父、探し回る
その後整列した蟻達は、ニックの「解散」という言葉に反応しおのおのの生活へと戻っていった。それによりやっと自由に動けるようになったニックは、オーゼンの指示によって近くの小部屋に入り込む。
「ここは何の部屋だ?」
『おそらくは休憩室ではないか? 椅子や机などは既に跡形もないが、あの壁の魔法道具には見覚えがある』
「そうなのか? 一体どんな……おお?」
ニックがそちらに歩み寄ろうとしたところで、その前を一匹の蟻が横切り件の魔法道具のところまで歩いていった。そうして四角いボタンを細長い足先で押し込むと、ピッという高い音と共に落ちてきた何かを顎で咥え、そのままポリポリと囓って食べ始める。
更に途中で隣にあったボタンを押せば、そこからは色の付いた液体がチョロチョロと流れ出てきた。謎の固形物を食べ液体を舐めたことで満足したのか、蟻はそのまま部屋から立ち去っていく。
「食料と水、か?」
『だな。貴様も近づいて、まずは食料の出てきた方のボタンを押してみよ』
「うむ、わかった」
オーゼンに言われるままにニックも装置に歩み寄りボタンを押すと、下側にあった窓のような場所にコロンと細長い何かが転がり落ちてくる。
『ふむ、やはり完全栄養食だな。乳幼児を別にすれば、これだけ食べていればとりあえず生きていられるというアトラガルドの食材だ。まああまり人気はなく、あくまで非常用の食料として備蓄されていた程度だが』
「そうなのか? 随分と便利そうな代物に聞こえるが?」
『機能性は高く、味も悪いわけではないのだが……中身の成分の関係上、味が三つしか作れなかったのだ。
流石にそれだけ毎日食べていては飽きてしまうし、何よりせっかくの食べる楽しみをこれだけで済ませてしまうのは味気ないと考える者が多かったのだろうな』
「気持ちはわかるが、何とも贅沢な話だな……ちなみにどんな味なのだ?」
『チョコ……砂糖の甘さの味と、チーズ味、それに果物の味だな。何なら食ってみるか?』
「食えるのか!?」
オーゼンの話からここがアトラガルドの遺跡であると考え、まさか一万年前の食料が人の食べられる状態で保存されているのかとニックは驚きの声をあげる。
『問題無い。隣の魔法道具からは果実水が出てきたであろう? たかだか果実水に莫大な予算を注ぎ込んで一万年も劣化しない保護魔法を施しているとは思えぬ。であればおそらくはこれらを生産する魔導具が今も生きているのだ』
「ああ、なるほど! そういうことか」
『更に言うならば、それこそがこの蟻達の進化の秘密だな。ここは蟻達にとって外敵がおらず栄養豊富な食料と水が無限に近い形で供給される、言わば理想郷だ。そのうえで過剰な栄養が徐々に体を大型化させ、それに伴い脳も巨大化。何千年と寄り添い続けた「アナウンスさん」の言語をある程度習得するに至ったのだろう』
「ほほぅ。随分と気の長い話だな」
『無論、あくまで予想だ。確認などとりようもないし、必要性も感じぬ』
「そうだな。人に害を為すこともなく、この場所だけで完結しているというなら儂としても思うところは何も無い……美味いなこれ」
『……食ってみるかとは言ったが、まさか本当に食うとは思わなかったぞ』
黄色い完全栄養食……チーズ味……を食べるニックに、オーゼンが呆れと驚きの混じった声をあげる。
「ハッハッハ! 未知の食べ物を味わうのは、旅の醍醐味ではないか!」
『そうか。まあ貴様ならたとえ致死性の猛毒であったとしても平気なのだろうが……』
「失礼な! そこまで強力であれば、一日くらいは腹の調子が悪くなるぞ!?」
『……うむ、そうか』
口にしたら即死する毒がほんの一日腹具合を悪くするだけで消滅してしまうことに、オーゼンはもう驚かない。何故なら相手はニックだからだ。
『こうなると、他にも生きている設備がありそうだな。おい貴様、もっと徹底的に探すのだ……そんなに持って行くのか?』
「うん? 駄目か?」
ニックの腕には、いつの間にか大量の完全栄養食が抱えられていた。それを無造作に背嚢に詰め込みつつ問うニックに、オーゼンは思わず呆れた声を出す。
「いや、儂だってもしこれが限りがあるものであれば遠慮したぞ!? だが無限に生産され続けるというなら、ちょっとくらい……」
『まあ、駄目とは言わぬ。湿気にだけ気をつければ一年くらいは普通に食べられるしな。好きなだけ持っていくがよい』
「ハッハー! そうこなくてはな! よしよし、こっちの黒い奴ももうちょっと持っていくとしよう」
嬉々として完全栄養食を詰めていくニック。その作業が終わったところで、ようやく部屋の中の探索作業を再開したが、結局その部屋には他にめぼしいものは何も無かった。
「ふむ、ここにはもう何も無さそうだな」
『そうだな。ならば次は隣の部屋に行くか』
「うむ!」
言ってニックは部屋を出て中央広間に戻ると、色の違う隣の部屋の扉をあける。
「うん? こっちは通路か? 大分奥まで続いているようだが……どうする? 先に周囲の部屋を探索するか? それともこっちに進むか?」
『先に他の部屋を回ってからにしよう。この奥は何かありそうだからな』
「オーゼン、お主好物は後にとっておく方か?」
『慎重派と言え馬鹿者。ちなみに貴様はどっちなのだ?』
「儂か? 儂は好物だけを心ゆくまで食べ続ける派だ!」
『フッ。実に貴様らしい回答だ』
ドヤ顔のニックに、オーゼンは皮肉気に答える。
「ぬぅ、馬鹿にしおってからに。人生何があるかわからんのだ。好きだと思えるものに出会ったなら、その瞬間に存分に楽しんでおくのは有意義な人生を送るコツなのだぞ? 後悔という言葉はいつだって後ろにしかないのだからな」
『ほほぅ。含蓄ある言葉だな』
「これでも色々経験しているからな」
言って小さく笑うニック。その口調は軽いが、その言葉は重い。
『……いつか』
「ん?」
『いつか。貴様の経験した過去とやらを、ゆっくりと聞いてみるのもいいかも知れんな』
「そうだな。その時は茶でも飲みながら、ゆっくりと語ってやろう」
互いに言葉を交わし合い、そのまま周囲の部屋の探索を続ける。だが結局それ以上にめぼしい発見もなく、わかったことは精々この建物が左右対称に作られていることくらいだった。
「思った以上に収穫がなかったな」
『まあ普通に考えて、人が出入りする場所に貴重な物など置かぬだろうからな』
「道理だな。ならば次はいよいよあの通路の奥か……赤と青、どっちがいい?」
他の扉は全て壁と同じ色なのに対し、何故か奥に通路のある扉だけは左右で色が違う。勿論最終的には両方回るつもりだが、それでもまずはどちらか選ばなければならない。
『ふーむ……いや、貴様が選べ』
ニックの問いに、珍しくオーゼンが答えではなく選択権を投げ返す。
『この地にたどり着いたのは、貴様の突飛な行動が元だからな。流石に右と左でそれ程大きな違いがあるとは思えぬが、それでも貴様のもつ「厄介ごとを引き寄せる力」ならば何か事態を動かしそうだからな』
「何だそのはた迷惑そうな力は!? 儂はそんな物持っておらんぞ!?」
『どの口がそれを言うか! 我と出会ってから今日まで、半年にすら満たないというのにどれほどの問題に巻き込まれた!? そもそも我と出会えたことすら奇跡のような可能性なのだぞ!』
「それはまあそうだが……」
思わず渋い顔をするニックに、しかしそれに対し、オーゼンの口調は優しくなる。
『勘違いするな。我は決して非難しているわけではない。むしろ貴様の持つその特質こそが、王たる者の資質なのではないかと思うのだ』
「そうか? というか前にも言ったが、儂は別に王になどなるつもりはないぞ?」
『気にするな。これはあくまで我がそう思っているというだけのことだ』
「うーむ。まあいいか。そういうことなら……青にするか」
『む? 我はてっきり貴様なら赤を選ぶかと思ったが……』
「わはは。そうだな。儂はどちらかと言うと赤の方が好きだが……妻と娘がな。青い色が好きなのだ」
自分の好きな色と、自分の好きな人達が好きな色。どちらを選ぶかなどニックには迷う余地がない。そのまま見落としがないよう慎重に通路を歩き、最奥にあった扉を開くと――
『登録を確認しました! ようこそ新挑戦者!』
ニックの頭上に、謎の言葉が響き渡った。





