餌付け
忘れていた記憶の一部を思い出した。
曖昧だったピースが記憶のパズルにパチリパチリと填まっていく。
そうだ、父は死んだんだ、私に家族と呼べる人はもういないんだ。
そして裸で山賊達のアジトに繋がれていた。
何日も、何日も。心が折れそうになる寸前だった。
売り物になる予定だった私はそこまで乱暴には扱われなかったが、それでも辛くて、悲しくて、情けなくて、怖くて、怖くて怖くて怖くて。
そんな時に現れたのが少年と少女の奇妙な二人組だった。
私を助けてくれた救世主、二人とも私よりも年下に見えた。
少女は少し怖かったけど、少年の方はとても優しくて、不思議な人だった。
でも、顔がよく思い出せない。
少年の顔はとても整っていたように思う。
だけど思い出そうとすると形容し難い恐怖感に襲われるのだ。
それでも私は、その男の子の事が…好きだった。それだけは間違い無い。
思い出したら会いたくて、…会いたくて堪らない。
名前は…なんだっただろうか。
会いたい、こんな所で死にたく無い。
一人では到底生き残れる気がしない、あのアメーバの様な生き物の力が必要だ。
幸いにも私に対して好意的だ、何度も助けてくれた。
しかし意思の疎通は可能なのだろうか、まずは出てきてくれないと話が進まない。
「えーと、…おーい、アメーバさんいますかー?って、名前わかんないよ…」
そもそも人間の言葉が分かるのだろうか…。
「えーと、なんて鳴いてたっけ…。あ!そうだ、確か…テケ?テケリ?テケー!」
人に見られてたら明らかに変な人だろう。
「テケちゃーん!いませんかー?テケリテケリ…リー!」
もう勝手にテケちゃんと呼んでしまっている、猫にニャーちゃん、犬にワンちゃんと呼ぶ感覚で謎の生き物を呼ぶあたり私もだいぶ頭がやられている。
テケリ・リ…テケリ・リ。
「聞こえた!テケちゃん出てきて、テケリ・リ?テケリー」
テケリ…リ…。
近くにあった大きな岩が熱せられたバターの様に溶けてアメーバ状の生き物に姿を変える。
今までもこんな風に擬態を繰り返して傍に居たのであれば知能もあるはずだ。
「良かった、出てきてくれて。私の名前はアリサ」
『テケリ・リ』
「何度も助けてくれて有り難うございます」
『テケリ・リ』
「うーん、分からない…」
山登りの装備の中に行動食のチョコレート菓子がある事を思い出して取り出す。
生き物を手懐ける常套手段、餌付け。
貴重な食料だがここに居てはいずれ飢えて死んでしまう。
テケちゃんを味方に出来るなら背に腹は変えられない。
穀物をチョコレートで固めたお菓子をテケちゃんの方に差し出す。
テケちゃんの液体状の体は差し出した私の手ごと体内に飲み込んだ。
不思議な事にチョコレート菓子だけが分解されて溶けていく。
それどころか私の皮膚に付いた汚れまで分解してしまった。
私の手はまるで風呂上がりの様に綺麗になっている。
『テケリ・リ』
「え?えーと、なんだろう?おかわり?もう無いです、ごめんね」
『テケリ…』
「なんか悲しそう、おかわりで合ってたのかな、それに私の言葉理解してる」
『テケリ・リ』
「この谷底から出たいの、力を貸してください」
『テケリ…リ…』
「このままここに居たら死んじゃうの、お願いします」
『テケリ』
テケちゃんは私を体内に飲み込むと断崖を登り始める。
私を溶かすような事はしないだろうとは思っていてもやはり少し怖かった。
溶けていないか自分の体を確認してみる。
溶けてはいない、体は、溶けていない。……服が溶けていた。
着ていたシスター服はもはやボロボロの布切れと化している。
下着の布地も風前の灯だ。
「テケちゃん!服!服は食べないでください!」
『テケ…』
テケちゃんと名付けられたショゴス。意外と癒し系(笑)
見た目的にはキモい方のスライムなんですけどね(笑)




