本当の名前
夢…、夢を見ていた…。
夕暮れの公園で一人で泣く女の子、それを見ている男の子。
小学生の低学年くらいだろうか、僕はその二人を知っている。この光景を知っている。
女の子の体にはたくさんの痣が出来ていた、人形みたいに可愛いその顔までも…。
「ねぇ、どうして泣いてるの?」
「………」
「飴食べる?」
そう言うと男の子はポケットから飴を取り出して女の子に差し出す。
「…食べる」
口に飴を入れた女の子はまるでリスかハムスターの様で可愛らしかった。
「顔、痛い?痛くて泣いてるの?」
「……」
「可愛い顔なのにね、いじめられたの?」
女の子の動きが一瞬止まり顔が少し赤くなる。
「可愛い?」
「え?うん、可愛いと思う」
「…そっか、ありがとう」
「痛い?」
「痛い…、顔も、体も、そこらじゅう痛い…」
「いじめられたの?」
「ううん、…お母さんとお父さん、仲悪いの」
「ん?仲悪いと君がケガするの?」
「うん、そうなの、帰るのが怖いの」
「ごめんね、よく分からない。仲良いから結婚するんだよって、うちのお父さん言ってた。結婚するのはとても良い事だって、お母さん言ってた」
「私は…怖い、…結婚なんてしたくない」
「じゃあ僕と結婚しようよ」
「え?」
「僕は怖い?」
「…怖くない」
「じゃあきっと僕となら大丈夫だよ」
「うん、結婚…する…」
「大きくなったらね、君の名前教えてよ」
「私の名前は…えり…」
──────────
「クオンくん!クオンくん!大丈夫ですか?」
僕はそっと目を開く、柔らかいゼリーの様な物に包まれていた、…これがショゴスか。
落下の衝撃をショゴスが吸収してくれたらしい、僕もアリサも大事には至らなかった。
「うん、大丈夫。…アリサはなんで裸なの?」
「え?…きゃあああ!テケちゃん!服、服になってください、早く!」
ショゴスがアリサにくっつき服になる。ああ、その服がショゴスだったのか。
相変わらず僕はアリサを性的な目では見れないようだ。
いや、今はそんな余裕が無いだけかもしれない。
…クロが目の前に居た。落ちる場所を予測していたのだろう。
「何をイチャイチャと…」
「…クロ、ごめんね。クロはあの時の約束覚えてたんだね?」
「クオン、思い出したのね!?ああ良かった、これで全部報われる」
思い出した、記憶の一部だけだけど、とても、とても大事な場面。
そして子供らしい無責任な約束と、約束を忘れた男の子の残酷な心変わり。
「僕は、クロの事が可哀想だったんだ。それに、可愛いから全然有りだと思っていた。その後クロの両親は離婚して、クロも段々元気になっていったよね。僕はその時にはもうクロとの約束を忘れていたんだ」
「でも、思い出してくれたのでしょう?」
「僕は、中学に上がる頃にはもう他の子を好きになっていた」
「……何言ってるの、中学上がってからも私達仲良かったじゃない!」
「好きとは違うよ、友達だと思ってた」
「そん…な…」
「ごめん」
「心を許せる男性はクオンだけだったのに…、クオン以外は怖いのに…」
「クロ…」
クロは強そうに見えても心の根底にはあの頃のキズが深く根付いているようだ。
僕は元気付けたいだけだった。僕は、酷い奴かもしれない。
「もう良い、…もう終わりにする。全て壊して、私も死ぬ」
クロが姿を変える、何度も見た黒山羊の姿。
人形の様に可愛かった顔は空虚に黒く染まり、綺麗な黒髪は触手に、小さな女の子らしい手足は四足となり蹄が地面に付く。
「違う…、違うよ。クロ、君の姿はそんな恐ろしい生き物なんかじゃない」
クロが蹄を地面に撃つ度に世界が揺れる。
「クロ……、ううん、…君の名は、恵梨香だ」
恵梨香。その言葉がそのまま呪文となり、空中に漆黒の鍵が出現する。
鍵はクロに突き刺さり、クロの後方に扉が出現した。
前世の名が鍵となる、そう言ったクロの仮説は合っていた、…本当はクロの名前を思い出した時点で僕の中で確信に変わっていた。
クロの…黒山羊の体から一人の女の子が抜け落ちる。恵梨香だ。
恵梨香は扉へと吸い寄せられる。
「やだ…、怖いよ…、クオンのいない世界に戻るなんて…」
「僕も、そのうち戻るから。その時に恵梨香が他の男見つけてなかったら責任とるから」
「ほんとでしょうね?…もう、良いわ…、クオンは嘘つきだもの」
「ごめんね、でもいつか、必ず戻るよ」
「……待ってるわ」
恵梨香は扉の中へと消えていき、鍵も扉も消滅した。
次で最後です。分かりやすく章も最終章と書き換えました。
クオンも優しそうに見えて駄目男ですね(笑)




