古のもの
眼前に広がる凄惨な光景、しかしマルタはそれを予想していたかのような口振りだった。
化け物達は手際良く死体を、いや、もう食材と言っても良いそれを片付けていく。
そしてそのうちの一体の化け物がこちらに近付いてきていた。
「古のものよ、この娘は少しだけ待っていただきたい」
マルタがそう言うと化け物が止まった。
「え?…マルタ…さん?これ…どういう…」
「ほら、見てごらん、あの奥にあるのがジズとかいう地鶏の礼拝堂さ」
嘲笑めいたマルタの台詞に導かれ奥を見ると確かにそこには立派な礼拝堂があった。
綺麗に加工された岩がアーチ状に幾重にも組み合わされた高度な技術で造り上げられた建造物、見る者を圧倒する荘厳さがある。
「あんなの、大昔の人間がこんな高い場所に建てれると思うかい?」
そう言われてみると確かにそれは現実味を伴わない。
「まさか…、この…」
化け物が建造したのか、と言いそうになった口を閉ざす。
化け物だなんて迂闊な台詞はマルタに聞かせてはいけない気がした。
「ははは、ほんと賢い子だ、アリサの事気に入ってるのは本当の事なんだよ」
「まさか、…わざとこの光景を見せたんですか」
「そうさ、古のもの達にたまに献上してる。転落で死んだ事にしてね」
「そんなの!この血の跡を見…れば…、え?無い」
そこにあったはずの血の絨毯は綺麗さっぱり消えていた。
「さて、本題に入ろうか、後続者が到着する前にね。簡潔に言うよ、私たちの仲間にならないかい?実はけっこうな数いるんだよ、カーリーもそうさ」
マルタの服の襟にある五芒星の刺繍が目に入る、それはカーリーにもあったものだ。
五芒星、それはあの古のものと呼ばれる化け物の頭と同じ形。
「何が…目的なんですか」
「この世界の土地神達を書き換えるのさ。ジズなんてただ飛んでるだけじゃないか、何もしてくれない。あの礼拝堂の技術力を見てごらんよ、古のものは私たちに技術を、知恵を与えてくれる」
違う、それは違う。土地神を調べていた学者の父は言っていた。
土地神はその土地に住まう全てのものを愛し祝福していると。
「それは違います!土地神は土地と深く繋がり土地とそこに住まうもの達を守っていると父から聞いています!」
「ふむ、では何故今ジズは現れない?これまで何回か同じ事をしたがジズが現れた事は一度も無いよ。ジズがここで人間を守っているのを見た事が無いねぇ」
「それ…は…」
「あははは、意地悪な事言ったね。簡単な話さ、古のもの達もここに住まう者で有り、必要以上に人間を捕らず監視している。つまり私達が羊にやっている事と同じなんだよ。ジズは羊を守るために人間を殺したりもしない。とことん平等なのさ、土地神ってやつはさ!」
最後の言葉には恨みすら感じた。私は反論する言葉をこれ以上発する事が出来ない。
「私の子供さ、…崖から落ちたよ。その時視界に映ったジズは…、飛んでるだけだった。こちらを見ていたのに、些細な事だと言わんばかりに飛び去ったよ」
反す言葉が何も無い、マルタに同情すらしている。
マルタを悪だと思えない、本当は優しい人である事も知っている。
それでも、それでも私は…。
「それでも、…仲間にはなれません」
「…そうかい」
マルタが踵を返し道を戻ろうとするのと同時に古のものの植物めいた腕がアリサを襲う。
しかしそれはアリサに届く事は無かった。
固く目を閉じて痛みに備えていたアリサの耳に奇っ怪な音が聞こえてくる。
…テケリ…リ…
ゆっくりと目を開いたアリサの前に、黒みを帯びた巨大なアメーバの様な生き物がいた。
古のもの、人類より前に栄えた種族です。




