はい」


 ドアを開けると、中は意外と広いみたいで安心した。あたしが持ってきたキャリーケースや鞄はここに置かれていた。机もあるし、棚もあるし、……ベッドがついてる。


「ベッドなんて……使って良いんですか?」

「もちろん。なんでだよ。地面で寝る気?」

「前の家では寝袋でね、寝てました」

「寝袋? お前ホームレスだったのか?」

「買う金がなくて……」

「最近税金が上がって大変そうだよな。ミランダも文句言ってた」


 セーレムがクローゼットの前に座った。


「とりあえずここにあるエプロンつけておけ」

「ん? エプロンですか? わかりました」


 クローゼットを開けるとエプロンがかけられている。掃除でもさせられるんだろうか。あたしはエプロンを付けて、再びミランダの部屋に訪れた。


 今日からお世話になります。改めまして、ルーチェ・ストピドです。よろしくお願いします。

「弟子になるのであればまず屋敷のことをしてもらうよ。掃除洗濯料理も全部」

 わかりました。

「学校代は親持ちかい?」

 いいえ。アルバイトして払ってます。

「次のシフトは?」

 スケジュール帳をポケットに入れてます。えっと、明後日の夜……。


 言ってる最中にスケジュール帳の文字が浮かび上がり、宙に舞い、ミランダの部屋の壁にらくがきのようにくっついた。


「把握しておくよ。アルバイトに関してはいくらでも働いていいからね。社会勉強をしつつ、自分に投資する金を自分で稼いでくるんだよ。ここにいる以上は生活費は出してやるけど、交通費等自分の出費は自分で出しな」

 もちろんそのつもりです。生活費に関してはありがとうございます。

「屋敷のことは家賃代わりさ。料理も掃除も洗濯もお前の仕事だよ。私はいつでも屋敷を綺麗にしておきたいので心得ておくように」

 わかりました。

「よろしい。では早速、私が仕事に行ってる間の留守番を頼むとするかね」

 かしこまりました。


 ミランダが箒を手に持った。


 行ってらっしゃいませ。


 あたしが言うと、ミランダが窓から箒に乗って空高く飛んでいった。あたしは窓を閉めて、腕袖をまくった。


(よし! ミランダ・ドロレスの弟子一日目! やるぞ! まずは掃除!)


 あたしは意識を集中させ、魔力を放つ。


「箒と雑巾、散歩の時間だ。あたしと一緒に埃『たいじ』だ」


 ……箒と雑巾が反応しない。あれ? セーレムがソファーからあたしを見て、首を傾げた。


「お前、今なんて言った?」

 箒と雑巾、散歩の時間だ。あたしと一緒に埃退治だ……と……。

「ああ、『退治』か。お前、今『胎児』って言ってたぞ」

 ……えーと……。

「アクセント辞典持ってる?」


 あたしは頷き、スマートフォンに入ってるアプリを起動させ、耳で聞いてみた。


『胎児』

『退治』


 本当だ。ちょっと違う。

「胎児は頭高」

 あたま……だか?

「お前魔法学校で勉強してるんだろ? アクセントの授業、なかったのか?」

 アクセントについては……その……授業ではやってるのですが、あまりよくわかってなくて……。

「アクセントが何種類あるか知ってる?」

 え、アクセントに種類なんてあるんですか?

「ははっ! こいつは目ン玉飛び出るぜ。ミランダが仕事に行ってて良かったな。その言葉聞いた瞬間に追い出されて二度と敷居を踏めなくなってたぞ。アクセント辞典、本はないのか?」


 あたしは部屋に急いで取りに行って、アクセント辞典の書籍をセーレムの前に置いた。


「後ろの方に書いてないか? アクセントの型」


 あたしは分厚い辞典の後ろのページを読んでみた。アクセントの基本。この国でのアクセントの型。頭高、中高、尾高、平板。


「海外は知らねえが、うちの国の言語のアクセントは高くなるか低くなるかのどちらかで、その中で重要な事は『どこで音が下がる』かだ。その下がる直前の音節、または拍の事を『アクセント核』という名称で呼ばれている。で、その『核』が『有る』『無い』でグループが分かれる。それが『起伏式きふくしき』っていうのと、『平板式へいばんしき』っていうグループだ」

 ……メモしてもいいですか?

「おう。どんどん書け。でもよ、これはあくまで、ミランダや他の魔法使いから聞いて俺なりに解釈したものだ。間違ってるところがある前提で話を聞いて、あとでちゃんと辞典とか学校の図書室で調べて、わからなかったらプロの先生に訊くんだな。……ミランダはやめておく事を勧める」

 わかりました。

「よし、じゃ、話を続けるぞ。まずは簡単な平板式からだ。今アクセント核の話をしただろ? アクセント核が無いのが平板式というグループ。このグループの型は『平板型』しかない。アクセント核が無いってことは、下がる音が無いんだ。例えばそうだな。……『シャボン玉』」

 ……本当だ。ボで音が上がってるけど、下がってない。

「その通り」

 じゃあ、例えば……カレーとかシチューとかも平板型というものですか?

「わかってるじゃないか。そういうのが平板型だ」

 ありがとうございます。

「だけど、平板型でもこれが四拍以上の言葉になると、中高型になることもある。まあ、そこらへんはあとで詳しく調べておけ。俺はこれくらいしかわかんないからさ。さあ、中高型が出てきたが、順番に説明していくぞ。グループ起伏式の登場だ。平板式はアクセント核が無いのが特徴だったな。ということは起伏式の特徴は?」

 ……アクセント核が有るものですか?

「そう。つまりは?」

 音がどこかで下がるもの。

「起伏式のグループには三つの型が存在する。『頭高型』『中高型』『尾高型』。まずはお前がさっきわかってなかった頭高から説明していくぜ。名前の通り、言葉の頭で音が上がるアクセントのことだ。例えば、『《《み》》どり』」

 ……確かに、頭の『み』が高くて、『ど』から音が下がってます。

「中高。単語は大体中高系が多いんじゃないかな。『お《《や》》つ』」

 ……本当だ。真ん中の『や』から音が上がって、『つ』で下がってる。

「尾高。最後の拍の次に下がる音が存在する。例えば……『妹』『男』『桃の花』」

 ……? なんかよくわかんないです。

「おう。何がわからないんだ」

 いもうと。これって平板じゃないんですか?

「俺の話聞いてたか? 落ち着いて聞け。いいか。尾高は『最後の音の次に下がる音が存在する』んだ。アクセント核の説明をもう一回するか? アクセント核は『下がる直前の音節、または拍』のことだろ?」

 いもうと、の後の言葉が下がるってことですか? 男、桃の花、も?

「助詞をつけてみるから聞いてろ。『が』がわかりやすい。いいか? いもうと『が』。おとこ『が』。桃の花『が』」

『が』が下がってる!

「ちなみに、平板型の単語でやってみたらどうなると思う? 『が』で試してみるぞ。シャボン玉『が』。カレー『が』」

 ……下がってない。

「最後の音の後に音が下がる。これが尾高型。大丈夫か?」

 ……少し理解できました。

「アクセントの基本は大体こんな感じだ。この基本を知った上で応用していき、言葉を紡いでいく。みんな普段の生活で無意識にやってるはずだぞ。お前もな」

(マダムの言ってることが少しわかった気がする。だからあたし注意されてたんだ。今まで耳で覚えて、その仕組みを理解して使ってなかったから。……そういえば何高型ザマスとか言ってた気がする……)

「というわけで、今の知識を使ってもう一度呪文を言ってみろ」

「はい!」


 あたしは辞典を開き、退治のアクセントを確認して、(……平板型。アクセント核がないから……音が下がらない。)もう一度集中して呪文を唱えてみた。


「箒と雑巾、散歩の時間だ。あたしと一緒に埃『退治』だ」


 魔力を発動させると、ようやく箒と雑巾が動き出し、埃を退治するために動き出した。あたしは目をキラキラさせて、アクセント辞典を開いた。


 これってこうやって使うものだったんですね! すごい!

「お前今までよくそれでやってきたな」

 アプリの方は喋ってくれるので、それを聞いて覚えて使ってました。

「それで魔法が動かなかった時なかったか?」

 よくありました。でも、魔力の調子が悪いだけだと……。

「言葉がちゃんと言えないと呪文は成立しない。よって魔力が魔法に形を変えることもない。お前学生なんだろ? 授業で何を学んでるんだ?」

 ……すみません……。

「いや、別に俺は魔法なんかに興味ないからいいんだけどよ。魔法使いを志してるなら覚えておいた方がいいぜ。今の、基本らしいぞ」

 ……よく勉強しておきます……。


 あたしは忘れん坊の頭でも忘れないように手の裏にメモ書きした。『要アクセント勉強!』



(*'ω'*)



 家事をしているとあっという間に夕方になってしまった。あたしはスマートフォンの画面で記事を読む。


(アクセントは単語の高低。イントネーションは文章全体の高低……)


 マダムって意外と基礎中の基礎を教えてくれてたんだな。いっつもザマスザマスばかり言ってあたしをみんなの前で公開処刑するんだもん。努力が足りないザマス。必死になってやるザマス。魔法使いになりたい人は今の時代多くて、なりたくてもなれない人が九割の中、狭き門の中に貴方方は入らないといけないザマス。だからやるザマス。とにかく練習あるのみザマス。研究するのザマス! ルーチェ・ストピド、また貴女ザマスか! アクスェエエントが違うザマスぅううう!


(これは反省だな。ずっと恨んでてごめんなさい。マダム。でも言ってくれないとこんなの気付かないよ)


 おっと、シチューがいい感じに煮込まれてきた。あたしは匂いを嗅ぎながら小皿に乗せて味見をする。……うん。悪くないかも。


 セーレム。貴方は人間のご飯を食べるの?

「俺はいつものキャットフードでいいよ。キャットフード美味しいんだ。カリカリしててさ。俺、カリカリ好きなんだ。その後はコリコリのおやつだ。コリコリのおやつ忘れるなよ。今日はお前に色んな事教えてやったんだからさ」

 わかりました。用意しておきます。

「そろそろミランダも帰ってくると思うぞ。あいつ19時には家にいたいんだとさ。19時からのテレビ番組って面白いだろ。金曜日の21時なんて映画をやるもんだから部屋に引きこもりたがるんだ」

 ミランダさんはテレビっ子なんですか?

「テレビって色んな情報流れるだろ? 新聞読みながらでも本読みながらでも耳だけで情報を取り入れられるからよく見てるんだよ」

 ながら作業できるんですね。羨ましいです。あたしは一つのことだけでいっぱいいっぱいですから。


 その時、リビングの窓が開いた音がした。驚いてキッチンから抜けると、ミランダが帽子を脱いでいるところだった。


 お帰りなさいませ!

「ああ。……お前まだいたのかい」

 はい! 夜ご飯もちゃんと用意しました!

「風呂の準備は?」

 できてます!

「先に入ってくるよ。マントと帽子、片付けておきな」

 はい!


 あたしはミランダからマントと帽子を受け取り、ミランダの部屋の帽子掛に帽子を。マント掛にマントを掛けた。セーレムがのんびり歩いてくる。


「な? 俺の言った通りだろ?」

 ありがとうございます! お風呂の準備しておいて良かったです!

「この調子でいけばなんとか一ヶ月以上ここにいれるかもしれないぞ。ま、頑張れよ」

 ありがとうございま……っ!! シチューの火、忘れてた!

「おーう。転ぶなよー」


(ミランダさんのルーティーンは大体メモした。お喋りで陽気なセーレムがいてくれて本当に良かった。ADHDの忘れ癖も手の裏にメモしておけばなんとかなりそうだし、今夜はアクセントの勉強をしっかりして、……あれ、待って。明日の学校の宿題何かあったっけ……? あれ、明日って誰の授業があるんだっけ……? あれ、なんか課題あった気がする……。あれ……?)


 あたしはシチューをおたまで混ぜながら考える。


(……やばい……。暗記ものだった気がする……)


 あたしはコンロの火を止めて、課題の確認をするために高速で部屋に向かった。


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